第三話 暖かい太陽の季節
チャイマ・タ・ナチャミでルームさんにレキウレシュラのことを聞いてから、トネム・イカシへの道のりの間に、俺はシルにレキウレシュラという言葉について聞いてみた。もしかしたら、シルの記憶のどこかに繋がっているかも、と少しだけ期待して。
結果、シルは不思議そうに首を傾けただけだった。
ルームさんにレキウレシュラのことをさらに詳しく聞いてみたりもした。
やっぱりというか、ルームさんもそこに行ったことがあるわけじゃないらしい。そこに暮らす人を直接見たというわけでもなさそうだった。
誰かから聞いた、と言っていた。綺麗で白い人がヒームの中で暮らしているのだそうだ。
ヒームというのが何かわからなくて、何度も説明してもらった。寒い雨、固まった雨──雪か、と思い付く。
とても寒い、とても多い雪。レキウレシュラというのはそういう場所らしい。
「行き先、レキウレシュラ」
片言でレキウレシュラに行きたいのだと言う俺に、ルームさんは笑った。
「チャーチャー・パーソム」
ルームさんが時々言うこの言葉の意味を、実は知らない。でも、なんとなくその表情と口振りからラーロウの「トゥットゥ」や「ニャアダ」の響きを思い出す。それからウワドゥさんの「ナーナン」も。
だからなんだか ルームさんにも「大丈夫」って言われている気がして、俺はいつも「ありがとう」と返す。それが合っているのかは、やっぱりわからないままだ。
トネム・イカシに到着した翌日、宿の人に用意してもらったパンとスープの朝食を食べて、そのまま宿屋で一日過ごす。シルは外に行きたがったし、俺も何かしたい気分だったけど、ルームさんにはまた「チャーチャー」と言われてしまった。
その代わりなのかどうか、夜には出かけるらしい。それまでは休んで旅の疲れを取る、ということなのかもしれない。
だから、窓際に椅子を置いてぼんやりと外を眺めたりしていた。部屋にあったテーブルも近くに寄せて、宿の人が用意してくれたシェニア・エフウを飲みながら、その穏やかな景色を眺めていた。
柔らかな陽射しに包まれた街並みは、昼間はどことなく物静かだった。人の行き来がないわけじゃないけど、昨夜の歌い踊る様子を見た後だからか、湖面のように落ち着いて見える。
ととん、と刻まれたリズムに振り向けば、宿屋の滑らかな木の床をシルの爪先が蹴っていた。合わせてシルの手首に結ばれたコココヤがかちかちと小さな音を鳴らした。
鼻歌であやふやな調子で辿る旋律は、どうやら昨日の夜に少しだけ聞いたものみたいだった。同じところばかり繰り返して、途中で不意に止まったり、かと思えば急にチャイマ・タ・ナチャミのリズムになったりする。
足取りも、昨日見たように飛び跳ねて回りながらも、チャイマ・タ・ナチャミで見たものが混ざっていたりして、踊りとしてはきっとめちゃくちゃなんだろうけど、それでもシルは楽しそうに笑っていた。
くるりと回ると、スカートがふわりと広がる。長い髪の毛も広がって、きらきらと光を反射して虹色に輝いている。髪に結んだ森の飾りの花も揺れて、シルの踊りに輝きを添えていた。
「夜にまた出かけるらしいよ」
シルが踊りを止めて、跳ねるように俺の隣にやってきた。スカートの裾と長い髪の毛が少し遅れてシルに付いてくる。俺がもう一つあった椅子を引っ張り寄せると、シルは大人しくそこに座った。陶器の器にシェニア・エフウを注いで、それをシルに渡す。
「また、踊ってるの見れる?」
シルはそう言ってから、器を受け取った。シェニア・エフウはもうだいぶぬるくなってしまっていたけど、シルはそれでも唇を尖らせてふうっと息を吹きかけて水面を揺らしてから口を付けた。
「どうかな、わからないけど。シルは、また歌ったり踊ったりしてるの、見たい?」
「見たい。それに、踊るの楽しいから踊りたいな。わたしも踊れるかな」
「それもわからないけど……一緒に踊れると良いね」
俺はシルに対して何も確かなことを言えなかったけど、それでもシルは嬉しそうに目を細めて笑った。
街が賑やかになるのは、夕方くらいから。俺はお祭りのようなものかと思っていたけど、カサミ・ウシというのはずっと続くものらしい。
いろんな話を整理しての理解だと、どうやら「カサミ・ウシ」の中の「サミ」は「太陽」のこと。「カサミ」は太陽が出ていて──つまりは暖かいという意味。
トネム・シャビの辺りでは「カサミ・ウシ」と「タルミ・ウシ」を繰り返す。「ルミ」というのは「雪」のこと。だからきっと「カサミ」と対になっている「タルミ」というのは多分「雪が降るほど寒い」という意味。
そうやって一つずつ言葉を辿っていって、「ウシ」というのは「季節」のことなんじゃないかと理解した。
つまり、トネム・シャビの辺りでは暖かい太陽の季節と寒い雪の季節を繰り返す。そして今は暖かい太陽の季節ということだ。
太陽の季節は昼間に外で働く。森だとか湖だとかで、暖かい季節にしかできないことをやる。そして、夕方になると街や人のいる場所に集まって、昼間のうちに暖められた空気の中で歌ったり踊ったり飲み食いをして過ごす。
わかってくると、お祭りというのもそう間違いでもないような気もするし、でもなんだかもっと日常の光景に近いものって気もする。
シルは今日もまた音楽が聞こえて、踊っている人がいると知って、嬉しそうな顔をした。その顔を見て、シルが楽しそうならそれで良いかなんて思ったりした。