1-3 『にゃあにゃあにゃあにゃあ』
陽光降り注ぐ楽園を1匹の黒いコウモリが縦断する。
息切れしそうなのを抑え込みつつ、目的地へと翼を動かす。
目指すべき場所、そこには・・・、
「ダルマンサ、お茶のおかわり。」
「はい、姫様。」
1匹のブサイク猫が空になったカップに紅茶を注ぎ、優雅な香りが辺りに漂う。
「リーニースーさーまー!!」
なにか聞こえたが、聞こえないフリをしてテーブルに置かれたスコーンをひと口食べる。
「リーニースーさーまぁーーーーー!!」
「うるさいわね。」
姫様もといリニスは声のした方を見る。
若干遠いが、こちらに向かって不細工に飛んでくる1匹のコウモリの姿があった。
「パッピー、私のティータイムを邪魔するなんていい度胸ね。」
リニスは殺意のこもった眼でコウモリの使い魔、パッピーを見下す。
「ああ、申し訳ございません。でもでも、大変なんですよ、姫様~!」
「なにをそんなに慌ててるの?」
ため息をつきながらパッピーの言い訳を聞く構えを取るリニス。
「それが・・・カイロ便利のここでの記憶が全て消えてしまってるんですよ!」
「冬には重宝するわねぇ~。」
パッピーの名前の言い間違いにダルマンサは容赦なくツッコミを入れる。
「『緋色蓮理』ね。そう・・・、やっぱり邪魔が入ったわね。」
リニスは紅茶をひと口、喉へと流し込む。
予想はしていた。しかし、こうも動くのが早いとは・・・。
「これじゃ、姫様がここに呼んだ意味が無いじゃな~い。」
ダルマンサが愚痴をこぼしつつ、ティーポットに入った紅茶を口の中に放り込む。
「意味ならあるわ。」
「えっ?」
リニスはティーカップを静かにテーブルを置く。
「たとえ奪われたとしても、心に刻んだ記憶までは奪われない。あの子は必ず思い出す。」
「ふ~ん、愛というヤツかしらねぇ~。」
「うるさいわよ、ダルマンサ。」
リニスはダルマンサを一喝し、物思いにふける。
「とはいえ、これ以上時間をかけられないわね・・・。」
少し考えた後、リニスはある決断を下す。
「ダルマンサ、ヨグ・ソトースの準備をお願い。」
「はいはい仰せのままに・・・って姫様、まさか・・・あっちに行くつもり?不可侵契約を結んでるんしょ。」
「もう時間がないの。向こうがその気ならこちらも動く必要があるわ。」
「だからって、危険すぎると思うけど・・・はぁ~分かりました分かりました。準備しておきますよ。」
「助かるわ。それと、分かっているとは思うけど、ゲートキーパーには内密よ。知られると後々、面倒だから。」
「分かってますってば。」
ダルマンサは紅茶を飲み干すと、その場を立ち去る。
「ところでリニス様~。前から思ってたんだけど、何で蓮理ちゃんに手を貸すの?不可侵契約破ってまで助けたいなんて~。」
パッピーは頭上に?マークを付けながらリニスに尋ねる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
リニスは空を見上げる。
雲一つない青空が幾重にも広がっていく。
「あの子なら出来ると思ったからよ。」
「え?」
「あの子ならあの世界の呪われた運命を壊すことが出来る・・・そう確信したから。」
リニスは椅子から静かに立ち上がる。
「だから、やれるだけのことはやる。そのためなら、古のルールなんて私の敵ではない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
パッピー達はリニスを見つめる。そのひと言は今まで感じたことがないほどの覇気を纏っていた。
軽はずみな言動ではない・・・下僕達はそう確信した。
「それが・・・私の覚悟。」
穏やかな風がリニスに吹き注ぐ。
それはまるで、これから起こる事変からリニスを守るように・・・。
それはまるで、これから起こる災難を予兆するかのように・・・。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ~。」
教室の片隅で一際大きなため息をつく誠也。
「どうした誠也。お前がため息とは珍しい。」
吹雪が珍しい行動を取る誠也を不思議に思い、話しかける。
「彼女欲しい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
誠也の近くにいた吹雪達はサッとその場から離れようとする。
「えっ、なんでシカトなんだよ?」
「誠也・・・叶わない夢は捨てろ。」
「はあぁぁぁぁん!?」
「お前に彼女が出来るはずがない。」
「まぁ、今のままじゃちと厳しいかもな。」
話を聞いていた蓮理も誠也の願いに苦笑いを浮かべる。
「俺の何がダメだっていうんだよ。」
「まず全体的に暑苦しい。」
(グサッ!)
