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Crime&Penalty  作者: 纏
Chapter 1 『Missing a butterfly』
4/7

1-4 『灰色の世界』

「ねぇねぇ、ゲームメーカー。猫、飼っていい?」

「・・・・・・ダメ。」

「え~、なんで~!?」

「クソするから。」

「人間もフンするよ。」

「人間と猫のクソは違うからダメ。」

「む~~~~!」

「どうしても飼いたいなら・・・、」

「うん?」

「リサに飼ってもらえ。」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「へぇ~、そんな事があったのか。」


放課後の教室で蓮理達が昨日の姉妹について語り合っていた。


「意外と充実していたんだな。」

「あれを充実していたと言えるならな。」


吹雪の問いに蓮理は苦笑いを浮かべる。


「しっかし、変な姉妹だな。姉はワンピースで、妹はゴスロリって・・・。」

「何か変なことも言ってたしな。ゲームメーカーとか。」

「・・・よく分からん。」


誠也は考えるのを諦め、机に突っ伏し始める。


「今日も行くのか?」

「まぁな。猫はあのままにしておけないし・・・それに、あの2人が引き取れないなら、どうにかしなきゃいけないし・・・。」


吹雪は「ふむ・・・」と言いつつ、窓から見える空を見上げる。


「なんだったら俺が引き取ってやってもいいぞ。」

「2人がダメだったらな。俺ん家、ペット禁止だし。」

「一緒に行こうか?」


吹雪が提案するも蓮理はその申し出を断わる。


「いや、大丈夫だろ。様子見に行くだけだし。それに、妹の方が性格少しキツいから多分初見、たじろぐと思う。」


「ほぅ・・・それはそれは。」


吹雪が少し興味ありげな顔を見せる。


「まっ、ゾロゾロ言っても向こうが緊張するだけか。」

「えっ、俺の意見聞かないの?」


勝手に話が進んでいくので誠也が止めに入る。


「いや、さすがにいたいけな女の子にゴリラ近付けるのはちょっと・・・。」


吹雪が痛烈に罵る。


「犯罪だな。」


蓮理が追い打ちをかける。


「お前ら~!」


「まぁ、何かあったら電話してこいよ。」

「ああ。」


まぁ、特に何事もないと思うけど・・・。

蓮理はそう考えつつ、昨日の猫の所へ行くため、教室を後にする。


廊下を歩く蓮理。

その前方に見知った顔を見つける。


「おっ、シュナイデン。」

「ん?」


シュナイデンはこちらに気付く。相変わらず忙しいのであろう。手には何かの紙が握られていた。


「蓮理か。ん?吹雪達とは一緒に帰らないのか?」

「今日は別行動だからね。」

「珍しいな。喧嘩でもしたか?」

「そんなんじゃない。ちょっと秋葉原の方に捨てられていた猫の様子を見に行くんだよ。」


シュナイデンは「ほぅ・・・。」と言った後に、


「少し距離があるな。大丈夫なのか?」

「でぇじょうぶ、でぇじょうぶ。ほら、俺一人暮らしだし。」


蓮理は笑いながら自分を指さす。


「どうせ、カップ麺でやり過ごすつもりだろう。たまには健康面にも気を遣えよ。」

「・・・それ、キミが言う?結構、多忙そうだけど。」

「今日の雑務はこれで終わりだ。それに、私は健康に気を遣ってる。その証拠だ。」


シュナイデンはポケットからパックジュースを取り出して蓮理に見せる。


「あっ、果物生活。しかも、ちょっとリッチなスムージータイプ。」

「必需品だ。」


シュナイデンはフフンと鼻で笑う。


「1つ持っていけ。小腹の足しにはなる。」


シュナイデンはもう片方のポケットから同じパックジュースを取り出し、蓮理に手渡す。


「・・・いくつ常備してるんですか?」

「2、3個だな。今日はあまり飲まなかったからな。」

「じ、じゃあ、ありがたく頂戴します。」

「うん。気を付けていけよ。痴漢に間違われる行為はするなよ。」

