1-6 『あなたは呼んでいない』
昨日の大雨が嘘のように晴れ渡り、人々は颯爽と街へと駆け出す。
その中で、人気のない路地裏に立入禁止テープが貼られ、無惨に惨殺された死体に青シートがかけられていく。
たまたま、この通りを歩いていた老人によって発見された少年4人を惨殺という通報は警視庁刑事部捜査第一課の知る所となり、現場へと駆り出された。
「厚木刑事、お疲れさまです。」
「ああ、お疲れさま。」
立入禁止テープの前に立っていた警察と挨拶を交わし、1人の男性刑事が地獄絵図と化した事件現場に足を踏み入れる。
身長は180cm後半、黒の短髪に屈強な体つきをした灰色のスーツを着た30代後半の男性だった。
(酷い有様だ・・・。)
青シートをかけられた死体を見る度にこの事件の凄惨さを痛感する。
そして、厚木は路地裏のさらに入り組んだ場所へと進んでいく。
「ふむ・・・。」
路地裏のさらに奥では、1人の女性刑事が事件現場を見回しては、何か考え事をしていた。
「皆月警部、ご苦労さまです。」
厚木は女性刑事に声をかける。
身長は160cm前半、黒のスーツを着用し、やや長めの髪を後ろで束ねた綺麗な顔付きの女性だった。
「うん?ああ、厚木刑事ご苦労さま。すまないね、今日は非番だったのに。」
「いえ、緊急でしたので。まぁ、妻を説得するのは大変でしたが。」
「ふふっ、大変だな、家族サービスというのも。」
「妻には敵いませんからね。」
厚木は右手で頭を掻きながら苦笑いをする。
「・・・しかし、一体何があったんでしょう?」
厚木は周辺を見回す。
所々、何か強い衝撃が加わったように壊された壁、惨殺された死体、地面に点々と付着する血痕。
事件の凄惨さを物語っているが、何よりも問題なのは・・・、
「犯人は逃げた・・・か。」
皆月はため息交じりにそう厚木に伝える。
「凶器もないところを見ると・・・。」
厚木も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「周辺の防犯カメラを確認して、科捜研の鑑定を急がせる必要があるな・・・。」
皆月は周辺一帯を見て回る。
「これだけの犯行となると物盗りという線は薄そうですね。」
「よほど彼らに恨みがあったんだろう。」
皆月は青シートを少し剥がし、死体をもう一度確認する。
厚木も皆月の後ろから確認する。
「まだ若いのに生涯を絶たれるとは・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
皆月の死体の切り口をじっと見続ける。
「皆月さん、何か?」
「いや、全く迷いなく急所を切り裂いていると思ってな・・・。」
厚木も切り口を確認する。
急所をほぼ正確に一撃で斬り裂いている様子はまさに・・・、
「プロの犯行か。」
「しかし、この少年達と何の接点が・・・?」
「この少年達の交友関係も洗い出す必要があるな。」
皆月と厚木が話をしていると、
「皆月警部!」
1人の刑事が皆月の所へやってくる。
「ああ、何か見つかったかい?」
「それが・・・、」
刑事が口を噤む。
「捜査は終了。全員、撤収とのことです。」
その言葉に皆月以上に厚木が驚いた。
「撤収とは・・・?まさか、このまま何も無かったことにしろと?」
「はい・・・。」
刑事が額から汗を流す。
彼自身も少し信じられないような顔をしている。
「誰の指示なんだい?」
皆月は刑事に尋ねる。
「聞いた話では警視総監がそう命じたと・・・。」
「何ということだ。これだけ死人が出ているというのに・・・。」
厚木は驚きを隠せない。
「何もかも隠蔽したがるんだね・・・この国は。」
皆月はボソッと独り言を漏らす。
「えっ?」
「いや、何でもないよ。」
厚木は何か聞こえた気がしたが皆月はそれをはぐらかす。
「これからどうすれば・・・。」
厚木が悩んでいると・・・、
「警視総監の指示だ。引き上げよう。」
「皆月さん・・・しかし・・・、」
厚木はまだ納得が出来ないようだった。
「厚木刑事。キミの子どもは今年で何歳になる?」
「はぁ・・・、3歳ですが。」
「今が1番可愛い時じゃないか。きっと、キミの帰りを待ってる。家に帰っていっぱい遊んであげるといい。こちらは私1人で片付けておくから今日はもう帰るんだ。」
「いや、ですが・・・。」
「上司の命令が聞けないとでも?」
皆月はやや小悪魔っぽく厚木に笑いかける。
「いや、それは・・・。・・・・・・分かりました。」
厚木は半ば強引に押し切られてしまう。
「まぁ、何かあれば連絡するよ。元々、今日は非番なんだ。ゆっくり休むといい。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」
