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Crime&Penalty  作者: 纏
Chapter 1 『Missing a butterfly』
1/7

1-1『それは喜劇の始まり』

━━5月下旬


春の陽気は徐々に影を潜め、夏の日差しが見え隠れする。


春の訪れに舞い喜ぶ人々も、これから訪れる夏の猛暑を気だるく感じつつも夏に向けての準備を整える。


春から冬へは戻らない・・・誰もが理解しているものの、いざや現実を突きつけられると冬へ逆戻りしてほしい・・・そう憂える人々も少なくない。


その中で、今まさに一際アツイ勝負を行っている学園が存在する。


私立緑凰高校

敷地面積37000㎡、高校としてはそこそこの規模を持つ学校。

校訓は「智勇兼備」 要は自らがこの高校で得た智識を他者の幸福のために使う勇気を持つ人になりなさい・・・ということらしい。


そして、その高校のグラウンド周辺に野次馬達が集まり始める。

理由は簡単、この高校でも有名人である2人の死闘を見届けるためだ。


グラウンドには、今まさに2人が野球による激闘を繰り広げていた。

野球といっても特別ルール。1人が打者、もう1人が投手。

投手が投げたボールを3回ストライクしたら攻守交代

投手が投げたボールが打者のバットにヒットし、それを投手が取れなかったらホームラン、1点獲得。

それを各人9回ずつ行う。無論、バットに当たったボールをキャッチするのは至難の業。そのため、いかにストライクで確実に抑えるかが重要となる。


試合は9回裏、点数は21対21 イーブンだ。


「今日は稀に見る激戦だなぁ。」


野次馬の男子生徒がボヤく。確かにこの展開は珍しい。

いつもなら、圧倒的大差を付けて勝つことがほとんどだ。

しかも、勝つ側はだいたい決まっている。

それが今回はいつも負ける側が粘るので生徒達も興味を持ってグラウンドに集まってきたということだ。


今回の打者となる男子生徒が黒のバットを持ってバッターボックスに立つ。


「きゃーーーーー!! 吹雪さまーーーー!!!」


数人の女子達が打者に声援を送る。打者はその声援をスルーし、マウンドに立つ生徒を睨みつける。


身長は170cm後半の痩せ型、しかし半袖のカッターシャツから露出した腕は鍛え抜かれた筋肉が見え隠れする。髪色はやや明るめの銀髪、本人曰く「地毛」とのこと・・・。顔もいつ芸能界に引き抜かれてもおかしくない美しさの美男子・・・、女子が沸き立つのも何となく頷ける。

彼の名は「氷堂(ヒョウドウ) 吹雪(フブキ)


対するマウンドに仁王立ちをする生徒。

黒いボサボサトンガリ頭、カッターシャツはどこかに脱ぎ捨てたろだろう、黒いTシャツを着用している。

顔はそこそこイケてるが、その目つきの悪さから非常に残念キャラに成り下がってしまった・・・。


彼を特徴づけるもう1つの要因はその筋骨隆々の体つきである。

鍛えられた筋肉は時々、ピクッ!ピクッ!と動き、異様な気持ち悪さを引き立てる。

彼の名は・・・、


「ちょっとゴリラ男!吹雪さまの顔にボールぶつけたら許さないわよ!」

「そうよそうよ。吹雪さまの顔はね、私達の間では日本国宝の中でも最も尊い国宝と言われてるんだからね!」


女子達が容赦なく投手をまくし立てる。


彼の名は「闘真(トウマ) 誠也(セイヤ)


「うるせぇ!今、真剣勝負してんだ!ブス共は引っ込んでろ!」


その誠也は盛大に女子達を罵り始める。


「誰がブスよ、この筋肉ゴリラ!」

「吹雪さま!早く、この脳筋単細胞をゴリゴリにしてください!」


女子達は言いたい放題、誠也をディスる。

しかし、ゴリゴリとは一体・・・?


「今日はやけに粘るじゃないか?」


バットを手に持ち、異様な威圧感を与える吹雪が誠也を見つめる。


「はっ、当然だろ?お前をぶっ潰すために丹精込めて筋肉を育ててきたんだ。・・・今の俺なら負ける気がしねぇ!」


誠也はボールを持った右手を吹雪にかざす。


「フッ・・・ほざいていられるのも今のうちだな。・・・猿にふさわしい引導を俺が渡してやる。」


吹雪は静かにバットを構える。

無駄のない構え。プロ選手を彷彿とさせる雰囲気を醸し出す。


「へっ、・・・行くぜ!」


誠也もまた、静かに投球の構えを取る。


静寂がグラウンド・・・そして、その周辺を包み込む。

穏やかに吹く風は、生徒達の胸の高鳴りを抑え込もうとしているのか・・・少しづつ強さを増していく。


そんな静寂を断ち切るかのように誰かが、くしゃみをした。


「フェッ・・・クシュ!!」


その瞬間、吹雪と誠也の目が見開き・・・誠也を右腕を大きく振りかぶりボールを誠也に向けて突き投げる!


「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ブォン!!と激しく音を立て、ボールは一直線に吹雪に向かって飛んでいく。

風を・・・空気を・・・圧し潰すかのように飛ぶボールはまともに当たればひとたまりもない威力を持つ。


「フンッ・・・!!」


しかし、吹雪は微動だにせず冷静にバットをボールに合わせて振り抜く。風を切り、バットとボールは激しく衝突する。


メリメリッ・・・!!

