第四話 フーワ・ガオとフアン・ガオ
一口サイズの焼き菓子。見た目は、小さくて厚みのあるホットケーキみたいな感じだ。生地に刻んだ果物のようなものが混ぜ込んである。
焼きたての湯気が甘いにおいを運んできて、シルはすんと鼻を動かしてから、期待に満ちた目で一つ摘み上げた。
甘いにおいにつられて買った、フーワ・ガオという焼き菓子だ。木の器にこんもりと盛られて、器の縁にはジャムのようなものが添えられている。オレンジっぽい色のものと、もっと薄い黄色っぽい色のものの二種類だ。
シルはためらわずにオレンジのジャムを付けて、一つ丸ごと口に放り込んだ。
ふわりと目を見開いて、それから笑うように目を細めて、口をもぐもぐと動かす。白い喉が動いて飲み込んだかと思うと、もう一つ摘み上げて、俺の方を見る。
「ユーヤは、どっちを付ける?」
どうやら、また俺に食べさせてくれるつもりらしい。俺はちょっと考えてから、それに答える。
「最初は、何も付けないで食べてみたいかな」
「わかった」
こくりと頷いたシルが、楽しそうに俺にフーワ・ガオを差し出してくる。
口を開いて大人しく受け入れる。こんがりと焼けた表面はさっくりとしていて、噛み切ればもちもちとした歯応えがあった。細かく刻んだ果物が、ころりと舌に当たって、噛むとぎゅっと酸っぱい。
「ユーヤ、美味しい?」
「うん。このままでも美味しい」
俺の言葉にシルはもう一つ摘み上げると、今度はそれにジャムを付けてまた俺の方に差し出してきた。
「これ、甘くて美味しかったから、付けて食べてみて」
「ありがとう」
差し出されるままに咥える。シルが付けてくれたオレンジ色のジャムの中には刻んだ果肉が残っていて、それがざらりと舌に当たる。ほんの少し苦くて、甘い。
さっくりとした食感にふるりとしたジャムが絡んで、もちもちとした生地を噛むと甘さと酸っぱさが混ざり合う。
「うん、美味しい」
飲み込んで頷いた俺を見て、シルは嬉しそうに笑って、次に摘んだフーワ・ガオは黄色いジャムを付けて自分で食べた。食べ比べているのか、口に入れて首を傾ける。
俺も自分で一つ摘み上げて、今度は俺も黄色いジャムで食べる。オレンジと比べて少し酸っぱいし、苦味はほとんどない。でも、甘さはそんなに変わらない気がした。どっちも美味しいけど、酸っぱい方が好きだな、なんて思う。
二人であっという間に食べ終えてしまって、最後に少し残ったジャムをシルが指ですくって舐めた。ジャムの乗った指先を咥えて、目を細める。
その向こうではまだバイルッアーがふわりと湖面から登っていた。
甘いものが美味しくて、器を返してもう一度同じものを買おうかと思ったのだけど、シルは隣の店を指差した。
フアン・ガオという名前らしい。
フーワ・ガオと同じような生地だけど、果物を中に混ぜ込まない。フーワ・ガオはもったりした生地をこんもりと一口サイズに焼くけど、こっちの生地はもう少しさらりとしていて、それを大きく丸く薄く焼く。そこに、刻んだ果物やジャムを乗せて包む。クレープみたいな感じだ。
果物やジャムを乗せて四角く畳んだ生地をさらに焼いている。表面が油でじゅうじゅうと焼けて、こんがりと焼き色がついて、見ているだけで油を吸ってぱりっとした生地の食感とほんのりとした甘さが口の中に感じられるくらいだ。
具になる果物はいくつか並んでいて、選べるみたいだった。シルがまた欲張ってあれもこれもと指を差したけど、一枚の生地にそんなにたくさんは包めない。
店の人にうまく説明することもできなくて困っていたら、笑って引き受けてくれた。要は、お任せで良い感じにしてくれたらしい。
こんがりと焼けたフアン・ガオは熱々なので、冷めるまで少し取り置かれていた。お金を払って少しして、表面が冷めたそれを受け取る。シルに一つと、俺に一つ。
「ありがとう」
俺のお礼の言葉に、お店の人はまた笑った。
受け取ったフアン・ガオは、指先にちりりと温かくて、でも熱いってほどじゃない。表面はこんがりと焼けているけど、中に柔らかなものがたっぷり詰まっているのがわかる重さ。
甘いにおいを吸い込んで、端っこを一口齧る。フーワ・ガオと同じでさっくりとした後にもっちりとした歯応えがある。その中から、熱くて甘酸っぱいジャムと、火が通ってねっとりと柔らかくなった何かの果物が出てくる。ジャムのとろりとした熱さが甘い。
ねっとりとした果物を口の中で潰すと、甘いにおいと味が口一杯に広がる。
シルは顎を上げて一口目を飲み込むと、噛みちぎったところから溢れそうになっているジャムを舌を伸ばして舐めた。
そしてそのまま二口目を齧って口一杯に頬張ると、唇の端にジャムがついたまま、もぐもぐと咀嚼する。
フアン・ガオの生地はくったりとして、気を抜くと中のジャムや果物が落ちそうになる。それを慌てて口で迎えにいって、舐めとったり齧りとったりする。いろんな果物がめちゃくちゃに入っているので、いろんな味と食感が出てきて、予想がつかない。次に口に飛び込んできたのは、酸っぱい何か。
慌ただしいけど、それはジャムの熱さにちょうど合っているような気がした。
だいぶ遅い時間まで食べ歩いて、お腹がいっぱいになってもまだ、湖から青白い光がふわりと生み出されていた。それに、ぎこぎことした音は、まだ辺りに響いていた。
光が浮き上がるのに合わせてシルがふわりとあくびをして、それで宿屋に戻って眠ってしまったので、バイルッアーがいつ終わったのかは知らない。もしかしたら一晩中続いていたのかもしれないし、あのあとすぐに終わったのかもしれない。
ともかく、窓から差し込む明るい光で目を覚まして、それで起き出して湖を見たけれど、その時はもうバイルッアーの光は見付からなかった。
露店のいくつかはもう、良いにおいを漂わせていたけれど。