厚木はそう言うと、皆月に敬礼をし、事件現場を後にする。
「キミもご苦労さま。報告ありがとう。」
「はっ!では、自分は失礼します。」
刑事はそう言い、敬礼後、その場を去っていく。
残されたのは皆月は辺りを見回す。
「ふぅ・・・。」
ややため息交じりに気持ちを落ち着かせる皆月。
「刑事失格だな・・・。あの切り口を見て惚れ惚れしてしまうとは・・・。」
他人には聞かれないぐらいの小声で皆月はそうボソッと呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
緑凰学園の中庭、ベンチに腰掛け、1人物思いにふける男子学生がいた。
「・・・・・・・・・・・・」
そこへ歩み寄る1人の学生。
「なに辛気臭い顔してるんだ?」
そう言うと、学生に向かって缶コーヒーを投げる。
パシッと小気味良い音を立てて缶コーヒーを手にする学生。
「ブッキー・・・。」
缶コーヒーを投げた学生をそう呼ぶ男子学生。
「それ昨日言った奢りな、蓮理。」
ブッキー・・・またの名を氷堂吹雪ははにかんで微笑む。
「だから言ったじゃん。俺、紅茶派って。」
そして、缶コーヒーを受け取った緋色蓮理も吹雪に笑顔で返す。
「隣よろしくて?」
「どうぞどうぞ。」
吹雪は蓮理の隣に座り、缶コーヒーを開ける。
「昨日のアレって・・・夢じゃないよな?」
蓮理はコーヒーを喉へ流し込む吹雪に尋ねる。
「ああ、現実だ。」
「でも、俺達・・・大怪我してたよな?」
「・・・確かに。」
吹雪も空を見上げながら答える。
「俺もそれは疑問に思ってた。1日で治る傷じゃなかったし、仮に治ったとしたらバケモノだ。」
「はっ、言えてる。」
蓮理は薄笑いを浮かべる。
「あの後、何が起きたのか覚えてないし・・・白と黒もどうなったのやら・・・。」
「気になるならもう1回行ってみるか?」
「・・・そうだな。あんなのに巻き込まれるのはもうゴメンだけど。」
「同感。」
吹雪は飲み干した缶をゴミ箱に向かって投げる。
綺麗な放物線を描き、缶はゴミ箱に吸い込まれていった。
「そういや、ブッキーが持ってたアレ何?」
「ん?・・・あぁ・・・俺の家に放置してあった御神刀だ。」
「あんな物騒なものをか?普通の刀よりタチ悪くなかったか?」
「少し普通の刀剣と違うからな。」
吹雪は自身の右手を見つめる。
「元は、父親が友人から譲り受けた物だ。まぁ、譲り受けたというより強引に押し付けられたという方が正しいかもしれない。」
「押し売り商法か・・・。」
「アイツの結婚祝いにな。コレで雪華を守ってやれとか言われて無理矢理渡してきたらしい。」
「それってどんな人?」
「・・・立花絶氷丸。俺に剣術を教えた気に入らないオッサンだ。」
「ん?それって本名?」
「変わった名前だろ?俺も覚えるのに数ヶ月かかった。俺がまだ小さい時にアイツは、何が起きてもいいように、そこら辺の武術を叩き込まれた。その中の剣術をその絶氷丸に教わったんだ。」
蓮理の中で何となく合点がいく。
自分がとことんなまでに苦戦した白に吹雪は次々と反撃に転じ、白を追い詰めていたのを思い出す。
「アクション俳優になれるな。」
「興味がない。それに剣術なんて一生使わないと思って、真面目に覚えようとした記憶がない。」
そこまで言うと吹雪は口を噤む。
「使わないと思ってたんだけどな・・・。」
「・・・・・・・・・」
今まで生きてきた人生であのような体験をするのは初めてだった。
初めて死を覚悟した。
きっと誰かに自慢出来る。
だけど、誰も信用しないだろう。
『夢でも見ていた』
誰もがそんな言葉で片付けるに決まっている。
(夢じゃないんだよな・・・。)
蓮理は空を見上げつつ、心の中でそう呟いた。
△▼△
薄暗い部屋で1人寂しく自分の背丈の何倍以上もあるベッドに座り込む少女・・・。
不意にドアの開く音がした。
「・・・白。」
入ってきたのは、ゴスロリ姿の少女だった。
「黒・・・。」
白と呼ばれた少女はゴシック服を身に纏った黒に視線を向ける。
寝ていないのであろう。顔にあまり生気が感じ取れない。
「当分は外出禁止だって。今回のことはこっちで何とかしておくからってリサさんが・・・。」
「うん・・・、ありがとう黒。」
黒に笑顔を向ける白。
必死に笑顔で作っているのは目に見えて明らかだった。
「何か食べる?」
「・・・・・・もう少ししたら何か食べる。」
そう言うと、白は黒から視線を外す。
怒られはしなかった。誰からも。
むしろ、不自然なほどに。
親身になってくれたのはリサさんぐらいだっただろうか?