バットがボールにめり込み、ボールが変形し始める。

今までとは明らかに違うボールの破壊力に吹雪は額に汗を滲ませる。余裕ぶってはいたが、誠也の火事場の馬鹿力は吹雪が最もよく理解している。その中でも、今回のは最高潮と言ってもいい。


腕に衝撃がのしかかる。だが、怯むつもりはない。

吹雪は真っ直ぐ、誠也の方を見つめる。誠也も吹雪の眼に気付く。


(・・・!! 打ち返すつもりかよ・・・!)


誠也はボールを取れる準備をする・・・が、


(見せてやるよ誠也・・・お前が本気で来るなら、こっちも本気で行かせてもらう・・・!)


吹雪は腕に全ての力を注ぎ込む。細いながらも無駄のない筋肉が強ばり始め・・・そして・・・、


「・・・ぅおおお!!死ね・・・メスゴリラ!!!」


激しい罵倒と共に吹雪はバットを振り抜き、ボールは再び一直線に飛んでいく。

軌道上にいるのは捕球の構えを取る誠也。


アウトか・・・!誰もがそう思った瞬間・・・、


「お前らーーーー!!」


耳をつんざくような男の怒号がグラウンド中に響く。


「ん?」

「ん?」


誠也が声のする方を見たそのとき、ボールの軌道はわずかにずれて、グローブをかすり・・・誠也の腹に直撃した。


ドスンッ!!

「ぐほぉ・・・ぁぁ!!」


腹にボールがめり込み、誠也の激しい嗚咽音が響く。


「貴様ら、野球部に許可も取らずに備品持ち出すとは何事だコラーーーー!!」


男はズンズンと吹雪と誠也に向かって走っていく。


「アレ、化学の橋本じゃねぇか?」

「ヤベッ、あの小うるさい橋本だ!」

「逃げんぞ、お前ら!」


グラウンドに集まっていた野次馬達は次々と逃げていく。

それだけ相手にすると面倒な男である。


「吹雪、許可取ってなかったのかよ?」


誠也はボールをめり込ませたまま、吹雪に質問する。


「俺がそんな面倒な事をすると思うか?てっきり、お前がしてくれてるかと。」


吹雪はあくまで冷静に誠也に向かって返答する。


「俺がそんなかったるい事すると思うか?」


誠也もまた冷静に吹雪に返答をする。


「それもそうか・・・。」


吹雪は納得した感じで誠也の方を見つめる。

まるで、こちらに近付く橋本のことなど気にする素振りすら見せない。


「お前ら、この前も問題起こしたばかりだろ!今日という今日は許さん。反省文書かしたるわ、おんどりゃーーー!!」


もはや、教師とは思えぬ喋り口調で吹雪達に近づいていく。


「誠也。」

「あん?」


吹雪は誠也の方を見る。


「一時休戦だ。」

「・・・オーケー!」


吹雪の指示に誠也は右手の親指を立てる。そして・・・、


「逃げるぞ!」

「散れ散れーーーー!!」


吹雪と誠也はグローブやバットを投げ捨て、一気にグラウンドから走り去る。


「待て言うとるじゃろがーーーー!!特に闘真!お前だけは許さん!!」

「何で俺だけなんだよ!!」

「顔が何となくムカつく!」

「どんな言い分だよ、ソレ!!」


吹雪を無視して誠也と橋本の盛大なる追いかけっこが始まった・・・。


「ありゃ、長引くな。」


誠也の逃避行を見ながら2人の男女がそれを傍観する。


「大丈夫かな、誠也くん・・・。」


女子生徒が誠也の身を案ずる。

茶髪の腰近くまで伸びたロングヘアー、やや小柄の童顔、きっちりと学校の制服を着用した少女


「いつもの事だからな・・・誠也・・・墓は建ててやるからな。」


少女の言葉に軽快なジョークで返事をする男子生徒


黒髪のさらっとしたショートヘア、身長は170cm前半、顔はまあ普通、やや制服を着崩した少年


「ええ・・・!」


少女は男子生徒のジョークを鵜呑みにして困惑する。


「冗談だよ。」


少年は少し笑みを浮かべ、重い腰を上げる。


「俺達も行くか。いつまでもここにいたら、密会してると思われそうだし・・・。」

「う・・・ぅん。」


女子生徒は顔を少し赤らめる。


「行こうぜ、ラティア。」


少年はラティアと呼ばれる少女に向かって手を差し出す。

ラティアは少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに少年の手を掴み、立ち上がる。


「走るぞ?」

「・・・うん・・・!」


手を繋いで少年達は駆け出す。


いつの日以来だろう?

こんな風に手を繋いで走り出すのは・・・?


