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01話 時の魔神将をサポートするときのお話①

【最初から】


「ははは! よくぞここまで来たな、アルフレドよ!」


 騎士アルフレドは持っている愛剣に今一度力を込めて、玉座に座る声の主を見据える。


 『魔神将』ヴァルバレス・ガフガリシュタイオン。


 魔王軍の最高戦力たる『十二魔神将』が一翼。

 魔王国と皇国の最前線に建つ重要拠点「時の守護の塔」の主だ。


 皇国軍内でも相当の知名度を誇りながらも、あまりの神出鬼没ぶりから、皇国軍の諜報部隊ですらもその実態を把握しきれていないという、謎多き将。


 魔人族の特徴である、体の一部に浮かび上がる紋様こそあれど、それ以外は華奢な人族にしか見えない。

 長い黒髪に女子の様に白い肌。その体躯の多くを大きな外套で覆っているが、骨格の頼りなさは隠しきれていない。

 直接組み伏せれば、騎士でも最高位まで上り詰めたアルフレド自身に明らかに分がありそうだが、これまでも最前線で活躍してきた皇国軍の力自慢が、次々に撤退へと追い込まれている。何の策もなしに飛び込んで良い相手ではない。


「どうした、こないのか?」


 ヴァルバレスは口の端に笑みを浮かべ、挑発ともとれる言葉を放つ。


「…………」


 アルフレドは答えない。

 答えることに特に利点がないためだ。

 相手の手段がわからない以上、質問に答えること自体が、アルフレドに何かの不利益をもたらす可能性すらある。


「くくく。どうした、かかってこぬのか?こないのか?」


「…………」


「ふん、あまりの恐怖で声も出ぬのか?」


「…………」


 沈黙を守る。

 ヴァルバレスの一挙手一投足すら見逃すことが致命的。

 相手が話している間にも、何が起こるかわからない。

 そういう意識で。

 そういう細心の注意で。

 臨んでいた。

 臨んでいたはずだった。


「!」


 アルフレドの息が止まる。

 間違いなくこれまで見据えていたヴァルバレスの姿が唐突に掻き消える。

 あまりのことにすぐに対応ができないが、闘いの経験がすぐにアルフレドの体を動かす。戦場で相手の姿を見失うその愚かさをすぐにでも挽回するため、視線だけを最小限で動かし、前方には誰もいないことを確認する。


 隙を見せぬように、剣を振りつつ左後方へと振り返り、確認。そこでは視界に捉えられないが、反対の方向に視線を送り、そこで大きな外套を羽織った影を見つける。


「…………」


 油断なく見据えるものの、驚きと戸惑いが、アルフレドの顔に色濃く浮かぶ。

 間違いなく、ヴァルバレスからは視線を外していない。もしかしたらそれこそ目にも止まらない素早さでの移動をしたのかもしれないが、それにしては痕跡がなさすぎる。移動したらその移動速度に伴う風圧などを感じるはずだが、それらが一切ない。


 一種の瞬間移動か?

 アルフレドの疑問を察したのか、ヴァルバレスが口を開いた。


「……くくく。狐につままれたような顔だな」


「…………」


「だんまりか。まあ、勘違いしているようだが言っておくが、私の魔法は何か質問に答えたからといって、何かが起こるものではないぞ?」


「…………」


「くくく、まあそれでも貴様は喋るまい。あの腰抜けの君主の軍としてはお似合いの姿勢だな」


「貴様! 陛下を侮辱するか!」


 アルフレドは激昂して咆哮にも似た叫び声をあげる。

 同時に迸る魔力の波動が空間を走り抜けるが、ヴァルバレスはピクリともせずそれを受けた。普通の魔物であれば、それだけで恐慌をきたすほどの魔力の奔流だが、魔神将は正面から受け止め切る。


 アルフレドの中では皇帝は絶対の権力者であり、崇拝の対象だ。侮辱された瞬間の感情は、その時の形勢など関係なく行動に移してしまう。玉に瑕の癖ではあるが、それだけ忠誠心が高い証でもある。


