1-5 『蒼の墓標』
1人の男子が近付いてくる。
「お前、また同じ服着てるなぁ。」
「だから何?」
「貧乏人。」
他の男子達もこぞって集まってくる。
「びんぼーにん。」
「ビンボーニン。」
「服もロクに買えない貧乏人。」
うるさい。
女子達も集まる。
「揚羽ちゃん、お金無いんだって。」
「かわいそう。」
「じゃあ、揚羽ちゃんにこの間、お父さん達と行った遊園地の話してもダメだね。だって、揚羽ちゃんには関係のない場所だもん。」
うるさいうるさい・・・!
「貧乏人♪」
「可哀想。」
「揚羽ちゃんと私たちじゃ住む世界が違うもん。」
「揚羽ちゃんは揚羽ちゃんと釣り合う人と友達になればいいよ。」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!
ガッ!!
・・・・・・・・・・・・・・・。
「何があったの!?」
教師が騒ぎを聞きつけ、教室へ駆け込んでくる。
「揚羽ちゃんが・・・揚羽ちゃんが・・・!」
「男の子叩いた・・・叩きました!」
「うあぁ~~~~~~~ん!!!」
教室で泣き喚く1人の男子。
口から血を流し、その足元には血のついた折れた歯が1つ転がっていた。
「みんな静かに!揚羽さん、職員室へ一緒に来て。」
「・・・・・・はい。」
教師に諭され、職員室へと向かう。
・・・
「どうしてこんな事をしたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何か言われたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何も言わなかったら先生分からないよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「黒は悪くない!」
職員室のドアを勢いよく開き、白いワンピースを着た少女が入ってくる。
「・・・・・・白。」
「揚羽さん。職員室を開ける時は、失礼しますと言ってから・・・、」
「黒はあの子たちに悪口言われて怒っただけだもん!悪いのはあの子たちだよ!」
また・・・。
また、白に助けられた・・・。
普段は妹の私より子どもっぽいくせに、こんな時だけお姉ちゃんになるんだ・・・。
私がしっかりしないといけないのに・・・情けないなぁ、ホント。
・・・
「ねぇ、白。」
「うん?な~に?」
「ありがとう。先生に言ってくれて。」
「当然のことしただけだよ。だけど、どんな悪口言われても手を出したらいけないんだって。」
「うん。先生の言う通りだよ。」
「だけど黒・・・。前にもあの子たちに悪口言われてケンカになったんでしょ?」
「うん・・・。」
「・・・・・・黒は間違ってないよ。」
「白・・・。」
白は私を庇っている。この子は優しいから、暴力で解決しようなんて絶対に考えない。
あの家で暮らしていたら嫌でも思い知らされる。
私は元々、口数が少ない。
だから、怒りが頂点に来ると途端に暴れ出す。
そうならないように、怒りをコントロールしているうちに顔に感情を表すのがすごく苦手になった。
そのせいで、いらない誤解を招くこともよくあった。
(はぁ・・・。)
いつか・・・変われるのだろうか?
私のこの感情をさらけ出してもいいと思える人に会えるのだろうか?
『あとは任せろ。』
・・・・・・!!
遠のいていた意識が徐々に戻り始める。
「私・・・。」
涙で目が赤く染まり、今すぐにでもこの汚れた手で擦りたい気分になる。
「・・・・・・・・・・・・」
少しずつ思い出す。
何が起こったのか、誰に何を言われたのか、自分は何をしていたのか。
「・・・・・・蓮理。」
記憶の中に1人の青年が現れる。
自分の代わりに姉を止めにいってくれた人、そして・・・このままでは死んでしまう人。
「・・・死なせない・・・。」
重い身体を無理矢理奮い立たせる。
(神様・・・お願い。少しでいい。私に・・・あの子がいる場所まで歩ける力を・・・。私が・・・白の所まで・・・行ける勇気を・・・。)
地面を強く踏みしめ、1歩を踏み出す。
だが、それだけだった。
身体が音も立てずに崩れていく。
(やっぱり・・・ダメなんだ・・・私なんかじゃ・・・。)
スッ・・・!
身体が地面に倒れない・・・。
誰かが私を支えている・・・?
