第四話 ホレ・タッシ・タッシ
吹雪の日が続いた。とは言っても、強い風の音やそれで叩きつけられる雪の音が聞こえるくらいで、家の中は暖かい。
家の中での過ごし方も、もういつもの通りだ。暖炉の前に集まってお喋りをして、料理をする。それから音楽もあった。楽器を弾いたり歌を歌ったり。外の吹雪の音が聞こえなくなるくらいに、賑やかに過ごす。
リョマというのは打楽器で、洗面器くらいの大きさの木でできた枠に革が貼ってある。その革の部分を木のバチで叩く。バチを軽く持って撫でるように振っているだけに見えるのに、ドゥン、と想像よりも低く響く音がする。
なかなか思ったように音が響かないでいたら、やっぱり子供たちが取り囲んであれこれ教えてくれる。俺の手からバチを取り上げて、あれこれ言いながら叩いてみせる。
「よく出来た」
頷いてそう言えば、バチは次の子に。そうやってそれぞれに腕前を披露してくれて「よく出来た」「ありがとう」と繰り返していたら、バチはまた俺のところに戻ってきた。
子供たちの手の動きを真似しながら、コココヤを思い出して手首を動かせば、最初よりは良い音が出た。子供たちにも「よく出来た」と言われて、楽しくなってくる。
良い音になったり、響かなかったり、音はなかなか安定しないけど、でも繰り返すうちにちゃんとリズムになったし、音楽のようになってきた。俺の頼りない音に、子供たちが手拍子で合いの手を入れる。それだけでももう、音楽になってしまう気がした。
シルの方はジョウシという楽器が気に入っているみたいだった。膝の上に置けるくらいの細長い胴体に、五本の弦がある。弦はそれぞれに音の高低があって、両手の指先で弾いて音を鳴らす。決められた順序で弦を弾けば、それがメロディになる。
シルも最初はただ指先で弾いて、ぴん、ぴんと音を鳴らしていただけだったけど、何回も教えてもらううちにメロディを辿れるようになっていた。今までは、そうなる前に飽きていたのに──もしかしたら、少しでも言葉が通じているからかもしれない。
辿々しくワンフレーズを鳴らして「よく出来た」と言われて嬉しそうに笑うシルを見て、そんなことを思う。
確かそれも吹雪の日だった。
その日は確かみんなで肉のパンを焼いて食べて、その後また子供たちが楽器を持ち出して、みんなで楽器を弾いて歌ったりしていた。
暖かい季節の夜にもよく聞いた踊りの曲。全部は聞き取れなかったけれど、途中のところは一緒に声を出して歌えるようになった。
踊りを踊って
跳ねて 跳ねて 跳ねて
歌を歌って
ディラ・ルッタ ディラ・ラッタ ルラ・歌を歌う
それに合わせてみんなで代わる代わるリョマを叩いてジョウシを弾く。誰かが失敗しても誰も気にしない。
女の子──ヴァロという名前の子が、立ち上がってシルの腕を引っ張る。
「踊って」
シルはびっくりした顔で俺を見る。俺も、家の中で踊って良いものかわからず、困って向こうのテーブルできのこのお茶を飲んでいたケヴァさんを見た。
ケヴァさんは「気を付けて」とは言ったけど、それ以上止めようとはしなかったので、どうやら大丈夫らしい。
「踊って、良いみたい」
俺の言葉に、シルは嬉しそうに笑って、立ち上がった。それで、敷物の外でヴァロちゃんと向かい合って手を繋いで、跳ね始めた。
踊りを踊って
跳ねて 跳ねて 跳ねて
跳ねてという歌声に合わせて、二人が跳ねる。どのくらいそうやって二人で踊っていたのか、どのくらいみんなで歌っていたのか、やがてヴァロちゃんが大笑いしながら敷物の上に座り込んだ。
それで一度音楽が止まった。壁の向こうを吹き抜ける風の音と、暖炉で薪が爆ぜる音が響く。
シルが俺の隣に戻ってきて座ると、ヴァロちゃんがシルの手を取って、その手首に巻いていたコココヤをじっと見る。
「コココヤ」
俺の言葉に、ヴァロちゃんはシルの手を握ったまま、俺を見上げた。
「チャイマ・タ・ナチャミ……買う、コココヤ」
俺の言葉に、ヴァロちゃんだけでなく他の子供たちも首を傾ける。俺が買った方のコココヤも見せようと思い付いて、立ち上がった。不安そうに見上げてくるシルに、大丈夫と笑いかける。
「シル、コココヤを持ってくるだけだから、少し待ってて」
それから、子供たちには「待って」と言い残して、俺は部屋にコココヤを取りに戻った。
コココヤを持ってきて鳴らしてみせたら、子供たちはみんな面白がってやりたがった。俺も別にうまくはないけど、みんな「良い・良い」と笑う。
そうやって、コココヤもみんなの手の中を移ってゆく。やっぱりリョマの時の手の動きと似てるところがあるんだと思う。みんなすぐにコツを掴んで良い音を鳴らすようになった。
「シル、踊ったら?」
俺がそう声をかけたら、シルは嬉しそうに頷いてまた立ち上がった。コココヤの音に合わせるのは、チャイマ・タ・ナチャミの踊りだ。
あの時にちょっと踊っただけだったけど、シルはよく覚えていた。シルがくるりと回ると、銀色の髪がふわりと広がって、暖炉の火の色を映して赤く輝く。ヴァロちゃんが「イサ」と歓声を上げた。意味はわからないけど、きっと良い言葉だと思う。
そうやってまた、みんなで代わる代わる楽器を鳴らす。気付けばみんなが知っているこの辺りの曲になって、俺は今度はコココヤでそれに参加する。シルの踊りは、この辺りのものとチャイマ・タ・ナチャミのものとが混ざってしまっていたけど、それでもみんな楽しそうだった。
そうやって何曲も何曲も、歌って踊って──ふと、聞き覚えのある旋律が流れてきて、俺は手を止めてシルを見た。
シルもそれに気付いたらしい。動きを止めて、ぼんやりとした顔で俺を見た。
その曲は、シルが時々歌ってくれる、あの雪の歌だった。