第五話 ドラゴンはいるかもしれない
朝ご飯ができるまでの間、ウワドゥさんとも話した。
日はもうだいぶ高い気がするけど、朝ご飯はなかなかできない。向こうではウリングラスの人たちが集まって、太鼓を叩いて手拍子をして歌って踊ったりもしていた。
その分のんびりと話せた気はする。お互いに何度も聞き返して、聞きなおして、そうやって少しずつ話が通じる。
合間合間に果物やお茶をもらって、ダキオさんとウワドゥさんが代わりにタザーヘル・ガニュンから持ってきたドライフルーツを出して、そんなもので空腹をちょっと黙らせていた。
ウワドゥさんは──チョコレート色の肌に黒い髪の典型的なタザーヘル・ガニュンの人で──見た目で年齢を推し量るのは難しかったのだけれど、話しているうちに大学生くらいに思えてきた。親戚のお兄さんとか、そんな雰囲気の。
それでなんとなく、ラーロウは本当に同い年くらいだったんだろうな、なんて思い出す。ラーロウと一緒に笑い転げたことを懐かしく思いながら、ウワドゥさんに次の目的地の話をした。
ウリングラスの森は、海岸に張り付くような形で広がっている。
海岸に近いところでは、海面から根っこが突き出て、その海面下にも根っこが張り巡らされているらしく、舟での行き来はしない。
海岸から離れると、森が途切れる。その辺りから、海が急に深くなるらしい。深くて木が生えなくなって根っこもない。だから、その先は舟で行き来できるようになる。
森が途切れた先、海の只中には島影が見える。その島に暮らしている人たちがいて、舟はそこと行き来している。それから、さらに遠くの海岸沿いや島にも。
その島影の辺りが、多分あの地図にあったバツ印の場所。だから、そこが次の目的地。
その話をしたら、ウワドゥさんに何かを聞かれた。言葉の意味がわからずに何度も聞き返して、それでどうやら「何をしに行くのか」を聞かれているのだと気付く。
俺はちょっと悩んでから「見たい、ドラゴン」と言った。
ウワドゥさんは、きょとんとした顔で、ぱちくりと瞬きをした。その顔を見て、そっと「ドラゴン」と付け加えたけど、ウワドゥさんは眉を寄せてしまった。
タザーヘル・ガニュンにはドラゴンの骨があったし、もしかしたら伝わるかもしれない、何かわかるかもしれないと思ったけれど、どうやらそんな簡単にはいかないみたいだった。
もっといろいろと説明したくても、これ以上の言葉がわからない。
困ったな、と思って隣でお茶を飲んでいるシルを見る。シルは、このお茶が気に入ったらしい。口を尖らせてふうっと息を吹きかけては、表面が波打つのを眺めて、それから一口飲むのを繰り返している。
「クビーラ・クンナ・イラ・アズムル・クビーラ」
ウワドゥさんの声に、俺はまたそちらを向いた。ドラゴンがいる、ここで言うアズムル・クビーラは、多分地名のこと。
つまり「ドラゴンは、アズムル・クビーラという場所にいる」ということか。
俺が意味を考えるのに黙ってしまったので、通じてないと思ったのか、ウワドゥさんはオージャ語で言い直してくれた。
「ドラゴン・いる・アズムル・クビーラ」
俺は意味がわかったことを伝えるために、「わかった」と相槌をうつ。
ウワドゥさんはちょっと笑って、それからまた言葉を続けた。
「ドラゴン・いない・ウリングラス」
その言葉を聞いて、ラーロウともこんなやりとりをしたな、なんて思い出す。
ラーロウも、ドラゴンはいないと言った。
でも、タザーヘル・ガニュンにはドラゴンがいた。骨だけかもしれないけど、それでもドラゴンがいた。
ラーロウはルキエーで案内してくれていろんなことを教えてくれたけど、それはラーロウが知っていることだけだった──当たり前だけど。俺が地球の、日本の、ほんの少しのことしか知らないのと同じように、この世界の人たちだって、みんなそれぞれのことしか知らない。
だから、ウワドゥさんがいないと言ったことだって、ただウワドゥさんが知らないってだけかもしれない。
それに、いないにだって、いろんな意味がある。その詳細を聞き出せるだけの言葉も、そのニュアンスを読み取れるだけの知識も、俺が持っていないだけで。
俺は口を開く。ウワドゥさんにドラゴンを探しているんだと伝えたい。
言葉は全然足りないけど、でもこれが今の俺の精一杯だった。
「俺、行く……した、ニッシ・メ・ラーゴ。ドラゴン、いない、ニッシ・メ・ラーゴ」
俺の言葉に、ウワドゥさんは変な顔をした。もしかしたら、通じてないのかもしれない。でも、黙って聞いていてくれるのに甘えて、俺は言葉を続けた。
「行く、した、トウム・ウル・ネイ。見る、した、ルー。行く、した、アズムル・クビーラ。見る、|した、クビーラ……アズムル・クビーラ、ラハル・クビーラ」
ウワドゥさんが、あぐらの上に肘をついて、手の甲に顎を乗せた。そのまま、じっと俺を見ている。
俺は、海の方──森の向こうの、あの島影がある方を指差す。
「行きたい」
それ以上、言葉が出てこなくて、そこで途切れてしまった。何も言えなくなっていたら、ウワドゥさんが笑い出した。少し呆れたような、でも、面白そうに、俺の言うことを認めてくれたみたいな、そんな笑い方だった。
「アー……アテム・タフル・アーリブ」
何を言われているのかわからずに、通じているのかもわからずに、俺はぽかんとする。それでも、笑っているんだから、少しは伝わったんだろうか。
「あ……えっと、ありがとう?」
困惑したまま、とりあえずお礼を言うと、もっと笑われた。対応を何か間違えたのか──でも、怒ってるわけじゃなくて笑ってるなら大丈夫だろうか。
ウワドゥさんは、近くにいたダキオさんと何やら話をして、それからまた俺の方を見た。
どうやらウワドゥさんが少しの間面倒を見てくれることになった、らしい。森の向こうの、あの島に連れていってくれる、みたいだった。
案内料というか、その分のお金はきっちりと請求された。けど、あまりに何もできない、言葉もわからない俺とシルを見兼ねてのことなんじゃないかと思う。
少しでも言葉が通じて──それに、しばらくの間一緒に旅をしてきた人に頼れるのは、心強い。