1-2『魔女の独白』
眼を覚ます・・・。
振り返れば魔女がいる。
そんな夢みたいな話が夢の中で起こった。
「誰だ、アンタ?」
自分の名前を知る魔女に蓮理は質問する。
「・・・そう。あなたが知らないのも無理ないわね。」
「?」
魔女はそう言うと、蓮理に背を向け、歩き出す。
「付いてきなさい。どうせ、ここにいてもあなたは何の役にも立たないんだから。」
「・・・えっ?」
唐突に罵られた。
会って間もないのに・・・。
1人でスタスタ歩いていく少女の背中を不本意ながら蓮理は追いかける。
紅梅色の腰付近まで伸びたロングヘアーに黒を基調としたシックなドレス、くるぶし付近まで覆うロングスカートに花の紋様が描かれた黒の日傘というどこかの貴婦人を思わせる。
夢とは思えないほどのリアリティを持つ大地を歩いていく。時折香る草木の香りは明らかに本物と相違なかった。
「どこまで行くんだ?」
「付いて来れば分かるわ。」
少女は足を止めることなく、前へ前へと進み続ける。
蓮理もまた、彼女の後を追いかけていく。
すると、不意にどこからか声がした。
「人間だわ。」
「人間の男ブヒ。」
「あら珍しい。こんな所に人間が来るなんて。」
「?」
蓮理は辺りを見回す。
しかし、声はするが姿が見えない。
「どうしたの?」
足を止めている蓮理に少女は尋ねる。
「いや、なんか声がするんだけど・・・。」
「ああ・・・多分それは女王憲兵ね。」
「ん?クイーンリリー?」
蓮理がたずねようとした瞬間・・・、
「オイラたちのことだよ~~♪」
どこからともなく、生き物達が姿を見せ始める。
喋るコウモリ・・・空飛ぶブタ・・・やたらブサイクな猫・・・。
「はっ!?」
蓮理は思わずたじろぐ。
すると、女王憲兵達は自分達だけで盛り上がり始め、歌を歌い始める。
「澄みわたる~あおぞら~♬︎(夜なんて来ないけどね!)たいくつで~たいくつで~死にそう~(ああ、何か楽しいことはないかしら♪)そんなとき・・・そんなとき・・・!姫さまがぁ~男を連れてきた~~~!!(あら、明日は雨かしら♪)」
「ねぇねぇ、歳いくつ?好きな食べ物は?(お姉さんが作ってあげる♪)好みのタイプは♪(失礼よ!)おっぱいちっぱい、どっちが好き♪(もっと失礼よ!)」
「さぁ!(さぁ~)飽きるまで踊りあかそう~!!(あかそう~!!)」
「ここには夕方も!夜も!ないしろば~らのらくえ~~ん♪(らくえ~~ん!)久しぶ~りのお客さまだからもてなさなきゃ~~~!!(さぁ、お前ら宴の準備だ!!)」
「楽しい♪嬉しい♪パーティーのは・じ・ま・り・・・だああああぁぁぁぁぁぁ!!!!(ちなみにパーティー1回100万円よ♪)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
見てはいけないものを見てしまった気がする。
「ねぇねぇ、どこから来たの?お名前は?ニックネームとかある?ワタシはパッピー!」
喋るコウモリ改めパッピーは蓮理の顔面近くまで来て質問攻めにする。
「パッピー困ってるブヒ・・・。お客さまを困らせてはいけないブヒ。お客さま、僕の名前はブーチョ。お客さま、僕をこの縄でボンレスハムみたいに縛って快感を与えてほしいブヒ!」
空飛ぶブタ改めブーチョ改め変態が縄を持って蓮理に迫る。
「ちょっとアンタ達、グイグイ行きすぎ!アタシの名前はダルマンサ。お客さん、疲れたでしょう?アタシの力こぶ見て元気出して!」
おネェ口調のブサイクな猫のダルマンサは立派な力こぶを蓮理に見せつける。
(なんだ、コイツら・・・。)
動物が喋ってる以前にその奇々怪々な言動が蓮理の脳がパニックになっていく。
「その子達に構ってたら、時間がいくらあっても足りないわよ。」
「いや、コイツら・・・なに?」
「だから、女王憲兵。」
「名前は分かった。コイツらの素性!」
「私の下僕。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
(下僕・・・コイツらが・・・このネジの飛んだことしか言わないコイツらが・・・。)
蓮理の脳内キャパシティが限界を越えようとしていた。
「ブヒブヒ。お客さま、僕を縛ってほしいブヒ!僕は将来、ボンレスハムになるのが夢なんだブヒ!」
「誰かに喰われてしまえ。」
変態の変態発言に蓮理は容赦なくツッコミを入れる。
「ちなみに、僕の最近のバイブルは・・・ロリータ緊縛・・・」
「おっと、それ以上言ってはいけない。」
変態の暴走発言にストップをかける蓮理。
少しでも口を塞いでおかないと何を言い出すか分からない。
「ほら行くわよ。」
少女は再び歩き始め、蓮理もそれに続いていく。
どれくらい歩いただろうか・・・?
