Arousal due to Vomiting Reflex
※この小説には嘔吐表現が含まれます※
セリフ「すぐ楽になるよ」を使用すると言う決まりで執筆しました。
ー飲みすぎた…。すごく気持ちが悪い…。頭がガンガンする…。
今日は会社の飲み会だ。正直、苦手なんだよな…。先輩は不平不満を吐き散らしているし、後輩達は互いに無茶振りしてバカ笑いしてるし、となりの課長はタバコくさいし…。好きになる要素が全くない。
ー気持ち悪い…視界がかすむ…。
ここで吐いてはいけないと思い、口元を押さえつつ、トイレへ急ぐ。急ぐと言っても人をかき分け、一歩ごとに胃が揺れるので遅いものである。粘度の高い唾液が急激に分泌され、緊張が走る。
ー足裏が大波を立てている…。あれ…通路ってこんな、長かったっけ…?
倒れ込むように個室へ入る。便座に手を突いて荒くなった呼吸を鎮める。安心感からか気持ち悪さが緩む。扉に寄りかかりホッと一息。暫くじっとする。
顔でも洗おうと、ゆったりした動きでノブに手を伸ばす。瞬間、込み上がる吐き気。口元を押さえよろめきながら体の向きを変え、便座へ跪く。普段ならナニが飛び散っているかも知れない床に膝を突くなど、それこそ吐き気を催す様な事だが、今は構っていられない。
便器に顔をうずめる。吐く…と思ったが、喉奥でつっかえている。苦しい…。呼吸が荒くなる。口を閉じる力もなく、涎が滴る。
ポチョン、ポチョンと涎が垂れる様子を曖昧な焦点で見つめていたら、気分が落ち着いた。
吐き気や頭痛の波は何が原因だろうかとふと思う。まぁ、こんなぐちゃぐちゃの思考回路ではさっぱり見当もつかない。何が面白いのかわからないが、笑いが込み上げて来る。そして再び喉がつかえる。
どれほどの時間が経っただろう。腕時計は向こうへ置いてある。スマホや財布もポケットから出してある。暑くて蒸れると不快なのだ。相変わらず便器の中は初めとあまり変わっていない。強いて言えば、分泌される唾を周期的に吐き続けたため、中の水の周縁に泡立った唾が浮いているだけだ。
感覚が乖離して行く。
思えば、今日はなんだか体調が良くなかった。一日中頭痛がしていた。こんなことなら家で休んでいればよかった…。今となってはこんな後悔はなんの役にも立たないのだが。
吐けなくて苦しいのなら、自らの意思で吐いてしまおうと思い立つが、いや待て。記憶はあいまいだが、両手はたしか、ゆかに着いたはずだ。手を洗うために立つ自信ももはや失せた。それに…自分でやるのが少し怖い。
コンコンコン
ドロドロの顔で扉の方を見る。つばを吐きつづけていたせいで喉が乾いてしまった。しゃがれた声で扉の向こうの人物に返事をする。
「先輩、大丈夫ですか?」
「気持ちが…悪い…。」
「あー、災難ですね…。他の先輩方、殆ど帰ってしまいましたよ」
「どのくらい…?経った…?」
「先輩が席を立って1時間近く経っています」
「えぇ……?気持ち悪いんだけど、全然吐けなくて…」
「先輩、ちょっと失礼してもいいですか?」
「どうぞ…。」
こわばった体で鍵を開ける。
「失礼します。一旦吐いちゃいますか?」
「ああ…でも…さっきから吐けないんだよ…。」
「指とか突っ込んでみました?」
「や…手、汚いから…。」
「…」
「…。」
「あの…それじゃぁ…自分がやりましょうか…?」
「…出来るのか…?」
「ええ、自分でも…やったことありますし…」
そう言って、後輩は洗面台の方へ消えた。ジャバジャバと水の流れる音がする。戻って来た後輩がバタンと扉を閉める。その右手で水がきらめいている。
「本当に、良いんですね?」
「…ああ。」
便器を抱え込む自分のそばにしゃがむ後輩。便器を抱え込む自分の後ろにしゃがむ衣擦れ。
背中に左手が置かれ、体温を感じる。
「…先輩、失礼します。」
右腕を後ろから回されている為、やや右を向く。指が口元を這う。手首の可動域に限界を感じたのか、後輩が隣に移動する。視界の端に顔が映る。
さっきより顔…赤くないか…?
