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旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界  作者: くれは
第六章 大きな雲の一族
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第四話 バーラーラー

 カリコを食べ終えて、溶けた砂糖でベタつく指先と口周りをハンカチで拭って──当然シルの分も──またドラーン・ヤークを飲んで一息つく。

 子供たちも食べ終えたのか、また俺とシルの周囲に集まってきた。口々に何かを言うけど、全く聞き取れない。

 シルは困ったように俺を見上げるけれど、俺もどうして良いかわからない。

 詰め寄られたシルは少し後ずさって、俺の腕を掴んで身を寄せてくる。

 一番小さい子が、シルに触れようと手を伸ばす。一番大きい子が、小さく「シッ」と言って、その手を掴んで止めた。


 ルー・ドゥーさんも「シッ」と声を出して、それから静かに両手を合わせた。子供たちはお互いに顔を見合わせて「ティミー」「イルスーン」と口々に言うと部屋の隅に行って、そこでわちゃわちゃと何か遊び始めたみたいだった。一番年上の子だけが、その場に残る。

 子供と言っても、中学生くらい──ちょっと年下に見える程度で、歳はそんなに変わらないと思う。鮮やかな色の布地に、きらきらと輝く糸で刺繍された服。帯は黒地に金銀赤の刺繍だ。黒い髪の毛はきっちりと纏めて三つ編みにしている。

 その子──「ツェッツェシグ・ウータ」という名前だそうだ──は、少し恥ずかしそうに目を伏せてから、シルの方を見た。


「ザラー・シーン・ターニー……オール・アキィト」


 シルは当然、何を言われているかわかっていない。ただ困ったように、目の前のツェッツェシグ・ウータさんと俺の間で視線を動かす。

 俺にも彼女の言葉はわからなくて、困惑するしかできない。

 ただ、最後の言葉がもしかしたらオール・アクィトのことじゃないかというのはわかった。シルが髪に結んでいる森の飾り(オール・アクィト)が何かあるのだろうか。


ギョメク・スメ(見たい)・オール・アキィト」


 ルー・ドゥーさんがルキエーの言葉に言い直してくれて、ようやく意図がわかる。


「シルが着けてる、その飾りが見たいんだって。髪の毛の、オール・アクィト」

「これ?」


 シルが自分の髪の毛を引っ張るので、頷いてみせる。


 返してもらえるなら良いとシルが言ったので、俺はシルの髪からオール・アクィトを外す。

 きらきらする半透明の花を外して渡すと、ツェッツェシグ・ウータさんはそれを両手に乗せて、顔を輝かせた。

 そうやって、しばらく手の中のそれをじっと眺めていたかと思うと、そっと花の飾りを床に置いて立ち上がった。そして、部屋の隅をごそごそしてまた戻ってくる。その手には、きらきらと輝く糸の束が何色か握られていた。

 そして、また座って、シルのオール・アクィトを見ながら糸を撚り合わせたり捻ったり結んだりしては、見比べている。


 ルキエーの旅の中で教えてもらった、と思い出して、シルの髪に結ばれたままの拙いオール・アクィトを見る。

 それから、手のひらを差し出した。


 ツェッツェシグ・ウータさんは、俺が手を差し出す意味がわからないようで、大きく目を見開いて、少し警戒するように俺を見た。そばかすがあって、頬が赤い。

 床に置きっ放しにしていたオール・アクィトを返そうとするのを押し留めて、俺は糸を指さす。彼女は、俺にそっと糸の束を差し出した。




 一番太い金の糸を持って、手元が見えるように指で編む。ルキエーで教えてもらったやり方をまだ覚えていてほっとする。

 ツェッツェシグ・ウータさんは真剣な目で俺の手元を見て、しばらく黙って見ていた。

 シルが、俺の肘の辺りを掴んで引っ張るので、ちょっと手を止めて顔を上げる。


「まだ?」

「もう少し待って、すぐだから」


 シルにそう言って、俺はまた手を動かす。

 やがてツェッツェシグ・ウータさんは、俺の真似をして指先を動かし始めた。俺よりも指の動きは早いし、俺よりも綺麗な仕上がりだ。

 その出来上がりを見ると、得意げにこんなことをしてる自分が少し恥ずかしい。


 ツェッツェシグ・ウータさんはそのまま親指の長さくらいを編んで、それを持ち上げて眺めた。それから、床に置かれているオール・アクィトと比べて眺め、満足そうに笑った。


「バーラーラー」


 なんと言われたのかがわからなくて、ただ瞬きを返すしかできない。

 ルー・ドゥーさんが笑って、ルキエーの言葉に訳してくれた。


ありがとう(イーニャ・クリャア)


 その言葉にほっとする。こういう時はなんて言うんだったけ。ラーロウはなんて言っていただろうか。


「どういたしまして……あー、トゥットゥ、じゃなくて……ニャアダ」


 その言葉の意味は、多分伝わってないと思うけど、それでも彼女は笑った。そして、オール・アクィトをそっと持ち上げて、シルに返す。

 シルはそれを受け取って、ぎゅっと胸の前に握り締めると、俺を見た。


「これ、また着けて」

「え、今から? もうじき夕方だし、夜にはまた外すよ?」


 俺の言葉に、シルの唇がまた少し尖る。オール・アクィトを押し付けるように、俺に向かって突き出した。


「着けてたい」

「それなら、やるけど」


 カリコを食べて和らいだと思ったシルの不機嫌さが、また戻ってしまった。

 シルから受け取った森の飾り(オール・アクィト)をシルの髪に編み込んでゆく。これはもう、だいぶ慣れたものだ。

 そうやって編み込みながら、シルの不機嫌の理由を考える。考えるけれど──わからない。


 ツェッツェシグ・ウータさんが俺とシルの側に寄ってきて、俺の手元をじっと見る。こういうものに、興味があるんだろうなと思って、手元が見やすいように、できるだけゆっくりと編み込みをする。


「ユーヤ、まだ?」


 シルが俯いて、不機嫌な声でそう言った。


「もうちょっと。曲がっちゃうから、顔を上げて」


 俺の言葉にも、シルは顔を上げない。編み込みがいつもより少し歪つになってしまい、花が少し曲がって見える。


ありがとう(バーラーラー)


 だいたいわかったのだろうか、ツェッツェシグ・ウータさんは、そう言って顔を上げた。

 俺は少し手を止めて、彼女に返事をする。


「ニャアダ」


 ツェッツェシグ・ウータさんはにっこりと笑って、それから糸を持って部屋の隅に行った。そこで、一人で糸を編み始める。


 俺は編み込みを終わらせるとそっと蝶々結びをして、シルに小さく「終わったよ」と言った。

 シルは小さく頷いて、けれど顔を上げないままだった。

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