「・・・白?」
「うん、何?」
「・・・何も覚えてないんだよね・・・?」
「・・・少し。」
「えっ?」
「少しだけ・・・覚えてる。」
白は顔を俯かせる。
「ねぇ、黒。」
「うん?」
「わたし・・・人を殺したんだよね・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
黒は何も言えなかった。
「でも・・・、誰も何も言わないんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ここにいる人達みんな、わたしが人を殺したのに・・・誰も・・・何も・・・言わなくて。」
「それは・・・アレは仕方なかったから。」
「仕方なかったから人を殺したなんて思われたくないよ・・・。」
白の啜り泣く声が聞こえる・・・。
「白・・・。」
「誰でもいいから怒ってほしかった・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
黒は白の隣に寄り添い背中を摩る。
白の身体は震えていた。恐怖に・・・悲哀に・・・絶望に・・・言葉で表せない感情を身体で表しながら・・・。
『ここにいたら・・・人を殺すのが当たり前になる・・・そんな気がする・・・。』
△▼△
1日の学校の終わり。
「終わった~!なぁ、ファミレス行こうぜ!」
「俺パス。」
「悪い、俺も。」
誠也が勢いよく蓮理達に突っ込んでくるが、蓮理達はそれを柔らかく拒否する。
「えっ、何で!?」
「ちょっと2人で行く所があるから、シュナイゼン達と行ってこいよ。」
「・・・・・・密会か?」
「そうとも言う。」
「オイ(笑)」
吹雪が軽い冗談を飛ばし、蓮理はそれにツッコミを入れる。
「じゃあ、俺達も・・・。」
「行っても楽しくないぞ。ほら、コレをやろう。」
吹雪は財布から5千円札を取り出す。
「俺の奢りだ。」
「マジか!?」
誠也は5千円札を受け取ると嬉しそうに飛び上がる。
「本当にいいのか?」
「ああ、釣りはいらんぞ。」
誠也の顔がパァッと明るくなる。
「気をつけて行ってこいよ。」
「おう。」
誠也は踊るようなスキップをしながら教室から出て行った。
「誠也の扱い、上手くなったな。」
蓮理は吹雪に向かって苦笑いをする。
「単細胞だからな。」
吹雪はフフンと笑いながら誠也を罵る。
「さてと、俺達も行くか。」
「だな。」
蓮理と吹雪は教室を出て、路地裏へと向かう。
静けさが辺りを包み込んでいた。
初めて来た時には感じられなかった空気に覆われていた。
「何か、初めて来た時とは違うな。」
「そうだな・・・。」
吹雪の問いに蓮理は答えるが、それとは別に蓮理は何かを感じ取っていた。
そして、蓮理と吹雪は2人と出会ったあの場所へと訪れる。
死体は既に無く、血痕も綺麗に取り除かれていた。しかし、それとは違う何かの正体・・・。
「捜査されてる感じじゃないな。」
「ああ、ここに来るまでに人1人見当たらなかった。もう引き上げたのか?」
あれだけの事件を起こして警察が未介入・・・?
