デュエルなにそれ笑える。
そうよ、私は平凡な人間だった。
なのに何だこの急転直下の人生は。
私は昼食の支度が出来たと呼びに来たリタと一緒に城の庭園へ来ていた。
周りを見渡せば綺麗に刈り込まれた植物が整然と並び、まるで中世ヨーロッパの城だ。
こんな所の娘になっていようとは元の世界にいる母親だって想像も出来ていないだろう。
というか、ふと現実に立ち返った時、
元の世界の両親は一体どうしているのだろうか。
私の体は死んでしまったのか、それともゲーム世界のように私の精神だけがここに来てしまったのか。
でもそれを確かめる術は持ち合わせて居ない。
「マリア様、いかがなされました?」
思考をめぐらせていた為、私の眉間にはどうやら皺が寄せられていたようだ。
ハッとして笑顔を取り繕ってリタに顔を向けた。
「いや、どうもしてないよ。大丈夫」
そうですか、とリタはまた私の斜め後ろを歩き出した。
水色の豪華なレースがあしらわれたロングドレス。
パフスリーブから出た腕には肘までのロンググローブを着けられ、
首には燦然と輝くダイヤで周りをぐるりと装飾されたとんでも無くでかい赤い石がぶら下がっている。
ルビーだとかガーネットに似た色だけど、良く見ると石の中にキラキラと七色の光が瞬いている。
しっかし・・・肩が凝るよね、これ。
だって頭にはそれと同じようなティアラが乗っかっている。
これでも軽装なのだというので信じられない。
こうして城を外から見上げたり、使用人の服装や自分の身の回りをざっと見ただけでも
この国はとても豊かなのだと知る事が出来た。
それは何故なのかとはこの時は考えもしなかったのだけど。
やがて薔薇園と思わしき場所が見えてきた。
前の世界に居た時にテーマパークでそれに似た庭園に行った事があった。
確かに似てはいたけどそれとは規模が全く違う。
入り口のアーチに辿り付いた私は、あんぐりと口を開けて
大きすぎるそのアーチを下から眺めていた。
「凄いね、これ」
ピンクやクリーム色の薔薇がひしめき合うように絡んだそのアーチはまさに芸術品だった。
リタに促されてそのアーチをくぐり、ちょっと開けた場所に出る。
「さぁ、あちらにお座り下さい」
リタの指し示すほうに視線を向ければ、白いテーブルクロスが掛けられた丸い大きな円卓に
所狭しと果物や食事、そしてスウィーツが並んでいた。
うわ、すっごい!
元々食事にあまり気を使わずにコンビニ飯で済ませていたのだが、
流石にこの綺麗にセッティングされたランチを目にしてテンションが上がらない筈は無かった。
思わず足早にそこに近寄り、手を組み合わせて目を輝かせた。
「リタ、凄いねこれ!」
「うふふ、今日は気合を入れさせましたのよ?せっかくお目覚めになったのですから
まずは特別美味しいものをと思いまして」
「ありがとうリタ!」
リタが引いてくれた椅子に腰を下ろした瞬間、そこに立っていた使用人がティーポットから
綺麗な色をしたお茶を淹れてくれた。
「これは何のお茶?」
しばしそれを見つめていたら、リタがくすりと笑いながら教えてくれた。
「ローズヒップティーですわ、マリア様。女性にはとても良い成分が入っているそうですよ」
「へぇ」
ローズヒップティーってこの世界にもあるんだ。
元の世界では良く聞く名前だったけど紅茶やハーブティーの類には全く興味が無かった為、
知識は皆無だ。
食事をしながら優雅におしゃべりしていると、
何だか騒がしい気配がしてきた。
リタが慌てて身なりを正すところを見ると、
それなりに地位のある人間がこちらにやってくるのが分かった。
「誰か来たの?」
私がそう問いかければ、リタは苦笑いしながら私に言った。
「国王陛下ですわ、マリア様。さぁ御立ちになってお出迎えなさいませ」
「で、出迎えってどうすれば....」
戸惑いながらとりあえず席を立って兄であるらしい国王陛下とやらを見た。
まだ少し遠い位置にいる人物を目を凝らしてみると黒い髪である事が分かる。
兄弟であるしそれは当然っちゃ当然なんだろうけどなんだか不思議な感じがした。
やがて数人の共を従えた国王陛下が私の目の前に立つ。
「マリア、目が覚めたんだな」
とりあえず私は軽く首をかしげて目を伏せて頭を低くしてみた。
「ほう、なんだか様子が違うな。いつもなら睨まれるのに。
どうやら記憶が無いというのは本当らしい」
に、睨まれるってどんな関係なのよ...。
取り合えず知らない場所で変な言動をしてバッサリやられたりしたら私の逆ハーレムの夢は
ここで潰えてしまう。
ここはおとなしくありきたりに返事をしておこう。
「ご存知でしたか」
「ああ、先ほど聞いた」
顔を下げていた為兄であるこの人の顔をまだ拝んでいなかった。
よし、見てやろうじゃないか。
意を決した私はぐいっと顎を上げて兄の顔を見た。
白い肌に緑の瞳。髪は黒髪を後ろで一つに結わえてある。
だがその容姿は至って普通。
肌の色と目の色、髪の色は同じでもこうも造形が違うものなのね。
フッ.........私の勝ちね....。
「どうしたマリア。ニヤニヤして...相変わらず変な奴だ」
って私ってどんだけ変なんだよ。
もしかしてこれって素の方が良いのか?