不思議と疲れは感じなかった。歩く度に爽やかな風が身体を包み、高揚感すら感じる。
ただ、後ろからブツブツと言いながら付いてくる下僕達さえいなければ、もっと気持ちよかっただろうに。
「アイツら、付いてきてんだけど・・・?」
「久しぶりの客人だから興奮してるんでしょ。」
「どこまで付いてくるんだ?」
「私の目的地まで。」
「え~~~~~~~。」
ため息しか出ない。
その間もブツブツと何かを言っている下僕三人衆。
悪口を言っているわけではなさそうだが、気になる。
「もうすぐ着くわよ。」
少女の声に諭され、蓮理は辺りを見回す。
すると、少しずつだが前方に何かが見え始める。
「・・・・・・・・・!!」
蓮理の前方、そこには白に覆い尽くされた薔薇の花園が広がる。
咲き誇る白薔薇は一輪一輪から生命力が溢れており、まるで女王の帰還を喜ぶ民たちの歓喜にも似た鼓動を感じる。
「・・・すごい。」
蓮理は思わず感嘆の声を漏らす。
花園の奥には白い古城みたいなものが見えた。
「アレは?」
「私の住んでる所。でも、あそこまで行く時間はないわ。」
少女は再び歩き出す。蓮理もそれに続いていくと白薔薇に囲まれるように洋風のテーブルとテーブルチェアが置かれていた。、
「あそこに座りましょう。パッピー、お茶と菓子の準備をお願い。」
「わっかりました!!」
パッピーはジェット機並みの速度で古城に突っ込んでいった。
(わざわざ俺達のペースに合わせて付いてくる必要あったのか?)
「何をしてるの?聞きたいことが山ほどあるんでしょ?あまりあなたをこの場所で留めておくことは出来ないの。要件は手短にお願い。」
(なんで上から目線?)
そう思いつつも蓮理は少女に促され、椅子に座る。
程なくして、パッピーがティーポットとカップを乗せた皿を器用に足で掴んで持ってきた。
「お紅茶お待たせしました~。お菓子はまた取りに行ってきま~す!」
そう言うと、また超スピードで古城に帰っていった。
「忙しいヤツ・・・。」
蓮理はボヤいていると、少女はとっとと自分のカップに紅茶を注ぐ。
辺りに茶葉の甘い香りが漂う。
「それで、私に聞きたいことはあるかしら?」
紅茶を少し飲み、少女は話を切り出す。
「なんで俺の名前を知ってる?」
「あなたをずっと見てきたから。」
「いつから?」
「さぁ・・・?忘れるぐらいの頃かしら。」
「ここは夢の中か?」
「夢だけど夢ではない。それは、あなたが1番分かってることではなくて?」
「アンタは誰だ?」
「そうね・・・まだ言ってなかったわね。」
少女はカップを静かにテーブルに置く。
「私の名は『リニス・フランシェル』。白薔薇の魔女よ。」
△▼△
パッピーがお菓子を持って帰ってくる。見た感じはマフィンだろうか?キレイに焼き上がったマフィンを蓮理とリニスの前に置く。
「では、ごゆっくり~♪」
パッピーがどこかへ飛んでいった。
「喋り疲れたでしょう。お菓子でも食べてくつろいだら?紅茶もどうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あら?コーヒーの方がよかった?」
「いや、紅茶でいい。」
目の前のマフィンを見つめる。下手に食べていいものだろうか?不信感が蓮理の食欲を阻害する。
「安心なさい。毒なんて入ってないわよ。あなたを殺したって私になんのメリットもないもの。無駄は嫌いなの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
静かにマフィンを手に取る。
信用は出来ない・・・、だが、嘘を言っているようには見えない。・・・・・・どうする?
