第五話 花茶
鍾乳洞から戻る道すがら、他の小舟とすれ違いざまに、ゼントーくんは籠に入った花を売る。茎ごと買う人もいたし、赤い蕾だけを買う人もいた。葉っぱだけを買う人もいた。
黄色く咲いた花を選んで買ったのは、花びら団子を売っている人だった。それで俺は、ついでにと花びら団子の包みを二つ買った。
そうして、ゼントーくんの家に到着する頃には、籠の中の花はだいぶ少なくなっていた。
ゼントーくんの家に招かれて、そこで花を仕分ける手伝いをすることになる。咲いた黄色い花と赤い蕾を摘んで、仕分けて小さな籠に入れる。葉っぱもむしって、束ねてまとめる。
茎は叩いて潰す。こうやって潰したものをさらに何か処理して、どうやら繊維を使うらしい。
ゼントーくんは、中学生にはなっていないくらいに見える。まだ子供だ。だけど、言葉も知らない、ものを知らない、洞窟を歩くのもおぼつかない俺を、どうやら自分よりも子供だと思っている気がする。
お兄さんのような表情と口ぶりで、俺に何事かを言っては、ちょっと自慢げに仕事のやり方を見せてくれる。実際、何も知らない俺は子供みたいなものだと思う。ゼントーくんの仕事ぶりを真面目に見ては、なんとか真似をする。
シルは相変わらず力加減が不器用で、むしった葉っぱは破れるし花は潰れるしで、ゼントーくんは慌てて止めていた。呆れた顔で俺とシルを交互に見る。
それから、どうやらシルは飽きてしまったらしく、今は何もしていない。それでも、俺が花のガクを取り除くのを不思議そうにじっと見て、大人しくはしていた。
合間に、さっき買った花びら団子の包みを一つ開けて、みんなで食べた。
中からとろりと溢れた甘さに、手元をじっと見ての単純作業でこわばった体の力が抜けて、ほぐれてゆく気がした。
昨日も会った女の人──アンビンさんという名前らしい──がやってきて、ガクを取り外した赤い蕾を二掴み、持ち上げた服の裾に入れていった。
それから少しして、油のにおいと甘酸っぱい良いにおいが漂ってくる。クァラ・ダチェンに絡んでいたソースがこんなにおいだった、と味まで思い出して、唾液が溢れてきた。
花の処理を終えて、口の中に溜まった唾を飲み込んで両腕を上にあげて伸びをしたとき、アンビンさんが皿を持ってやってきた。厚手の敷物の上に皿を置く。この辺りでは、テーブルをあまり使わないらしい。
大皿に山盛りのクァラ・ダチェン。
それからもう一つの大皿には、野菜だと思う。緑色の葉っぱと、細長く切られた白いもの、赤い花の蕾が取り合わせて盛り付けられている。
ゼントーくんがプレチュ・ヌーアが積み重ねられた皿を持ってきて、同じように並べる。それから、黒っぽい色の貝殻が入った小鉢が四つ──どうやら、俺とシルも食べて良いらしい。
「ナオ・ウアン・ベイ・しなさい・デエ」
アンビンさんが笑顔でそう言って、手のひらで床を叩いた。多分、俺とシルを呼んでくれている。
「あ、えっと……ありがとう」
俺はそう言ってから、シルを見る。シルは漂うにおいを気にしてか、そわそわと運ばれてくる皿を眺めていた。
「一緒に、食べて良いみたい」
俺の声に、シルは期待に満ちた目を大きく見開いて、勢いよく何度も頷いた。
花の蕾と生野菜を甘酸っぱいソースであえたものは、ザウサーと呼ぶらしい。それをプレチュ・ヌーアで包んで食べる。
取り分ける食器は、細長い二本の棒で、太めの菜箸のような感じだった。片手で持って、食材をつまんで取る。持ち方は少し違う気がするけど、使い方は箸と変わらないみたいだった。
その箸──ドワという名前らしい──でザウサーを取って、プレチュ・ヌーアに乗せて包む。シルも真似して箸を持ったけれど、ちっともうまく摘めなかった。
それで、シルの分も取り分けて、シルが持っているプレチュ・ヌーアに乗せる。
「花も」
シルの言葉に、苦笑しながら赤い蕾を一つ、箸先で摘みあげた。シルは最後に乗せられた赤い蕾を見て嬉しそうに目を細めると、プレチュ・ヌーアを折りたたんで、それで食べ始めた。
シルが顎をあげて飲み込む。ちろりと舌が覗いて、唇の端から垂れるソースを舐めとって、またプレチュ・ヌーアにかぶりつく。
プレチュ・ヌーアに包んだ野菜はどれもしゃきしゃきとして、ソースはべったりと甘酸っぱくて、その中に少しの辛味があって、あとを引く味だ。酸味のせいで、いくらでも食べられそうな気がしてくる。
合間に飲む貝のスープも、貝の出汁と塩気が美味しかった。口の中に残るソースの油っぽさが、洗い流されるみたいだった。
食べ終わる頃に、アンビンさんがスープが盛られたものより一回り小さい小鉢を四つ、お盆のようなものに乗せて持ってきた。湯気が立ち上っている。
花茶と呼ぶらしい。お湯の中に、ふんわりと花が揺れている。湯気が花のにおいだ。口に含めば、お茶のような渋みがあるけど、花のにおいがあるからまた違った味わい。
シルは一口飲んで、不思議そうに首を傾けた。
「花なのに甘くないね」
「お茶みたいだね。でも、少し甘い気がする」
「うん……?」
シルはちょっと眉を寄せて、立ち上る湯気に鼻先を突っ込んだ。
「花のにおいはするけど……そのまま食べる方が甘い……?」
「そのままだと、すぐに萎れちゃうから。多分、何か乾燥させたりとか、加工してお茶にして、日持ちさせてるんじゃないかな」
「そういうもの?」
「多分だけど」
シルは神妙な顔でもう一口飲んで、しばらく考え込んで、それから顔を上げて俺の方を見た。
「やっぱり甘くない。でも、良いにおい。これも美味しい」
もしかしたら、シルはジュースみたいなものを期待していたのかもしれない。あるいはデザートか。
俺は、もう一つあった花びら団子の包みを出して、俺とシルに二つずつ取って、残りをアンビンさんとゼントーくんに渡した。「ありがとう」と返ってくる。
シルは嬉しそうに花びら団子を口に入れて、それから花茶を飲んで、興奮した面持ちで瞳孔を膨らませていた。
花びら団子を食べた後に花茶を飲むと、口の中の甘さと渋みが入り混じって、とても美味しい。それに、どこまでも良いにおい。