「大丈夫か?」
頭上から男性の声がして、その方向を見つめる。
そこには端正な顔立ちの美しい銀髪の青年が立っていた。
「・・・大丈夫です。」
黒は弱々しくそう答える。
「大丈夫そうには見えないんだけどな・・。休める場所まで送り届けたい所だが人を探してるんだ。短い黒い髪に少しだけ人相の悪い、俺より少し背の低い男を見なかったか?名前は緋色蓮理っていうんだが。」
「・・・蓮理?・・・蓮理を知ってるの?」
「ん?ああ。ダチだからな。」
ガシッ!!
黒は吹雪の服を掴む。
「来て!!このままじゃ蓮理が死んじゃう!」
「・・・・・・・・・案内してくれ。」
吹雪は黒と共に路地裏の奥を目指す。
進む途中、吹雪は目を疑った。
地面に転がる無残な死体、おびただしい量の血痕。
まるで別世界に迷い込んだような異質さを醸し出す。吐き気が込み上げるのを我慢しつつ、黒の後を付いていく。
(この子が蓮理の言っていた姉妹か・・・?)
進みながら吹雪は考えていた。
姉妹ということはもう1人はどこに?
少し疑問に思いながらも小走りで進んでいく。
そして、開けた場所へ2人がたどり着く。
「・・・・・・!!」
そこで吹雪の目にはあるモノが焼き付く。
誰かに馬乗りになってナイフを突き立てようとする幼い少女。
そして、その少女の下にいるのは・・・、
(蓮理!!)
吹雪は蓮理の元へと飛び込んでいく。
白の持つナイフは垂直に喉目がけて振り下ろされようとしたが・・・、
グサッ!!
「ぐっ・・・!!」
吹雪の右手がナイフを掴み、その動きを静止させる。
肉を引き裂いた吹雪の手から血が流れ落ちる。
「吹雪!!」
蓮理は目の前に突然現れた吹雪に驚いた。
「よぅ。邪魔したか・・・?」
痛みを堪えつつ、吹雪は蓮理に苦笑いを浮かべている。
「ク・・・ソっ!!」
蓮理は白を突き飛ばし、吹雪と共に数歩後ろへ下がる。
地面を転がる白だったが、再び起き上がり、蓮理と吹雪を冷たい眼で見つめる。
「白っ!!!」
黒が白の名を呼ぶが、白は微動だにしない。
眼中には、蓮理と邪魔をした吹雪のみが映っている様子だった。
「遅かったじゃん。」
「悪い、道が混んでた。」
軽快に冗談を言い合う2人だが互いに死の恐怖はまだ拭いきれておらず、蓮理は手の震えが止まらなかった。
「あの娘か?お前の言ってた姉妹って。」
「ああ。」
チラッと蓮理は黒の様子を見る。
足が若干震えていたが、その足はしっかりと地面を捉え、その眼は白を見据えていた。
「あの娘の姉ちゃん。ちょっと今、ラリってるけどな。」
「あんなに小さいのにか?将来有望だな。」
「まぁ、あのナリでラリるのも問題だろ。俺達で目ぇ覚まさせてやろうぜ。」
蓮理は白に向かって拳を構える。
「策は?」
「ない。」
「ノープランかよ!?」
吹雪はガックリとうなだれる。
「何とかなるだろ?俺とブッキーなら。」
蓮理は吹雪に向かって笑みを浮かべる。
「フッ・・・。」
吹雪もまた、蓮理に笑みで返す。
「仕方ない。泥船に乗ってやるよ。」
「おうよ。」
そう言うと、吹雪は左手に持っていた細長い棒を取り出し、そこから何かを引き抜く。
「ナニ、ソレ?」
蓮理は興味深げに吹雪に尋ねる。
引き抜かれた部分から透き通る青・・・まるで氷で出来ているような美しい刀身が姿を現す。
「大したものじゃない。俺の家にあった御神刀を持ってきただけだ。」
吹雪は刀身を全て引き抜くと、刀を持った右手を大きく振りかぶる。
刀身からは冷気であろうか。白い霧のようなものを纏っていた。
刃長はおよそ69cm弱、鋭い切っ先は人を斬殺するには充分すぎる程の凶器だった。
「銃刀法違反・・・。」
「言うな。」
蓮理の発言を吹雪は制止する。
「詳しいことはあとで話す。まぁ、コイツの名前だけは教えておくよ。」
吹雪は刀を垂直に上に向ける。
「名刀『四十八秘剣』の後期型刀剣、名は〖 漸花黒氷丸〗。」
「・・・・・・・・・・・・」
蓮理は吹雪と刀を交互に見つめる。
「ねぇねぇ、それ・・・100均で売ってるの?」
「売ってない。」
未だに信じられずにいる蓮理をよそに吹雪は血が流れる手に刀を近づける。
すると、冷気が傷口部分で凍結を始め、一瞬のうちに傷が氷で塞がれる。
「まぁ、上出来だな。」
ある程度、傷口を確認した吹雪は白の方を見つめる。
白は攻め込む構えすら見せず、こちらの様子を窺っている。
静かな殺気が蓮理と吹雪を包み込む。
「先陣は俺が切る。蓮理、援護は任せた。」
「了解。」
「・・・行くぞ・・・!」
吹雪が合図と共に白に向かって突っ込んでいく。
刀を垂直に構え、向かい風をものともせずに。
その走りに迷いはなかった。
白もまた、吹雪に合わせるように低姿勢の状態から駆け出す。風の影響を極限までに抑えたその走りは、さながら突風の如く。
吹雪よりも僅かに疾い。
そして、互いに至近距離まで接近すると刀・ナイフを急所に向かって・・・振り下ろした・・・!