「・・・・・・(パクッ)」
マフィンをひと口食べる。
甘い香りが鼻を抜け、口の中にバターの甘さとブルーベリーの甘酸っぱさがマッチする。
「・・・美味い。」
感嘆の声を漏らす。
「当然でしょ。私が食べるものなんだから。」
リニスはフッと笑みをこぼし、カップの紅茶をひと口飲む。
そして、しばらく互いが無言のまま数分が経過した。
「なんで俺をここに?」
マフィンを食べ終え、紅茶で喉を潤した蓮理が質問をする。
リニスは蓮理の目を見つめた後、静かに語り始める。
「あなたにある事を伝えるためよ。」
「ある事?」
蓮理はカップをテーブルに置き、さらにリニスに尋ねる。
「・・・蓮理、あなたは近い将来・・・死ぬわ。」
「・・・えっ?」
言っている意味がよく分からない。
「だから、あなたは近いうちに、あなたが暮らしていた向こうの世界で『死ぬ』と言ったの。」
「なんでそんな事が言えるんだ?」
「『視た』から。あなたの未来を。必然的な死の運命を。」
「・・・(俺が死ぬ・・・?)」
リニスの精神を抉る発言に蓮理は動揺を隠せない。
「なんで俺、死ぬんだ?」
「それは教えられない。」
「・・・どうして?」
「教えてもいいけど、今のあなたじゃ理解出来ないと思うけど。」
「理解出来る出来ないの問題じゃない。俺が知りたいんだ。」
リニスは少し考えた後、静かに呟く。
「じゃあ教えてあげる。あなたに━━━よ。」
「えっ?」
「だから、あなたに━━━━よ。」
聞き取れない。大事な所がモヤがかかったようになって聞き取る事が出来ない。
「やっぱり理解出来ない顔してるわね。言っておくけど、私がわざと濁してるというわけではないのよ。」
「じゃあ、どうして?」
「あなたに宿った死の運命が強すぎるのね。だから、その運命を回避する死の原因やその運命を回避する方法を拒絶しているのよ。」
「じゃあ・・・、なにも分からないまま死ぬのを待てというのか?」
蓮理はとっさに今食べたマフィンのことを思い出す。
「あのマフィンは関係ないわよ。あなたを殺しても私になんのメリットも無いと言ったでしょ。ただ片付けなくてはいけないものが増えるだけ。」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!?」
蓮理は声を荒らげる。
リニスは眉一つ動かさず、蓮理の目を見つめる。
「私がただ、あなたに死ぬことを教えるためだけにここへ呼んだとでも?」
「・・・えっ?」
「私はそこまで暇じゃないの。確かにあなたが死ぬのを教えるために呼んだ。それと同時に、その運命に抗う手段を教えるためよ。」
「運命に抗う・・・?」
「そう。他人でどうにも出来ないのだから、自分でどうにかするしかない。少なからず、ここへ来る前のあなたと、今のあなたでは考え方がまるで違うのではなくて?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
確かにそうだ。ここへ来る前は、夢なら早く覚めてくれと願うばかりだった。
だけど、今は違う。異様に説得力と迫力のある目の前の魔女・夢にしては現実味のある大地・しっかりと口の中にバターの余韻が残るマフィン・・・、
どれを取っても現実と相違がなかった。
夢じゃない・・・。その真実が自らに課せられた死の運命と共に重くのしかかる。
「俺は何をすればいい・・・?どうやったら助かる?」
蓮理はリニスに尋ねる。答えはなんとなく分かっていた。『自分で探すしかない』・・・しかし、可能なら藁にもすがりたい。
蓮理はその一心でリニスの答えを待った。
「簡単よ・・・。」
「・・・えっ?」
「これからあなたの前には幾多の困難が課せられる。その時、よく考えて行動することね。その行動1つがあなたの運命を大きく変えるきっかけになるかもしれない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いいこと?あなたが生きるも死ぬもあなたの行動にかかってる。現状、あなたが今後死ぬ確率は100%・・・それを0にしていくのがあなたの宿命よ。」
「出来るのか・・・、それだけで?」
「さぁ・・・?」
「さぁ・・・?って。」