ああ、思い出した。

あの時だ。俺とラティアは最初に出会ったあの日・・・。


教室で1人寂しそうにしていた小さな女の子に俺は手を差し伸ばした。

その子は少し恥ずかしそうに俺の手を取り、そして俺達は走りだす。


懐かしい思い出・・・、色褪せない思い出・・・。

きっと、これから死ぬまで忘れないだろう。


あの時から、俺達の時間は少しずつ・・・そして確実に廻り始めていた。


始めよう・・・俺達の物語を。


ここから・・・全てを変えるために・・・。


━━━━━━━━━━「Crime&Penalty」


Chapter1

『Missing a butterfly』



━━━最近、変な夢を見る。

夢は確かに見たはずなのに、内容を思い出せない。

それが何日も続く。

思い出そうとしても、頭にモヤがかかったように覚えていない。

そして、気分が晴れぬまま今日もまた学校へと向かう。


小学校からの幼馴染と過ごす、退屈ながらも平和な毎日・・・。

こんな時間がずっと続けばいい。

いつかはみんな、それぞれの道を歩み出し、離れてしまうのだから・・・。

分かっている。それが運命なのだと・・・。

だから、今、この時間を大切にしたい。

今、この瞬間を胸に秘め、前へと踏み出す力とするために・・・。


また、夢を見た。

今度はちゃんと覚えている・・・。

絹のように細く、見る者の心を奪う紅梅色のロングヘアーの少女はこう言った。


「今度こそ、あの娘を救いたい・・・?」


と・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


目を覚ますと、飾り気のない天井が目に入った。


(・・・・・・やっと見れたのか?)


少年は急いで枕元に置いてあるスマートフォンに夢の内容を入力する。

事細かく、とにかく詳細に・・・。


(こんなものか。)


入力を終えて保存完了。我ながらひと仕事やり終えた気分だ。


「さてと・・・、」


重い身体を上げて軽く背伸び、時間は・・・少し余裕がある。

少年は着ている部屋着を脱ぎ捨て、学校の制服に手早く着替える。

朝食は昨日の夜、コンビニで買っておいたおにぎりで済ませる。


少年の住む部屋は1kアパートの一室。

家賃は母方の祖父母が工面してくれている。

もう少し大きい部屋をと、祖父母も言ってくれたが、迷惑はかけたくなかったので最低限の生活が出来て学校からも近い、このアパートを選んだ。


小棚の上には学生の食の定番、カップ麺が無造作に置かれる。

最近のお気に入りは、様々な味の焼そばを出し、物議を醸している「テヤンデイ焼そば」を好んで食べている。


(・・・ん?)


少年はその小棚の上に置いてあるカップ麺に目が留まる。

その1番上、白とピンクが印象的なテヤンデイ焼そば最新作

「赤ちゃんのほっぺたにかぶりついた気分 芳醇ミルク風味」と書かれている。


(俺、こんなのいつ買ったっけ?)


記憶から探り当てる。


(そういや、1週間くらい前に興味本位で買ったような・・・。)


買ったはいいが、基本食べるつもりはない。

そういうものである。


(誠也にでも渡すか・・・。食べそうだし。)


小棚の下には漫画が少々、その中に申し訳程度にエロ本も混ざっている。

エロ本というのは男子学生にとってある意味、教科書よりも人生の役に立つバイブル的存在でもある。

女子学生に効果があるかどうかは分からない。

ちなみに、そのタイトルは・・・、


(そろそろ行くか・・・。)


カバンに必要最低限の荷物を詰め、部屋を出る。

相棒の自転車のカゴにカバンを入れて颯爽と風を切っていく。

ほぼ毎日のように繰り返す日常


太陽は徐々に顔を出し、少年、そして学校へと向かう生徒達を照らす。


(少し暑いか・・・。)


5月下旬とはいえ、今日は気温が朝から高いように感じる。

去年はうだるような暑さだったが、今年はそんなことはないようにと願をかけずにはいられない。


部屋を出て、15分・・・行き交う生徒をかき分け少年の通う学校「緑凰高校」に到着する。

手早く駐輪場に自転車を止めると、教室へと向かって歩き出す。

少年の目指す教室は2階、その間を生徒達は仲の良い者同士で話が弾んでいる。

昨日のテレビ、進路・部活、恋バナ・・・、少年の耳にも話の内容が入ってくるが、いちいち気にしていられない。

階段を上がり、目指すべき教室へと歩を進める。

そして、少年のクラス「2年B組」に到着。ガラガラとドアを開ける。


「おーす、蓮理(れんり)。」

「おーす。」


クラスの男子が少年に気づき、挨拶を交わす。

少年は自分の席に向かおうとすると1人の男子が少年の席を陣取っていた。


「おっ、おはよう蓮理!」

「おーす誠也。昨日は橋本から逃げられたか?」


昨日の野球部の部室からグローブやらバットを強奪した生徒「闘真誠也」が蓮理と呼ばれる少年に挨拶する。


黒髪のショートヘア、身長は170センチぐらい、顔はそこそこの少年、緋色蓮理(ひいろ れんり)はカバンを所定の棚に置くと自分の机に腰掛ける。


「それがよ、捕まって1時間ぐらい説教くらった・・・。」


誠也の顔が若干沈む。


「おう、それはご中傷さまで。」


蓮理は誠也に渡そうと思っていたテヤンデイ焼そば「赤ちゃんのほっぺたに・・・(以下略)」をカバンから探すが、


(あれ、忘れてきた・・・。)


カバンに入ってない事に今、気付く。


「そりゃ、隠れもせずに真っ直ぐ逃げ続けたら追いつかれるだろ?」


誠也の方に1人の男子が近付いてくる。

クラスでも少し浮く銀髪の男子「氷堂 吹雪」が誠也の方に近付きつつ、蓮理に向かって缶コーヒーを投げる。


「おっす、蓮理。」

「おはよう、ブッキー。コーヒーあざす。」

「気にするな。」


吹雪は缶コーヒーをプシュッと開けると喉に流し込む。

無論、教室で飲んではいけないがバレなければ問題ないという生徒達の暗黙のルールがある。

(教師に見つかればその限りではない)


「なぁ、吹雪。俺のは?」

「お前、試合負けたじゃん。」


吹雪は誠也を見下しつつ鼻で笑う。


「負けてねぇよ。橋本が邪魔さえ入らなかったら俺が勝ってた!」

「運も実力のうちだ。諦めろ。諦めて、そして不名誉な称号を受け取れ。」


不名誉な称号?