「変なドリンク持ち歩いてる。」
(グサグサッ!)
「お前ら・・・言いたい放題言いやがって~!」
「いや、だって事実だし・・・。」
吹雪の正論が誠也の胸をさらに抉る。
「そもそも、なんで彼女欲しいなんて思ったんだよ?」
蓮理は疑問を誠也にぶつけてみる。
「いやほら、最近・・・女子とマトモに話してないな~と思って。」
「ふんふん。」
「で、思っちまったんだよ。俺このままじゃ、男とつるむばっかりで恋の1つも出来ずに歳取るんじゃないか?と思っちまってな・・・。」
「なるほど・・・ねぇ。」
正直、どうでもいい理由だった。
「女子と話してないってラティアがいるじゃないか?」
吹雪の言葉に誠也は少し考え込む。
「・・・・・・・・・、アイツは・・・女子として捉えていいのか?」
「さりげなく酷いこと言ったな。」
蓮理は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ヒマワリの種あげたら普通にかじりそうだしな。」
「HAM★STARだな。」
「そう、HAM★STARだ。」
「なんでそんなカッコ良く言おうとしてんだよ。」
蓮理が苦笑いを浮かべる。
「えっ、だって面白いじゃん。」
誠也がドヤ顔で答える。
「まっ、何にしても今のお前じゃ彼女なんて夢のまた夢だ。」
「どうすりゃ出来んだよ?」
「簡単だ。女子が求めているモノ、それは・・・トキメキだ。」
「は?」「は?」
蓮理と誠也が一斉に同じ言葉を口にする。
「考えてみろ。女子は常にトキメキを求めている。普段と変わらない生活を送っている中で突如として現れる刺激という名のトキメキ・・・。いつもと違う感情に女子は冷静な判断が出来なくなる。そこにさらに、追い打ちをかける。『俺と付き合ってください』と。」
「お~~!」
誠也が感嘆の声を漏らす。
「冷静な判断が出来ない女子はその場から立ち去ろうとする。だから、そこからさらに恒例の壁ドンを加える。そして、トドメの一撃に・・・『俺じゃ・・・ダメか?』これで大抵の女子は落ちる。」
「おお~~~~~!!!」
誠也が歓喜する。
「何の本に書いてあったんだよ?」
「ん?ネット情報。」
吹雪は蓮理の質問に自慢げに答える。
「これで・・・俺もモテモテか・・・!」
誠也は高まる興奮を抑えられない。
「まぁ、さすがに付き合うというのは重いから、デートからで行ってみようか。」
「よし、今の俺なら出来る、今の俺は無敵だ!」
「今から俺が女子を呼んでくるから、誠也はコレを着けて待ってろ。」
吹雪は誠也にアイマスクを渡す。
「何でアイマスク?」
誠也が不思議そうに答える。
「マトモに女子と話したことないんだから緊張するだろ?それを着けてたら、女子ということを意識しないで済むからな。」
(ラティアは女子ではないらしい・・・。)
蓮理は心の中でそう確信した。
「おし、任せろ。」
誠也はアイマスクを着ける。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
吹雪は静かに教室から出ていく。
(嫌な予感しかしない・・・。)
蓮理は声に出しそうな思いを必死に堪えた。
△▼△
数分後、吹雪は1人の生徒を連れて戻ってくる。
「呼んできたぞ。」
吹雪はそう言うと、一歩後ろに下がる。
誠也は息を整え、静かに語り出す。
「悪ぃな。突然呼んじまって。だけど、どうしても言いたいことがあったんだよ。・・・初めて会ったヤツにこんなこと言われても困ると思うが、俺と今度デートしてくれ!」
生徒は戸惑っているのか後ろに下がる。だが、誠也は足音でそれに気付く。
「待ってくれ!!」
生徒の制服を掴み、逃げられなくした後に壁ドン・・・をするはずが、前が見えないため窓を激しくぶっ叩く。
バァン!!という大きな音が教室内に響き渡る。
「逃げたい気持ちは分かる。だけど、今、答えが聞きたいんだ!・・・俺じゃ・・・ダメか?」
言い切った。ほぼ吹雪の受け売りだが。満足げな誠也だが、生徒の返答がない。
「・・・?」
何か間違えたか?そう思った瞬間・・・、
「私にそんな趣味は無い。」
女子にしてはやや暗く、重みのある声が聞こえる。
というより、
(えっ、これ男じゃね?)
