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アランドールの銀狼


その災難はジークとの訓練開始の日から数えて3日目に訪れた。


いつものように部屋に迎えに来てくれたジークと共に訓練場への道を歩いている時、

兄の一行とすれ違った。


今日から剣の訓練を始めるとの事で、

運動しやすいズボンに模造刀を装備していた。

その為、畏まったお辞儀が出来ず、頭を軽く下げて挨拶をした。


「ごきげんよう兄上」


どうよ。

慣れて来たでしょ。


「マリアか。今から訓練か」


「はい」


「ジークくれぐれもコイツを使い物になるようにしておいてくれよ」


相変わらず頭にくる言い草だ。

私は不快感を隠しもせずに兄を横目で睨んだ。


人の良いジークは微笑みながら


「ご心配には及びません。マリアはやはり強い」


「そうか。なら良い」


そう言うと、チラリと兄が後ろの男に視線を向けた。

私も釣られてそちらを見る。


銀髪で鋭い目つきをした男だ。

身なりから察するに兄の護衛騎士だろう。


よく見るとその目を惹く銀髪以外にも印象的な銀の瞳と整った顔。

はいキタ乙女ゲーム展開。


その銀髪の男に何か囁く兄。


「マリア、今日はジークでなくこのシュナイゼルと訓練するが良い」


「は?」


「陛下!それはまだ早いかと!」


「?」


珍しく慌てたようにジークが私の前に立ち塞がり、叫ぶようにそう言った。

フン、と兄が鼻で笑う音が聞こえる。


「見たところ帯剣しているな。剣の練習なのだろう?」


「は、そうですがシュナイゼルでは...


「ご不満か、ジーク殿」


兄の背後から掛かったその整った顔に似合った声に私はシュナイゼルとやらに目を向けた。


「不満..ではなくマリアにはまだ荷が重いかと」


「何、シュナイゼルも鬼ではない。手加減はするだろう」


「...」


なんで無言なんですかシュナイゼルさん。

その沈黙は何を意味しているんだろうか。


「兎に角シュナイゼル、頼むぞ。もうあまり時間が無い。悠長に訓練していては間に合わぬ」


「は」


高慢ちきな態度でシュナイゼルに指示を出した兄はさっさと歩いていった。

相変わらずゲスいな。


残された私とジークとシュナイゼル。

暫くの無言の後、口火を切ったのはジークだった。


「シュナイゼル、君は剣ではマリアに引けを取らない程の使い手だ。くれぐれも怪我をさせないように」


「それは約束しかねます」


「シュナイゼル!」


「さぁマリア様、時間が勿体無い。行きましょう」


「あ、え、ええ...」


黙ってしまったジークを心配して振り返るとジークはハッとしたように微笑みを作った。


「心配いらないよマリア、僕が付いているから」


「う、うん..」


ジークが声を荒げるのを初めて見た私は不安だった。

この温厚なジークが声を上げて兄に反対の意を唱えたくらいだ。

きっとこのシュナイゼルとやらは危険な男なのだと思う。(見たまんまだが)


前を歩くシュナイゼルは背はジークよりも少し高くて180センチ以上あるように見えた。

黒い兵服には銀の刺繍が派手すぎないくらいに施され、腰には長剣が下がっていた。

見たところ他の兵士よりも明らかに着ているものが上等だ。

兄の信頼っぷりからも察するにソレ相応の地位の人間なんだろう。


そうこう考えを巡らせているうちに目的の場所へ着いた。


「マリア様」


「はいはい」


「あなたはこのアランドールで1番お強いのは知っていますね」


「まあ一応」


「ではカレド国の王女の強さは知っておいでか?」


「いや、聞いてないよ」


「・・・・・成るほど、ジーク殿。あのカレドの王女の強さ加減をマリア様はご存知無いとおっしゃっているが、何故教えて差し上げない」


シュナイゼルが半眼になりながらジークにそう言った。

美形で銀髪という冷たい容姿の為か、非常に威圧感があるその姿に私の方がたじろいだ。


「それは・・無駄に不安を煽ると逆効果かと」


「甘い」


「・・・っ」


「ジーク殿、優しいばかりでは・・・・まぁ良い」


そう言うと、シュナイゼルは私に身体を真っ直ぐに向けて胸に手を充てて軽く敬礼した。


「これより訓練の間、無礼な態度もあるかと存じますがご容赦を」


ちょ、まて。

この人先に予防線張ったよ。

本気でやる気だ。


私は顔を引きつらせながら返事をしたけど・・・。


痛いのは嫌だ!!


