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旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界  作者: くれは
第十七章 旅の終わり、そしてドラゴンの少女と
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第四話 名前の意味

「俺は……多分、この世界とは別の世界で暮らしていたんだと思います。それで、どうしてこの世界に来たのかはわかりません。気付いたら知らない場所で、目の前にドラゴンがいました。あなたと同じように、首に金色の光の輪が付けられていた」

「意味がわからない」

「俺にもわからないんです、すみません。でも、本当のことです」


 レキさんは、信じられないとでも言うように、首を降った。構わず、俺は話し続ける。


「目の前のドラゴンは苦しそうにしていて、助けて、と言われた気がしました」

「言葉が通じるのは、人の術のせいだ。術を動かせるなら、術者はお前だろう」


 今度は俺が首を降る。


「俺は、術とかそういうことは何も知りません。ただ、助けてと言われたから、助けようと手を伸ばした。そしたら、金色の首輪が外れて、そのドラゴンが人の姿になっていました。それがシルです」

「お前がくれた名前だと、あの女が言っていた」

「そうですね。シルは最初、名前を知らないと言っていて、名前がないのは不便だから俺が付けました。そうしたら……そう、胸に模様が」

「術が完成したんだ。わたしたちを縛るための術で、必要なものはお互いの名前らしい。それでわたしは名前をもらわなかった。名前があると人に縛られるから、と。きっとあの女も、そうだったんじゃないか」


 だからレキさんは、名前を聞いてあんなに怒ったのか、と納得した。それに、名乗るための名前も持っていなかった。

 なんて返そうか迷っている間に、レキさんは話を続けていた。


「それでも、名前がなくても、人は俺を縛った。長い間、死にもせず生きもせず眠り続けることになった。人の術はよくわからない。気付けばその人もいなくなった。それでも術は動き続けた。人に奪われた仲間がどうなったのかも、わたしにはわからない」

「術とか昔のこととかは、俺にはわかりません。自分がやったことの意味も、こうして話を聞いても、まだわからない」


 ふと、タザーヘル・ガニュンで見たアズムル・クビーラを思い出す。あのドラゴンには、名前はあったんだろうか。

 レキさんが、身を乗り出して俺の顔を覗き込む。その瞳はシルに似た淡い青だったけど、今は冷たく凍った湖のような色をしていた。


「お前は……本当に何も知らないのか。術者の人じゃないのか」

「わかりません。俺は何も知らない。きっと、あなたの方がずっと詳しい」


 レキさんを真っ直ぐに見返して、俺ははっきりと答えた。レキさんはしばらくじっと俺の顔を見ていたけど、やがて大きく息を吐いて首を振った。椅子に座り直して、改めて俺を見る。


「信用はできない。でも、もう良い。お前の話も、あの女と同じだ。ちっともわからない」

「シルも俺も、自分たちに何が起こってるのか、わからないままだったんです、ずっと」


 苦笑混じりにそう返せば、レキさんは眉を寄せてまた息を吐いた。


「それで……お前たちはそんな状態で、何をしていたんだ」


 何を──俺はいろんなことを思い出して、考える。

 シルと二人でずっと旅をしてきた。いろんなものを見て、美味しいものを食べて、新しい景色に笑って──でも、レキさんが聞きたいのはきっとそんなことじゃない。

 きっと、そういう楽しいことは、シルがもう話してくれた。だから俺は、旅を始めるときに考えていたことを口にする。


「正直なところ、最初の頃、俺はどうして良いかわからなくて。知らない世界で、言葉も通じなくて……シルのことも、どうしたら良いのかわからなかったんです。だから、シルの仲間が見付かれば、なんとかなるんじゃないかって考えていた気がします。それで、シルみたいなドラゴンを探そうとしてました」

「ドラゴンは、他にいなかったのか」


 レキさんの言葉に頷きかけて、俺は慌てて首を振った。


「わかりません。もしかしたら、どこかにはいたのかも。でも、俺は言葉が通じなかったし、ドラゴンをどうやって探せば良いのかもわからなかった。手掛かりだって、わからなくて。だからきっと、見落としていることだって、いっぱいあった」