明らかに女子の声ではない。
恐る恐るアイマスクを外すと、そこには・・・、
「何をやっているんだ、お前は・・・。」
眼前には顔と顔が触れ合いそうになるほどに近い距離でシュナイデンが怪訝そうな顔で立っていた。
「えっ、性別詐称?」
「そんなわけあるか!」
誠也が辺りを見回すと、蓮理と吹雪が腹を抱えて笑いそうになるのを必死に我慢していた。
「吹雪・・・テメェ!」
「すまん誠也。だけど・・・腹痛いww」
「壁ドンは知ってるけど、窓ドンははっきり言ってホラー映画で見るやつだぞw」
「まったくお前達は・・・。誠也が女子と話せるようになる練習に付き合ってほしいと言われたから来てみれば・・・。というよりお前、ラティアと毎日話しているだろ?」
「えっ、アイツは女子じゃないからノーカン・・・。」
「貴様をコロス。」
「ヤベッ、逃げよ。」
誠也が脱兎のごとく逃げ出す。
「誠也ーーーーー!!」
シュナイデンも逃げる誠也を追って教室を後にする。
「アイツに彼女が出来るのはまだ先だな・・・。」
「奇遇だな、俺も同じこと考えてた。」
遠くの方で誠也とシュナイデンの声が聞こえたような気がした・・・。
△▼△
━━━休み時間
蓮理は自販機にジュースを買いに来る。
「あれ?」
いつも買うコーヒー牛乳が売り切れてる・・・。
「珍しいこともあるもんだ。」
蓮理は普段は買わないオレンジジュースを買い、教室へ戻る・・・その途中、
「ふふ・・・ふふふふふ・・・。 」
「・・・!!」
どこからか奇妙な笑い声が聞こえてくる。
(マジかよ、こんな真っ昼間に幽霊とは・・・。)
ホラー系は苦手ではないが、若干の恐怖心が身体を包み込む。
(行くか・・・。)
蓮理は声のした方向へ進んでみる。
「ふふふふふふ・・・。」
やっぱり聞こえる。少しずつ近付いている。
「おお・・・、すごく大きい。こんな大きさ・・・見たことない。早く・・・早く中に・・・。」
「?」
幽霊にしてはやけに生々しい言葉の数々に蓮理は疑問を抱き始める。
そして、木に隠れて何か蠢く物体を見つける。
蓮理は恐る恐る近づき、その物体を確認する。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
幽霊じゃなかった。それどころか知ってる顔だった。
「何やってんですか?中塚先生・・・。」
「へ?」
隠れていた物体は立ち上がり、こちらを振り返る。
メガネをかけた痩せ型の男、背中まで伸びた白い髪を後ろで束ねて、眼球が見えるか見えないかというギリギリの位置まで目を閉じている。
不審者といってもあながち間違いではないが、白衣を纏っていることでそれらをカバーしている状態といえる。
「え、えーと・・・どなたでしたっけ?」
中塚は蓮理のことが分からないという様子で頭をポリポリと掻いている。
「あ~、2年B組の緋色蓮理です。」
「緋色蓮理くん・・・、あ~、思い出しました!いや、すみません。なにぶん、色んな生徒見てきてるんで名前と顔をよく覚えてなくて・・・。」
「まぁ、気にしないでください。そんなに俺も保健室行く機会ないんで。」
『中塚京作』、緑凰学園の養護教諭。
普段から気弱で生徒に対しても敬語を使う教師の威厳を感じない人。その分、生徒達も気軽に話せるのか、学生の大半は進路や悩みがあるときは、担任の前に、中塚に相談するのがセオリーとなっている。
「それで、ここで何してるんですか?エロ本でも読んでるんですか?」
「違いますよ!僕はこの子たちを捕まえてたんですよ。」
そう言うと中塚は、手の平を蓮理に見せる。そこには、おびただしい数のダンゴムシが蠢いていた。
「食べるんですか?」
「そうそう、コレをソテーにすると美味しいんだよって・・・何で食べる方に話を持っていくんですか?」
「いやなんか、ピーナッツみたいに口に放り込むのかと。」
「そんなことしませんよ~。見てくださいよ、すっごく可愛いじゃないですか~。」
中塚はダンゴムシをツンツンと触る。すると、ダンゴムシは驚いたのか身体を丸くし始めた
「ほら、これが可愛いんですよ~。それで、時間が経ったら元に戻っていくその姿も可愛いんですよ~。」
中塚は身体をナヨナヨさせながらダンゴムシを愛でる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
よく分からない世界だった。
「緋色くんも好きですか?ダンゴムシ。」
「え~と・・・。」
(・・・どうする?)
