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旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界  作者: くれは
第十一章 幸いの海
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第四話 鍾乳洞の上まで

 暗くてひんやりとした空気の中で、ぽつん、と水滴が落ちるような音が響く。自分たちの足音も反響して、あちこちから聞こえて、まるで何かに追いかけられているような気分になる。

 ゼントーくんが持っている提灯のようなものはアイサンというものらしい。そのアイサンの、少しぼんやりした灯りに浮かび上がる洞窟は、かなり広い。

 高い天井から、氷柱(つらら)のように石が垂れ下がっている。その光景に、鍾乳洞という言葉を思い出す。それから──。


「ユーヤ、ここにもドラゴンがいる?」


 シルもきっと、ドラゴンの骨(アズムル・クビーラ)とラハル・クビーラを思い出したんだと思う。俺は小さく首を振る。


「わからない。でも、この石はラハル・クビーラとは違いそう。氷みたいじゃないし」

「そっか」


 シルは納得したのかどうか、洞窟の中を見回した。


「ベイ・ナオ・ダイ」


 ゼントーくんが数歩先で、振り返って灯りをこちらに向ける。返答に困って「カムンダン」と返して、遅れないように足を動かす。




 ゼントーくんの足取りは迷いがない。どこか、目的地があってそこに向かっているみたいだった。歩き慣れたいつもの道、という雰囲気だ。

 どうやら緩やかに登っているらしいと気付いた頃に、傾斜が急になってきた。

 ひどく急な上り坂の先で、さらに急な階段のような斜面が目の前に立ちはだかる。ゼントーくんはそこで立ち止まって、俺とシルを振り返る。


しなさい(ラウム・ディエ)・ダイ」


 そう言って、斜面の上を指差す。少しぼんやりしてしまってから、どうやら俺とシルに先に行けと言っているのかな、と気付いた。

 荒くなってしまった呼吸を落ち着かせながら、その斜面を見上げる。先は暗くて見えない。


「この上に行くみたい」


 シルに向かってそう言えば、シルは「わかった」と頷いて斜面に足をかけて、ひょいと身軽に登り始めてしまった。

 俺はそれを見上げて、覚悟を決める。ルキエーの、あのほとんど壁だった階段に比べたら、随分と階段らしい姿をしている。ちょっと急なだけで。だからきっと大丈夫だ。

 シルほどには身軽には登れないし、目の前の段差に手をつきながらだったけど、それでも大きな問題はなかった。今回は「無理」と叫ぶこともなかった。

 シルは俺のペースに合わせて、何歩か進んでは振り返って待ってくれた。ゼントーくんがすぐ後ろから、灯りを持って登ってくる。揺れる灯りが足元を照らす。

 どのくらい登ったのか、シルの体がひょいと見えなくなった。どうやら、この急斜面の最後らしい。シルの顔が覗いて、俺に向けて手を差し伸べてくる。その手を握って、最後の段差を登り切る。

 登り切って呼吸を落ち着かせながら道の先を見る。天井に穴が空いているのか、光が差し込んでいた。暗い中、差し込む光は白い柱のようにそこにあって、周囲の鍾乳石や岩を照らしている。

 灯りが大きく揺れて、ゼントーくんがやっぱり身軽に登ってきた。ぜえはあと息を整えている俺を見て、少し呆れたような顔になる。


「ソン・到着する(セイ・デーン)


 そう言ってまたすぐに歩き出す。多分、目的地が近いんだと思う。


 通り過ぎるときに、光の柱に手を伸ばして触ってみた。もちろん、ただの光だから手を伸ばしてみても、ほんのりと暖かいだけで触れるわけじゃない。暗闇とぼんやりした提灯(アイサン)の灯りに慣れた目には、なんだか本当に触れるんじゃないかって思うくらいに眩しかった。