「くくく、やはり喋れるではないか。ほぅら、何も起こらぬだろう? 大したことのない恐怖にも身を竦むその様、実に哀れなものだ」


「貴様……これ以上侮辱を重ねると――」


「どうなるというのだ?」


「愚問だ! 我が愛剣の錆にしてくれる!」


「愛剣? 皇国では後生大事に握っている『それ』を剣と呼ぶのか?」


「……?」


 ヴァルバレスが発した言葉の意味が分からず、反射的に剣を確認する。

 そこには、見慣れた愛剣の姿ではなく、ただのヒノキの棒が握られていた。


「! なんだこれは!」


「くくく。随分とご立派な愛剣だ。私の貧相な剣では到底敵わないな」


 そうして、ヴァルバレスが外套の中から徐に取り出したのは。


「馬鹿な!」


 先ほどまで間違いなく自分が持っていた愛剣の姿がそこにはあった。

 呆然としつつも、アルフレドの中で曖昧だった認識が確信に変わる。

 ヴァルバレスは確かに、皇国軍の脅威である、と。





【もう一度】


「ははは! よくぞここまで来たな、アルフレドよ!」


 騎士アルフレドは持っている愛剣に今一度力を込めて、玉座に座る声の主を見据えている。


 『魔神将』ヴァルバレス・ガフガリシュタイオン。


 魔王軍の最高戦力たる『十二魔神将』が一翼。

 魔王国と皇国の最前線に建つ重要拠点「時の守護の塔」の主だ。


 皇国軍内でも相当の知名度を誇りながらも、あまりの神出鬼没ぶりから、皇国軍の諜報部隊ですらもその実態を把握しきれていないという、謎多き将。


 魔人族の特徴である、体の一部に浮かび上がる紋様こそあれど、それ以外は華奢な人族にしか見えない。

 長い黒髪に女子の様に白い肌。その体躯の多くを大きな外套で覆っているが、骨格の頼りなさは隠しきれていない。

 直接組み伏せれば、騎士でも最高位まで上り詰めたアルフレドに明らかに分がありそうだが、これまでも最前線で活躍してきた皇国軍の力自慢が、次々に撤退へと追い込まれている。何の策もなしに飛び込んで良い相手ではないだろう。


「どうした、こないのか?」


 ヴァルバレスは口の端に笑みを浮かべ、挑発ともとれる言葉を放つ。


「…………」


 アルフレドは答えない。

 答えることに特に利点がないためだろう。

 相手の手段がわからない以上、質問に答えること自体が、アルフレドに何かの不利益をもたらす可能性すらある。


「くくく。どうした、かかってこぬのか?こないのか?」


「…………」


「ふん、あまりの恐怖で声も出ぬのか?」


「…………」


 アルフレドの沈黙を受けて、ヴァルバレスがちらりと『僕』のいるこちらを見る。


 ――合図だ!


 同時に【時の魔神将】ヴァルバレスの魔法が発動した。

 ヴァルバレスが羽織っている大型の特殊遮光外套(試作品)のおかげで、魔法が発動する際の魔法陣が発する光などは漏れ出ず、周りから見ると魔法が発動したようには見えない。

 実際には、ヴァルバレスの時魔法が展開され、魔法を展開したヴァルバレス本人と、無効化の道具を持っている僕以外の時間が止まる。

 実際、アルフレドは微動だにしなくなっている。


「はー……疲れた」


 ヴァルバレスが先ほどまでの声色とは打って変わった口調で弱音をはく。

 そこに駆け寄っていき、懐に忍ばせていた魔力回復薬を取り出す。


「お疲れ様です!」


「ジオ君、ありがとう。じゃあ、早速、ちょっと悪いんだけど……」


 消え入るような声でお礼を言うヴァルバレスだが、直立不動の体勢のまま動かない。


「了解です。そのための僕ですからね」


 その口元まで魔力回復薬を持っていき、ゆっくりと飲ませていく。

 時魔法は効果が絶大な分デメリットが多い。

 効果範囲や使用方法が限定されている上に、膨大な魔力を消費する。

 そして最大のデメリットが、時を止めた後もその魔法の維持のために、魔法陣を同じ状態のまま展開し続ける必要がある。

 つまり、体勢を変えられない。

 首を動かしたり、少し動くことはできるのだが、基本的にはそのままの姿勢のキープが必須事項、らしい。

 さらに、一度の使用でほぼヴァルバレスの魔力が尽きてしまうので、本当に枯渇する前に一度魔力回復薬を飲ませて何とかこの空間を維持する必要がある。


「あー……効くね……」


 魔力回復薬を全て飲みほすと、ヴァルバレスがしみじみと呟く。

 ちなみに、アルフレドに対する口調と僕への口調が違うのは、敵と対峙するときは魔神将として『それらしい』口調を無理に使っているためで、本人は普段は消え入りそうな小さな声でしゃべる、謙虚な方である。

 

「はー……じゃあ、さっそくお願いしていいかな?」


「任せてください。それが仕事ですからね!」


 僕の名はジオバニ・ハーグリブス。通称はジオ。

 魔王軍入社三年目。

 今年からの所属は。


 魔王軍総務部庶務課魔神将付補佐官。



 仕事内容は、『魔神将が魔神将っぽく振舞えるようにするサポート係』である。


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