「まぁ、好きだと思います・・・ダンゴムシ。」
とりあえず蓮理は好きだと言ってみる。
その瞬間、中塚の顔がパァァッ!と輝き始める。
「そうだったのか!緋色くんも好きだったなんて!お礼に僕の秘蔵ダンゴムシコレクションを見せてあげよう。」
聞いただけで身の毛がよだつ。
中塚はゴソゴソと瓶のようなものを取り出し、蓮理に見せる。
(・・・うわぁ~。)
瓶の中にはダンゴムシの巣窟と化していた。
恐らく、コレをラティアに見せたら飛び逃げるレベルのダンゴムシの群れ、群れ、群れとなっていた。
「さぁ、君達もこの中に入ろうね~。」
中塚は笑顔で一際大きなダンゴムシを瓶の中にボトっと落とす。
「飼ってるんですか、それ?」
「そうだよ~。いや~いいよね~ダンゴムシ。」
「・・・・・・・・・あっ、じゃあ俺失礼します。」
蓮理はその場から離れようとジリジリ後ろに下がる。
「えっ、もう少しダンゴムシ論議を・・・。」
「あっ、ほら・・・もうすぐ授業ありますから。」
中塚の顔が少し沈む。
「む~、残念。また時間空いたらダンゴムシについて語り合おうね。」
中塚は逃げるように立ち去る蓮理にキラキラした笑顔を向けながら手を振る。
「おう、蓮理。遅かったな。」
誠也がやっとの思いで帰ってきた蓮理に話しかける。
「・・・誠也。」
「ん?どうした。」
「俺、ダンゴムシ嫌いだわ。」
「・・・えっ?・・・そうか、辛いことがあったんだな。」
誠也は蓮理の言っていることがよく分からなかったが蓮理を優しく慰める。
蓮理が誠也と出会って、初めて誠也に感謝する記念すべき1日となった・・・。
△▼△
━━━1日の授業の終わり。
「終わったーー!そして、明日は休みだぜ。」
教室に誠也の声が響き渡る。
「あっ、悪いけど俺パス。」
吹雪は誠也が何を言うのか分かっていたかのように断りを入れる。
「俺まだ何も言ってないんだが。」
「どっか、遊びに行こうぜとかじゃないのか?」
「俺、明日は家の用事があるんだわ。」
誠也がため息を混じえながら答える。
「なるほどな・・・。俺も似たようなもんだ。家族サービスというやつ。」
「親父さん、帰るのか?」
蓮理は吹雪に尋ねる。
「ああ、今夜、日本を発つらしい。」
「忙しいんだな、吹雪の親父さんも。」
「アイツを父親だとは思ってないがな。」
吹雪は冷たく言い放つ。
「蓮理は何か用事あるのか?」
「いや、特にすることないから街でもブラつく。」
「そっか・・・へっ、車に気を付けろよ。」
「いや、俺、子どもじゃないし。」
「シュナイデン達に聞いてみるか?アイツも休日までは忙しくないだろ。」
吹雪の提案を受けて、蓮理達はシュナイデンの教室まで足を運ばせる。
「おっす、シュナイデン。」
「ああ、どうした。こっちに来るなんて珍しいな。」
「いや、明日の予定空いてねぇかなと思って。蓮理がぼっちになっちまう。」
「いや、ぼっちじゃないから。」
誠也のぼっち発言を蓮理が否定する。
「明日か・・・、すまん。明日はラティアと行く所があるからな・・・。」
「おう・・・蓮理、ぼっち確定。」
「うるへぇ。」
「騒がしいのがいないんだ。街をゆっくり散策するといい。」
「騒がしいって誰のこと?」
誠也が吹雪達の顔を見る。
「お前のことだ。」
シュナイデンは誠也を指さす。
「マジかよ・・・!」
「自覚が無いということに驚きだ・・・。」
「それが誠也だからな。」
「褒めんなよ。」