「しませんから(笑)」


蓮理はそう言うと、シュナイデンと別れ、駅に向かって歩き出す。


「・・・気を付けてな。」


離れていく蓮理の背中にシュナイデンはそう言うと、雑務を終わらせるため職員室へと向かって歩き出した。


△▼△

秋葉原駅近く、2人の双子の姉妹が目的地に向かって歩いていく。


「良かったね~黒。リサさん、OKしてくれて。」


黒と紫を基調としたゴスロリ服に身を包んだ黒に、白は笑顔で語りかける。


「まぁ、あれだけ白が詰め寄ったら誰でもOKって言わざるを得ないわね。」


黒が苦笑いで白に伝える。

実際、リサに詰め寄る白の気迫は凄まじく、ほぼ根負けという形でOKを出したようなものだった。


「でも、ゲームメーカーはダメだったよ?」

「アイツはカタブツだから。」


黒はやや冷たく言い放つ。


「カタブツ・・・?」


白は言葉の意味が分からず、う~ん?と悩む。


「簡単に言うと、頭が悪いってこと。」

「あっ、なるほど~。」


白は合点がいったように手を叩く。


「さぁ、急ぎましょう。リサさんは遅れて来るらしいから先にあの猫たちを保護しておかなきゃ。」

「うん!」


姉妹は歩く速度を早める。

目的地までは2人の足でもそんなに遠く感じさせない距離だった。


トコトコと目的地目指して歩く姉妹。


「ね・こちゃ~ん、ね・こちゃ~ん♪」


(ご機嫌ね、白。)


白の様子を見て、黒の顔にも笑顔がこぼれる。

猫がいる場所までもう少し・・・という所で誰かの声が聞こえる。


「上手くいったじゃん。」

「当然だろ?俺のプランに間違いなんてあるはずがない。」

「おい、早くカバンの中身見せろよ。」


知らない男達の声が聞こえる。

その声には下卑た雰囲気を醸し出しているのを黒は聞き逃さなかった。


「白、止まって。」

「ん?どうしたの?」

「様子が変。」


黒は白を先導する形で歩いていき、物陰から様子を窺う。

4人の男達が薄ら笑いを浮かべており、1人の男の手には茶色のショルダーバッグが握られていた。

男達はその中から財布を取り出し、中身を確認する。


「うぉ、大量大量。」

「今どき、現金こんなに持ち歩いてるヤツいるんだね~。」

「さすが時代遅れのアナログじじい。ネット社会の行き遅れだな。」


男達はゲラゲラ笑いながら現金を等分に分配していく。

「カードどうする?」

「いらねぇ。足着くし。」

「スマホはねぇか。ざんね~ん。」

「しっかし、あのジジイ。ナイフチラつかせただけでビビってやがんの。」

「小便漏らしたんじゃね?」

「お前、汚ね~わ!」

「うっせぇ死ね!」


バッグから必要なものだけ盗ると、男達は不法投棄されてあるゴミ捨て場にバッグを放り投げる。


(早くどっかに行ってくれないかしら・・・。)


黒は男達の様子を観察する。

正直、面倒事に巻き込まれたくはない。

盗られた人には申し訳ないけど、黙って立ち去るのを見送るしかないと黒は思い、様子を窺い続ける。


「ねぇねぇ黒、早く行こうよ~。」


何が起きてるかも分からない白が黒の背中を押し続ける。


「待って。変な人達がいるからアレがいなくなってから。」

「早く行かないと猫ちゃんお腹空いちゃうよ~。」


白は頬を膨らませつつも足を止める。



「これからどうする?」


男達が自分の取り分を見ながら次のプランを練り始める。


「悪ぃ。俺コレなんで。」


1人の男が小指を立てる。


「いいよな~女がいてよ~。」

「俺も女欲しい~。」

「俺は電車で見たあの娘が良かったわ~。ほら、え~っと・・・風雅院(ふうがいん)リョウだったっけ。」

「あのお嬢様校の?お前趣味変わってんね。」

「俺も無理~。だけど、お前ああいう潔癖な女汚したくてウズウズしてんだろ?」

「へへへ・・・そうで~す!」


男達はタガが外れたように騒ぎまくる。


(さっさと退けって言ってるのに・・・!)


