どうやら逃げられないらしいです。
まさか。
この元アラフォーで運動のうの字もせず、もっぱらアニメや漫画にどっぷり嵌っていた私に(一応生きてく為に仕事はしてましたよ?)
このような展開がやってこようとは例えお釈迦様でも思うまい。
「マリア、君なら直ぐに思い出すよ!さぁ、まずは身体ならしに体術から始めようか」
「お・・・ぁ・・はい・・」
キラキラ・・・・
そんな音が聞こえてきそうな程眩しく光り輝いているジークの笑顔を前に
私は訓練場の真ん中にジークと向かい合って立っていた。
いや、立ち尽くしていた。
ピー・・ヒョロロロ・・・
真っ青な雲ひとつ無い早朝の空を鳥が鳴きながら飛んでく。
ああ、なんて私の心境とは裏腹な光景だろう。
「いい天気だ・・・・・そうだ今日はピクニッ・・「マリア」
現実逃避しようとしたのがバレてジークが微笑みながら一言放った。
はいごめんなさい。
やるしかない状況なのは分かっているけど自信が無さ過ぎて怖い。
だってリタの説明だと負けたら自由にされちゃうって訳でしょ?
ここに来てやっと落ち着いて来たっていうのにまた違う国に行っちゃったらどうなるのよ!
私の豆腐メンタルでは生き残れる気がしないよ!
こういう世界の定番としてはきっとイビられて跪かされて頭に雑巾水掛けられたり踏まれたりするんでしょ!
むりむりむりむり・・・・・。
「マリア、さぁ始めよう。あまり猶予は無いんだ」
ピー・・・・ヒョ「うるせぇよ鳥ィ!ピーヒョロロじゃねぇっつの!」
何か空気読めない鳥にイラッとした私はつい心の声を漏らしてしまった。
(鳥に空気が読める筈も無いが)
ああ、ジークの顔が固まっている・・・。
もう駄目ね、私たち・・・・・・・・・・・。
「さ、掛かっておいで!」
スルーしたァァァ!!
強い、この人メンタル強い!!!
ニッコリと太陽のように微笑んだまま私に向かって両手を広げた。
え、飛び込めって?その腕に?いや違う違う落ち着け私。
「そ、それじゃ行きますよ・・・」
って言ったものの、どう行って良いのやら。
取り敢えず走って突進。
パンチを繰り出そうとした私の右手をジークが掴む。
そのまま背中側に腕を回されて羽交い絞めにされた。
だがその後が驚きだった。
私の脚が咄嗟にジークの脚を目にも留まらぬ速さで払った。
ジークの脚がよろけた瞬間、今度は身体を反転させて体の位置を戻してジークにヘッドロックをかます。
傾いだジークの背後を取りマウントポジションを奪い、腕を後ろに回して捻る。
「さ、流石マリア・・・強いじゃないか」
この一連の動作に要した時間はものの5秒程だった。
呆然と自分の身体を見下ろした。
「え、私ってなんか憑依してんの。それとも機械仕掛けのオートマータかなんかなの?」
ジークの腰に座ったまま、私は呆然と呟いた。
そんな私の耳にジークの苦笑が聞こえる。
「取り敢えず退いて貰えるとありがたい」
「う、ァ!・・ご、ごめん!」
ガバッ!と勢い良く立ち上がった私に続いて、ジークがゆっくりと立ち上がり身体についた
砂埃を払った。
ふとその綺麗な顔を見上げると頬に砂が付いていた。
そっと手を伸ばして頬に付いた砂を払ってやると、ジークは嬉しそうに目を細めた。
猫みたい、可愛い・・・。
「ありがとう、マリア・・やっぱり君は優しいね」
そう言いながら頬にあった私の手を素早く掴んだかと思うと、
ジークは一気にそのまま私の手首を引っ張った。
「あっ!」
よろけてそのままジークの胸へ激突。
瞬時に腕が回って来て私を愛しげに抱きしめた。
フォー!乙女ゲーム展開発動ぉおおお!