「褒めてねぇ。」
誠也がドヤ顔で自慢するが、吹雪はそれを一蹴する。
(ということは明日は1人か・・・。)
なんだか久しぶりな気がする。
家に籠るのももったいないからどこかに出かけたい所だが・・・。
吹雪達と別れて家に帰り着いた蓮理は一晩中、プランを考え続ける事になった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「留守は任せたぞ、竜崎。」
豪華な装飾が施されたホールで吹雪の父親、凍獅郎は執事である竜崎に別れを告げようとしていた。
「かしこまりました。気を付けて行ってらっしゃいませ、凍獅郎様。」
竜崎は胸に手を当てて、深々とお辞儀をする。
「うむ。」
凍獅郎は外で待たせてある車に向かって歩きだそうとした時、ふと足を止める。
「すまん竜崎、頼みを聞いてくれるか?」
「はっ、何なりと。」
凍獅郎は竜崎の方へ向き直す。
「倉庫に置いてあるアレをアイツのもとに返しておいてほしい。」
竜崎は少し考えた後、頭の中にあるモノが思い浮かぶ。
「よろしいのですか?アレは、あの方が凍獅郎様と雪華様の身を案じて送ったものでは?」
「案じるといっても、アレを使ったことは1回もない。それに・・・アレは本来、アイツが持つに然るべきものだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「今の氷堂家には必要ない。」
竜崎は凍獅郎の眼に確かな覚悟を見た。そして、これ以上何を言っても無駄だろうと悟る。
「かしこまりました。それでは、『絶氷丸』様へと届けておきます。」
「すまないがよろしく頼む・・・あと、雪華と吹雪の方も頼んだ。」
「その点は抜かりありません。」
竜崎は静かに呟く。
「・・・行ってくる。」
凍獅郎が家を出ようとしたとき・・・、
「凍獅郎さん。」
柔らかな女性の声に気付き、凍獅郎が振り返ると・・・、家の奥から吹雪の母親、雪華が見送りに来ていた。
「・・・気を付けて。」
雪華は寂しげに凍獅郎の身を案じる。
凍獅郎は雪華の方へ向かって歩いて行く。そして、雪華の前に立つと・・・、
「吹雪を頼む。」
「あの子は私がいなくても強いですよ。」
「フッ、まだまだ子どもだ。」
そう言うと、凍獅郎は雪華に優しく口付けを交わし、雪華もまた凍獅郎の唇を受け入れる。
「また電話する。」
「行ってらっしゃい。」
凍獅郎は雪華に背中を向け、静かに家を出ていく。
その様子を吹雪は遠目で見ることしか出来なかった・・・。
△▼△
「う~ん。」
明くる日の学校休日。
一晩考えたが結局、プランが出来上がらなかった蓮理。
「行き当たりばったりで行くか。」
蓮理は準備を済ませると1人で街へと繰り出す。
電車に乗り数十分・・・着いた先は・・・、
「着いたぞ、秋葉原・・・。」
秋葉原の地に降り立つ蓮理。
何回か来たことはある。しかし、1人で来るのは今回が初めてだった。
「さてと、ブラつきますか・・・。あとは上手いカレー食べれたら万々歳かな。」
蓮理は若干、浮き足立ちながら秋葉原の街へと駆け出す。
「さすがは電気街・・・すげぇや。」
見るもの全てに興味を示し、行く先々で足が止まる。
(1人じゃなかったら、こんなにのんびりと見れなかったな・・・。)
蓮理がそんなことを考えていると腹の虫が鳴き始める。
(カレー食べに行くか・・・んで、どこのカレーが美味いんだ?)