黒に苛立ちが募り始める。

すると、男達の足元に動く影を見つける。


(あれは・・・。)


猫だった。そして、よく見ると昨日の茶猫だった。興味を示したのか、男達に歩み寄っている。


(そっちに行ったらダメ!)


しかし、黒の心の声も虚しく、茶猫は男達の足元の間をグルグル回っている。


「おっ?」


男の1人が猫に気付いた。


「おい見ろよ。猫だぜ。」

「捨て猫だろ。どっか行けシッシッ。」


茶猫は一度離れるが、また男達に近寄っていく。


「鬱陶しいな、コイツ。」

「殺しちゃう?」


男がナイフを猫に向ける。


「おい、さすがにマズいだろ。」


罪悪感を感じたのか、1人の男がナイフを持つ男を止めに入る。


「別に誰も見てねぇからいいだろ?そ・れ・に・・・、」


男が茶猫を見つめる。猫はその男の視線に殺気を感じたのか逃げる構えをとり始める。


「俺1回でいいから、人とか動物とか殺す感覚味わってみたかったんだよな。」


(マズい!)


黒が男を止めようとした瞬間、


「痛っ!!」


ナイフを持った男の手に何かが噛んだ。


「ウゥーーーーーーー!!」


唸り声をあげ、茶猫を守るかのように白猫が立ち塞がる。男の手からは血が滴り落ちていた。


「噛んだ・・・噛みやがったな、このクソネコ!!」


怒りに我を忘れた男は逃げようとする白猫の尻尾を掴み、持ち上げる。


猫は叫び、逃れようとするが抵抗は何の意味も持たず、ただ空中で手足をバタつかせるだけとなってしまう。


「おい、止めろって!」


男達が止めようとするが、ナイフを持つ男には届かない。


「猫風情が・・・調子乗りやがって!!」

ナイフを白猫に突きつける。


「腹、カッ捌いてやるよ!!」


ナイフの先端が白猫の腹に刺さろうとした瞬間であった。


「何してるの?」


少女の冷たい声が男達の耳に、脳裏に焼き付く。

男達が振り返ると、そこには黒を押し退け、静かに歩み寄ってくる白の姿があった。


「なんだよ、見せもんじゃねーんだ。あっち行けよ。」


男はナイフを白に振りかざす。


「その子、どうするの?」


ジリジリと男の方に近付く白。


「白・・・?」


黒は、様子のおかしい白に一抹の不安を覚える。


(まさか・・・。)


そして、黒にある1つの記憶が蘇った。


「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。今からこの猫に罰を与えるんだよ。猫の分際で人間様に噛み付いてきやがったんだからな!」


男はナイフを再び猫に向ける。


「・・・そうなんだ。」


白は静かに俯く。


「・・・じゃあ・・・その子を殺す覚悟があるなら・・・、誰かに・・・、」


コロサレルカクゴハアルヨネ?


「えっ?」


言い知れぬ殺気を感じ、男は白の方を振り向く。

しかし、そこに白の姿は無かった。代わりに何かが自分の横をすり抜け、ナイフを持つ手に衝撃が走る。


「痛っ!!」


その痛みと同時に首が・・・喉元が・・・灼けるように熱くなる。男は自分の首に焦点を合わせる。


「・・・・・・!!」


ナイフが・・・俺の・・・首に・・・刺さって・・・!!


「ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”あ”っ”っ”っ”っ”っ”!!!!!」


声にならない叫びを上げ、ナイフの持ち主を睨みつける。

そこには、先ほどまで話していた白ワンピースの少女が自分の返り血を浴びて俺を見ていた。

その目は虚ろで、俺を見ているようで見ていないようだった。

他の男達は何が起きたか分からずパニックに陥る。


「あ”・・・が・・・っ・・・!!」


必死に振り絞った声も男達の叫びでかき消される。

そして、喉元にナイフが繰り返し刺される・・・。


一突き、二突き、三突き・・・。


刺さる度に男の血が白の顔を穢していく。しかし、白は顔を拭うことなく刺し続け・・・ナイフが横に大きく薙ぎ払われる。

男の頭が空を舞う。クルクルクルクル・・・回り続け・・・そして・・・、

ボトッ・・・。


悲痛に顔を歪めたまま、落ちた。


「うわああああああぁぁぁぁ!!!」


その光景を目の当たりにした男達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。


白は逃げる男達に狙いを定め、垂直にナイフを構える。

そして、重心を前に傾け、右手を振りかぶってナイフを投擲する。

ナイフは風を切り、逃げる1人の男の左胸目がけて真っ直ぐに飛んでいき、男の心臓に深く突き刺さる。


「んぐっ!!」


左胸に走る灼けるような痛み。それと同時に鋭い痛みと共に自らの肉を裂きながらナイフが抜かれる。

男はその痛みに耐えきれず、そのまま崩れるように地面に倒れ伏せる。


「や、やめてくれよ・・・。」


あまりの恐怖から腰を抜かした男1人が必死に命乞いを行う。

男が履くジーンズの色が少しずつ変わり、地面に液体が広がって地面を濡らしていく。

白はそんな声など気にも留めず、一歩、また一歩と近づいていく。


「・・・・・・クッソォォ!!ガキのくせに調子乗ってんじゃねぇ!!」


男は最後の抵抗とばかりに白に目がけて飛び込み、拳を振り下ろす。

しかし、白は眉一つ動かさず、その拳を寸前で(かわ)す。それと同時に右手に持つナイフで男の喉元を紙を切るかのように切り裂く。


「・・・・・・・・・っ!!」


声など出ない。出るのは紅くドロドロした血が吹き飛ぶ。

その血飛沫は白の顔、白のワンピースを紅く汚していく。

そして、男は静かに崩れ落ちた。


「白・・・・・・!白・・・・・・・・・!」


黒は白の名を呼ぶ。しかし、白にその声は届かない。

白はそのまま、逃げたもう1人の男を追って路地の奥へと入り込む。


「待って・・・・・・白!」


止めたい。しかし、黒の身体は動かなかった。

記憶が・・・過去の記憶が蘇り、黒の身体に重くのしかかる。


守らなきゃいけないのに・・・


守ると誓ったのに・・・。


恐怖で身体が動かない。

あの眼が・・・黒を・・・縛り付ける。


「誰か・・・助けて・・・。」


声にもならない黒の声が虚しく、わずかに吹く風の中に消えていった。



△▼△

夕日に照らされた秋葉原駅

そこから外へ出て、電車での人混みにより強ばった身体をほぐすように軽く背伸びする。

2度目ということもあり、スムーズに到着することが出来た。


(まさか、猫の様子を見るためにここまで来るとはな・・・。)


自らの行動力に感心せざるを得ない。


「え~と、道は・・・あっちか。」


根拠はない。ただ、何となくこの道だったような気がするというだけで蓮理は歩き始める。


歩き始めて数分、見覚えのある建物が見え始める。


「おっ、合ってた合ってた。」


蓮理は建物を目印に進んでいく。しばらく歩くと、見知ったゴスロリ服を着た少女の姿があった。


「あっ、お~い黒!」


蓮理は手を振り、黒に挨拶するが返事がない。

それどころか、こちらを見ずにただ俯いているだけだった。


「ん?お~い、ど~した~?」


蓮理は黒の近くまで歩み寄るが、それでも黒はこちらを向かない。


「どうした、黒?」


蓮理は違和感を感じ、黒に尋ねる。それと同時に、鼻に異臭が突き抜ける。思わず、息を吸うことすら躊躇われる臭い・・・蓮理は臭いの原因を確かめるため辺りを見回すと・・・、