ガキンッ!!
激しい剣撃音が鳴り響き、鍔迫り合いの状態になるが、白は一歩後退して吹雪の脚・・・アキレス腱を狙って
ナイフを突き立てる。
吹雪はそれを見越していたのか白の真上へと飛び上がり、白の背面を捉えた・・・が、
ビュン!!
風斬音と共に吹雪の顔面に向かってナイフが飛んでくる。
「ちっ・・・!」
吹雪は刀を使ってナイフを払いのけるが、すぐさま飛んできた白の強烈なタックルを腹部に受ける。
「・・・がはっ!!」
タックルと共に繰り出した肘鉄が腹の中枢にめり込み、その衝撃を受けて吹雪は大きく吹き飛ばされる。
「・・・・・・・・・・・・」
白は体勢を立て直そうとした時、
「・・・・・・!!」
白の右腕を蓮理が掴む。
「悪ぃけど、卑怯だなんて言うなよ。」
蓮理はそのまま、白を引き寄せ左腕を白の首に巻き付け締め上げる。
グググググッ・・・!
窒息死しないギリギリの力加減で白の首を圧迫していく。
「・・・・・・ぅぐっ!!」
徐々に呼吸が苦しくなり、白の声が漏れ始める。
しかし、白は足で蓮理の膝辺りを蹴りつけ、右腕の肘を蓮理の脇腹にぶつける。
「ぐっ・・・!」
蓮理の力が弱まった瞬間に、白は腕を振りほどき蓮理の腹を蹴り飛ばして距離をとる。
「・・・・・・ぇぐ・・・!」
蓮理は地面に倒れ伏せ、その痛みから動くことが出来ない。
うつ伏せになり腹を抑えることしか出来なかった。
地面に転がったナイフを手に取った白は蓮理に向かって歩いていく。
ザッ!
地面に何かが擦れる音。
白が振り返ると、そこには口から血を流す吹雪が立っていた。
「大の男2人がかりで女の子1人止められないとは・・・情けないな。」
吹雪は口から血のついた痰を吐き飛ばし、刀を構える。
「ジャマシナイデ。」
白は無機質な声で吹雪に警告をする。
「するさ。ダチの命狙われて黙っているほど堕ちてはない。」
「・・・ジャア、アナタモシンデ。」
白は吹雪に向かって走り出す。
先ほどよりも更に疾い。
ナイフの切っ先を吹雪の喉に向ける。
ガキンッ!!
吹雪は刀で防ぐ。
白は飛び上がり、空中で1回転しながらナイフを振り下ろす。
ガンッ!!
捌く。
(今の動き・・・どこかで?)
吹雪の中にある記憶が蘇る。
だが、立て続けに来る白の猛攻に思考を一時遮断する。
袈裟斬り・右薙・左斬上・刺突・・・息もつかせぬ剣撃に次第に吹雪は押され始める。
(・・・くそっ!)
明らかに戦い慣れしている動き・・・厄介なのは、今、この状況でさらに学習しこちらの動きの裏をかく攻撃をしてくることだった。
(勝機はある・・・ただ、その為にはどうしても蓮理にこの娘の動きを止めてもらわないと・・・。)
蓮理はまだ動ける状態ではない。
(時間を稼ぐか・・・。)
白は吹雪に目標を変え、歩み寄ってくる。
それは徐々に速度を増し、一気に懐を目がけて走り出す。
ナイフによる刺突を捌いたと同時に白の一瞬の隙を吹雪は見逃さなかった。
(そこか・・・!)
