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60.あの頃よりも幸せに
生まれた時は
誰もが裸のはずなのに
今ではもう
何かを身に着けずにはいられないなんて
馬鹿げてるよね
自意識過剰だよね
分かってる
でももう 変われないわ
幼い頃は
思ったことはすぐに言葉に出せたのに
今ではもう
喉がつまって舌がうまく回らないなんて
おかしいよね
かっこ悪いよね
分かってる
でももう どうしようもないの
十代の頃は
些細なことで恋することができたのに
今ではもう
ときめきの「と」の字も見当たらないだなんて
寂しいよね
つまらないよね
分かってる
でももう 私には無理だわ
二十代の頃は
いくらでも働いて遊んで徹夜も平気だったのに
今ではもう
すぐにやる気が失せるし疲れるし眠くなるだなんて
嫌だよね
どうにかすべきだよね
分かってる
でももう どうでもいいのよ
百歳になったら
過去のいいところばかり思い出してほくそえんで
子供や孫に散々に甘やかしてもらって
大切にしてもらって
三食昼寝付きでごろごろして
日々生きていることに感謝できるの
知らないことはほとんどなくて
失敗して恥ずかしい思いをすることもほとんどなくて
むやみに悩むこともなくなって
毎日心安らかに暮らせてるのよ
顔はしわくちゃで体はがたついているだろうし
どうせ死んだら服どころか体ごと燃やされて灰になるんだけど
でもきっと
今よりも幸せなんじゃないかな