「何だそれ?」


蓮理は吹雪に聞いてみる。


「ああ、そうか。蓮理には言ってなかったか。あの試合で勝ったヤツが負けた方にあだ名を自由に決めてそれで1週間過ごすという罰ゲームを設けていたんだ。」


吹雪はフフンと自慢気に語る。


「なるほど。んで、負けた誠也に称号を贈ると・・・。」

「クソ!橋本のヤロー、俺ばっかに目付けやがって!」


誠也は怒りを露わにする。


「普段からの行いだろう?まぁ、まだ決まってないから楽しみに待っててくれたまえ誠也クン♪」


そう言うと、吹雪は空き缶を捨てるために教室を後にする。


「クソ!!あいつ、絶対楽しんでやがる!!」


誠也の怒りの矛先が変わった。

ふと、1人来てないことに蓮理は気付く。


「あれ、シュナイデンは?」

「なんか、昨日の野球の一件で野球部に事実確認しにいってる。」

「いや、原因キミたちじゃん。」


蓮理は思わず失笑する。


「大変だよな~、生徒会長って。」


誠也はまるで他人事のように語り始め、


「生徒会長なんかになるべきじゃないな。」


と豪語する。


(それ、シュナイデン聞いたらさすがのアイツもキレそうだわ・・・。)


蓮理は口には出さず、胸に秘めておくことにする。


「おーい、お前ら席に着け~。」


教師が教室に来たと同時にチャイムが鳴り、吹雪も教師に追従するように戻ってくる。


学生は勉学に励むべし、とは言うがやや味気のない授業が始まる・・・。



1限目の授業、数学

朝からするには少しハードな公式や問題が黒板に書き出される。

生徒達はカリカリとそれをノートに書いていく。


(・・・・・・・・・・・・・・・)


蓮理は特にノートには書かず、それを眠そうな目で見てる。

吹雪は一応、ノートに書いてるように見えるが、実際書いているのは恐らく例のあだ名だろう。

色々な候補を出しているのであろう。少し考えてる様子を見せる。

教師にはそれが一生懸命勉強しているように見えるのだろうから皮肉である。

誠也は・・・寝てた。堂々と寝てた。

「私、あなたの授業は子守唄なんです。」と言わんばかりに顔を突っ伏して寝ている。

教師は誠也をチラッと見ているが、特に気にする様子はない。


(まぁ、後で困るのは誠也だろうけど。)


蓮理は心の中でそう思った。多分、期末試験で誠也がアタフタする様子が目に浮かぶ。


チラッと外の様子を見る。グラウンドでは、男女が別れて体育の授業をしていた。

男子はサッカー、女子は持久走だろうか?


(おっ。)


見知った顔が女子の中にいた。

長髪を一纏めにして他の女子達と走る少女


(何か早くも息切れしてないか、ラティア?)


他の女子と比べて少しペースが乱れている。他の女子達も似たような所はあるが、ラティアは特に酷い。


ラティア・月城・アルトス

イギリス人の父と日本人の母を持つハーフで蓮理達より1つ年下の高校1年生、10歳の時に両親の仕事の都合で父方の祖父母の住む日本にやってきた。

日本びいきの祖父母の影響からか日本人よりも日本人らしく、日本文化や日本語に詳しい。


しかし、致命的に運動力が低い。おまけに他の女子と比べても小柄。動物に例えるならウサギかハムスターを思わせる小動物系女子である。

そんな、ちんまいラティアが上は白の体操服に、下は緑のハーフパンツで一生懸命走っている。


(これは最下位候補確定か・・・?)


どんどんペースが落ちていく。やや季節外れの気温も相まって体力を余計に奪われるのであろう。


(頑張れラティア。俺はこの冷房の効いた教室でお前を応援しているぞ。)


ラティアに心の中でエールを贈る。もちろん、これがラティアには届かず、やはり最下位となってしまった。



長い授業がひと段落ついて・・・、


「飯だーーーー!!」


散々寝ていた誠也がやっと目を覚ました。


「うるさい。静かにしろ。」


誠也の雄叫びに吹雪は一喝する。


「いや~腹減って死にそうだったんだわ。早く俺達も食堂行こうぜ♪」


誠也は子どものようにはしゃぎ、蓮理達に早く来るよう促す。


「じゃあ、アイツも呼ばなきゃな。蓮理、ラティアは任せてもいいか?」


「おう、いいぜ。」


蓮理は吹雪と別れ、ラティアのクラスへと向かう。

ラティアの教室は1階。やっと訪れた昼食の時間に生徒達も沸き立つ。

人混みをかき分けて、蓮理はラティアの教室に到着する。


ラティアは教室の隅の方でポツンと座っていた。


(友達いないのか?)