「・・・・・・!!」


蓮理はその常軌を逸した光景を目の当たりにする。

建物の壁には大量の血が付着し、地面に向かって滴り落ちる。

その地面には3人の男達が無残な姿となって息絶えていた。

それは正しく、地獄絵図そのものだった。


「何があった・・・?・・・黒、何があったんだ!?」


状況が飲み込めず、パニックに陥りそうになるのを必死に抑え、蓮理は黒の両肩を揺さぶる。

黒に返事はない。だが、その目からは涙が滴り落ちていた。


「・・・・・・・・・・・・けて。」

「えっ?」


うまく聞き取れない。蓮理は聞き直す。


「・・・・・・たすけて・・・白を・・・たすけて・・・。」


黒の目から大粒の涙が流れ落ちる。蓮理の服を掴み、必死に懇願する。


「なんでもする・・・私がなんでもするから・・・白をたすけて・・・!お姉ちゃんを・・・たすけて・・・!!」

「おい、落ち着けって。」


蓮理は黒をなだめようとするが、黒は冷静さを欠いていた。


(何がどうなってるんだよ・・・?)


すると、蓮理のスマートフォンが着信音を鳴らす。

蓮理は画面を確認すると、発信者は吹雪であった。


(どうする?・・・取るべきなのか?)


吹雪のことだ。恐らくは一度は諦めたが、興味本位でこちらへ来る可能性があるかもしれない。

だが、そうなったら・・・、この状況をどう説明する?

(巻き込むわけにはいかない・・・。)


蓮理がスマートフォンをポケットに戻そうとした時、


(仲間を大切にしなさい・・・。)


「えっ?」


どこからか声が聞こえた。頭に直接流れ込んでくるような声が・・・。


(なんだ・・・今の・・・?)


聞き覚えのない声、しかし・・・なぜか、その声が頭から離れない。

着信音が鳴り響く。


出なきゃいけない・・・。

先ほどとは違う感情が芽生え、蓮理は再びスマートフォンを手にする。


ポチッ

「もしもし。」

「おう蓮理。どうだ、猫の引き取り手は決まったか?」

「それが・・・・・・、」


蓮理が言いかけようとした時・・・、


「あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!」


男の断末魔の叫びが響き渡る。

「・・・何だ、今の?」


電話口から聞こえてきたのだろう。吹雪が蓮理に尋ねる。


「悪いブッキー。またかけ直す。」

「えっ?おい待て蓮・・・、」


蓮理は通話を終わらせ、スマートフォンをポケットにしまう。


「黒、何があった?知ってる事、全部話せ。」


蓮理は黒に向き直り、状況を尋ねる。

黒も少し落ち着きを取り戻したのか、嗚咽を漏らしながらも蓮理に伝える。


「ガラの・・・悪い男達が猫を殺そうとしたの。・・・そうしたら、白が怒って・・・。」


怒って・・・?