「それで変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。だけど、黙って死ぬのを待つのは御免なんでしょ?だったら、地べた這いずり回っても抗うのが正しい選択なのではなくて?」
「・・・・・・そうだな。」
「あと、最後に言えることがあるとしたら・・・、」
「・・・なんだよ。」
「仲間は大切にしなさい。自分1人じゃどうにも出来ないことでも仲間となら変えられることもある。・・・あなた、何でもかんでも自分で背負い込みすぎるみたいだから。」
「アンタ・・・何者なんだよ?」
「だから言ったでしょ?白薔薇の魔女だって。何回も同じことを言わせないで。」
リニスはカップを手に持ち、紅茶をひと口飲む。
「話は以上よ。良かったわね、なんとか間に合ったわ。」
「間に合った?」
「あなたをここに連れてくるのにどれだけの重労働だったと思ってるの?しかも、下僕達が騒いだせいで余計な時間取られてしまったんだから。」
リニスは横目でこちらの様子を窺う下僕達を見る。
「・・・・・・!」
「・・・・・・!」
「・・・・・・!」
3匹が同じリアクションを取って震え始めた。
「マフィンに少しだけ私の魔力吹き込んでおいたから時間稼ぎにはなったみたいね。」
リニスはフフっと笑う。
「良かったわね。マフィンを食べて。食べなかったら、肝心のことをあなたは聞けずじまいだったのよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
なんだか手のひらで転がされてるような気がする・・・。
「まだ聞きたいことがある。」
「何?」
「なんで俺にそれを教えようと思ったんだ?」
「・・・それは、」
リニスは少し考えた後・・・、
「あなたが━━━━よ。」
「えっ?」
聞き取れない。聞き返そうとした瞬間、蓮理の身体の中からドクンッ!と何かがざわめき、その場に崩れる。
「時間のようね。」
リニスは蓮理に・・・そして、自分自身に告げる。
「待ってくれよ・・・!まだ・・・聞きたいことが・・・!」
意識が遠のく中、蓮理はリニスに問いかける。
「アンタ言ったよな・・・!彼女を救いたいか?って・・・!誰だよ!彼女って・・・誰の・・・ことだよ!!」
「━━━━よ。」
「分からない・・・、もう一度・・・教えて・・・く・・・れ・・・!」
プツンッ
蓮理の声が止み、静寂が訪れる。
リニスは糸の切れた人形のように動かなくなった蓮理を見下ろす。
「忘れないで、蓮理。私はあなたを視ている。・・・そして、私はあなたの『味方』よ。」
△▼△
落ちていく・・・
落ちていく・・・
落ちていく・・・
黒に覆われた空間を蓮理は真っ直ぐに進む。
どこへ辿り着くのか、分からない。
しかし、不思議と悪い予感はしなかった。
この先に待つのは俺の帰る場所。
蓮理はゆっくりと今までのことを思い出す。
(リニス・・・。)
目の前に現れた彼女は自身に様々なことを告げた。
(忘れるわけにはいかない・・・。)
胸のうちに刻み込む。
これから自分のすべき事を・・・。
ブチンッ!!
(・・・・・・・・・!?)
何かがおかしい。蓮理は静かに目を開ける。
変わらない黒の空間。
しかし、何かが違う。
「ウンメイヲ・・・ウケイレロ・・・。」
(・・・・・・・・・・・・!!)
何かがいる。蓮理は身構えるが、それよりも先に黒い手のようなモノが蓮理の顔を掴む。
(・・・・・・・・・クソっ!!)
引き剥がそうとする。しかし、手をミシミシと音を起てて蓮理の頭を締め上げる。
「オマエニ・・・カノジョハ・・・スクエナイ。」
頭の中に何かが流れ込み、蓮理の意識が再び遠のいていく。
堕ちていく・・・
堕ちていく・・・
堕ちていく・・・
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
朝日が部屋に差し込む。
蓮理は静かに目覚めた。
背伸びをして身体を慣らす。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
蓮理はふと違和感に気付く。
(口の中が甘ったるいんだが・・・昨日、何か食べたっけ?)