「まだ捜査されてないとか?」
蓮理は少し自信無さげに答える。
「確かに今朝のニュースでこの話題は見かけなかったが・・・。」
吹雪も辺りを見回しながら不思議そうに返事をする。
「奥へ行ってみるか。」
「・・・・・・・・・あぁ。」
蓮理達はさらに奥へと進み出す。
道はほぼ一本道、迷うことは無い。
「ここだったか・・・。」
蓮理達は路地裏の奥、白と対峙したあの場所へとたどり着く。
そこもやはり、死体はおろか、血痕も洗い流されていた。
「どうなってんだ?なんか初めからそこに何も無かったかのように・・・。」
「警察もいないし・・・気味が悪いな。」
吹雪と連理が互いに不思議がっていると、猫の声がどこからか聞こえた。
「にゃ~~~。」
「み~~~~。」
聞き覚えのある声。蓮理と吹雪が振り返ると、そこには白い猫と茶色の猫の2匹がこちらに向かって走ってきていた。
「よぉ、チビ達。元気だったか?」
蓮理は今にも飛びかかりそうな猫を抱きかかえる。
昨日から何も食べていないのか、少し衰弱しているように見える。
体毛は血で染まっていたが、大雨によって多少は洗い流されているように見えた。
「ご主人の帰りを待ち続ける猫か・・・。」
「猫だったら、自分で餌捕まえるくらいはしなきゃな。」
蓮理は辺りを見回すが、白達は見えない。
(まだ来てないのか・・・。)
少し気がかりだが、今は主人の帰りを健気に待ち続ける猫の保護が先決だった。
「さてと、保護をする訳だが・・・あいにく俺ん家はペット禁止なんだよ。」
蓮理は言いながら吹雪を横目でチラチラ見ている。
それに気付いた吹雪はややため息を漏らす。
「はいはい、俺が引き取ればいいんでしょ。」
「おっ、さすがブッキーくん。話が分かる人で助かったよ。」
「まぁ、こうなるだろうとは思ってた。猫2匹増えても大した問題じゃないからな。」
「猫まるごと1室用意出来そうだしな。」
「余裕で。」
吹雪はドヤ顔で蓮理に自慢する。
「羨ましい限りだ。」
「さて、猫も保護出来たし、ここから離れるか。ここは妙に不気味だ。」
「・・・そうだな。」
特に警察がいる訳でもなく、死体と血痕が取り除かれたこの場所に長居はしたくなかった。
吹雪は猫2匹を抱え、立ち去ろうとする。
蓮理もそれに続こうとすると・・・、
「ん?」
蓮理は自分達が来た道とは違う別の方向に見知った人物を見つける。
(シュナイデン?)
蓮理の前方には、壁を見つめ何かを考えてる様子のシュナイデンが確かに見えた。
(なんであんな所に?)
場所を教えた覚えはない。
それに、あそこで何をしているのかよく見えない。
ずっと1人で何かを考え込んでいるようだった。
(声をかけるか・・・。)
そう蓮理が思った時、
「蓮理、早くしないと置いてくぞ。」
「あ、ああ。」
蓮理は吹雪の方を振り向いた後、もう一度、シュナイデンの方に視線を戻すと・・・、
「あれ?」
蓮理の前方にいたはずのシュナイデンが消えていた。
(何してたんだ、アイツ・・・。)
少し気になったが、蓮理は吹雪の後を追いかける事にした。
△▼△
「フゴゴゴゴゴゴ・・・!!」
地響きを起こしながら巨大な扉を1匹の猫が緑一色に覆われた庭園の中枢に向かって引きずっていく。
「まったく・・・姫様も・・・人使いが荒いんだから・・・!」
ブツブツ文句を言いながらも確実に前へ前へと進んでいく。
「頑張るのよダルマンサ~。」
「踏ん張りすぎて、おっきしちゃダメブヒよ~。」
外野が騒がしい。
「うるさいわね!アンタ達も手伝いなさいよ!」
猫がついにキレた。
「だって、アタシ・・・力ないし~。」
外野の1匹であるコウモリが自らのひ弱さを猛烈にアピールしている。
「そのご自慢の脚使えばいいでしょ!」
「ぼ、僕も貧弱ブヒ~。見るブヒ、自縛して出来たこの跡を・・・!」
ブタが自ら縛って、変色するほど出来た縄跡を見せつける。
「その贅肉、削ぎ落としたろかコラァ!!」
猫の怒りは頂点に達する。
「まぁまぁ、後ちょっとだし。」
「そうブヒ。もうちょっと頑張るブヒ。」
「コイツら・・・!!」
ぶん殴りに行きそうになるのを必死に抑え、猫は庭園の中枢までやって来る。
庭園の中枢の地面には留め具のようなものが設置されており、猫は扉を手際良く固定していく。
カチッ!カチッ!