そういうレベルの問題じゃない。

怒りに我を忘れたとはいえ、年端もいかない子どもが出来る殺し方じゃない。

残忍・・・それでいて確実に急所に一撃を加えている。

まるで、映画で見た暗殺者のようなやり口だった。


「前にも・・・同じことがあったの・・・。」

「えっ?」

「白が・・・私を助けようとして・・・アイツを・・・父親を・・・。」

「・・・・・・・・・」


それ以上、話を聞こうとは思えなかった。

この姉妹はきっと、自分が考える以上の辛さを・・・地獄を味わってきた・・・そう確信した。


「白を・・・助けて・・・!」


黒は涙を流し、蓮理に訴える。

そこには、あの強気な黒の姿は無かった。


自らを支える柱を失い、自らを前に進ませる足を失った1人の少女。


無力な自分が憎い・・・。

誰かに(すが)らないと自分の誓いすら守れない自分を殺したい・・・。


少女は深い闇の中1人彷徨っていた。


ポンッ・・・

不意に誰かに頭を撫でられた。

静かに頭を上げる。何も見えないはずの闇の中を一筋の光が垣間見えた。


「あとは任せろ。」


その声は少女を・・・黒を包む闇を晴らしていく。


「えっ?」


黒は男達の死体を避けて進んでいく蓮理を呼び止める。


「ダメ・・・殺される・・・。」


分かっている、そんな事は。

今の状態では、どうあがいても今の白を止めることなんて出来はしないと思っている。


だが、黒の願いを・・・黒のたった1つの支えを知らんぷりしてこの場から逃げる事など蓮理の頭の中には存在しなかった。


進むか逃げるか・・・。

二者択一の中で蓮理が出した答えは・・・、


「そこで待ってろ。ガキンチョとノラ猫2匹、とっ捕まえてお前の所にのし付けて送り返してやるよ。」


進む。それが例え、地獄に足を踏み入れることだとしても。


「・・・れん・・・り・・・。」


可能なら自分も一緒に行きたい。

だが、足が言うことを聞かない。

見たくないのだろうか?

あの白の姿を・・・。

あの笑顔の欠片すら見せない冷徹な白の姿を・・・。


ただ黙って見送ることしか出来ない黒がそこにいた・・・。


△▼△

通話の切れたスマートフォンを見ながら吹雪は1人考え込む。


(何か悪い予感がする・・・。)


吹雪はそう感じ取ると、自室を出て外へ向かおうとする。


「お出掛けですか、坊っちゃま。」


外へ出る途中で執事の竜崎とすれ違う。


「少し出てくる・・・それと、竜崎。倉庫に置いてあるアレはもう返したのか?」

「・・・・・・いえ、まだ保管したままです。」

「そうか・・・なら、アレを借りるぞ。」


竜崎は少し考え込む。


「よほどの事があったと捉えて宜しいのでしょうか?」

「親友が何か事件に巻き込まれたかもしれない。もしものために持っておきたいんだ。」


竜崎は吹雪の眼を見つめる。

曇りひとつない眼で吹雪は竜崎を見つめ返す。


「・・・かしこまりました。」


深々と頭を下げる竜崎。


「助かる。それと、俺のバイクのキーを・・・、」

「それならこちらに。」


竜崎はポケットから黒い鍵が付けられたキーホルダーを手渡す。


「・・・流石だな。」

「足音で分かりますので。」

「お前には敵わないな。・・・ガレージで待ってる。」

「承知致しました。」


吹雪はガレージに向かって走り出す。

竜崎はそれを見届けると、1人静かに地下の倉庫に向かって歩き出した。


△▼△

薄暗い路地裏を歩いていく。

地面に残るわずかな血痕が蓮理の道しるべとなる。

少し悪寒が走る。死に対する恐怖だろうか・・・。

蓮理はそれを振り払い、歩いていく。

そして、やや開けた場所へと出る。


ゴッ!