白の左脇腹を狙って吹雪は刀を構える。
冷気の密度が徐々に増していき、刀身に触れるだけで凍傷を負う事が出来るほど冷たくなっていく。
そして、その冷気が臨界点に達した瞬間、吹雪は刀を大きく薙いだ。
シュンッッ!!
激しい音と共に白の脇腹に衝撃が走る。
「ぐぅ・・・!」
鈍い音と共に白の痛みからの声が漏れ、大きく吹き飛ばされる。
「白・・・!」
黒は思わず声を上げた。
白の身体は吹き飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
一方の吹雪は刀を振りかぶり、一息つく。
冷気の密度は元に戻り、僅かながら白い霧が発生するのみとなっていた。
「蓮理・・・!」
吹雪は蓮理の元へと駆け寄る。
蓮理の倒れた場所には若干の血溜まりが出来ており、彼自身の口からも血が流れ落ちる。
「痛てぇわ・・・。」
蓮理は声を振り絞り吹雪に訴える。
「安心しろ。ゆっくり休んでいてくれ。」
吹雪はそう言うと、白の倒れた方向を向く。
(決めるしかないか・・・。)
吹雪は刀の切っ先を地面に着ける。
スタッ・・・。
白は腹部に傷を負いながらも吹雪の前に立ちはだかった。
「マトモに«凍刃 »を受けて立っているヤツがいるとはな・・・。」
吹雪は口からもため息を漏らす。
「俺達はバケモノと殺りあっているのか・・・?」
誰もその問いには答えない。
答えを知る者は獲物を首を噛みちぎるまで
際限なく血に濡れた銀色の刃を突き立てようと吹雪に殺意を向ける。
「・・・・・・!!」
その中へ割り込むように1人の少女が立ちはだかった。
「もう止めよう、白。」
黒は吹雪を守るように壁となって白と対峙する。
△▼△
怖かった。
自分の知る白じゃない白と顔を会わせるのが。
だけど、もう終わりにしたかった。
これ以上進んだら、白がいなくなってしまう・・・。
そんな予感がして。
白の前に立ちはだかった黒は静かに語りかける。
「終わりにしよう、白。この人たちは何もしていない。誰も傷付けてないし、何も奪っていない。」
黒の目に僅かに涙が滲む。
白は黒の目をじっと見つめていた。
「カバウノ?ソノヒトタチヲ?」
「庇うんじゃない。この人たちは私たちに何もしないって信用出来るから、信頼出来るから。・・・だから、だから・・・、」
黒は少し口ごもった。
そして、はっきりと白の目を見て呟く。
「白に傷つけさせないために、私はこの人たちを守る。」
「・・・・・・・・・・・・」
初めてだった。白以外の誰かを守りたいと思ったのは。
守りたいのと同時に、これ以上、白が誰かを傷つけるのを見ていられなかったから。
だから・・・、
「もし、この人たちを傷つけようとするなら私は白を全力で止める。」
「・・・・・・・・・マクロ。」
白の動きが止まり、ナイフを静かに降ろす。
「・・・ヒドイヨ、マクロ。」
「・・・えっ?」
顔を俯き、戦意喪失してるように見えた白は予想外の言葉を黒に言った。
「ワタシハ、マクロノタメニガンバッテルノニ・・・マクロガイツデモワラッテクラセルヨウニトオモッテ、ガンバッタノニ・・・。」
「白・・・!」
今まで無機質だった声に若干ながら怒気が籠る。
「ドウシテ・・・、ネェ・・・ドウシテ・・・!」
白はナイフを黒の後ろにいる吹雪に向けて構える。
「マクロヲ・・・カエセ・・・!」
「白っ!!」
「ニげテ・・・まクロ・・・!」
「えっ?」
今までとは違う白の声が黒の耳に伝わるが、白は黒の後ろにいる吹雪に向かってナイフを構えて駆け出す。
「駄目っ!!」
ガキンッ!!