蓮理がスマートフォンでクチコミ情報を確認しようとした時・・・、
「白~~~~~!!」
「ん?」
どこからか小さな女の子の声が聞こえる。
蓮理は辺りを見回すが、特に変わった所は見当たらない。
「気のせいか・・・。」
蓮理が再びスマートフォンの画面を見ようとした時、
「白~~~~~~!!!」
やはり聞こえる少女の声。
蓮理はもう一度、周辺を見回すと、前方から風変わりな衣装を着た少女が走ってくる。
(あれって・・・この前のゴスロリ少女か?)
蓮理はラティアと帰る途中に見たあの少女のことを思い出す。
ゴスロリ少女は誰かを探しているようにグルグルと周りを見ながらこちらに向かって走ってくる。
(誰か探してるのか・・・。)
正直、腹は減った。どこかに食べに行きたい所だが・・・だが・・・、
「誰か探してるのか?」
つい声をかけてしまった。我ながら面倒なことに首を突っ込んだと今になって後悔する。
「えっ・・・・・・?」
ゴスロリ少女は不意に声をかけられ、少し緊張した様子を見せる。
「いやなんか困ってるみたいだったから、手伝おうかなと思って。」
「・・・・・・・・・え~と。」
ゴスロリ少女は少し困ってる様子だったが、呼吸を整えて蓮理の方を見る。
美しい黒のストレートロングヘアーに白のフリルが施されたカチューシャ、そして場違いな雰囲気すら醸す白のフリルがアクセントとなっている黒のゴシック服を身に着けた少女、身長はラティアよりも少し低いくらいだろうか。
「し・・・・・・・・・・・・、」
言葉に詰まっている。そして、ゴスロリ少女はゆっくりと息を吐き、静かに呟く。
「白を・・・・・・姉を・・・探しているんです。」
その声は、幼いながらもしっかりとした重みのある声だった。
「姉ちゃんか・・・?」
「はい・・・、ここへ来てからはぐれてしまって・・・。見ませんでしたか?ベージュ色の髪に白いワンピースを着ているんですけど。」
「う~ん、見てはいないな~。俺もここへ来てからブラブラしてたけど・・・。」
「そう・・・です・・・か・・・。」
ゴスロリ少女はやや落胆したような顔つきを見せる。
「まっ、俺も探すからすぐに見つかるだろう。」
「・・・ありがとうございます。あっ、私は妹の揚羽黒と言います。」
「俺は緋色蓮理。とりあえず行きそうな所探してみるか。誰か見てるかもしれないし。」
「分かりました。姉は揚羽白と言います。」
「白ね・・・。うっし、じゃあ行くか。」
「・・・はい。」
黒は少し緊張した面持ちで蓮理の後を付いていく。
蓮理達は白の行きそうな所を手当たり次第、聞いて回る。
家電量販店・ファミレス・アニメショップ・ゲーセン・・・、しかし、どこを探しても白の有力な手がかりは得られなかった。
「こりゃ本格的な迷子だな。交番へ行った方がいいか?」
「それは・・・ダメ・・・!」
何故か黒は交番行きを拒む。
「なんで?交番行った方が人出増えると思うけど?」
「交番はダメなの。なるべく警察の世話にはなりたくないから。」
何か嫌な思い出でもあるのかと思ったのだろうか?
尋ねようかと思ったが、プライベートな事なので蓮理はそのまま何も言わず、交番を素通りする。
「しっかし、こうなると本当にどこ探したらいいものか・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
蓮理と黒の表情が沈んでいこうとした時、黒の前を何かが通りすぎる。
「・・・えっ?」
黒はそれを目で追う。それは何の変哲もないただのシャボン玉だった。
だが、それは黒にとって大きな手がかりとなる。
「・・・こっち。」
「・・・ん?」
「こっちに白はいる!」
黒はシャボン玉が飛んできた方向へと走り出す。
「おい・・・ったく!」
蓮理は黒の後を追いかける。
丈の長いスカートを履いてるのに黒の速度はとんどん上がっていく。
障害物を軽々と飛び越える様はさながらアクション俳優そのものだった。
(マジかよ・・・!)