「ふぅ~準備完了~!」
「無事終わったみたいね。」
猫の後ろに1人の少女が立つ。紅梅色のロングヘアーに黒のドレスを着た女性が・・・。
「いつでも行けますよ姫様。」
「ご苦労だったわね、ダルマンサ。」
紅梅色の髪の少女・・・リニスはダルマンサに労いの言葉をかける。
「言っておきますけど、アタシは何があっても責任持てませんよ!?」
「分かっているわ。」
リニスは扉を一望する。
少し古ぼけた白く巨大な扉。縦に7m近くはあるその扉は今は固く閉ざされていた。
「これがヨグ・ソトース・・・。」
コウモリことパッピーはその大きさに思わず圧倒される。
「ヨグ・ソトース・・・それは原点にして終焉を司る門。これを使えば、あらゆる世界線を行き来することが出来る代物よ。もちろん、ゲートキーパーに気付かれることもなく。」
ダルマンサは得意げに話し始める。
「はぇ~。物知りねダルマンサ。」
パッピーは感嘆の声を漏らして褒め称える。
「いや、アンタも知ってるでしょそれくらい。」
「アタシは半分寝てたから~♪」
「かぁ~、これだから首席卒業生は。」
ダルマンサはパッピーを冷ややかな目で見つめだす。
「僕は記憶にないブヒ。」
「アンタ、家畜だったから元々習ってないわよ。」
「し、失礼な!これでも授業はちゃんと受けてたブヒ!」
「エロ画像見ながらでしょ?」
「そうそう、また僕のタイプの娘が・・・、違うブヒィ!!」
「鼻息うるさい。」
ダルマンサは後ずさりしながらブーチョから離れる。
「・・・・・・・・・・・・」
リニスはそんなやり取りを気にする事もなく扉に手を添える。
「本当に行くのね姫様。」
「無論よ。」
ダルマンサはため息をつきながらもリニスの足元に寄り添う。
「お供するわよ。」
「いいのよ?あなた達の自由にしても。」
「命救ってもらったんだからその人に忠義尽くすのは当たり前。姫様1人だと危なっかしいからね~。」
クスクスとダルマンサは笑う。
「アタシも行くわよ~!」
「僕も行くブヒ!」
パッピー、そしてブーチョもリニスの後ろに着く。
「・・・ふっ、ホント身勝手な下僕達ね。」
リニスは薄笑いを浮かべ、静かに眼を閉じる。
(リニス・フランシェルが命じる・・・超越せし門、ヨグ・ソトースよ・・・我が呼びかけに答えよ。)
固く閉ざされた扉がガタッと動く。
「天と地は唄う。世界の始まりを・・・世界の終焉を・・・。数多の生命を繋ぐ彼の地より縛られし盟約を破り、我・・・そして付き従う者達の意志を・・・器を混迷極める世界へと臨界させよ。」
リニスと下僕3人衆の身体が徐々に光り始め、扉は少しずつ開き始める。
「我は観察者・・・その眼を・・・その魂をもって、その世界の最後を見届けん・・・!」
ガタガタガタガタッ・・・!!
扉は限界まで開き、その先には幾重にも色が重なり、歪曲した空間が姿を現す。
「臨界線捕捉・・・F-65、名を地球。」
フゥッ・・・!!
唱え終わると同時にリニス達は光の粒子となり扉の奥へと吸い込まれる。
扉は吸い込んだのを見届けると、少しずつ音を立てて閉まり始める。
そして、後に残ったのは重く閉ざされた巨大な扉のみである。
・・・
いつからだろう?