元から人見知りするタイプなので、入学して早々、友達は出来ないと思っていたが・・・。


「もう昼飯だぞ?」


ラティアの背後から声をかけると若干、ラティアの身体がビクンとなる。


「ふぇっ?あ・・・もうこんな時間だったんだ。」


ラティアは時計を見て、初めて昼休みということに気付いたらしい。


「寝てただろ?」

「ね、寝てないよ!」


小さな身体をピョンと立たせ、反論する。


「おう、それだけ元気なら昼飯もバッチリ食べれそうだな。行こうぜ、ブッキー達が待ってる。」

「・・・うん!」


ラティアを連れて食堂へと向かう。


昼休みの食堂ともなれば学生達はごった返す。だが、そこにも上下関係は存在し、下級生は上級生の邪魔にならないように席を選び、道を開ける。

一部、例外はいるが・・・。


「おーい、蓮理!ラティア!こっちこっち!」


食堂に雄叫びが響く。蓮理達はその声に導かれて生徒達をかき分け、声の主である誠也を見つける。


「待った?」

「いーや、俺達もさっき来たところ。」

「そっか。ん?ブッキーとシュナイデンは?」

「あっち。」


誠也が指さした方を見ると、食堂を歩く、金と銀の2人のイケメンが目に入る。

銀髪は吹雪、そしてもう1人はやや暗めの金髪の生徒がこちらに向かって歩いてくる。

シュナイデン・月城・アルトス

ラティアの兄で蓮理・吹雪・誠也と同じく高校2年生で少し長い髪を後ろで1つに束ねて、その端正な顔立ちは、どこかの乙ゲーに出てきそうな少年のような姿である。


「おう、蓮理。お勤めご苦労。」


吹雪は顔に笑みを浮かべつつ、蓮理の向かいの席に座る。


「気にすんな、昼休みという事も忘れてボケーとしてたから。」


ラティアは顔を少し赤らめる。


「すまんな、本当は私が行かなくてはいけなかったんだが・・・。」

「気にすんなって。まぁ、兄貴が妹にベッタリなのもどうかと思うからな。」


ラティアが入学した当初は、シュナイデンがいつもラティアを蓮理達の所まで連れていっていた。

しかし、シュナイデンが「シスコン」ではないか?という噂が目立ち始め、蓮理達あるいはラティアが自分から動くようにしている。

しかし、食堂で食べる時もあれば外で食べる時もあり、場所が決まっていない事が多いため蓮理達が迎えに行くケースが多い。


ラティアにも同学年の友達と一緒に食べるという事も出来るが、

まだラティアには一緒に食べれる友達がいない・・・いわゆる「ぼっち」である。


(ラティアももう少し積極的になればな・・・。)


蓮理は心の中でそう思うが、まだ当面先の話だなと頭の中で納得させる。


「誠也、何食うんだ?」


食券の券売機の前で悩んでいる誠也に吹雪が尋ねる。


「カツ丼か豚の生姜焼きで悩んでんだよ。」


全品300円の安さで麺類・丼物・定食系が選べるため、学生や教職員から非常に重宝されている。

そのせいか、昼時の食堂はいつも人で満員になる。席は限られているが、生徒会長パワー(誠也が命名)でいつも蓮理達は席に座ることが出来た。


「いや、待てよ・・・スタミナ定食も捨てがたい・・・。」


誠也が悩んでいるため、券売機の前に列が出来始める。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


ピッ!


取り出し口から出てきたのは「アジの味噌煮定食」だった。

「あっーーーー!!俺の300円!!テメェ、吹雪!何てことしやがんだ!!」


押したのは誠也ではなく吹雪で、なぜか全く候補になかった物を選択する。


「時間かかりそうだから適当に選んどいてやったぜ♪」

「だからって何でアジの味噌煮定食なんだよ!」

「いっつもアホみたいにカツ丼ばっか食ってんだろ?たまにはアジの気持ち汲んでやれよ。」

「何で俺が青魚の気持ちを汲まなきゃなんねぇんだよ!!」


「券売機の前で騒ぐな!」


吹雪と誠也のやり取りをシュナイデンが一喝する。

結局、誠也はサバの味噌煮定食を注文する羽目になる。


「はぁ~~。」


シュナイデンはテーブルに突っ伏してうなだれる。


「お疲れだね、シュナイデン。」


蓮理はシュナイデンの肩をポンポン叩きながら労う。


「そろそろ、誠也(アイツ)を切り捨ててもいいと思っているんだが・・・。」

「いいんじゃね?」


「よくねぇよ!」


話を聞いていた誠也が反論をする。


「野球部にも謝らなくてはいけなかったり、使った備品の後片付けと・・・やることが多かったからな。」

「すまんなシュナイデン。」


シュナイデンの愚痴に誠也が誠意の欠片もない謝罪をする。


「そういや、決まったのか?あだ名の方は?」


蓮理は吹雪に尋ねるが吹雪はまだ悩んでいるようだった。


「なかなか良いのが決まらなくてな。」

「お前、どんだけのあだ名を俺に付けようとしてんだよ・・・。」


誠也の顔が若干、引きつる。


「あだ名って?」


珍しくラティアが食いついた。ラティアの前には色とりどりの野菜を炒めた野菜炒め定食が置いてあった。


「いや、野球で勝ったら負けた側に好きなあだ名を付けていいという特別ルールを設けていた。」

「お前達、そんなことしていたのか・・・。」


シュナイデンが頭を抱える。常に斜め上のことをするのが吹雪達ではあるがシュナイデンにとって悩みのタネでもある。


「あっ、ラティアもあだ名付ける?」


吹雪の変化球がラティアに飛んできた。


「えっ!?あっ、わたしはいいよ・・・。」

「遠慮するな。ラティアのはすぐに思いつく。」


吹雪は少し考える素振りを見せる。


「(あいつ、絶対ラティアのも考えてたよな。)」

「(まぁ、あのブッキーだから抜かりはないだろうな。)」


「・・・『ちっぱい党代表』というのはどうだろう?」


変化球というよりもはや、豪速球のストレートをラティアにぶつけてきた!