後輩の指が唇を割るように口内に侵入する。温かい指だ…。普段から見ていた感じ、スラリとしたキレイな指だと思っていたが、唇を撫でる様に口の中へ滑り込む感覚からは、どこかゴツゴツした感触が伝わって来る。
コツ、と爪が歯にぶつかると門歯をスルリとくぐり、指が舌へと触れた。指が滑ってゆく。第二関節が唇へ達しかけた時、二本の指で口を押し開かれる。そしてそのまま指が口内を撫でる。口蓋をくすぐられ、頰の粘膜を滑り、歯をなぞり、歯茎を擦られ、舌を弄ばれる。その刺激に感化され、ジワリと唾液が湧く。
暖かい吐息が耳をくすぐる。短いスパンで息が吐かれる。
そして第三関節が滑り込む。指先が喉を愛撫する。ドクドクと体が脈打つ。指先が撫でる度、心臓が跳ねる。
やや指が曲がった状態で、第三関節が口蓋へとあてがわれる。
ハア、ハア、という息の中で幽かに「先輩…すぐ楽になるよ…」と聞こえた気がした。
そしてーー舌の根を押し退けながら指が流れ、喉が萎縮する。刹那、二本の指が開かれる。舌の付け根と喉の背側が圧迫され、舌根が押し上げられる。胃が収縮する感覚。横隔膜がこわばり、鳩尾を貫きながら普段なら味わうことの無い逆流が迫り上がる。食道が焼け、鼻腔を内側から突く刺激。強烈な酸味を味わい、直後、重たい流動体が音を立てて着水する。声が漏れ、しゃがれた声で喘ぐ。
背中を丸め、屈み込んだ状態で荒い息をつき、肩を上下させる。体の中心から口までが萎んでいる。すえた匂いと酸っぱさでクラクラする。唾液と胃酸と涙で顔を濡らしながら、咳き込む。先程までの苦しさは消え、体の中央が軽くなる。
ふと、背中が優しく撫でられる。はっとしてぼやけた視界でちらと右を見る。後輩が赤らめた顔で微笑んでいる。
暫しの沈黙の後、感謝の言葉を述べる。
「手、洗ってきますね。先輩も動けるようになったらうがいしてください」
右手をテラテラと濡らした状態で立ち去る。外から水の流れる音が聞こえる。レバーを引こうと思い、床を触ったのを思い出して手の甲を使う。ジャアジャアと流れて行く。やや不明瞭な感覚で洗面台へ向かう。手を洗い、そのまま口をゆすぐ。先程までの口内が締め付けられる感覚が流される。ついでに顔も洗う。冷たい水が火照った体温を攫い、脳を醒ます。
「先輩、本当は歯磨きまですると良いんですけど、今はブラシが無いので、指で歯を擦ったり水を飲んで食道をきれいにして下さいね」
聞きながら水を含む。
カバンやスマホを取りに行き、後輩と共に外へ出る。駅までは同じの為、二人並んでーーと言っても後輩の方が一歩程前だがーー暫く歩く。互いに話しかけず、顔も見ずに駅へ向かう。
電車で一人、後輩と居た時間と感覚に思いを馳せる。脳裏に焼き付いた心地良さ…。
後日、タイミングを見計らって後輩と話す。今日は一日中後輩の動きがぎこちなかった。
「恥ずかしがる事は無いと思うんだが…。」
「あっ、いえ、そのぅ、自分…の問題ですので…。すみません」
紅潮させながら言う。
「それでだね…。あの感覚が忘れられないんだ。」
後輩の腕に手を添える。ビクッとして、目が泳ぐ。
「またいつか…してくれないか?」
「ハっ…はい…」
最後までお読みいただきありがとうございます。
如何でしたでしょうか。
互いに「先輩」「後輩」呼びで、名前はおろか、性別も敢えて表記しませんでしたが、お読みになった貴方はどの様な登場人物を想像なさりましたか?
私は男性同士のイメージで書きました。
少しでもエロチシズムやフェチズムを感じ、触覚に刺激を感じていただければ幸いです。
それではどこかでお会いしましょう。