「ちょ、ジ、ジーク!」
抵抗してみるがピクリとも動かない。
細くても筋肉質でしっかりした腕が逞しい。
というか良いにおいがする・・・。私は変態か。
「暴れないで・・暫くこのままで居させてくれ・・」
そんな切ない声でそんな甘いセリフ言わないでよ。
恋愛偏差値0の私にどう反応しろっていうのよジーク・・・。
「マリア、今の君は初めて会った7歳の頃を覚えていないだろうけど
あの頃から僕は君の事をずっと見つめていたよ」
突然です。人生初の愛の告白です。
覚えて居ないどころかそれはきっと全くの別人であってだね。
このようなオバサンが中身で本当に申し訳無いと思ってるよジーク。
このキラキラした青年はとても一途な性質で、ずっと子供の頃からマリアが好きだったみたいだ。
所謂、
幼馴染から芽生える恋心という乙女ゲームでは欠かせないであろう幼馴染ポジションの人だ。
ちなみにこのジークは一体何歳なのだろうか。
「初めて会ってからもう12年か」
12年前って事はつまり19歳、マリアの1個上って事ね。
「君は子供の頃から活発で、ひ弱だった僕にはとても眩しかった記憶があるよ」
なるほど、マリアはずっとお元気娘だった訳ね。
そりゃ国で最強ならそうだわな。
「そんな君に勝ちたくて、必死に努力して身体を鍛えて。
デュエルで勝って君と結婚したかったけど結局敵わなかった」
マジか。負けたって言ってはいたけどさ・・なんか可哀想。
「それでも友人としてでも此処に置いて欲しいと懇願した僕の気持ちを汲んでここに置いてくれた事をとても感謝している」
友人でも良い訳無いよね。
「侍女達には婿候補だと思われているみたいだけど、負けたのに婿だなんておこがましくてね」
「そんな事・・」
リタや国王の話を聞いていると、マリアの人物像的にはおしとやかな姫って訳ではなさそう。
そして兄である国王との関係を考えると、とてもハッキリとした性格のようだから、
きっとマリアはジークの事を少なからず好きなんだと思うんだよね。
顔よし、性格よし、家柄よしとくりゃ嫌いになる要素なんかないよ。
っていうかツンデレヒロインなら『アンタの事なんか好きじゃないんだからね!』的な設定はあるかもしれないが。
「私は(マリアは)・・・きっとジークの事好きだと思う・・よ」
「本当にそう思ってくれてるなら嬉しいんだけどね」
っていうかそろそろ離してくれませんか。
そろそろ心臓が爆発寸前なんですが・・・。
そう思い、少しだけ硬い胸板を押すと意外にも直ぐに離れてくれた。
ふぅ、と息を吐いた後彼の顔を見上げたら、眉をハの字に下げて困ったような笑顔を零す彼と目が合った。
「困らせてごめん、こんな話、今するべきじゃ無かったよね」
「う、ううん大丈夫」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが取り敢えず定番の返事を返した。
それから昼食を挟んで数時間、ずっとジークと私は体術の訓練に勤しんだ。
あれだけ嫌がっておいて何だよやる気じゃんと思われるかもしれないが、意外にもジークが言ったように身体が動きや筋肉の使い方をしっかり覚えていたらしく、
面白い程に技が決まるのだ。
まるでテレビで見たアクション映画のようにカッコよく。
これって凄いよ。
だって勝手に身体が反応しちゃうんだもん。
自分の動きに惚れ惚れしちゃって、私は時が経つのも忘れて訓練に没頭していたのだ。
「マリア、そろそろ終わろうか。やっぱり君は凄いよ」
「ありがとうジーク、私もびっくりしてる」
「はは、だって元の君はまともな訓練も受けてないのに十歳かそこらの頃には3歳も上の陛下をいとも簡単に投げ飛ばしていたからね。容赦なく。」
「そ、そうだったの・・・なんか凄いね私」
「ああ、君は本当に凄い人だ。美しくて素直で元気で強くて」
「元気でって部分は姫としてどうかと思うんだけどね。あはは」
「いや、そこがいい所だよ。僕は自分と肩を並べて立てる女性のほうが好きだ。
守られてばかりの女性よりね」
「・・・あ、ありがと・・」
はは、と照れたように笑ったジークは(今更照れるんかい)私の前を歩きだした。
夕日が綺麗な空だ。
今日は訓練の初日。
この調子で行けばカレドの王女とのデュエルには間に合うかもしれない。
兄の事は気に食わないがジークと自分の為に頑張ろう。
そう決意を固めた日だった。