何かが足に当たった。

蓮理が足元を確認すると、そこには彼らの仲間だろう。男が苦痛に顔を歪ませ、息絶えていた。

吐き気が来そうになるのを我慢し、蓮理はまた前へ歩き出す。

そして、すぐに彼女は目の前に姿を見せる。

顔を、髪を、服を、身体を・・・男達の返り血で染め上げた白が白猫を抱いて優しく撫でている。

白猫も白が浴びた返り血が付着し、その純白の体毛を血で染め上げていく。

茶猫は白の足元を歩きながら時折、白の足に自らの身体を擦りつける。

猫達に警戒心など微塵も感じられない。むしろ、自分達を救ってくれた白に懐き、彼女から離れまいとしている。


遠目から見れば、その姿は美しく幻想的とすら感じるほどに・・・。


蓮理は白に向かって歩き出し、白もまた蓮理に気付く。

そして、猫を撫でる手を止めて蓮理に語りかける。


「アナタモ、コノコヲイジメルノ?」


蓮理に語りかける白の声は無感情でまるで機械が喋っているかのように聞こえる。


「苛めない。俺はお前を連れ戻しに来た。」

「ツレモドス?ドウシテ?」

「黒がお前の帰りを待ってる。」

「マクロ・・・。マクロハドコ・・・?」

「この道を戻れば会えるよ。」

「ドウシテ、ココニイナイノ?」

「それは・・・今、動ける状態じゃないから・・・。」

「オカシタノ?」

「えっ?」

「オトウサンミタイニ、アナタモマクロヲオカスノ?」

「ちょっと待て。俺は何もしてない。」

「シンジナイ・・・。オトコノヒトハミンナ・・・ウソツキ。」

「落ち着け白、黒は無事だ。あっちでお前の帰りを待ってる!」

「ダイジョウブダヨ、マクロ。オネエチャンガマモルカラ。」


白は白猫を地面にゆっくりと降ろす。猫達も何かを察したのか、白から離れていく。


「マクロハワタシガマモル・・・!」

「白!!」

「アナタヲ・・・・・・コロス!!」


刹那、白の身体が一瞬で蓮理との間合いを詰め零距離まで近づく。


「!!」


蓮理は後ろに飛び退く。それより少し遅れて、風を切るかのようにナイフの刃が横に薙ぎ払われる。

後退しなければ確実に蓮理の喉を引き裂く一撃となった。

しかし、続けざまに白はナイフを左手に持ち替え、顔面目がけて刺突を繰り出す。

すぐさま左に避けるが、白の右手は蓮理の頭部を掴み、ナイフはそのまま頭部を狙って薙ぎ払われた。


バシッ!!

頭部に当たる直前で蓮理の左手が白の左腕を抑える。

華奢な腕から想像も出来ない力で、ナイフを押し込もうとする白


「く・・・そ・・・がっ!!」


蓮理は右膝を白の腹にぶつけ、大きく吹き飛ばす。

砂煙をあげながら白の身体は地面に叩きつけられる。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」


身体の震えが止まらない。確実に自分を殺しにかかる相手を目の前にして蓮理の鼓動は最高潮に達していた。


ムクッ・・・!

白はすぐさま起き上がり、首を右、左と動かし攻撃態勢を整える。

その眼には何も映っていない。殺すべき対象である蓮理すら見えていないのかもしれない。

ただ、邪魔な障害を取り除くことのみに集中した瞳。


白は息を整え、低姿勢から蓮理との間合いを詰めるため駆け出す。

ナイフは左手・・・。


(左斜めに飛び退けば・・・!)


だが・・・、


ザクッ!!


刃長8mm程度のナイフの先端が蓮理の右肩にわずかながら刺さる。


(なっ・・・!?)


状況が理解出来なかった。いつ、どのタイミングでナイフが左手から右手に?

だが、考える暇もなくナイフは抜かれ、右肩に焼くような痛みが走る。


(くそっ・・・!)


そのまま、白は低い姿勢からナイフを上向きにし、勢いを殺さずに垂直に顔の顎下から上へと突き刺しにかかる。


「ぐっ・・・!」


辛うじて左に避ける。しかし、読んでいたかのように白はナイフを平行にし横に払う。

サクッと軽い音と共に蓮理の右頬を引き裂く。

致命傷ではない。しかし、一箇所、二箇所と痛みが拡がる度に蓮理は底知れぬ恐怖を抱く。


白はナイフを振りかぶり付着した血を地面に飛ばし、体勢を整える。

蓮理もまた呼吸を落ち着かせる。このままでは確実に殺される・・・何か策を・・・。

しかし、白は考える暇を与えず、ナイフを垂直に構えて突っ込んでくる。


(右・・・!)