他人に興味を示さなかった私が、1人の少年に目をつけたのは・・・。
恐らく彼は私達のことを覚えていない。
それでも、会わなくてはいけない。
残された時間はあとわずか・・・。
(あなたが終わらせるの、緋色蓮理・・・。)
(それが・・・あなたが為すべきことなのだから・・・。)
視界が開けていく・・・。
「あれが・・・?」
「そう・・・あれが・・・。」
「地球ブヒ!」
「行くわよ。」
リニスは前方、漆黒に包まれた空間へと飛び込む。
ダルマンサ達もそれに続いて空間へとダイブする。
その瞬間、光に包まれていた景色は突如として色を失い、漆黒の闇に包まれる。
リニスは身体のバランスを立て直し、静かに地面に着地する。
「どひゃ~~~!」
遅れてやってきたダルマンサは地面に顔から突っ込み、大道芸人も真っ青の着地っぷりを見せる。
「ぶひぃ~~~~!!」
ブーチョもまた腹から地面に向かって落ちていくが、幸いなことに下にいたダルマンサを下敷きにして事なきを得る。
「ち、着地成功ブヒッ!!」
「どこがよ!早くどきなさいよ、このブタァ!!」
ダルマンサは地面に顔を突っ込んだままキレ始めた。
「あっ、いたのねダルマンサ。ごめんブヒ。」
ブーチョはダルマンサから飛び退いて地面に優雅に着地する。
「アンタ達ね~。もう少し美しく着地しなさいよ~。」
最後に降りてきたパッピーは、ご自慢の黒い翼を羽ばたかせ、美しく地面に降り立つ。
「100点満点の着陸ね♪」
「その翼・・・もいでいいかしら?」
「ダメに決まってるでしょ!!」
ダルマンサとパッピーは鼻と鼻が接触するギリギリの所まで近づき、口論を始める。
「ここどこブヒ?」
ブーチョは辺りを見回す。
周りにはこれといった建物もなく、空を見上げれば、数え切れないほどの星が光り輝く。
「キレイね~。」
喧嘩していたことなど忘れ、パッピーは星空を見入る。
「星も見えないくらい腐った世界なのかと思ったけど、案外そうじゃなかったわね。」
ダルマンサも皮肉を言いながらも星空を見ていた。
すると、少しずつ誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえてくる。
「ここにいたのか・・・。」
声がした方向にリニスは振り向く。
「・・・・・・!!」
リニスは顔には出さなかったが思わずその姿を見て動揺してしまう。
「探したぜ、観察者。」
黒いフード付きのパーカーを身に纏い、そこから見せる赤毛から覗かせる眼は非常に鋭く、見る者に畏怖の念を抱かせるには十分すぎるほどの20代前半の若い青年だった。
「誰、あのイケメン?姫様、知り合い?」
ダルマンサはリニスに尋ねるが、彼女は答えようとしない。
「あなたは呼んだ覚えはないのだけど・・・?」
リニスは黒フードの男にやや強気な口調で物言いをする。
「そっちには無くても、こっちにはあるんだよ。」
男は1歩、2歩とリニスに近づき・・・、リニスに尋ねる。
「『ネガイビト』はどこにいる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
リニスは答えない。
少しの間が空き・・・、
「あなたが知る必要のないことよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
リニスの返答に男は押し黙る。
「・・・そうかよ。」
男は静かに左手を挙げる。
「じゃあ・・・(ニヤッ)」
男が笑みをこぼす。その瞬間、男の左手から蒸気のようなものが噴き出し、やがてそれは赤とオレンジ色が混ざった豪炎へと姿を変える。
「力ずくで口割らせるしかねぇみたいだなァァ!!!」
男が左手を横に薙ぐと炎は一直線にリニスに向かって翔んでいく。
その大きさはリニスの全身を覆うほどに大きく、
炎が翔けた場所に生えてあった雑草は焼けつき、若干の焦げ臭さを漂わせる。
「ダルマンサ!!」
「うぇっ!?」