「さぁ、剣を構えて下さい。普段のあなたなら手加減していたらこちらがやられてしまいますが、

今のあなたに合わせて力を抜いて差し上げます」


「っていうか剣の持ち方すら分からないんですが!」


「・・・何と・・」


怖さと焦りの為、勢い込んで叫んだ私をポカンとした顔で見下ろしたシュナイゼルだったけど

やがて無言のまま、私の背後へ回ると背中から腕を回して手を握り、剣を持たせてくれた。


「あ、ああああのっ」


距離の近さに動揺した私は焦って離れようとしたけどシュナイゼルは無表情のままだった。


「さぁ、これが正しい握り方です。一度しか教えませんので覚えて下さい」


「は、はひっ(はいっ)」


声裏返った・・・・。

穴があったら入りたい。


顔だって真っ赤な筈。

だけどシュナイゼルはそんなの全く気にしてない風で剣を構えた。

横目でジークを見ると、何故か苦々しくシュナイゼルを睨んでいた。

どうしたのかな。


「さぁ、どこからでもどうぞ」


「う、うん分かった・・・」


ジークとの初日同様に私は闇雲にシュナイゼルへ突進した。


「やあっ!」


ガキーンンン__________。


凄い金属音が響き渡った瞬間だった。

何かまた得体の知れない高揚感が私の胸に湧き上がってきた。


対格差はかなりある。

長身のシュナイゼルの首当たりに私の頭があった。


若干私の腕は上がり気味にシュナイゼルの剣と合わさっている。

鍔迫り合いでは勝てないだろう。


グイっと剣を押して後ろに飛び跳ね、着地した瞬間シュナイゼルの視界から消えるように

横に跳んだ。

背後に回って隙だらけのそこに瞬時に打ち込んだ・・・筈だった。


「甘い」


見えていなかった筈のシュナイゼルが私の渾身の一撃を何と片手で弾いた。

金属音がこだまして、剣を飛ばされた私はのど元に宛がわれた剣先に僅かに視線を落とした。


「動きは素晴らしいですね、相変わらず」


「そりゃどうも・・・」


「いざとなると身体が動きを覚えているものなのか。

それともあなたは闘神でもその身に宿しているのか」


「知らないけど・・勝手に動くのよ」


彼の銀色の目を睨みながらそう呟くと、その鉄面皮が僅かに崩れて笑みを見せた。

気がした。


「わ、笑わないでよ・・・」


「笑ってませんが」


また無表情に戻った顔でそう言われて、未だに向けられていた剣先を手の甲で避けた。


「これ、もう引いてくれるかな」


「ああ、すみません」


短くそう答えたシュナイゼルは剣を引くと同時に私に手を差し伸べて来た。

その手を握ろうとした瞬間、背後から急に手を回されて強引に立たされた。


キョトンとして後ろを振り返るとジークがそこに居た。


「ジ・ジーク・・・?」


「怪我は無いかいマリア」


うん、という私の返事を聞くより速く、

ジークはシュナイゼルに刺すような視線を向けた。


「シュナイゼル、怪我はさせるな」


その据わった声に少々驚きながら私はジークを振り返った。


「だ、大丈夫だって、怪我してないよ」


フッ、とシュナイゼルが皮肉っぽく唇の端を曲げて笑った。


「何がおかしいシュナイゼル」


ジークに火が付いてしまったようだ。

私を自分の背後に押しのけて前に出ると、ジークは凄みのある声でシュナイゼルにそう言った。


「いえ、別に」


「手を抜いているようには見えなかったが」


「抜く必要がありましたか、今の攻防に」


「っ、だがマリアはまだ」


「それが駄目だと言っているんだ」


ビシリ。

そんな音がしそうな雰囲気のシュナイゼルの声にジークが口を噤んだ。


「マリア様が負けても良いならばいくらでも優しくご指導致しましょう」


「・・・それはっ」


「あなたは指導者には不適合です」


「!!」


ふう、とため息を吐いたシュナイゼルはジークから目線を逸らすと

私に向き直った。


「マリア様、続けましょう」


「ちょっと待って」


私はキッとシュナイゼルを真正面から見据えた。


「ジークが指導者に不適合って事は無いでしょう。只あなたよりも気持ちが優しいってだけで」


そう言った私にシュナイゼルは無表情のまま私を見下ろしてきた。


「ジーク殿が優しい、ですか」


「とても優しいわ」