「ち・・・ちいさく・・・ない・・・もん!!」


ラティアの大声が食堂中に響き渡り、生徒達の目線がラティア達に集中する。

ラティアは周囲の目に気付き、耳まで真っ赤になっていく。


「吹雪・・・お前をコロス。」


シュナイデンは鬼の形相で吹雪を恨む。


「許せシュナイデン。・・・わざとだ。」

「余計に酷いだろ!」


シュナイデンが今にも吹雪に飛びかかりそうになるのを蓮理と誠也がやっとの思いで引き止める。


「まぁ、そう怒んなよシュナイデン。・・・事実なんだから。」

「貴様らーーーーーー!!」


誠也のフォローにならないフォローが拍車をかけ、シュナイデンの怒号が食堂中に響き渡った。



「蓮理。これ飲むか?」

「ん?」


シュナイデンの怒りもやっと収まり、5人で昼食を食べていると誠也がおもむろにやや濁った飲料が入ったペットボトルをテーブルに置いた。


「なんだソレ・・・?」

「俺特製、プロテインドリンクだ!」


自慢気に誠也は蓮理達に見せびらかす。


「どこのドブ水汲んできたんだ?」

「ドブ水じゃねぇよ!」

「何かうどんみたいなものが浮いてるぞ?」

「うどんじゃねぇよ!!」


吹雪の指した方向を見ると、確かにうどんみたいなものが浮いていた。


「遠慮しなくていいぞ、蓮理。俺とお前のよしみだ。」

「遠慮しとくわ。」


誠也の押し付け販売に蓮理は真っ向からノーと言い返す。


「脆い友情関係だ。」


吹雪が鼻で笑う。


「うるせぇよ!」

「あっ、誠也のあだ名思いついた。『ドブ水 汲夫(くみお)』なんてどうだ?」

「認めるかーーーーーーーー!!!」


誠也が頭を抱えながら雄叫びを上げる。


「『誠也はドブ水汲夫の称号を手に入れた!』」

「蓮理!勝手に称号付与するんじゃねぇ!」


「全く、どうしていつもお前達は騒がしいんだ・・・。」


シュナイデンはため息混じりに水を口に含む。


「いいんだぜシュナイデン。いつでもウェルカムだ。」

「遠慮しておこう・・・。」


誠也の誘いはことごとく玉砕していく。


学校にいけばいつもこうだ。

誰かが話題を持ってくる。その話題を話していたかと思えば、脱線して話がどんどん暴走していく。


本来なら生徒会長として止めるべきはずのシュナイデンも無理に止めようとはしていない。

呆れつつも、この何気ないやり取りを楽しんでいるかのように見えた。

シュナイデン本人は絶対に否定するだろうが・・・。



「・・・っしゃ!!終わった!!」


昼食を食べ終え、急激に襲う睡魔を振り払ってようやく1日の授業の幕が降りる。

誠也は大きく背伸びしつつ、蓮理達のもとに駆け寄ってくる。


「カラオケ行こうぜ!」

いつもなら二つ返事で行くのだが、今日は蓮理も吹雪も顔が渋っている。


「悪い、俺今日買い出しがある。」

「あっ、そっか。」


1人暮らしである蓮理は食糧品から日用品まで全てを自分で用意する必要がある。

誠也達もそのことを知っていたので、その買い出しの日を避けるように遊びに行く事が多かった。


「珍しいな。もう食いもん、底をついたのか?」

「いや、ちょっと買いたいものがあってな。少し早めの買い出しってところ。」

「いつでも俺に相談に来いよ。食いもんなら・・・、」

「間に合ってます。」


誠也が机に突っ伏してうなだれ始める。


「ってか、吹雪。お前はなんでノーなんだよ?」


誠也が詰め寄ると、吹雪は表情を変えずに・・・、


「家の用事。」


とだけ答えて教室から出ていく。


「どうしたんだ、アイツ?」

「今日はほら、あの人が帰ってくる日だから。」


誠也は少し考えた後、はっ!と思い出し・・・、


「あ~、そりゃピリピリするわな。」

「・・・・・・・・・・・・」


蓮理と誠也は頭の中にある人物が思い浮かぶ。

2人にとってあまり良い印象を持たないある人のことを・・・。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