リニスはダルマンサの首を掴むと、思いきり身体を縦に引き伸ばす。
肉が引きちぎれてもおかしくないほどの力で引っ張りあげるが、ダルマンサの身体はちぎれることもなく縦に伸ばされる。そして、その身体はリニスの前方全てを防ぐほどの肉の盾となった。
そして、引き伸ばしが終わった瞬間、豪炎はダルマンサの身体にぶつかり、激しい爆音と共にダルマンサの身体を灼き尽くす。
「熱ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃぁぁぁ!!!!!」
ダルマンサは断末魔の叫びとも取れる声を上げるが、リニスに身体をしっかりと固定され、逃げ出すことが出来ず悶え苦しむ。
「くぅぅぅッ・・・!!」
リニスはダルマンサを盾にするが炎の勢いに、ジリジリと後ろへと下がっていく。
少しずつ炎の勢いは治まり、辺りには焦げ臭い匂いが充満していく。
ダルマンサはなんとか耐え凌いだが、白目を剥き、舌をダラリと下に垂らしている。
死んでいる・・・誰もがそう思ってもおかしくなかった。
「ダルマンサ・・・成仏するのよ。」
「ダルマンサが部屋に置いてあるホモビは僕が処分しておくブヒ。」
パッピーとブーチョはダルマンサに最後の別れを告げ・・・、
「勝手に殺すんじゃないわよ、アンタ達!!」
生きていた。
「ダルマンサ!!」
「ダルマンサ!!」
2匹が喜びを分かち合う。
「ったく・・・なんなのアイツ!?いきなり炎ブッぱなしてくるなんて!というか、こっちの世界の人間ってあんな事出来たかしら!?」
ダルマンサが焦げ臭い匂いを漂わせながら怒りをぶちまける。
「さすが『強欲』を支配下に置いているだけはあるわね・・・。」
リニスは額から汗を滴らせながら、男の方を見つめる。
「マモン?嘘でしょ!?アイツ何で七魔の一体と契約してるの!」
ダルマンサは声を張り上げるが、男は気にする様子もなくリニスの方へと近づく。
「もう一度聞くぞ?ネガイビトはどこにいる?」
不敵な笑みを浮かべて男はリニスに尋ねる。
「だから教えないと言ってるでしょ?猿でも1回言えば理解するわよ?」
リニスは余裕を崩さない。男に対して挑発的な言動をする。
「ふっ、口が堅い魔女だな。」
男の左手が紅い炎に包まれる。
「じゃあもういい。魔女は大人しく・・・火炙りにでもされてろ。」
男は左手を横に振るい、巨大な火塊をリニスに向かって放つ。
先ほどとは比べ物にならないほどの大きさとなって地面を焦がし、リニスに迫る。
「あれは防ぎきれないのよ、姫様!!」
ダルマンサは慌てた様子でリニスに促す。
「言われるまでもないわ・・・パッピー!!」
「はい姫様!!」
パッピーが翼を羽ばたかせながらリニスの背中にくっつく・・・
バァァァンッッッ!!!
轟音と共にリニスに火塊が直撃する。
「・・・・・・・・・・・・」
男は静かにその様子を見つめるが・・・、
「チッ・・・。」
その火の中にリニスの姿を確認すると舌打ちをし、苛立ちを募らせる。
その直後、
ブオォォォォォォォォン!!!
激しい豪風が吹き荒れ、燃え盛る炎はその勢いを殺していく。
その中に残るは、ダルマンサ・ブーチョ・・・、
そして、黒い翼をその身に宿したリニスだった。
「ギリギリセーフだったわね、姫様♪」
黒い翼からやや気の抜けた声が漏れる。
「本当ね。後で仕置きが必要かしら?」
「ガタガタガタガタ・・・。(((´ºωº `)))」
黒い翼が小刻みに揺れる。
「無傷とはな・・・。」
男はやや驚いた様子だった。
「私に楯突くなんて火吹き猿にしては随分と生意気ね。」
リニスは冷たい目で男を見据える。
「あっちの方が仕置きが必要みたいね。」
「姫様やっちゃえ~♪(・ω<)」
黒い翼改めパッピーが大きく揺れる。
男の左手が再び燃え上がる。
「とっとと死に様晒せよ、クソ魔女。」
「三流役者が図に乗らないで。」
微かな静寂が訪れる。
互いが次の出方を窺っている。
そして、その均衡は破られた・・・!
ダッ・・・!