 シルも俺の真似をして、光の柱の中に手を伸ばす。白い光を受けて、シルの白い指先まできらきらと輝いているみたいだった。




 外から差し込む光が増えてきたかと思ったら、とびきり眩しい光の塊があって、そこから外に出ることになった。

 強い風が通り過ぎて、シルの長い髪がきらきらと陽射しを受けながら広がる。強い風の中でも、ほのかに甘く感じるにおいがわかった。

 何度も瞬きをして、眩しさに目が慣れてきて、ようやく見回せばそこはあの大きな半島の、切り立った崖の上だった。

 視界のほとんどが海。


「すごい。飛んでるみたい」


 シルがはしゃいだ声を出す。そうだ、シルは本当は自分で飛びたいんだ。そう思ってシルを見る。シルは楽しそうに、遠くの海を見ている。

 崖の上には、濃い緑色の草と淡い黄色とほんのりとした赤い色の花が広がっていた。大きな葉っぱの、腰くらいの高さの草だ。その茎の先に、密集するように花がついている。咲いている花は黄色くて、(つぼみ)は赤い。

 崖のすぐ下には、ハイフイダズの家──あの平ったい船が並んでいるのが見える。その中を小舟が行き来しているのも。その高さにちょっと怖くなって、あまり足を踏み出さないようにしようと思う。


 ぼんやりと景色を眺めていたら、ゼントーくんに提灯(アイサン)を渡された。何か言われて聞き取れなかったけど、どうやら持っていれば良いらしい。

 それからゼントーくんは籠を降ろす。中からナイフを出して、草を適当な長さで切って、それを籠に入れる。

 その様子を見ながら、花びら団子(ホゥエン・カオ)の花びらの色を思い出す。あの花びらは、この花なんだろうなと思う。

 それから、朝のスープに浮かんでいた花びらも。食べ物を包んでいた葉っぱも、もしかしたらこの大きな葉っぱかもしれない。


「あれ、食べ物の花?」


 海を眺めて、それからゼントーくんの様子を見て、それでシルが首を傾けてそう言った。俺は頷く。


「そうかも」

「じゃあ、これ、食べても良い?」


 シルが、手近に咲いている花を指差す。


「え、どうだろう。そのまま食べても大丈夫かはわからないけど」

「そうなの?」

「何か処理しないと食べられないとか、あるかもしれないし」


 シルは、ちょっと唇を尖らせて、残念そうにその花を見た。


「また、花びらを使った料理、探して買うから」


 そう言ってはみたけれど、シルはまだじっと花を眺めている。




 籠にいっぱいの花を摘んで、ゼントーくんはナイフを籠に入れて、籠を背負った。

 それから、手近の黄色い花を摘むと、それを俺とシルの前に差し出してくる。なんだろうと思って見ていると、ゼントーくんはその黄色い花のガクを外す。ガクの方を捨てて、残った花をそのまま自分の口に放り込んだ。


「ヌゴ・カオ」


 そう言って、笑う。そして、手を差し出してくる。なんだろうと思ってぼんやりしていたら、提灯(アイサン)を指差してきた。それで慌てて提灯(アイサン)を差し出す。

 提灯(アイサン)を受け取ったゼントーくんは、また笑って、もう一つ花を摘んで、口の中に入れた。


「そのまま食べても良い?」


 つい今までしょんぼりとしていたシルが、期待に瞳孔を膨らませて、俺を見る。


「良い、みたい」


 実際に目の前で食べているのを見たら、食べたくなるのは仕方ない。俺は、近くに咲いていた黄色い花を一つ摘み上げた。甘いようなにおいがする。

 くっついてきたガクの部分を外して、花だけを口に入れる。花びらは、やっぱりほんのりとにおいがするだけで、特に目立った味はない。けど、花の中が甘い。この甘さは花の蜜かと気付いて、花の蜜って本当に甘いものなのか、とびっくりした。

 シルも黄色い花を一つ摘む。


「ガク……この、緑の部分は食べないみたい」

「わかった」


 シルは頷いたけれど、ガクを外すのに手間取って、その間に花びらがしなびてしまう。それを気にすることもなく、シルは花を口に入れた。

 顎をあげると、満足そうに目を細めて、花を飲み込んだみたいだった。


「花って美味しい、綺麗だし」


 すっかり機嫌が良くなったシルと二人で、もう一つずつ花を摘んで食べて、顔を見合わせて笑った。


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