その家を初めて見た人はそれをまず家とは思わない。

重厚な門の先にあるのは広大な敷地、目の前にそびえる白一色の建物

敷地面積は約48万㎡

それはもはや、家という言葉が不釣り合いに思える程の豪邸である。

そして、その門をくぐり、1台のリムジンが玄関前に停まる。

そのリムジンに近付く1人の男性の姿・・・。

白髪に白髭を生やし、身長は180cm近く。

黒の燕尾服を身に纏い、左目に大きな傷を付けた隻眼の老人・・・、その老人はリムジンから降りる1人の男性に深々とお辞儀をした。


「お帰りなさいませ、凍獅郎(とうしろう)様。」


リムジンから降り立った男性は美しい銀髪に眼鏡をかけた長身の男性

白のスーツを着崩れ1つなく身に着けたその姿はどこか威圧感すら感じる。


「留守中、大事なかったか?竜崎。」


竜崎と呼ばれるその老人は少し考えた後・・・、


「はい、何事もなく。奥様も具合も良いようで。使用人一同、安堵しております。」

「・・・そうか。」


凍獅郎はそれを聞くと、少し緊張がほぐれたように息を漏らす。


「そちらはどうでしたか?」

「こちらも問題ない。まぁ、3日後にロシアへ行かなくてはいかんがな。」

「そうですか・・・。では、ゆっくりと身体をお休ませ下さい。カバンをお持ち致します。」

「助かる。」

凍獅郎は竜崎に手に持っているカバンを渡し、家の中に入っていく。


「お帰りなさいませ、凍獅郎様。」


使用人達が凍獅郎に頭を下げる。

凍獅郎は特に返事をすることもなく、家の奥へと進んでいく。

その前方には、1人の少年が歩いてきて挨拶をすることもなくすれ違う。


「父親が帰ってきたのに挨拶も無しか、吹雪。」


凍獅郎はすれ違った少年、吹雪に苦言を呈す。


「家庭よりも仕事を優先するアンタを父親とは思わない。」


吹雪はそう言うと、そのまま立ち去っていく。

凍獅郎は特に表情を変えることもなく、そのまま数あるうちの部屋の1つへと向かう。


ドアを静かにノックする。


「はい。」


中から女性の声がした。


「私だ。今、帰った。」

「おかえりなさい。どうぞ。」


凍獅郎はドアを開ける。

照明が優しく部屋を照らしている。

必要最低限の物だけ置かれた一室、その部屋の窓際で女性が座っていた。

濃い灰色のウエーブがかかったロングヘアー、白のワンピースを着た、顔だけ見れば20代ほどの女性の姿が・・・。


「おかえりなさい、凍獅郎さん。」

「・・・ただいま、雪華(せつか)。」


雪華と呼ばれる女性は優しく微笑んだ。


「待ってて、今お茶を入れますね。」

「いや、私が入れよう。」


凍獅郎はそう言うと、部屋のやや中央寄りに置いてあるテーブルのティーポットを手に持ち、カップに紅茶を注ぐ。

柔らかく、甘い香りが凍獅郎の鼻腔に安らぎを与える。

注ぎ終えたカップを皿に置き、雪華に手渡す。


「ありがとう。」


雪華はそれを受け取ると、凍獅郎に笑顔を向ける。


「身体の具合はどうだ?」

「ええ。ここしばらくは体調は良かったですよ。吹雪が気にかけてくれたおかげかしら?」


雪華はややはにかんで笑みを浮かべる。


「そうか・・・、すまない。もう少し早く戻れる予定だったのだが・・・。」

凍獅郎はうつむき加減で雪華に謝る。


「謝らないでください。だって凍獅郎さんは私なんかよりもずっとみんなの事を考えてくれてる。みんなの生活を守るためにお仕事を頑張ってくれてるんですもの。誰も、あなたを責めませんよ。」

「1人、やたらと突き放しにくる男がいるがな。」


凍獅郎の脳裏に吹雪の顔が浮かぶ。


「ふふっ。だって、父親のあなたと遊んだ記憶が無いんですもの。」


雪華が少しいたずらっぽく微笑む。


「まったく・・・子どもじゃあるまいし・・・。」

「だけど、あの子が辛い経験もしているのは本当のこと。私があの子に遊びに付いていけたら良かったんですけど。」

「その身体では無理だろう。雪華には雪華に出来ることをしてあげてほしい。」

「・・・そうですね。」


雪華はティーカップを口に近付け、紅茶を少し口に含む。


「今度はいつ旅立つんですか?」


雪華は凍獅郎に尋ねる。


「3日後だ。またしばらく帰ってこれそうにない。」

「・・・そうですか。」


雪華はやや寂しげに返事をする。

それを見た凍獅郎は雪華の手に自分の手を置く。


「何かあったら、すぐに連絡してきてくれ。」


凍獅郎の目は真剣だった。その目を見た雪華は優しく微笑み、


「・・・はい。」と答える。


「そういえば、吹雪も同じようなことを言ってました。」

「ん?」

「何かあったら、すぐに俺に言ってくれって・・・ふふっ、やっぱり・・・あなたと吹雪は似ていますね。」

「・・・・・・似ていない。」


凍獅郎はややふくれっ面で否定した。


氷堂と名を聞けば、経済に詳しい者なら誰もがその名を知っている。

総資産額は数千億、世界でもトップシェアを誇る「氷堂グループ」の名を。

レストラン・ホテル・学校、果ては政治関係者ともコネクションを持つそれは、日本の経済の中枢とも呼べるべき存在だった。

氷堂凍獅郎は、若くして氷堂グループの代表取締役として日本、そして世界を翔ける男性である。

そして、吹雪は凍獅郎の息子にして次期代表取締役という肩書きを背負う。

しかし、吹雪にその意思はない。どちらかと言うと父親に反抗し、凍獅郎と同じ道を歩みたくはないという決意の表れのようにも思える。


吹雪には父親に遊んでもらった記憶が無い、テストで良い点数を取っても褒められた記憶が無い。

家で一緒に接する機会は少ない。

いつも仕事、仕事、仕事。

それは幼い吹雪に家庭を蔑ろにする凍獅郎への反抗心となって現れる。

母親は好きだ。だけど、アイツは嫌い。

吹雪にはそれを誰に対しても言える自信がある。



部屋の一室、キレイに整頓され汚れ1つ存在しない。

使用人が毎日のように手入れしてくれているからだろう。

本棚にはいくつかの参考書と古武術に関する本が収められている。

そして、その部屋にあるセミダブルサイズのベッドに吹雪は身体を横にして、天井を見上げていた。


(誠也には悪いことしたな・・・。)