そして、新たな1日の幕が開く。
身支度を済ませ、手早く学校へと向かう。
いつもと同じルート。
「あら、蓮理ちゃん。おはよう。」
通学路の途中、いつも顔を合わせるおばちゃんが蓮理に挨拶をする。
「おはようございます、おばちゃん。」
「今日は少し涼しいね~。」
「昨日までがおかしかっただけですよ。じゃあ、熱中症に気をつけて。」
「はいよ、蓮理ちゃんもね~。」
蓮理は再びチャリで走り始める。
「ぐっどらっく。」
おばちゃんは蓮理の背中に向けて親指を立てた。
数分後、学校へ到着。
行き交う生徒をかき分け、教室のドアを開ける。
「おっす、蓮理。」
「お~っす。」
クラスメイト達と挨拶を交わして、自分の机・・・には既に先客がいた。
「おはよう、蓮理。」
蓮理に気付いた吹雪が蓮理に挨拶をする。
「おはよう、ブッキー。」
「おう蓮理。今日もお前の椅子を暖めておいたぜ。」
「おっす誠也。やめてくれ、俺の椅子が汗でベタつくから。」
「そこまで汗かいてねぇよ!」
今日も誠也は絶好調だ。
「ゴリラ汁出すのもほどほどにな。」
「なんだよ、ゴリラ汁って!」
「あっ、ブッキー。昨日はどうだった?」
「オイ!俺のゴリラ汁案件を無視するな!」
「ああ~、鬱だった。」
吹雪はため息混じりに愚痴をこぼす。
「吹雪の親父さん。マジで厳しいからな。俺もガキの頃はよく叱られたもんだ。」
「自分の庭に生えてる果物盗み食いされたら誰だってキレるだろ。」
「食っていいものかと。」
「・・・お前の親の顔が見てみたい。」
「見たことあるだろぉ?」
「ああ・・・あのゴリラもどきの・・・」
「勝手に俺ん家をゴリラの巣窟にしてんじゃねぇ!」
朝からキレの良いやり取りが繰り広げられる。
(今日も平和だな・・・。)
蓮理はそう思う反面、何か大事な事を忘れている・・・そんな気がしてならなかった。
(まっ、そのうち思い出すだろう。)
そして、退屈な授業が始まる。
授業の合間の休み時間
蓮理は軽く背伸びすると同時に、喉の渇きを潤すために食堂へと向かう。
「なんか飲み物いる?」
授業が一段落し、スマートフォンを触る吹雪に声をかける。
「いや、今は間に合ってるな。」
誠也に声をかけようとするが、机に突っ伏して居眠りをしている。
(無理に起こす必要もないか・・・。)
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。」
「おう、車に気を付けてな。」
「この学校、そこら辺を車が通ってるのかよ・・・。」
蓮理はブルブル震えながら教室を後にする
。
食堂へ行く途中・・・、
「おっ?」
食堂近くにある庭木の前に見知った女子がスケッチブックを手に、花とにらめっこをしていた。
(声はかけたいが顔が真剣なんだよな・・・、どうする?)
