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旅をする──ドラゴンの少女と巡る異世界  作者: くれは
第十四章 巨人の湖
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第四話 ホレ・タッシ・タッシ

 吹雪(ルミルーシュ)の日が続いた。とは言っても、強い風の音やそれで叩きつけられる雪の音が聞こえるくらいで、家の中は暖かい。

 家の中での過ごし方も、もういつもの通りだ。暖炉の前に集まってお喋りをして、料理をする。それから音楽もあった。楽器を弾いたり歌を歌ったり。外の吹雪(ルミルーシュ)の音が聞こえなくなるくらいに、賑やかに過ごす。

 リョマというのは打楽器で、洗面器くらいの大きさの木でできた枠に革が貼ってある。その革の部分を木のバチで叩く。バチを軽く持って撫でるように振っているだけに見えるのに、ドゥン、と想像よりも低く響く音がする。

 なかなか思ったように音が響かないでいたら、やっぱり子供たちが取り囲んであれこれ教えてくれる。俺の手からバチを取り上げて、あれこれ言いながら叩いてみせる。


よく出来た(ハイバ・クトー)


 頷いてそう言えば、バチは次の子に。そうやってそれぞれに腕前を披露してくれて「よく出来た(ハイバ・クトー)」「ありがとう(イトス)」と繰り返していたら、バチはまた俺のところに戻ってきた。

 子供たちの手の動きを真似しながら、コココヤを思い出して手首を動かせば、最初よりは良い音が出た。子供たちにも「よく出来た(ハイバ・クトー)」と言われて、楽しくなってくる。

 良い音になったり、響かなかったり、音はなかなか安定しないけど、でも繰り返すうちにちゃんとリズムになったし、音楽のようになってきた。俺の頼りない音に、子供たちが手拍子で合いの手を入れる。それだけでももう、音楽になってしまう気がした。

 シルの方はジョウシという楽器が気に入っているみたいだった。膝の上に置けるくらいの細長い胴体に、五本の弦がある。弦はそれぞれに音の高低があって、両手の指先で(はじ)いて音を鳴らす。決められた順序で弦を(はじ)けば、それがメロディになる。

 シルも最初はただ指先で(はじ)いて、ぴん、ぴんと音を鳴らしていただけだったけど、何回も教えてもらううちにメロディを辿れるようになっていた。今までは、そうなる前に飽きていたのに──もしかしたら、少しでも言葉が通じているからかもしれない。

 辿々しくワンフレーズを鳴らして「よく出来た(ハイバ・クトー)」と言われて嬉しそうに笑うシルを見て、そんなことを思う。




 確かそれも吹雪(ルミルーシュ)の日だった。

 その日は確かみんなで肉のパン(リハトゥ)を焼いて食べて、その後また子供たちが楽器を持ち出して、みんなで楽器を()いて歌ったりしていた。

 暖かい季節(カサミ・ウシ)の夜にもよく聞いた踊りの曲。全部は聞き取れなかったけれど、途中のところは一緒に声を出して歌えるようになった。


 踊りを踊って(ホレ・タッシ・タッシ)

 跳ねて(ホレ・パッタ) 跳ねて(ホレ・パッタ) 跳ねて(ホレ・パッタ)

 歌を歌って(ホレ・ラウ・ラウ)

 ディラ・ルッタ ディラ・ラッタ ルラ・歌を歌う(ラウ・ラウ)


 それに合わせてみんなで代わる代わるリョマを叩いてジョウシを(はじ)く。誰かが失敗しても誰も気にしない。

 女の子──ヴァロという名前の子が、立ち上がってシルの腕を引っ張る。


踊って(ホレ・タッシ)


 シルはびっくりした顔で俺を見る。俺も、家の中で踊って良いものかわからず、困って向こうのテーブルできのこのお茶(シェニア・エフウ)を飲んでいたケヴァさんを見た。

 ケヴァさんは「気を付けて(ホレ・ワライッタ)」とは言ったけど、それ以上止めようとはしなかったので、どうやら大丈夫らしい。


「踊って、良いみたい」


 俺の言葉に、シルは嬉しそうに笑って、立ち上がった。それで、敷物の外でヴァロちゃんと向かい合って手を繋いで、跳ね始めた。


 踊りを踊って(ホレ・タッシ・タッシ)

 跳ねて(ホレ・パッタ) 跳ねて(ホレ・パッタ) 跳ねて(ホレ・パッタ)


 跳ねて(ホレ・パッタ)という歌声に合わせて、二人が跳ねる。どのくらいそうやって二人で踊っていたのか、どのくらいみんなで歌っていたのか、やがてヴァロちゃんが大笑いしながら敷物の上に座り込んだ。

 それで一度音楽が止まった。壁の向こうを吹き抜ける風の音と、暖炉で薪が爆ぜる音が響く。

 シルが俺の隣に戻ってきて座ると、ヴァロちゃんがシルの手を取って、その手首に巻いていたコココヤをじっと見る。


「コココヤ」


 俺の言葉に、ヴァロちゃんはシルの手を握ったまま、俺を見上げた。


「チャイマ・タ・ナチャミ……買う(スタア)、コココヤ」


 俺の言葉に、ヴァロちゃんだけでなく他の子供たちも首を傾ける。俺が買った方のコココヤも見せようと思い付いて、立ち上がった。不安そうに見上げてくるシルに、大丈夫と笑いかける。


「シル、コココヤを持ってくるだけだから、少し待ってて」


 それから、子供たちには「待って(ホレ・ドゥッタ)」と言い残して、俺は部屋にコココヤを取りに戻った。




 コココヤを持ってきて鳴らしてみせたら、子供たちはみんな面白がってやりたがった。俺も別にうまくはないけど、みんな「良い(ハイバ)良い(ハイバ)」と笑う。

 そうやって、コココヤもみんなの手の中を移ってゆく。やっぱりリョマの時の手の動きと似てるところがあるんだと思う。みんなすぐにコツを掴んで良い音を鳴らすようになった。


「シル、踊ったら?」


 俺がそう声をかけたら、シルは嬉しそうに頷いてまた立ち上がった。コココヤの音に合わせるのは、チャイマ・タ・ナチャミの踊りだ。

 あの時にちょっと踊っただけだったけど、シルはよく覚えていた。シルがくるりと回ると、銀色の髪がふわりと広がって、暖炉の火の色を映して赤く輝く。ヴァロちゃんが「イサ」と歓声を上げた。意味はわからないけど、きっと良い言葉だと思う。

 そうやってまた、みんなで代わる代わる楽器を鳴らす。気付けばみんなが知っているこの辺りの曲になって、俺は今度はコココヤでそれに参加する。シルの踊りは、この辺りのものとチャイマ・タ・ナチャミのものとが混ざってしまっていたけど、それでもみんな楽しそうだった。

 そうやって何曲も何曲も、歌って踊って──ふと、聞き覚えのある旋律が流れてきて、俺は手を止めてシルを見た。

 シルもそれに気付いたらしい。動きを止めて、ぼんやりとした顔で俺を見た。


 その曲は、シルが時々歌ってくれる、あの雪の歌だった。


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