夕方の誠也の誘いをやや突き放したように返事してしまったことを悔やむ。


「連絡しとくか・・・。」


吹雪はスマートフォンを手に取り誠也に連絡を入れる。

学校では毎度のように喧嘩をしているが仲が悪いというわけではない。

むしろ、互いのことを知っているからこそ出来る芸当と言ってもいい。


「カラオケって言ってたな・・・。」


手早く文字を打つと誠也に向けて送信する。


「ふぅ~。」


そして、スマートフォンをベッドに放るとまた、天井を見上げる。


(憂鬱だな、ほんと。)


そのまま眼を閉じる。

起きた頃にはまた、誠也からの通知にイラつきながらも返信をすることになるだろう。

それが少し楽しみで、少し鬱になりそうだが・・・。



「ふぅ~、少し買いすぎたな。」


アパートの自室にレジ袋の荷物をドンと置く。


「あつ~。」


扇風機のボタンを押して一休み。

蓮理の買い出しは、いつも放課後から始まる。

チラシなどはたまに店頭で見るぐらいで、基本は欲しいと思ったもの・必要なものを買っていくスタイル。

祖父母が口座にお金を振り込んでくれるおかげで、何とか生計は成り立っている。

貯蓄は・・・少しある。


「ん?」


スマートフォンからの通知

誠也からだった。

チャット系アプリは普段はあまり使わない。

どちらかというと、電話かメールで済ませる事が多い蓮理だが、誠也から「便利だから」と言われ

、チャットアプリ「BOIN」をインストールしていた。


【明日、吹雪がカラオケ行こうって!】


(調子が戻ったな、ブッキー。)


蓮理は【了解!】と入れると誠也に向けて返信する。

すると、数秒も経たないうちに誠也から、【祭りだーーーーーー!!】と返ってきた。


(暑苦しい・・・。)


思わずそう返信しようと思ったが、何とか抑える。


「しっかし、変な名前だな・・・BOINって。」

初めて聞いた時はかなり印象に残るアプリ名だった。

しかし、日本において爆発的な人気となって日本においては必須とも言えるアプリとなった。


「BOIN、BOIN、BOIN・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「何か食べるか。」


疲れているのであろう。つい、欲望をさらけ出してしまった蓮理は買ってきた物を順番に取り出す。

カップ麺からレトルトカレー、1番重かったのは米だろうか。


自炊はそこそこ出来る。だが、基本は休みの日にしか出来ない。

ラティアにそれを言うと、ひどく身体を心配された記憶がある。


「さてと・・・、」


レジ袋からレトルトカレーを取り出す。


「今日はこれだな。」


手早く水を鍋に入れ、IHコンロで沸かす。

米は、昨日の残った物をチンする。

沸かしたお湯にレトルトパウチを放り込むだけ・・・。


程なくして・・・、


「うっし、出来た。」


本日の夜食

レトルトカレーと半額シール付きのサラダ

少し足りない気がするものの、腹八分目までは満たせるであろう。


「いただきます。」


1人だけの寂しい部屋に蓮理の声が響く。

いつも賑やかだから、たまにはこういう時間があってもいいだろう。

夕飯を食べ終え、風呂に入る。そして、布団へダイブ。

ふと、今朝の出来事を思い出す。

今までとは違う夢。妙にリアリティのある夢だった。


(今度こそ、彼女を救いたい?・・・か。)


言っている意味がよく分からなかった。

彼女とは?そして、それを言った紅梅色の髪のあの娘は一体・・・?

考える度に眠気が少しずつやって来る。


(まぁ、いいか・・・。どうせ、夢だし・・・。)


静かに眼を閉じる。明日も退屈ながらも平和が1日が訪れる・・・その日を楽しみにしつつ、蓮理は夢の中に落ちていく・・・。


夢なんて見るのは久しぶりだった。

いつも見るのは、内容を覚えていない夢ばかり。

それがやっと見えるようになった。所々、不可思議な夢だったが・・・。


ふと、何かの香りが鼻を抜ける。

甘く・・・それでいて上品な・・・。


(夢だよな・・・?)


再び、リアリティのある夢だと感じて蓮理は静かに眼を開ける。

だが、眼を開けて見た場所は部屋ではなかった。

際限なく続く、雲ひとつない青空。

蓮理が寝ている場所は布団ではなく、草が生い茂る大地だった。


「・・・は?」


完全に意識がはっきりとして蓮理が辺りを見回す。

どこまでも広がる大地、地面を触ると本物とほぼ同じ感触がそこにあった。


「どこだよ、ここ・・・?」


夢なのか、現実なのか分からない場所で、蓮理も戸惑う。


「・・・来たわね。」


蓮理の背後から少女の声が聞こえ、振り返る。

そこにいたのは、


「・・・なんで?」


蓮理の前に立っていたのは昨日、夢の中で見た紅梅色のロングヘアーの少女がいた。


「ようこそ、緋色蓮理。」


その少女は会ったこともない蓮理の名前を知っていた。

そして、少女は蓮理に右手を伸ばす。そして、ひとこと・・・、


「白薔薇の楽園へ。」


それは、まさに蓮理にとって「魔女との邂逅」であった・・・。




Next Chapter 1-2

「魔女の独白」



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