鋭い音を立て、吹雪は白のナイフを刀で受け止める。
「女の子に守られてるようじゃ、男が廃るなぁ。」
「・・・あの・・・。」
吹雪は刀で白を押し飛ばす。
「大丈夫だ。」
「えっ?」
「俺と蓮理がいて不可能なことなんてあるはずがない。」
吹雪はそう言うと、黒に笑みを浮かべた後、蓮理の方を見つめ、黒もその視線を追う。
そこには、口から流れ落ちる血を手で拭い、立ち上がる蓮理がいた。
「だろ、蓮理?」
「言ってくれるよな~ホント。」
蓮理には微かな笑みが浮かんだ。
△▼△
(ここまで血流したのも初めてかもな・・・。)
手で拭った血を見ながら蓮理は歩き出す。
正直、腹が少し痛む。だが、いつまでも寝てばかりもいられない。
「策は?」
蓮理が吹雪に問いかける。
「1つある。」
「何をすれば?」
「少し時間がかかる。あの娘の注意を引きつけてほしい。」
「・・・了解。」
蓮理はポケットに入れてあった果物生活をストローで指して一気に飲み干す。
熱が籠り、少しぬるくなっていたが身体の疲れが癒えた・・・そんな気がした。
そして、吹雪と白の間に出る。
「・・・蓮理。」
黒は蓮理を呼び止める。
「今度、カレー奢ってくれよ。」
蓮理は黒に笑いかける。
「女子に集る?」
「いいじゃん。また会える口実が出来ただろ。」
「・・・・・・馬鹿じゃん。」
「後でいくらでも聞いてやるよ。お前の姉ちゃんを救い出したらな!」
蓮理は白に向かって走り出す。
白もまた、蓮理に向かってナイフを構え走り出した。
シュンッッ!!
風を圧し切るかのように蓮理の喉目がけて刺突が放たれる。
蓮理はそれを寸前で躱し、白の右腕と顔を掴んで地面に叩き付ける。
「・・・!!」
押さえつけられた白はナイフを持ち替え、手首のスナップを使って蓮理の顔面へとナイフを投擲する。
「・・・ぐっ!」
ギリギリで避けたが、その隙をついた白は蓮理の腹を膝で蹴りあげ、突き飛ばす。
すぐさま蓮理は体勢を立て直すが、それよりも速く、白は蓮理の左脇腹目がけて蹴りを繰り出す。
(さっきよりも速くなってやがる・・・!)
腕で蹴りを受け止めたが、蓮理はバランスを崩す。
それを見た白は蓮理の足を払うように蹴り飛ばし、自らの体を回転させ、推進力を引き上げてから蓮理の頭部を蹴り払う。
直撃した蓮理は大きく吹き飛ばされた。
白はその様子を見届けた後、転がるナイフを拾い上げ、吹雪に狙いを定める。
「1つ聞きたいんだが?」
「えっ?」
蓮理と白を見守る黒は唐突な吹雪の声に驚く。
「あの白という娘の体術はどこで覚えたんだ?そこら辺の凡人の比じゃないくらいに洗練されている。それに、あのナイフの使い回しも・・・。」
「・・・・・・・・・」
黒は顔を俯き、考え込む。
「言いたくないのなら別に大丈夫だが・・・。」
吹雪は黒の様子を見て、白に注視するが・・・、
「ある人に教わったの・・・。」
「ん?」
白が吹雪に向かって飛び込んでくる。
「ちっ・・・!」
ガンッ!!という激しい音と共に吹雪の刀と白のナイフがぶつかり合い、剣撃戦へと突入する。
鋭い音を立てながら、互いの攻撃を防ぎ合う吹雪と白。
(埒が明かないな・・・。)
消耗戦になればこちらが有利になると思っていたが、今の白の気迫を見るに考えを改める必要があった。
吹雪は刀の冷気を集束させる。
白はそれを見逃さず一旦、距離を取る。
「遅い・・・!」
集束された冷気は刀を薙ぐことによって衝撃となり白の身体に向かって飛んでいく。
「凍刃・・・!」
研ぎ澄まされた冷気は白の身体・・・正確には白の右腕にぶつかり、ナイフもろとも氷漬けにする。
「・・・すごい。」
黒が思わず感嘆の声を漏らす。
吹雪は息を整え、刀の様子を見る。
冷気を使い切ったのか、白い霧がほとんど見えない。
(蓮理のおかげでどうにか使えたが、次は無いな・・・。)
白の様子を確認すると、右腕を凍らされ右指1つ動かせない白が立っていた。
「その腕じゃ戦えないだろ?右腕もロクに動かせないお前に勝ち目はない。」
白は吹雪をじっと見つめる。戦意は失っていないようだが、体術があるにしてもナイフを潰してしまえば勝機は・・・、
「違う。」
「えっ?」
黒の声に吹雪は彼女の方を見る。
「もう1本持ってる・・・!」
ザッ!!