 そう、わからないだけ。もしかしたらどこかにはいるのかもしれない。

 そう言いたかったのに、俺の言葉はきっと、レキさんには「もういない」と聞こえてしまったような気がした。

 あれほど俺を睨んでいたレキさんだけど、今はどこかぼんやりとした視線を宙に彷徨わせていた。そのまま黙って何も言わないでいるから、居心地の悪さに、俺は話を先に進めてしまった。


「ずっと、ドラゴンを探していたんです。言葉が通じないから、なかなか見付からなかったし、うまくはいかなかったけど。それでもずっと旅をして、それで途中でレキウレシュラという名前を聞いて、レキウレシュラの場所を知って、それでハクットゥレさんに会って、ようやくここに辿り着きました」

「お前は……」


 何かを言いかけたレキさんは、少し言葉を止めた。そして俺を見る。その目付きが、急に鋭く、俺を睨む。俺はレキさんのその視線を見返して、その言葉を待った。

 レキさんが言葉の続きを言うまで、何秒くらいだっただろうか。


「お前が俺に触れたのは、術を完成させるためだと思った」


 その言葉に、俺は首を振って応える。


「さっきも言いましたが、俺にはその術というのはわかりません。ただ、俺はなぜかシルの首輪を消すことができた。それで、レキさんを見て、きっとまた同じことができると思ったんです。どうして俺にそんなことができるのかはわからない。でもそれができるなら、きっと俺はそのためにこの世界にきたんじゃないかって、あの時は思いました。それが正しいかはわからないけど」

「助ける、と言っただろう」


 レキさんの言葉に、俺は瞬きをした。レキさんは、やっぱり睨むように俺を見ていた。俺はその視線に微笑みしか返せない。


「言いました。シルの時もそうでした。本当は、助けるなんて、どうやって良いのか何もわかってないんです。でも、シルは首輪が外れて、外に出て、旅をして、楽しそうにしていた。たくさん笑っていた」


 話しながら、この旅は本当に終わってしまったんだと思った。

 旅の間、シルはいつも隣にいた。俺は、シルにたくさん不安そうな顔をさせてしまった気がする。でも、それ以上に、シルの中に楽しい思い出はできただろうか。

 フィウ・ド・チタの二つの川が重なる景色。ニッシ・メ・ラーゴから見た雨の柱。ルキエーの深い森と、その奥深くにある大きな湖。トウム・ウル・ネイの上できらきらと降り注いでいた氷の粒。タザーヘル・ガニュンの砂漠で見上げた星空。ウリングラスで感じた雨の音と海の色。ハイフイダズで咲いていた甘い蜜の花とそれを揺らす風。バイグォ・ハサムで見た不思議な光と蛙の鳴き声。チャイマ・タ・ナチャミで見下ろした谷底の深さと吹き抜ける強い風。トネム・シャビの夏の夜と冬の雪景色。

 シルの髪がいろんな光を映して輝く様子を思い出して、俺はまた泣いてしまった。


「俺はただ、助けたかったんです。どうして良いのか、今もやっぱり何もわからないけど。でも、助けたかったんです。シルのことも、レキさんのことも、ハクットゥレさんのことも。閉じ込められて、縛られているのは、苦しそうだったから。俺はきっと、うまくできなかったけど」


 なんだか泣いてばっかりだ、と思うけど、涙は止まらなかった。どうやったら、もっとうまくできたんだろう。俺はうまくできなかったのに、シルはたくさん笑ってくれた。本当はずっと、助けられていたのは俺の方だ。

 レキさんの溜息が降ってきた。


「もう良い。人の言うことは、やっぱりわからない」


 止まらない涙をそのままにしてレキさんを見上げれば、レキさんは不機嫌そうに顔を歪めた。


「ただ、お前のことを噛み殺しても仕方がないのはわかった」


 そう言って、レキさんは部屋を出ていった。

 俺は一人になって、止まらない涙を持て余しながら、これまでの旅を思い返していた。その中で見た景色、出会った人、食べたもの、あれこれ思い出していると、また勝手に涙が出てくる。それでも、思い返さずにはいられなかった。

 そうやって泣いているうちに、ベッドに倒れこんで、気付けば俺は眠っていた。眠っても、夢の中でも、出てくるのは旅で見た景色とシルの楽しそうな顔だった。





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