2、一緒に
『おい、貴様! 汚らわしい平民如きが、高貴な私に近寄るんじゃ無い!』
『あら、何でここに、子を産むしか価値の無い貴方がいるのかしら? 貴方がいると空気が汚れるからさっさとどっかに行ってちょうだい。』
私の周りに人の形をした黒いモヤが立ち、皆、口々に私を責め立てる。今はもう慣れたけど、最初の頃は結構傷付いていた。
私の素質を王が知り、私を王子様の婚約者候補にした最初の時の事。最初の内は皆、私が平民だと知っても優しくしてくれたし、頑張れば褒めてくれた。それが嬉しくて、その優しさに答えられるよう、寝る時間を削って色々頑張った。
たがある日、その優しい人達はいなくなった。
いや、詳しく言うならば、優しかった人達は皆、素っ気なくなって、私をいない存在として、扱い始めたのだ。
そうなり始めたのは、王様が私の元へ来なくなり3ヶ月たった頃。
私が近付くと皆、逃げて行くようになり、日に日に、私への扱いが雑になっていき、最終的に、汚らわしい、いらないって言われ、殴られるようになった。
最初は、私が出来損ないだからだと思い、皆に認められるように頑張っていた。だけど、私の存在が彼等にとって不愉快だから素っ気ないと言う事を分かった時は、流石に傷付いて部屋で静かに泣いた。
今は、殴られるのも、暴言を吐かれるのも、慣れたから何とも思わないけど、何で今になって、こんな夢を見たんだろう?
今まで、こんな夢見た事見なかったのに。
じわり、と、汗をかく。
それが気持ち悪くて起き上がるが、まだ気持ち悪いままで、何だか、自分を気持ち悪くする自分が嫌になった。
そう思って気持ちが暗くなっていると、テントの外から私を呼ぶ落ち着いた声が聞こえて、慌ててテントから出る。そこには、黒のエプロンを付け、結い上げている緑の髪を揺らしながら朝ごはんを作っている紫色の瞳の男の子…、ミリアドさんがいた。
ミリアドさんは私に気づくと、何処からか出したタオルと服を私に渡して、「少し行った所にちょっと深い川があったから、汗を流してスッキリしておいで」と笑い、川がある方を指差したので、ミリアドさんに頭を下げてから、川のある方へ歩いて行く。
川へ向かって5分くらい過ぎた頃、ミリアドさんが言っていた川についた。川は思ったより幅が広く、私がボロボロのワンピースを脱いで川へ入ると、水があばら辺りまでくる程深い。
潜ったり泳いだりしながら汗を流し、暫くしてから川を出る。ミリアドさんが渡してくれたタオルで体の水気をささっと取って、タオルと一緒に持たされた服を着た。
その服は、黒いワンピースにフード付きの青い上着。黒のニーハイソックスだった。
婚約者候補の時は、動きにくてシンプルなドレスを常に着ていたから、こういう動きやすくて可愛い服を着られるのが凄く嬉しい。
ボロボロのワンピースとタオルをすすいで洗い、持っていく。
後でミリアドさんにお礼を言わないと。
ルンルンした感じでミリアドさんの元に戻ると、ミリアドさんは私を見て、驚いたように少し目を見開き、満足そうに笑った。
「うん。やっぱり、お姉さんは可愛いね。お姉さんが可愛すぎて、僕、驚いたよ。あ、そういえばお姉さん。好き嫌いとかあるかな?」
サラッて褒めていき、「少し待っててね。」と何事も無かったように目の前に朝ごはんを置いていくミリアドさんに、色んな意味で驚いたが、多分ミリアドさんにとっては何でもない事なんだろうなって納得して、何か手伝おうとしたけど、休んでて、と断られたから、赤くなった顔を冷ますことに専念することにした。
だって、王宮にいた時は最初の頃しか褒められたことないから、褒められ慣れてないんです!
朝ごはんの用意を終えたミリアドさんが「食べようか」と言って手を合わせたので、私も「いただきます」と手を合わせ、ミリアドさんが作ってくれた朝ごはんを食べた。
一言で言うと、王宮で出た料理と同じぐらい美味しかった。
朝ごはんは、焼きおにぎりに、魚とキノコのホイル焼き、それに野菜スープ。
焼きおにぎりは、外はカリってしているのに中はもちぃ、って柔らかい。だけど、柔らかすぎずお米一粒一粒の弾力がある。魚とキノコのホイル焼きは、魚とキノコの水分で蒸しているのか、魚とキノコはほんのりと甘く、どこか濃厚。
野菜スープは、森に生えてた野菜を全種類入れてあって食べ応え抜群で、甘い感じがした後にピリッて刺激が来るから、飽きが来ない。本当に美味しい。
あまりの美味しさに夢中になって食べてしまい、ミリアドさんにクスクス、と笑われてしまい、それが恥ずかしくて真っ赤になると、さらにミリアドさんは微笑ましそうに笑った。
ミリアドさんに見られながら食事を終えると、食器や器具などが最初から無かったかのようにパッと消え、食器や器具などを洗おうと立ち上がった私は固まり、ミリアドさんと消えた食器などがあった場所を交互に見た。
はしゃぎそうになるのを堪えながら、どうやってやったのかとミリアドさんを見れば、ミリアドさんは私を見て怖い顔をしていた。
何かしちゃったかな、と不安に思っていると、ミリアドさんは指を鳴らした。すると、テントや焚き火が、私達がいた痕跡と共に消えた。一瞬のその出来事にポカン、と呆気に取られていると、ミリアドさんは私の元へ来て私の手を握った。
どうしたのだろう? と首を傾げながらミリアドさんを見ていると、ミリアドさんは少し困ったように笑って、私に「少し行きたい所が出来たんだけれど…、いいかな?」と聞いてきた。
私に聞かなくてもいいのに、って思ったけど、それを言えばミリアドさんの、口説くような甘い褒め言葉に翻弄されるのが目に見えてるので、黙って頷いた。
不思議そうにミリアドさんを見ていると、ミリアドさんは「目を閉じて。」っと言うので、言う通りに目を閉じると、パチンッという音が聞こえた。だが、目を開けていいのか分からないので、閉じたままでいると「お姉さん、もう目を開けていいよ。」と言ったのが聞こえたので目を開ければ、視界に飛び込んできたのは、森の木々では無く、砂漠の街。
一瞬にして風景が変わった事に固まっていると、ミリアドさんが私の手を引き、歩き出した。
どこに行くのか聞きたいけど、聞いていいのかな、って迷っていると、ミリアドさんから言ってくれた。
「ギルドに行こうと思ってね。」
「ギルド…?」
「そうだよ。冒険者ギルド。」
冒険者ギルド。ミリアドさんの大事な場所。
迷惑をかけないようにしないと、と緊張していれば、ミリアドさんは握っていた私の手に口付けを落とした。
「大丈夫だよ、お姉さん。僕が絶対に、お姉さんを守るから。」
その行為に緊張はほぐれたけど、逆に恥ずかしいという感情でいっぱいになった。