「危ない!!」
グザッ!!
「・・・・・・!!」
灼ける・・・灼けつく・・・。
痛みはやがて、熱さに変わり身体全体が熱くなっていく。
「・・・クソっ・・・!」
右手に持つ刀で薙ぎ払い、白を後退させる。
脇腹から血が流れ落ちる。致命傷は免れたが、それでも膝をつくには十分すぎる痛みだった。
「・・・どこから・・・。」
吹雪は白の左手を見る。その手には確かに刃長25cmほどのボウイナイフが握られていた。
刃は美しく、まるで鏡のように吹雪と白を映す。
「・・・護身用。」
黒は静かに呟く。
「護身・・・?」
「何かあった時の緊急用に持ってるの。」
そう言うと、黒は服のスカートを少し上げ、ふくらはぎの所に装着されたホルダーから一丁の拳銃を取り出す。
小型の拳銃、種類でいえば前にネットで見たスターム・ルガーLC9sであろうか?
使い古されていない新品同然の拳銃に吹雪は言葉を失う。
「お前達、一体・・・?」
だが、その言葉を遮るように白はボウイナイフを構え、吹雪に突っ込む。
「・・・くっ。」
応戦する吹雪だが、右腕を凍らされているにも関わらず、白の動きに鈍りは全くない。
か細い腕から繰り出される剛撃は吹雪の刀から腕に伝わり、腕の感覚を痺れさせる。
吹雪は一度後ろに下がり、態勢を立て直す。
(マズいか・・・冷気もほぼ底をついている。溜めるにしても時間がかかりすぎる・・・。それに、右腕の氷が溶けたら、勝ち目はほぼゼロだ。)
吹雪の額に汗が滲む。策が尽きた・・・。
いつもポーカーフェイスを決め込む吹雪の顔も悲痛に沈んでいく。
ポツンッ
吹雪の頭部に何かが落ちた。
やがて、それは数を増し、視界を遮るほどになっていく。
(雨・・・?)
予報では今日一日晴れのはずだったが・・・。
的外れの大雨は止むことなく熱を帯びた吹雪達の身体を冷やしていく・・・。
(・・・ツイてるな、今日は。)
吹雪は右手に持つ刀に力を込める。
刀身は雨水を浴び、僅かながら冷気を纏っていく・・・。
「蓮理!」
吹雪は、朦朧としながらも大量の雨水を浴びて意識を回復しつつある蓮理に呼びかける。
「あとでコーヒー奢るから、もう少し粘れるか!?」
「・・・へっ、いいぜ。あと、俺は紅茶派な。」
「ふっ、いくらでも奢ってやる!」
蓮理は白を見据える。白は蓮理、そして吹雪を交互に見つめる。
「決着つけようぜ、白。」
蓮理は白に向かって笑いかける。
白は蓮理を見たあとに左手に持つナイフを垂直に蓮理に向かって投げ放つ・・・!
ビュンッッ!!
「・・・!!」
真っ直ぐに蓮理の心臓目がけて投げられたナイフ
疾い・・・!避けるのはほぼ不可能。
(だったら・・・!)
蓮理は自らの左上腕をナイフの切っ先に向けて差し出す。
グサッッ!!
「ぐぅぅぅ・・・!!」
肉を引き裂き、ナイフは容赦なく連理の上腕へと食い込む。
「・・・!!」
苦痛に顔を歪ます蓮理が前方を見ると、白は蓮理のほぼ目前にまで迫ってきていた。
「ぐっ・・・!」
白は蓮理の上腕に突き刺さったナイフを引き抜く。
苦痛と共に傷口から血が浮き出る。
そして、蓮理の頭上にナイフを構える白。
「オワリ。」
「勝手に終わらせるなよ・・・!」
ガシッ!!
