第六話 渡り鳥が旅立つ頃
長く続いた吹雪の日が減って、よく晴れた日に二階のドアから外に出た。ドアの外には木の板に囲まれた空間があって、外はさらにその先。
暖炉に暖められた肌に、外の空気は痛いくらいだった。頭も顔も毛皮で覆っているけど、それでも息をすると冷たい空気が体に入ってきて、体の内側を洗っていかれたような気分になる。雪に反射する陽の光は眩しくて、何度も瞬きをしてしまう。
子供たちが、船のような形のソリを出してきて、雪の上に置いた。三つのソリに別れて乗り込んだ。俺とシルはトネムくんと一緒だった。
木の棒で雪を掻いて進む様子は、本当に船みたいだ。それでみんなで湖の近くまで行った。
「気を付けて」
トネムくんが少し先の雪を指差して、あれこれと教えてくれる。申し訳ないことに半分も聞き取れなかったけど、どうやらこれ以上進むのは危ないらしい。湖に落ちてしまう、ということかもしれない。
「この先は進んじゃ駄目みたい。危ないって」
大きく目を見開いて雪景色を眺めていたシルにそう伝えれば、シルは大人しく頷いた。
「雪の鳥」
トネムくんが声を上げて指差した。その先には凍った湖面の上に鳥がいた。あれがきっと雪の鳥なんだと思う。
こうやって見ていると、まるで氷の上の染みのような、そんな色合いだった。何かの影のようにも見えて、じっとしていたらきっと見落としてしまう。そう思って見ていたら、中の一羽が羽を大きく広げた。それに釣られてか、周りの鳥たちも羽を広げる。
そうして飛び立つ羽の色は白くて、陽の光の中だと銀色にも見えて、確かに雪の色だと思った。
「綺麗!」
隣で、シルが飛び立つ鳥を指差して声を上げる。雪に似た銀色の髪で、氷のような瞳で。
そうやってしばらく雪景色を見て、また家に戻る。このソリのことは「雪の舟」と呼ぶらしい。そのままの名前だった。
帰り道に、鳥の羽根を見付けて拾ったりもした。シルは「気を付けて」と言われながら雪の舟から身を乗り出して拾った。
黒い羽根は歌うたいという黒い水鳥のもの。白い羽根は雪の鳥の風切羽根。雪の鳥の風切羽根はシルの髪の毛のように、陽の光を受けて鮮やかに輝いた。
家に戻ってお湯に入れて洗って、乾かす。そのままでも良いらしいけど、せっかくだからと教えてもらって固めることにした。形を整えてから糊のようなものを表面に塗って、またそれが乾くまで部屋にぶら下げる。
乾いて固くなった表面を触って、柔らかな触り心地も良かったななんて思う。でも、そのまま持ち歩くと駄目にしてしまいそうだった。大事に取っておきたいから、きっとこれで良い。
シルの指が雪の鳥の風切羽根をそっと持ち上げた。乾いた糊が艶々として、羽ばたいた時の輝きを思い出す。
「鳥、綺麗だった」
シルの声に頷きを返す。
「うん、本当に、名前の通りに雪みたいだった」
シルの手はゆらゆらと羽根を揺らして、その白い色が羽ばたく光景を思い出しているみたいだった。
そうやって揺れていた羽根が、俺の胸元に差し出される。受け取って良いのかわからなくてシルを見ると、シルは楽しそうに笑っていた。
「これは、ユーヤの分。ユーヤが持ってて」
それでもまだ、受け取ることができないでいた。シルの顔と白い羽根の間で視線を彷徨わせる。
「俺の?」
「そう。ユーヤの」
「シルは、良いの?」
俺の言葉に、シルは頷いた。
「ユーヤが持ってて」
シルが真っ直ぐにそう言うから、俺はその雪のような白い羽根を受け取った。動かすと、きらきらと雪のように輝いて、その色合いはシルの髪の毛にも少し似ていた。
「わたしはこっち」
そう言ってシルは歌うたいの黒い羽根を持ち上げた。
「白い方じゃなくて良いの?」
俺の言葉に、シルは黒い羽根を持ち上げてかざして見せた。
「黒い色って、きらきらして綺麗だから」
確かにその羽根の色は、艶やかに周囲の色を映す黒だった。今は暖炉の炎を映して赤い。そういうことかと思って、俺は頷いた。そういえばハイフイダズでブレスレットを買ったときも、黒い色が一番きらきらしてるって言ってた気がする。
そんなことを思い出していたら、シルが黒い羽根を手に持ったまま、俺の方を見た。シルのアイスブルーの瞳にも、今は暖炉の炎の赤い色が映っていた。
「ユーヤの髪も、櫛で梳かすとこんな色」
俺の髪がこんな色──きらきらしているということだろうか。
その言葉に何も言えなくなっている間に、ケヴァさんが「シル、ユーヤ」と呼ぶ声がした。シルはポシェットに歌うたいの黒い羽根をしまって、「はい」と返事をする。
三歩進んだシルが振り返って、まだ動けないでいた俺に「ユーヤ、手伝って」と言って笑う。俺がそれに「はい」と返事をして、こうやって伝わることが嬉しくて、二人で笑い合う。
シルを追いかけながら、俺は雪の色をした羽根を上着の内側にそっとしまい込んだ。
暖かい日が増えてきて、積もっていた雪もだんだんと減ってくる。そうすると歌うたいが鳴き始める。
歌うたいの鳴き声は、本当に歌のようだった。子供たちには、歌うたいの鳴き声を真似たという歌を教えてもらった。
歌うたいが歌を歌う
リーリル・リル・ラル
ラル・ルラッタ リル・リラッタ
そんなフレーズで始まるその歌は、歌詞にほとんど意味がないらしい。間違えずに歌うのは思ったよりも難しかった。何度も間違って子供たちに駄目出しをされる。でも、それも面白かった。
もう少し暖かくなって雪がもう少し解けたら、街の広場に集まって歌うたいの歌を歌って踊るらしい。
それが寒い季節の終わりで暖かい季節の始まり。みんなで夜通し大騒ぎする。きっとお祭りのようなものだと思う。
その頃には旅人という名前の渡り鳥がやってきて、入れ替わるように雪の鳥は旅立って──そして俺とシルもきっと旅立つ。
船でトネム・シャビを渡って、トネム・センルベトまで。そうしたら川を遡ってレキウレシュラまで。
その先はわからない。それでも俺はシルと一緒にいると約束をした。だから、先に進める。だから、旅をする。
俺はシルと、旅をする。
『第十五章 雪の季節』終わり
『第十六章 ドラゴンの巣』へ続く