少し考えたが声をかけないのもどうかと思い、蓮理は女子に声をかけた。
「描けてる?」
「・・・・・・(ビクッ)!!」
不意に声をかけられ、女子は少しだけ身体が飛び上がる。
「えっ・・・あっ、蓮理くん?」
息を整えて、ちっぱい党代表ことラティアが少し驚いた顔でこちらを向く。
「何を描いてるのかな~と思って。・・・邪魔した?」
「ううん・・・全然・・・!」
ラティアを首を大きく横に振る。
「美術で学校にあるものをスケッチすることになって・・・この花を選んだんだけど・・・。」
見ると、白く小さな花が咲いた木が学生達を見守るかのように咲き誇っていた。
「・・・ハナミズキか。」
「蓮理くん、知ってるの?」
「ほら、少し前にこの花の歌が流行ったじゃん。そん時に少し調べた。」
「へぇ~。」
「・・・というかラティアくん。花の名前も分からずに描こうとしていたのかね?」
「えっ・・・し・・・知ってたよ!?」
見るからにラティアは怪しい素振りを見せる
「本当かに?そのちっぱいに懸けて嘘偽りはないかね?」
「ほ・・・本当だもん。そ、それに・・・小さくない・・・よ。」
私は知っている。たまに本屋へ行ったとき、コソッと胸が大きくなる方法が書かれた本を読んでいることを・・・私は知っている。
しかし、これ以上言うと泣きそうなので止めておくことにする。
「そういえば俺達の時もあったな、そんな授業。」
「えっ?何を描いたの?」
「ん~と、確か・・・。」
蓮理は昔のことを思い出す。そう、あれは1年前・・・、
「あ~、美術ダルい~。」
学校にあるものをスケッチ。
シンプルながらも一番学生のセンスが試される課題に
蓮理達1年組は四苦八苦していた。
「吹雪・・・何描くか決めた?」
スケッチブックをグニャグニャと折り曲げながら誠也は吹雪に尋ねる。
「女子のスク水姿。」
「いいね、それで行こう。」
吹雪の本心とも冗談とも取れる発言に誠也は即座に採用する。
「いや、マズいだろ。」
蓮理は誠也を止めに入る。
「え~、良いと思ったんだけどな・・・。」
「まぁ、さすがに男3人でスク水女子を眺めてスケッチは変態の極みだな。」
吹雪の言葉に蓮理は「?」と疑問に思い、尋ねる。
「ちょっと待て。3人ってあと1人誰だよ。」
「蓮理しかおるまい。シュナイデンはまず参加しないだろ。」
吹雪は当たり前のように蓮理の名を口にする。
「まっ、連帯責任ってヤツだな。」
誠也はヘヘッと笑いながら蓮理を見る。
「その連帯責任の意味は違うと思うぞ!?」
「いやでもまぁ、マジな話どうする?描きたいモンなんてこの学校にねぇぞ。」
蓮理と誠也が悩んでいると、吹雪は何かが閃いたように口を開く。
「誠也、海パン持ってきてたよな。アレにちょっと着替えてくれ。」
「え~、面倒くせぇな。」
嫌な予感しかしない・・・。
数分後、誠也はなぜか海パン一丁で人気のない中庭に立っていた。
「それでどうするんだよ?」
「まずは足をくねらせて・・・。」
誠也は足を少しくねらせる。
「次に両腕で胸を隠しつつ、背中に回して・・・。」
両腕で胸を抑えつつ、背中側に手を回す。
「最後にエロい顔してみようか。」
なぜかキス顔しながら上を見上げる誠也。まるで、空気とキスしているかのように見える・・・。
「完璧だ・・・!」
吹雪はスケッチブックを取り出す。
「いやんって言ってみようか?」
「いやん♥」
吹雪の提案に誠也はノリノリで答え、そして吹雪は、スケッチブックにそのグロテスクな絵面を描いていく。
「これ描くのかよ(笑)。」
「背に腹はかえられん。」
蓮理は苦笑いをしつつ同じくスケッチブックにその通報レベルの変態を描く。
「なぁ・・・コレ、俺描けないんだけど?」
キス顔を崩さず、蓮理達に質問をぶつける。
「安心しろ。あとで俺達のを写せばいい。」
「あっ、そっか。」
吹雪の発言に納得しつつ、再び強烈なキス顔を決める誠也。
そして、数分後・・・、
「完成だ!」
蓮理と吹雪は絵を完成させる。
「なぁ、この絵のタイトルって何だ?」
蓮理は吹雪に質問する。
「ん?・・・・・・『陸へ上がった変態ゴリラ』。」
「・・・・・・ということがあった。」
「・・・・・・・・・・・・」
ラティアがドン引きしていた。
「・・・それで、その絵を提出したの?」
「うん、した。そんで、こっぴどく怒られた。」
「・・・だよね。」