男がリニスに向かって勢いよく駆け出す。
リニスもまた、男へと翼を翔ける。
「・・・・・・フンッッッ!!」
男が地面を殴りつけ、その衝撃は地面を伝い、火柱となってリニスに襲いかかる。
「・・・・・・・・・・・・」
リニスはそれを見ても動じない。そして、リニスの足下から火柱が噴き出すと、
「・・・遅い・・・!」
空中で翔けて、次々と火柱を躱していく。
空を舞うリニスは男の頭上を捉える。
「斬翼刃・・・!」
男に向かってリニスは翼を羽ばたかす。
その風は地面を揺らし、やがてそれは無数の真空の刃となって男の身体を切り刻む。
「・・・・・・!!」
右手、左足と男の身体を斬り、血が滲む。
だが、男は気にする素振りを見せない。
それどころか、男はリニスに向かって左手をかざす。
「見下してンじゃねぇよ!!!」
男の左手の平にエネルギーが収束する。
「火砲!!」
収束したエネルギーは真っ直ぐにリニスに向かい、そのまま大きく爆散する。
それを辛うじて避けたリニスだが、ドレスは焦げ跡を残し、露出した肌に若干の火傷を負う。
「姫様!!(。>﹏<。)」
「問題ないわ。パッピー、あの身の程知らずに見せてやりなさい!」
「あい姫様!!(#`꒳´ )」
風が吹き荒れ、パッピー・・・そして、リニスに集まってくる。
「はっ!また、虚仮威しか!!」
男の左手に炎が噴き出す。
「引導渡してやる!!!」
火塊がリニスに向けて投擲される。
「図に乗るのも大概にすることね・・・!」
吹き荒れる風は巨大な竜巻と姿を変え、
リニスはそれを男に向かい翼を羽ばたかせ、突き放した・・・!
ウオォォォォォォン!!!
「オンドリャァァァァ!!!(╬ º言º)」
双翼から放たれた2つの竜巻は空気を乱れさせながら男に向かって真っ直ぐに飛んでいく。
火塊は無数の風に斬り刻まれ、空中で煙となって消失する。そして、竜巻は男を巻き込みながら地面を抉るように刻んでいく。
「穢された処女<ダーティーメイデン>・・・。」
リニスは静かにその言葉を唱える。
その瞬間、風は全方位に拡散しながら飛翔し、草を・・・土を・・・木を・・・次々と引き裂いていく。
残るものは塵のみ。逃げ道など何処にも存在しなかった。
そして、それは数秒の間続き、風が消えた頃には、周囲一帯はあらゆるものが消し飛び、地面に埋まっていた土は抉り出されていた。
シュゥゥゥゥ・・・。
炎の勢いは徐々に弱まる。荒れ果てた大地に1人立つ男がそこにいた。
頬に切り傷はあったが、今の攻撃で受けた傷はそれだけだった。
「・・・逃げたか。」
咄嗟に自身の全方位を炎で纏い、防いだがその隙にリニスはその場から離脱をしたようだ。
「逃げ足だけは一人前だな。」
男は左手を大きく振るう。男の動きに共鳴するように炎は波打ち、大きく揺れた。
「逃げたのか・・・。」
男の後ろから別の黒フードを被った背の高い男が姿を現す。
「ああ・・・。取り逃がした。」
男は振り返らずにただ空を見上げる。
「帰ろう・・・アイツらがお前の帰りを待っている。」
背の高い男は彼に促す。
「・・・なぁ、ミブチ。」
男は背の高い男の名を呼ぶ。
「ん?何だ。」
「・・・何があっても俺に付いてきてくれるか?」
「・・・分かりきった事を聞くな。俺の命はお前のものだ。」
「ハッ・・・、クセぇこと言ってんじゃねぇよ。」
男はミブチと共に帰るべき場所へと向かう。
雑踏をかき分け、人の少ない裏通りを歩いていく。
そして、1軒の亀裂が至る所に入った古い家へとたどり着く。
そこには、2人の帰りを待っていたかのように、1人の少年が声をかける。
「おかえり、キリュウ・・・ミブチ。」
少年の声にキリュウは笑みを少しだけこぼす・・・。
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『Black Alert』
「ああ、帰ったぞ・・・ユウキ。」
彼らもまた、運命に呑まれ・・・抗う者たち。
「ボクはこの世界に『いらない存在』だから。」
「何で届かねぇんだよ!!」
「強者は人を尊ぶ、弱者は人を罵る・・・お前はどっち側の人間だ?」
「お前、黙れよ・・・ホントに・・・!」
「どうして彼を見ているとき、あなたは悲しそうな目で見ていますの?」
「それが・・・あなたの『牙』よ。」
「死ねよ・・・緋色蓮理!!」
「いつか・・・みんなで・・・一緒に行こうね、遊園地。」
「自分の意見ばかりで他人の意見ガン無視のヤツが・・・偉そうに・・・ほざくな!!」
死の運命は少しずつ・・・狂い始める。