■ ハイフイダズ ガイド ■
【ハイフイダズ】
ハイフイダズは、蛇川が流れ込む湾の名前だ。また、そこに作られた海上の街のことを指してハイフイダズと呼ぶこともある。
湾を囲むのは切り立った岬だ。ハイフイダズの人たちは、その岬の内側にある湾で暮らしている。
彼らは広く平らな船を作り、その上に小さな小屋を建て、そこで寝泊まりをする。湾の中は波が安定しており、この船はあまり揺れることはない。また、よほどでなければ引っくり返るようなことがないようにも作られている。
海水が上がってくるようなこともなく、小屋は狭いが、快適に過ごすことはできる。
ハイフイダズを囲む岬は、守り人と呼ばれている。ハイフイダズの人たちに伝わる言い伝えに、ハイフイダズや守り人という名前の由来が語られている。
ハイフイダズの人たちは、元は別な地域から流れ着いた人たちだった。別の場所で暮らしていたが、ある時、海の水が高くなったことがあった。そこからそれぞれ船に乗り、高い波を耐えた。ある船は引っ繰り返り、ある船は沈んだ。ある船は大きな波に流されて、今のハイフイダズの辺りまでやってきた。
その船には、赤ん坊や小さな子供を抱えた女の人ばかりが乗っていた。高く切り立った岬は、海の水が高くなっても沈むことがなかった。その岬の上で、幾日も、海の水が引くのを待った。
やがて、少なかった食べ物が底をつき、子供たちが飢え始めた。赤ん坊を抱えた女は、自分の乳が出なくなったことを嘆き、赤ん坊を他の女に任せると、こう告げた。
乳が出ないならば、せめてわたしは花になろう。花が咲いたらその蜜を、この子にあげて欲しい。わたしはもう、この子を抱きしめられないけれど、代わりに大きな葉っぱがこの子を包むだろう。水が引けば、この海には幸いがあるだろう。
そうして、その母親は岬から海に身を投げた。それからすぐに、岬の上に花が生え始めた。花はぐんぐんと伸びて、大きな葉っぱを広げ、赤い蕾をつけた。赤い蕾は開くと黄色い花になった。
残った人々は花を摘んで、甘い蜜を吸い、良いにおいのする花びらを食べた。その花のおかげで、水が引くまでの間、誰も飢えることなく生き延びることができた。
その花の「ホゥエン」という名前は、その海に身を投げた母親の名前だ。
水が引いた後、生き残った人々はこの湾で暮らしはじめた。この湾は、母親が残した言葉から「幸いの海」と呼ばれるようになった。また、人々を守った岬は守り人と呼ばれるようになった。
今でもハイフイダズでは、ホゥエンを食材としてよく使っている。
【バンタイマ・グイ】
隣の船──つまりはお隣さんとの交流は多い。船の端と端に立って、そこでお喋りをする。何か物をやりとりする場合──例えば食材のお裾分けなど──は、棒を使って行われる。
棒の先に布を結び付け、それを入れ物のようにして、その中に物を入れて向こうの船に差し出す。
この棒は便利な棒と呼ばれ、どこの家にもいくつか用意されている。小舟に乗るときにも持っていき、他の小舟とのやりとり、または小舟と家の船とのやりとりにも使われる。
便利な棒には、船の櫂のように先が平たく平らになったものもある。これは、袋の中に放り込めないもの──例えば器に盛られたスープなどをやりとりする際に使われる。
【クァラ・ダチェン】
クァラ・ダチェンは、ハイフイダズでよく食べられている料理だ。
この辺りで獲れる魚を捌いて、それをすり身にする。一口大にしたそれを油で揚げたものが、クァラ・ダチェンだ。
すり身の時点で、香辛料や塩で軽く味をつけるが、大抵の場合は揚げてからソースを絡めて食べる。
この甘酸っぱいソースも、ハイフイダズの料理ではよく見かけるものだ。