蓮理は並ぶどころか追いかけるのがやっとだった。
そして、徐々にシャボン玉の量が増えていく。
走り続ける黒は何かに気付いたのか、途中の曲がり角で足を止める。
「はぁ・・・はぁ・・・どうした?」
息切れを起こしている蓮理は黒に声をかける。
「こっち。」
黒は角を曲がり、スタスタと歩いていく。蓮理もそれに続いていく。
人気のない裏通りを歩いていき、やがて少しずつ太陽の光で照らされていく。
そして、蓮理達の前方に1人の少女の姿が見え始める。
「白・・・・・・・・・!!」
黒は勢いよく、その少女に向かって走り出す。蓮理は黒の後ろを追いつつ、少女の姿を確認する。
ベージュ色のストレートロングヘアーに白いワンピースを着用した少女がシャボン玉を吹いていた。その少女・・・名前は、白だったか。
白は黒に気付き、大きく手を振る。
「あっ、黒~!」
白は黒に向かって走り出し、互いに抱きしめ合う。
「もう・・・どこに行ってたの!?」
「えへへ、ごめんね。色々見て回ってたらいつの間にか黒と離れちゃって。」
白は舌をペロッと出しながら黒に謝る。
「ホントにもう・・・。」
黒は呆れつつも笑みを浮かべる。
「よかったな、見つかって。」
追いついた蓮理が黒を労う。
「黒・・・この人誰?」
「私と一緒に白を探してくれたの。大丈夫、悪い人じゃない。名前は・・・確か・・・、」
黒は少し考えた後・・・、
「人間爆弾。」
「1文字も合ってねぇぞ。緋色蓮理だ。」
「だそうよ。」
「扱いが雑すぎる!」
本気なのか冗談なのか、黒が蓮理を弄りにかかる。
「黒を手伝ってくれてありがとうございます。わたしは、黒の姉の白と言います。」
白が蓮理に向かって深々とお辞儀をする。
「お、おう・・・まぁ、会えてよかったな・・・。」
白の丁寧ぶりに、逆に蓮理の方がかしこまってしまう。
「ところで白、どうしてこんなところにいるの?」
「え~とね~、この子たち。」
白は自らの後ろにある段ボール箱を指さす。
蓮理と黒が恐る恐るその中を覗き込むと・・・、
「みゃ~~~。」
「に~~~~。」
中から2匹の白猫と茶猫が顔を出す。
「かわいい・・・。」
黒が思わず声を漏らす。
「捨て猫か・・・。」
蓮理が辺りを見回す。
猫は衰弱していない所を見ると、ここに置かれたのは昨日一昨日、あるいは・・・今日。
人気のないこの場所では食糧にありつくのも困難ということはすぐに分かった。
「わたしが迷ってたら、この子たちを見つけたんだ。この子たち・・・捨てられたの?」
「そうなる・・・な。」
蓮理は頭を掻きながら白に伝える。
「そっか・・・。じゃあ、わたしたちと一緒だね。」
「えっ?」
一瞬、白の口から何か重い言葉を聞いた気がするが・・・。
「ねぇ、黒。この子たち、持って帰っちゃダメかな?」
白は茶猫の頭を撫でながら黒に尋ねる。
「聞いてみないとなんとも・・・今、持って帰ってダメだって言われても・・・。」
黒は言葉を濁す。白は「むぅ~。」と言いながら考え込む。
「とりあえず、今日はこのまま置いておくしかないな。俺もこのまま持って帰るということも出来ないし・・・。、」
「・・・・・・じゃあ、今日『ゲームメーカー』に聞いてみて、OKだったら持って帰ろう!」
ゲームメーカー?蓮理はふと疑問に思ったが聞き流すことにする。
「でも、この子たちお腹空いちゃう。」
「あ~それだったら、近くのコンビニでパン買ってくるよ。」
蓮理はそう言うと、元来た道を引き返そうとする。
「あの・・・何でそこまでしてくれるんですか?」
黒は疑問に思い、蓮理に問いかける。
「ん?う~~~ん、見て見ぬフリも出来ないからなぁ。それに、お前らがどうにかしようとしてるのに俺だけ何もしないっていうのはおかしい気がするし・・・。」
蓮理はさらに言葉を紡ぐ。
「まっ、要するにガキンチョが困ってるのを放っておけないっていうヤツだ。俺のただのお節介と思ってくれていいぜ。」
蓮理は苦笑いをしつつ、黒達に自分の思いを伝える。
「・・・・・・・・・蓮理って優しいんだね。」
