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旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界  作者: くれは
第十三章 精霊の谷
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第五話 とても遠い

 それからもしばらくの間、カラムランさんとシルはまだ踊っていた。強い風の中、跳ねて回って踊るシルは楽しそうだ。

 コココヤを鳴らしながらそれを眺めて、ルームさんと世間話をする。ルームさんは、バイグォ・チャーンの出身らしい、多分。そんな情報のやりとりすら、なんども聞き返してやっと理解するような、そんな状態だったから、世間話になっていたのかどうかはわからない。

 ルームさんは、バイグォ・チャーンとトネム・シャビを行き来して暮らしている、らしい。何かそういう仕事なのかもしれない、具体的にはわからないけど。その合間には、チャイマ・タ・ナチャミもよく訪れる。だから、ここの言葉も少し話せる。

 多分、そういうことだと思った。だからやっぱり、ルームさんとカラムランさんは元々知り合いだったんだろうな、と思う。

 話の流れで俺のことも聞かれた。困ったなと思いながらも、つい「日本(にほん)」とこぼしてしまった。当然、ルームさんにはわからない。俺もなんと説明して良いかわからずに、ただ小さく呟く。


遠い(キール)とても(マク)


 俺のカタコトをどう受け取ったのか、ルームさんはしばらく考えた後に「ハイフイダズ」と言った。指で四角を作ってから、親指で俺の肩掛けのバッグを指す。

 ルームさんが何を言おうとしているのか考える。きっとルームさんはハイフイダズのことを知っている。それでバッグを指差したのは、俺がそこから何かを出し入れしていた──そこまで考えて、思い至った。

 バッグの中から、ハンカチとして使っている布を取り出す。これは、ハイフイダズで買ったものだった。ルームさんは頷いて、何かを言う。

 よく聞き取れなかった。何度か聞き直して、きっと「クンヌー」というのが「布」のことだと思った。どうやら、これがハイフイダズの(クンヌー)だろうと聞かれているみたいだった。


はい(チャイ)


 俺の返事に、今度は「グアンソー」と言われる。「グアンソー」は確か──そう、トネム・シャビに行く、その前にチャイマ・タ・ナチャミに行くのだと言われて、その時に使われていたのがその前に(グアンソー)だった。

 少し自信がないまま、俺は「ウリングラス・ナングス」と言った。

 ルームさんは、俺の言葉を聞いて眉をしかめた。もしかしたら、ウリングラスでもルームさんには遠いのかもしれない。それでも俺は、ここまで通った地名を言葉で辿る。


「ウリングラス・ナングス、見た(リーシー)、ドゥルサ・ナガ。その前に(グアンソー)、タザーヘル・ガニュン、見た(リーシー)、アズムル・クビーラ。その前に(グアンソー)、トウム・ウル・ネイ。その前に(グアンソー)、ルキエー」

「ルキエー」


 ルームさんが俺の言葉に反応する。


わかる(タラーブ)・ルキエー」


 通じたのが嬉しくて、俺は頭を傾けて、自分の後ろ頭をルームさんに見せる。髪の毛を結んでいる、森の飾り(オール・アクィト)を指先で弾く。


買う(スズ)森の飾り(オール・アクィト)、ルキエー」


 それから、シルの方を指差して、その指で自分の耳の辺りを指差す。


「シル、森の飾り(オール・アクィト)


 そこまで言って、それ以上説明できなくなってしまった。それでもルームさんは何かわかってくれたらしい。興味深そうに俺の森の飾り(オール・アクィト)をじっと眺めていた。小さく何かを呟いたけど、それは俺に聞かせる言葉のつもりじゃなかったのだと思う、よく聞き取れなかった。

 その次の言葉は、ゆっくりとはっきりと言ってくれて、俺にも聞き取りやすかった。


その前に(グアンソー)どこ(ターナーイ)

その前に(グアンソー)、オージャ……ニッシ・メ・ラーゴ、フィウ・ド・チタ、見た(リーシー)、フィウ・メ・ラク」

その前に(グアンソー)どこ(ターナーイ)


 俺は言葉に詰まる。これ以上は説明できない。しばらく悩んだ挙句に、俺はまたカタコトを繰り返す。


その前に(グアンソー)遠い(キール)……とても(マク)遠い(キール)


 ルームさんはそれ以上聞いてこなかったので、俺はほっと息を吐く。これ以上は、説明できない。言葉がわかったとしても、シルと出会ったあの場所のことを話すのは、きっと良くないだろうと思うから、やっぱり何も言えない。


「シル」


 ルームさんがシルの名前を口にする。親指で、踊っているシルとカラムランさんの方を示す。なんの話だろうかと、俺はルームさんの言葉を待った。


「レキウレシュラ」


 不思議な響きの言葉だったから、そこだけが耳に残った。

 それ以外の言葉は、やっぱり半分も聞き取れなかった。何度も聞き直して、どうやらルームさんは、シルがそのレキウレシュラという場所の出身だと思っていた、らしい。レキウレシュラ、と口の中で呟く。

 河原から、ルームさんが石をいくつか拾って戻ってくる。その石を地面に一つ置いて「バイグォ・ハサム」と言う。少し離れた右側にもう一つ、それに親指を向けて「ミンヤー・ブッカウ」。その向こうにもう一つ、それは「トネム・シャビ」。

 そこから上の方に向かって、離れたところに石を一つ置く。それは多分──。


「ルキエー」


 頭の中で、地図を思い浮かべて、俺は「わかる(タラーブ)」と相槌を打った。

 ルームさんは石をもう一つ、今度はずっと下の方に置いた。そして、そこに親指を向ける。


「レキウレシュラ」


 そこから、ルームさんは多分「レキウレシュラ」のことを話してくれたんだと思う。残念ながらあまり聞き取れなかったけど。でも寒い(イーン)場所だということはわかった。

 それが、ルームさんが実際に見たことなのか、誰かから聞いたことなのかはわからない。でも、その遠い(キール)寒い(イーン)場所に、ルームさんが行ったことがあるようには思えなかった。なんとなく、だけど。

 それでも、シルがそこの出身だと思ったというのは、そこに暮らす人たちがいて、きっとシルに似た特徴を持っているってことなんだろうと思う。それは見た目だろうか、それとも言葉だろうか。

 俺は地面に並んだ石を眺めて、もう一度「レキウレシュラ」と呟く。その情報を扱いかねて、顔を上げてシルを見た。


 シルはまだ踊っていた。カラムランさんも一緒に。二人とも疲れた様子もなく、笑っている。お互いに言葉はわからないはずなのに、それでも随分と楽しそうだ。

 シルがカラムランさんに一歩近付いて、すぐに跳ねるように後ろに下がる。くるりと回ってさらに離れる。

 風に煽られて、シルの髪の毛が広がった。その一筋一筋が陽射しを受けて輝いていた。


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