蓮理は白の左腕を自身の右腕で掴む。
「・・・!!」
白の細い眉が若干動く。それと同時に蓮理の腹を蹴り上げた。
「・・・ぐはっ!」
鈍い痛みが蓮理の全身を走る。
だが、それでも蓮理は白を離そうとしない。
「・・・ハナシテ。」
白の無機質な声が蓮理の耳に届く。
「・・・イヤだね。」
蓮理は薄ら笑いを浮かべながら白の左腕にさらに力を込める。
「ダッタラ・・・、」
白はナイフの持ち方を替え、蓮理の右腕に突き刺す。
「ぐぅっ!!」
蓮理の力が若干弱まる。白はナイフを引き抜き・・・、
「シンデ。」
蓮理の腹へとナイフを奥深くまで突き立てた。
肉を引き裂き、刀身は身体を貫通する。
雨と共に、血が止めどなく溢れ出る。
ガシッ!!
「やれ!吹雪!!」
蓮理は白の両手で掴み、逃げられないように拘束する。
「・・・!!」
白は抜け出そうとするがビクともしない。
そして、白の背面から少し離れた位置に吹雪が立つ。
刀身から冷気が込み上げ、雨水が刀身に触れる度に白い霧は勢いを増す。
吹雪は静かに刀身を地面に触れさせると、切っ先の周辺が徐々に凍りつく。
(見せてやる・・・氷剣の力ってヤツを・・・。)
吹雪の心の声に同調するように、地面の凍結範囲が広がっていく。
静かに目を閉じる吹雪。一呼吸置いた後、足で凍った地面を叩き潰しながら白との間合いを一気に詰める。
「離れろ、蓮理!!」
吹雪の声に応じ、蓮理は白から飛び退き、ナイフが引き抜かれる。
白は避けようとする。しかし、吹雪は既に目前にまで迫っていた。
白の身体に初めて恐怖が滲み出る。
「・・・« 氷襲絶火»!!」
白の頭上目がけて氷剣が振り下ろされる。
バアァァァァァァァァァン!!!!!
轟音と共に、白を・・・地面を・・・建物の壁を、厚く美しい薄青の氷が包み込む。
その氷は硬く、包まれた者を一瞬で無力化する。
使用者のみ撃ち砕く事が出来る氷の牢獄。
それは白も例外ではなかった。
分厚い氷に包まれ、白は目を見開き、身動きは全くとれない。
それは事実上の蓮理達の勝利を意味していた。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
息が荒くなるのを必死に抑え、吹雪は白の様子を確認する。
白に抵抗する様子は見られなかった。
「終わったか・・・。」
吹雪は呼吸を落ち着かせ、蓮理の元へと急ぐ、
「蓮理!!」
蓮理は腹部からの大量の出血、それにより血が雨水と共に周りに拡がっていく。
「待ってろ、すぐに救急車を・・・、」
言おうとした瞬間、吹雪の視界が歪む。
「ぐっ・・・!」
吹雪もまた、脇腹から出血を起こす。
先ほどの衝撃で傷口が開いてしまったことは今の吹雪でも容易に想像出来た。
加えて、技を使ったことによる身体への極度の疲労。
意識を失うには十分すぎるほどの深手だった。
「まだ・・・俺は・・・!」
フッ・・・。
しかし、そこで吹雪の意識が途絶えた。
蓮理に並ぶように地面に倒れ伏せる。
使用者の意識消失によって、氷は音を立てて崩れ落ちる。
氷の牢獄から解放された白は大雨に打たれる中、地面に倒れる。
息はあるが、2人と同じく意識は途絶えている。
「白・・・、蓮理・・・、吹雪・・・。」
目の前に広がる凄惨な光景に黒は言葉を失う。
「助けを呼ばなきゃ・・・。」
黒は誰でもいい・・・助けを呼ぶためにそこから離れようとすると・・・、
「ここにいたのね・・・。」
黒から少し離れた位置から女性の声がする。
黒は恐る恐るその顔を確認する。
「リサさん・・・。」
黒は安堵と悲哀が交じった顔をしながら彼女の名を呼んだ。
灰色のビジネススーツを着用し、茶髪のロングヘアーをハーフアップにしたスクエア型眼鏡をかけた女性。右手には薄紅色の傘が差されていた。
「探したのよ。教えてくれた場所まで行ったら人が死んでいるんだもの。何かに巻き込まれたと思って。」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・私・・・。」
黒はリサに飛びつき、涙を流して謝り続ける。
リサは周りの様子を確認する。
血だらけの無惨な死体、見覚えのない少年2人、そして、猫2匹が顔を舐めて目を覚まさせようとしているように見える白・・・。
リサの頭の中で凄惨な状況が再現される。
「大丈夫。あとはこちらで何とかするから。」
リサは優しく、黒の頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。
黒と白を車に乗せるとして、問題はこの見覚えのない少年2人だった。
リサは2人の所まで行き、安否を確かめる。
幸い、2人とも息はしている。しかし、傷口は深く、特に黒い髪の少年の方は重傷であることは目に見えて分かった。
(連れていくべきかしら・・・?)
