第四話 ドラゴンはレキウレシュラにいる
シルが「ドラゴン」と言うとき、実際にはシルの口は「レキ」か「レキー」と発音しているみたいだった。後ろに何か言葉がくっつくと「レキウ」とか「レキュー」のような音になる。たったこれだけなのに、聞き分けるのがとても大変だった。
つまり、レキウレシュラの言葉で「レキ」というのがドラゴンのことみたいだ。レキウレシュラという地名の意味は「ドラゴンの住処」らしい。
ハクットゥレさんとは何日かに一度、夜の灯りの中、みんなが歌い踊る片隅で話している。
すぐにレキウレシュラに行くことはできないらしい。ハクットゥレさんは、雪が解けて暖かい季節になったから、レキウレシュラからシャビマ──トネム・シャビ周辺の地域の名前らしい──にやってきた。
トネム・センルベトで働いて、レキウレシュラでは手に入らないものだとか保存食だとかを買い貯めて、暖かい季節が終わる前にレキウレシュラに戻るのだと言う。
その時で良ければ一緒にレキウレシュラまで行って良いと言ってもらえた。そのまま寒い季節をレキウレシュラで過ごすことになるけれど、という条件付きだ。
シルは「ユーヤが一緒ならそれで良い」と頷いた。
それで、俺とシルはトネム・センルベトで暖かい季節を過ごすことになった。こうしてハクットゥレさんと話してレキウレシュラの話を聞いたりはしているけど、それにしてもなんだかずっと、シルと踊っているだけのような気がしてくる。
ハクットゥレさんとシルの会話は、俺にはほとんど聞き取れなかった。シルの話す言葉の意味はわかる。でも音の方は難しい。独特の抑揚が言葉として聞き取るのを難しくしている。単語の区切りがわかりにくい。
それでも諦めずに、頭で理解できてしまう意味と音を照らし合わせていると、ようやく幾つか単語として聞き取れることがある、という感じだった。「ドラゴン」という単語はその一つだ。
ハクットゥレさんが話す言葉の方は、意識してゆっくり話してもらって、ようやく聞き取れるかどうか。ただ、ハクットゥレさんはシャビマの言葉も少し話せるみたいだった。
ハクットゥレさんと、シルと、俺。俺はハクットゥレさん相手には片言のシャビマの言葉で話す。ハクットゥレさんも俺にはシャビマの言葉で話してくれるけど、俺にはわからない言葉が多過ぎた。
そういう時はハクットゥレさんはレキウレシュラの言葉で話した。それをシルが聞いて、そのまま繰り返して俺に教えてくれる。俺も言葉が出てこない時は、シルに向かって日本語で話す。そうしたらシルがハクットゥレさんにレキウレシュラの言葉で伝えてくれる。
とても遠回りで時間がかかるめちゃくちゃな会話だったけど、それでも何度か顔を合わせて話しているうちに、お互いに少しはスムーズに話せるようになってきた気がする。知らない人ではなくなって、見知らぬ人と話す緊張が解けてきたからかもしれない。
それに、ルキエーでラーロウとオージャの言葉で話していたときも、こんなだったなと思い出したからかもしれない。ラーロウとは、オージャの言葉もルキエーの言葉も日本語も、全部ごちゃ混ぜで話して笑ってたんだった。
ごちゃ混ぜという言葉を思い出したら、潮風の中で食べた、チーズが使われた料理の味を思い出す。あれはドラゴンの島だった。そこで、そんな名前の料理を食べたんだった。
ハクットゥレさんに「どこから来たのか」と聞かれて「ルキエーよりも遠いオージャよりもさらに遠いところ」とシルに伝えてもらった。ハクットゥレさんは遠い地名を知らないらしく、静かに首を振っただけだった。
どうやらシャビマとルキエーの間に、別の国か地域があるみたいだけど、そっちは俺の方がわからない。それよりも遠いと伝えたら、ハクットゥレさんはようやく頷いた。
それで次には「何をしに来たのか」と聞かれた。なんて答えようかと迷っている間に、シルが話し始めてしまった。
「レキアルフィーナエウラ」
「レキアルエーシュ」
シルはハクットゥレさんの呟きに頷いて、さらに言葉を続けた。シルの発音が難しくて、俺はもう声を追いかけるのを諦めてしまった。
「わたしはずっと四角の中にいたから、何も知らない。前のこともあんまり思い出せない。でも、わたしはドラゴンだって、ユーヤが言った」
ドラゴンという言葉が出てきて、俺は止めた方が良いかもしれない、とシルを見た。だけど、もう言ってしまった後だった。それに、シルはじっとハクットゥレさんを見て、真面目な顔で言葉を続けていた。ハクットゥレさんも真面目な顔でシルの言葉を聞いている。
シルの邪魔をしたくない。シルに任せても良いのかもしれない。俺が割って入る必要なんか、ないのかもしれない。そう思って、俺は黙って見ていることにした。
「四角の中で、わたしの隣にいたのもドラゴンだったんじゃないかって、ユーヤは言った。わたしの言葉とか歌とかは、その隣にいた何かに教えてもらった。この言葉も歌も、レキウレシュラのものだって聞いた」
シルの言葉に、ハクットゥレさんが頷いた。その後に続いた言葉は、俺には聞き取れなかった。ただ中に「レキウレシュラ」という言葉が入っているのだけは聞こえた。
ハクットゥレさんの言葉に、シルは何度か瞬きをして、それからまた口を開く。
「わからないけど、レキウレシュラに行けば何かわかるかもしれない。何かわかるなら嬉しい。それに、もしドラゴンがいるなら会ってみたい。レキウレシュラエウェーレキエルエーシュ」
シルが真っ直ぐにハクットゥレさんを見る。ハクットゥレさんはその視線を受けて、静かに頷いた。
「オゥヤ……レキエルレキウレシュラエウェー」
何度か瞬きをした後に、シルがその言葉を繰り返した。
「レキエルレキウレシュラエウェー」
レキウレシュラにドラゴンがいる。
本当にドラゴンがいるのか、それとも何か別のことを表現しているのかは、俺にはわからなかった。
ハクットゥレさんの話によれば、レキウレシュラの人はドラゴンの血を持っているのだという。ハクットゥレさんはその中でもドラゴンの血が強いから、レキウレシュラでドラゴンを守る役目があるらしい。
そのドラゴンを守る役目というのも、どういうことなのかはわからなかった。
「シャーウエーフキールレエト」
ハクットゥレさんの言葉をシルが繰り返してくれる。
「シャーウエーフキールレエト」