右手からの刺突


バシッ!

避けつつ、左手で白の腕を掴む。


パンッ!

白は右手に持ったナイフを左手に向かって投げ、掴んだ左手で蓮理の左手、血管が集中する手首部分に向かって刃を突き立てにかかる。


蓮理はすぐに白の腕を離し、蓮理の手と白の腕の間をナイフが通り過ぎ・・・、


(!!)


左手から右手にナイフが渡され、蓮理を斬りつけにかかる。

すぐさま後ろに避ける蓮理だが、白は間合いを詰めつつ、右手・左手・右手と不規則な動きで蓮理に避ける暇を与えない。


(・・・っ!!)


ほぼ防戦一方になる蓮理。

白の右手で右横に薙ぎ払われたナイフはそのまま彼女の背面で左手に持ち替えられ、次の一手を繰り出し、斬り刻みにかかる。


気づけば、蓮理の身体には血が滲み、数カ所に切り傷を残す。

息をするだけで傷が疼く。体力はもはや限界に近づいていた。


「・・・・・・・・・・・・」


終始、無言で斬り込んでいた白の動きが止まる。

蓮理を静かに見つめる。こちらの出方を伺っているというよりも、どの部位を狙えば確実に仕留められるか・・・そんな風にも見て取れる。


数秒、蓮理を見つめた後・・・白は静かに口を開く。


「ハヤク・・・シンデ・・・。」


それはさらに攻撃の苛烈さを増す合図だった。


低姿勢・・・先ほどと同じに見える動きだが・・・、

ダンッ!!

地面を勢いよく蹴り、蓮理との距離を一気に詰める。

そこからさらに白は地面を蹴り、大きく空中へ飛び上がる。

蓮理の思考が一瞬止まる。


・・・ブンッ!!

赤い血が空中に飛び交う。空中へ飛んだ白は自らの身体を大きく回転させ、その勢いのままナイフを蓮理に向かって振り下ろす。


避けきれない・・・!

蓮理は反射的に両腕を前に出して防御の姿勢を取る。その後、重い衝撃が蓮理の腕を伝う。

ズンッ・・・!!


腕ごと切り落とされたのではないかと思うほどの衝撃。腕こそ無事であれど右腕に激しい傷が残る。


灼ける・・・激痛が蓮理を襲う。声にならない叫びを上げるが、白はさらに、自らの全体重を使って蓮理を押し倒す。

蓮理に馬乗りになった白はそのままナイフを蓮理の喉元に向かって突き刺そうと試みる。

ナイフの先端が蓮理の喉に当たる瞬間、蓮理は白の両腕を自身の両手で抑えにかかる。


激しいせめぎ合い・・・しかし、白が徐々に蓮理を追い詰めていく。

ナイフの先端が蓮理の喉より少しズレた位置を切りつけ、血が滴り落ちる。


「目を覚ませ白!!」


蓮理は白に叫ぶが、今の白にその声はもう届かない。

蓮理の体力は徐々に失っていく。

ナイフの刃は再び蓮理の喉を捉える。


(ここまでなのか・・・?)


まだ黒との約束を果たしていないのに・・・。


まだ吹雪やラティア達とやりたい事があったのに・・・。


(俺は・・・俺は・・・!)


蓮理は力の限り、白の両腕を振りほどきにかかる。


「ダイジョウブ・・・シネバラクニナレルカラ。」


グサッ!!

鋭利な刃物は人肉を引き裂く。刃物は血を(すす)り妖しく煌めく人殺しの道具と成り果てていた。




Next Chapter 1-5

「蒼の墓標」




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