「どうもしませんよ、兄上」
「ところでマリア」
「はい、なんでしょう」
取り敢えずそれらしく答えてみる。
そうだ、コスプレしてると思えば結構いけるコレ。
「一ヵ月後のカレド国の王女とのデュエルにはきちんと間に合わせるのだぞ」
は?
今何て?
デュエルってさっきリタから聞いた争奪戦の事?
ってそうか!
私ってばこの国で一番強かったんだっけ?!
やっべー。
「も、もうしわけありましぇん兄上...」
しぇんって!噛んだよ私!
「何が申し訳無いのだマリアよ」
そのふっつーの目が私を剣呑に見下ろしてきた。
チッ、何だよコイツ。
なんだか高慢なその目を見た瞬間悟った。
コイツってば絶対嫌な奴だ。
私はその不躾な目を兄の目線に合わせると、しっかりと見つめ返しながら口を開いた。
「私には記憶がありません。なのでデュエルも出来ませんね」
クッ、と兄の顔が引きつった。
だがそれは一瞬で元の顔に戻る。
「マリアよ、先方にはもう通達が行っている。今更戦士を変更は出来ない」
「出来るよね」
その切り返しに兄の顔が今度は盛大に歪んだ。
「出来ぬ!!」
急に大声を出された私は小さく悲鳴を上げるとビクッ肩を震わせた。
だって急に大声出すんだもん。
何よこのキレ太郎め...。
絶対コイツ小心者だ。
これまでの兄の言動を総括するとコイツはゲスなんだなと私の中で位置付けられた。
なるほど妹が睨む訳だ。
これまでもきっとこうやって威張り散らして思うままにやってきたんだろう。
両親は一体どんな躾をしてきたものやら。
「戦いのやり方さえも覚えておりませんので無理ですね」
両腕を肩の位置に持ち上げて肩を竦めてみせた。
バシン!
瞬間的に頬が熱を持ち、ヒリヒリとした痛みが後から追いついてきた。
「いった.....」
私は頬を張られたようだ。
「マリア様!」
近寄って来たリタが心配そうに私の肩を抱く。
私は頬を押さえてギラリと兄を睨んだ。
「ほう、またその目か。お前、記憶が無いなんて嘘だろう」
「ありませんよ。少なくとも自分の妹に手を上げる兄がいるなど今知りました」
「クッ...この..」
もう一度手を振り上げた兄の前で咄嗟に目を瞑った。
「国王陛下、そこまでになされませ」
「!...ジークか」
その声に私はそっと目を開いた。
そこには私の目の前に立ちはだかるようにあの金髪王子のジークが国王の手を掴んで立っていた。
ジークの碧眼に真っ直ぐ見据えられ、兄は気まずかったのかその手を下ろした。
「無礼をお許し下さい陛下。使用人の目もございますので程ほどになされた方が良いと思い」
「ああ、そうだな...ついカッとしてしまった」
「マリアは記憶がありません。私の事も忘れてしまったようですので、
それは間違い無いようです」
「.........ならば今度のデュエルはどうすれば良いのだ...私はあの王女で無ければ嫌なのだ」
はぁ?馬鹿じぇねぇのこの男。マジで反吐が出るんですけど。
要するにそのカレド国の王女様とやらを好きな訳ね。
なら自分で戦えよ。と言いたいが、そう言えば国王は自分でデュエルしないんだっけか。
「私がマリアの代わりに出場しても良いですがいかがでしょう」
「お、お前がか?」
「はい」
「う、うむ...マリアに負けたと言えどお前は自分の国では一番強い戦士だったな」
「はい、ですのでどうかお任せ下さい」
暫く考えていたのだろう、兄は沈黙した
ふう、とため息を吐く音が聞こえ(何がため息だいっちょまえに)
「やはり駄目だジーク」
「なぜ...」
ジークの目が見開かれ、横で見ていても動揺が伝わって来た。
私は無意識にジークの上着の裾を掴む。
不安だらけだった。
だって国一番の戦士って言われても中身の私に戦闘経験なんてありゃしないんだから。
どうするのよこの状況...。
「カレドの王女はマリアに匹敵する程の美貌と強さを持つ。
そして王女はこれまでのデュエルを全て断ってきたのだ。
誰にも嫁ぐつもりは無いと。」
ふむ。潔い王女だ。
「その女王がマリアと戦う事を条件に今回のデュエルを受けてくれたのだ」
うわー。国王に魅力は無いが妹の私とは戦いたいってか。
戦闘狂じゃんか!
一人でカッ!と目を見開いた私にリタがぎょっとした顔をする。
「ならば........私がマリアの訓練に付き合い、出来る限り元のマリアに戻しましょう」
「ちょ?!ジーク何言っちゃってくれてんの?!無理無理!」
「落ち着いてマリア、君はきっと身体に染み付いた経験を直ぐに思い出すよ」
えーーーーー、ちょ、ほんと無理だって!
顔を青くしている私を一瞥すると、兄はジークに向き直った。
「頼むぞジーク。必ず勝てるように鍛えるんだ」
「はい」
腰を折って兄に返事をするジークを見ながら、
私は何てことになったんだよと口をパクパクするばかりだった。