「あなたは優しさの定義をどうお考えですか」


「定義って・・・」


「もしもあなたが現実を知ることなくカレドの王女との戦いに挑んで負けたらどうなります」


「それは・・・」


「甘っちょろい鍛え方で勝てる相手だとでも」


「そんなに強いの?カレドの王女は」


「あなたはアランドール最強の戦士かもしれない。

ですがカレドの王女・・あの方は」


そこで一旦言葉を切ったシュナイゼルが目を伏せた。


「この世界に於いては誰も敵わないかも知れません」


「!」


そ、そんな・・・チートじゃん・・・

私の存在も充分凄いと思ってたけど上には上がいるものだ。

兄がここまで彼女を欲しがるのも単に容姿が好みだとか言う単純な理由だけでは無いのかも知れない。


「私・・」


「怖いですか」


もちろん怖いですよ。

だけどさ、負けてカレドの王女がここに帰してくれるような優しい人間とは限らない。


ならば勝つしか無い。


「カレドの王女とは面識があります」


「え、そうなの?」


「はい。彼女と私は遠縁に当たりますので」


成る程、シュナイゼルと縁戚関係にある王女か。

美しく強い、か。

何だか凄く納得よね。


「カレドの王女であるアリーチェは只強いだけでなく政治的にも長けています。

恐らくあなたを手に入れる為にこのデュエルを受けたと見て間違いありません」


「...」


「あなたはこの国にとっても貴重な方だ。

失うわけには行きません」


無表情のままのシュナイゼル。

でも私の存在ってそんなに大事なものなの?

兄が国王なんだから兄さえ居れば良いんじゃないの?


そりゃ、カレドでこき使われるのはゴメンだけどさ。


「ではお喋りはこれくらいにして始めましょうか」


「うん、ジーク、頑張るから見ててね」


「気をつけるんだよ」


心配そうに見つめてくるジークに微笑んで、次の瞬間にはシュナイゼルに斬り掛かった。


真上にあった太陽が山間に沈みかけるまで、私は訓練し続けた。

ただ負けられないと言う気持ちだけでここまで頑張れるのか。

超インドア派だった私がここまで。


でも何かに突き動かされる不思議な感覚に身を任せていれば、不思議と気分が良かった。


「ま、待って..もう無理..」


流石に体力の限界を迎えてシュナイゼルを跪いたまま見上げた。


「シュナイゼル、今日はここまでにしてくれ」


ジークがシュナイゼルにそう言う声を聞きながら、

私はバッタリと地に伏せた。


疲れ果てて意識を無くすなんて初めてだった。


「おや、気絶してしまいましたね」


シュナイゼルはマリアを見下ろすと冷たく呟いた。

ジークがすかさずマリアを抱き上げ、頬を撫でる。


「昔からですがあなたはマリア様に心酔し過ぎです」


ふう、と溜息交じりにシュナイゼルはごちた。


「君こそ、マリアには優しいじゃないか」


「どこが」


「わざと厳しくしているのは分かっている。

君の目が昔からマリアを見ているのも」


「ご冗談を」


「そうかな」


「誰か特定の人間に優しくするなんてあり得ません。

何せ俺はアランドールの銀狼と呼ばれるケダモノですから」


「.....君が強いからこその通り名だ」


「あなたもこの意味を知ってる筈だ。王家の命があれば誰でも食い殺しますよ、俺は」


「...子供の頃はこんな風じゃなかったな」


ジークの言葉にシュナイゼルの表情は変わることはない。

只、少し目を伏せるとそこを立ち去った。


見た目と口調がシュナイゼルの印象を冷たいものに変えている事は知っている。


たまにこの城に遊びに来ていた時から彼のことは知っていた。

子供の頃はもっと笑っていた。

屈託無い笑顔で。

ジークとマリアとマリアの妹とも一緒に遊んだ。


いつからこうなってしまったのか分からない。


ある時からシュナイゼルはアランドールの銀狼と呼ばれるようになった。


その頃から彼は自分達と交わらなくなった。

見かけても目線も合わない。


ジークは遠い昔の記憶から目を背け、

マリアを抱く腕に力を込めた。


「部屋に戻ろうか」


眠るマリアに微笑みかけ、ジークは歩を進めるのだった。










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