黒がボソッと呟く。
「ホントだね~。黒が気に入るのも分かる~。」
白が屈託のない笑顔を蓮理と黒に向ける。
「ちょっと白、気に入ってないから。たまたま、そう思っただけだから。」
「でも、黒って初めて会う人には絶対にそんなこと言ったりしないもん。」
白の素直な感想に黒は言葉を失う。
「蓮理・・・私に何かしたでしょ?」
その矛先が蓮理に向けられた。
「なんでそうなるんだよ!?」
「私が初対面の人間にこんな馴れ馴れしくするはずがない。百歩譲って私はいいわ。だけど、白に手を出したら・・・、」
黒の親指と人差し指がピンと伸び、その他の指は折れ曲がる。その形は指で銃を模しているように見えた。
「殺す。」
唐突な殺害宣言。
だが、その眼には確かな覚悟があった。迂闊に白に手を出したら、本気で殺しかねない。
「分かったよ。手は出さない、そんな趣味ないし。」
「それでよし。」
黒は静かに手を降ろす。
この2人、最初に出会った印象と今とでは大きく違っている。
何か辛い過去があったのと、黒が見せたあの眼・・・そこら辺の子どもより遥かに何か・・・経験してきた場数が違う・・・そんな気がしてならなかった。
「黒は本当は優しいんだよ。」
白は相変わらず笑顔で答える。
「白、余計なことは言わないの。」
黒は少し照れながらも白を制止する。
「とりあえず、コイツらの食い物でも持ってくるか。ついでに水も。」
蓮理がそう言うと同時に、
小さな可愛らしいお腹の音が鳴る。
その方向には白と黒が立っていた。
「・・・殺す。」
「なんもしてねぇから。」
とにかく、おっかないガキンチョだった。
蓮理達はその後、近くのコンビニでパンと水を買い、猫の所まで持ってくる。
水を入れる容器は近くに捨てられていた物で代用出来た。
「クチャクチャ・・・。」
「美味しい?」
「んみゃ~~~。」
白は猫に話しかけ、猫がそれに応える。
なんとも微笑ましい光景だった。
「ところでお前ら、どうやってここまで来たんだ?猫を持って帰れないってことは遠いのか?」
「タクシー。少し遠いの。」
「ほぅ・・・タクシー・・・。」
家は金持ちなのだろうか?ふと、そんなことを考えていると、蓮理の腹がグルグルと鳴る。
「そういや、俺も何も食ってないんだった。」
蓮理は時刻を見る。15時過ぎ・・・まだ余裕はある。
「どっかで食べていくか。俺が奢ってやるよ。」
「えっ、外食!?」
白の目がキラキラ輝く。
「何か魂胆でも?」
対する黒は疑惑の目で蓮理を見つめる。
「ねぇよ。黙って大人の厚意を受け取りなさい。」
「そう?じゃあ、甘える。」
「ちなみに、俺カレー食べたいんだけど?」
黒の目が虫を見るような目に変わりつつある。
「女の子誘っておいてカレーはどうなの?」
「うるさいよ。俺はカレーが食べたいの。」
「子どもみたい。」
「うるせぇよw」
蓮理達は猫と別れてカレー屋へと向かい始める。
外食を喜ぶ白をよそに、どこのカレー屋へ行くかで蓮理と黒は言い合いを店が決まってもなお続けていた・・・。
△▼△
「じゃあね、蓮理~~!」
カレーを食べ終えた蓮理達はそれぞれ帰路につく。
「おう、じゃあな。」
「言っておくけど、カレーの締めは福神漬けだから。」
「らっきょうに決まってんだろ。」
言い合いを続ける蓮理と黒だが、両者ともにどこか笑顔を浮かべている。
白と黒は人が増えつつある雑踏の中へと消えていった。
「さて、俺も帰るか。」
吹雪達と一緒では無かったがどことなく充実感はあった。
(明日にでもあの猫、見に行ってみるか・・・。)
あの姉妹が猫を引き取れないなら、こちらで何とかするしかない。
吹雪達に里親探しについて聞いてみよう・・・蓮理はそう思いながら電車に乗り込む。
明日になったら、あの猫達は助かる・・・そう信じて。
「みゃ~~~。」
「にゃ~~?」
スタ、スタ、スタ、スタ、ザッ・・・。
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「灰色の世界」