「まぁ、怒られない要素皆無の作品だからな。・・・だから、ラティア。」
蓮理はラティアに近付く。ラティアは急なことに緊張して顔が少し赤くなる。
「俺達みたいになるな。」
「・・・・・・う、うん・・・!」
ラティアはこれ以上にない速度で首を縦に振る。
そうこうしている内に休み時間は終わり、蓮理は飲み物を買えず、ラティアも絵を描けずじまいだった。
━━━━放課後
「っしゃあ!! カラオケだーーーー!」
行きつけのカラオケボックスに入り、誠也のボルテージが急激に上がり始める。
「今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん頼め。」
吹雪のひと言に誠也が固まる。
「マジかよ・・・明日、大雨来るんじゃね?」
「なんかそういう気分なだけだ。」
そこにいる吹雪以外の全員が(家のことでストレス溜まってんだな・・・)と想像出来た。
「じゃあ、遠慮なく!俺はコーラと唐揚げな!」
「私はオレンジジュースかな。」
「俺は・・・、」
蓮理がメニュー表を見たとき、ある言葉に目が停まった。
(マフィン・・・。)
聞き慣れた名前・・・、それなのに何故かその言葉が引っかかった。
どこかで食べた・・・?いつ・・・?記憶にない・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「蓮理くん、どうしたの?」
蓮理が固まっているのを見て、ラティアが声をかける。
「ん?ああ、いや・・・何でもない。じゃあ、俺はジンジャエールで。」
「何で誰も食い物頼まねぇんだよ?」
「だって、誠也の頼んだのをつまみ食いしてるだけで腹いっぱいになるんだよ。」
「マジ?俺いつもそんなに頼んでる?」
(自覚なかったのか・・・。)
実際、カラオケボックスに来る度に誠也は大量に食べ物を注文をする。
低価格で大ボリュームも相まって様々な物を注文する。しかし、頼んだはいいが歌に集中して大量に余る。その処理に追われるのがお約束となっている。
「そういえば、この前はハニートースト頼んでラティアが1人で平らげてたな。」
吹雪がメニュー表を見ながら昔のことを思い出していた。
「あれは・・・その・・・美味しかったから・・・!」
ラティアが必死に弁明するが誠也はそれを遮る。
「皆まで言うなラティア・・・。デザートは別腹ってやつだろ?」
「だから違うんだってば・・・!」
いじられ放題のラティア。恐らくここにシュナイデンがいたら間違いなく止めているであろう。
「そういや、シュナイデン最近忙しいんだな・・・。」
蓮理はこの場にシュナイデンがいないことをボヤく。
「生徒会か何やらで忙しいらしい。」
「アイツもたまには息抜きも必要と思うけどな~。」
「お前は人生の半分は息抜きだろう。」
「うるせぇよ!」
吹雪と誠也がいつも通りのやり取りを繰り広げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ラティアは何か物思いにふけっている。
「どうした、ラティア?」
蓮理が声をかけると、ラティアは小さく首を横に振り、
「ううん、なんでもないよ。」
と言い、笑顔を向けた。
(シュナイデンのこと大好きなんだな、まぁ、今に始まったことじゃないけど・・・。)
初めて会った時から、ラティアとシュナイデンは仲が良かった。
シュナイデンが行くところにラティアは常に付いてきた。
シュナイデンもラティアのことを常に気にしている。そのことから、小学校の時は、イギリス人と日本人のハーフという珍しさもあって、同級生からブラコンだのシスコンだのと言われていた覚えがある。
その中で蓮理達はシュナイデンとラティアに声をかけた。興味本位ではない。
ただ、純粋に『一緒に遊びたかった』から。
シュナイデンとラティアはその思いに応えてくれた。
そのおかげで今の蓮理達の関係性は成り立っている。
「よし、歌おうぜ。あっ、俺はいつもの銀爆の『猛々しくて』な。」
「ヤダ。」
「何でだよ、吹雪!」
「お前、毎回いつもサビの部分で音程外すから毎回気になってんだよ。」
「えっ、マジ?」
「自覚なかったのか、コイツ・・・。」
「ま・・・まぁ、細かいことは気にすんな。とにかく俺は銀爆が歌いてぇんだよ!」
「それだったらラティアのアニソン聞いてた方がずっと良い。マイクをよこせ、誠也。」