「蓮理・・・、吹雪・・・。」
黒が2人の少年の名を呼ぶ。
リサは「蓮理」という名に聞き覚えがあった。
昨日、白と黒がその少年のことを楽しそうに話していたのを思い出す。
状況から察するに、白を止めようとして深手を負ったのだろう。
ならば、リサが取る行動は1つだった。
「置いてはいけないわね。」
彼女達の恩人ならば助けない道理は無かった。
リサは順番に車に乗せようと蓮理を持ち上げようとすると・・・、
「その2人は私が看よう。」
後ろから声が聞こえる。
リサはすぐさま後ろを確認すると、そこには黒い傘を差した男性と思しき人物が立っていた。
「あなたは・・・?」
リサは警戒しながらも男に尋ねる。傘のため顔までは確認出来ないが、声の様子から見ると30代後半と思われる声だ。
「ただの通りすがりの医者だ。」
「信じろとでも?」
得体が知れない・・・リサは直感した。
「キミには他にも為すべきことがあるだろう?自分の部下の後始末をつけることに専念すればいい。」
男は低い声でリサにそう言い放つ。
「キミがやろうとしている事の1つを私が肩代わりしようと言うんだ。悪い話ではないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
信じていいか迷った。
しかし、一刻を争ってもおかしくない重傷でもある。
そして、何よりも自分達の素性を誰かに知られるわけにはいかなかった。
例え、それが民間人の命を危険にさらす行為だとしても・・・。
「出来るんですか、貴方に?」
リサは率直に彼に尋ねた。
「治せる。だから私はここに来たんだ。」
男は力強くそう答えた。
「分かりました。あとはお任せします。」
「ああ。」
「・・・あなたのお名前をお伺いしても?」
リサは男に尋ねる。
男は少し考えた後、こう言った。
「・・・中塚京作。」
「・・・感謝します、中塚さん。」
そう言うと、リサは黒、そして白を抱いてその場を立ち去ろうとする。
「あの・・・!」
黒が中塚に話しかける。
「何だ?」
「・・・必ず、蓮理と吹雪を助けてください。」
「・・・・・・言われるまでもない。早く行け。」
黒はリサ、白と共に雨の中の雑踏へと姿を消していった。
「・・・さて。」
中塚は蓮理と吹雪の様子を確認する。
吹雪は大した傷ではないが、蓮理の方は致命傷に近い傷を負っている。
(治療は蓮理を優先するか・・・。)
中塚を少し息を吐く。
「手術を始めよう。」
柔らかく、か細い光が辺り一帯を包み込む。
その光は雨を遮断し、その光の中でキラキラとした輝く粒子が舞い踊る。
その幻想的な光景は長時間続き、雨が降り止むまで消えることは無かった。
△▼△
重たい瞼を少しずつ開く。
見慣れた天井、いつも使っている布団の触り心地。
蓮理は少しずつ意識をはっきりさせていく。
「・・・ん?」
身体を起き上がらせ、辺りを見回す。
そこはいつも通りの自分の部屋だった。
「俺・・・なんで・・・?」
まだ記憶が曖昧だった。蓮理は少しずつ思い出す。
何があったのか・・・自分が何をしたのか・・・。
そして、蓮理の頭の中に次々と情景が浮かび上がる。
(そうだ。俺と吹雪が白を止めようとして・・・。あれ?でも・・・。)
蓮理は少し考える。
(俺、かなりの重傷負ってたよな・・・?)
自分の身体を見回す。傷口1つ見当たらない身体に蓮理は困惑する。
(どうなってんだ・・・?)
考えれば考えるほど訳が分からなくなっていく。
時刻を確認すると、いつも家を出る時間より3分ほど進んでいた。
「ヤベッ、遅れてんじゃん!」
朝食を取らずに蓮理は制服に着替え、家を飛び出す。
いつも通りの日常
ただ少し、奇妙な出来事が起こった・・・そんな朝だった。
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「あなたは呼んでいない」