「誰が渡すか、コノヤロー!」
「また始まった・・・。」
2人は壮絶なマイクの奪い合いを始める。
「吹雪くん達は変わらないね。」
ラティアは2人の様子を苦笑いしながら見つめる。
「アイツらは変わんねぇから、昔から。」
マイク奪い合い戦争は長時間にまで発展し、結局歌うよりも珍しく食べる方がメインのカラオケとなっていった。
△▼△
「じゃあ、俺ラティア送っていくわ。」
カラオケの帰り道、時間も遅くなってきたため、蓮理がラティアを家に送り届けることになった。
「おう、じゃあまた明日な。」
「またBOINするわ。」
誠也と吹雪がそれぞれ帰路につく。
「1人でも帰れるよ・・・?」
「ちゃんと家に帰さないと俺がシュナイデンに打たれるからな。」
「あはは・・・。」
シュナイデンの過保護ぶりが分かっているのか、ラティアが苦笑いを浮かべる。
「んじゃ、行くか。」
「うん。」
2人はラティアの家に向かって歩き始める。
━━━━帰り道
2人は特に何かを話すということはなく、歩き続ける。
蓮理は話してもいいのだが、ラティアがどこか意識しているように感じられて言葉に詰まる。
(なんか話題ないかな・・・。)
さすがにこのままも気まずい。
頭の中から話題をサーチする。
「そういえば、絵は描けた?」
「えっ?」
「ほら、あの・・・美術の課題。」
「あっ・・・うん。なんとか。最後ちょっとだけバランスが悪くなっちゃったけど・・・。」
「まぁ、大丈夫だろう。もともと、ラティアは絵を描くの上手かったし。」
「そ、そんなことないよ・・・!」
ラティアの顔が少し赤くなる。夕日のせいで若干、分かりづらいけども・・・。
「よかった。」
「・・・えっ?」
「な~んかラティア、考えごとしてるみたいだったから。」
「あっ・・・ごめんね。気にしてくれて。」
「い~や、お前すぐに顔に出るから。」
ラティアは顔を少し下に向ける。
「なんかあったらすぐ言えよ。」
蓮理はラティアの頭をポンポンと叩く。
「・・・うん。」
ラティアは小さく、しかし確実に笑顔で頷いた。
「・・・あっ。」
ラティアは1軒のコンビニに目が留まる。
「ちょっと待ってて。」
小走りでラティアはコンビニに向かう。
「えっ、まだ食べるの?」
カラオケボックスでそこそこ食べてた気がするんだが・・・、あの小さな身体のどこに入るのか少し疑問に感じる。
「仕方ない。」
近くのベンチに腰掛け、ラティアの帰りを待つことにする。その蓮理の前を白と黒の対称的な服を来た少女達が横切る。
「ん?」
蓮理が横切っていた少女の服に違和感を感じる。
「今の服、ゴスロリだったよな。」
聞いたことぐらいはあるが、見るのは初めてだった。
「暑くないのかね・・・?」
機能性のことを考えながらも初めて見たゴシック服に蓮理は少々、心がときめいていた。
「ラティアには・・・ちょっと似合わないかな。」
そんなことを妄想していたが、少しラティアが戻ってくるのが遅い気がする。
「何やってんだ、アイツ?」
仕方ないから迎えにいこうとすると、ラティアは先ほどの少女2人となにやら話していた。
「おーいラティア。早くしないと捨ててくぞ。」
蓮理の声に気付き、ラティアは蓮理の方を向く。
「あっ、うん!」
ラティアは少女達と別れ、蓮理の所に戻ってきた。
「遅かったからコンビニの中で迷子になっているのかと思った。」
「ち、違うよ!」
やや息切れしながらラティアは否定する。
「はい、これ。」
ラティアはコンビニの袋から1個の肉まんを蓮理に渡す。
「ん?」
「送ってくれたお礼だよ。」
ラティアは蓮理に笑顔を向ける。
「そんな大したことしてないけどな~。サンキュ。」
蓮理は肉まんを1口頬張る。
肉の旨味と後から来る花椒の辛みが食欲を増幅させる。
「美味いな、これ。」
「今日、発売日だったんだ。」
ラティアもひと口肉まんを頬張る。あれだけカラオケボックスで食べたのに、自然と腹の中に入っていく。
それからラティアの家に着くまで話題が絶えることはなかった。肉まんを頬張りながらいつまでも話し続ける。学業のこと、吹雪達のこと、将来のこと。
その時間はとても楽しく、ずっと続いてほしい・・・そう思えるほどに。
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「にゃあにゃあにゃあにゃあ」