反撃1
「マリア様、お部屋を変えましょうか?」
そう言って来るローランを見て、
私は首を横に振った。
「いい、どうせ何処に居たって同じでしょ」
「申し訳ありません、部屋の周りに兵士を特別に配置します」
「その必要は無い」
「シュナイゼル殿…」
足音も荒く部屋に入ってきたシュナイゼルとジーク。
ジークはすぐに私の隣まで来るとその手を握りしめた。
「痛むかい?」
「うん、すっごい痛いけど死なないみたいだし大丈夫」
「大丈夫な訳無いだろう…」
心配そうに私を覗き込むジークに微笑んで、
私はジークとローランに目線を向けた。
「曲がりなりにもアランドールの王女だ。
他国の者に警護させるくらいなら俺とジークが警護しよう」
ジークも静かに立ち上がり、ローランの前に立つ。
「マリアはアランドールの女神。
貴殿らの都合で此処に居るが、見た所そちらの王も回復された様だ。
今すぐアランドールに帰っても良いのですが」
ジークには珍しく語調が強い。
元々私が怪我をしたりすると自分の方がショック受けちゃうような人だから…。
「お怒りはごもっともで御座います…
ですが我が君もマリア様に礼も尽くさぬままアランドールにお帰ししては申し訳も立ちません。
我が君の顔を立てると思ってここはしばらくご滞在頂きたい」
シュナイゼルは渋い顔をしながらも
ローランの誠実さにうんと言わないわけには行かなかった。
「マリアの部屋の隣にお二人の部屋を用意しなさい」
「エスタリア!」
私の声にシュナイゼルとジークが振り返る。
そこには悲痛な面持ちのエスタリアが立っていた。
「王女の大切な御身に傷を付けてしまったこと、心から詫びたい」
「……」
瞳を伏せて真摯に謝るエスタリアを前にジークとシュナイゼルも引くしか無い。
無言の2人に代わり、私は身を起こしてエスタリアに微笑んだ。
「大丈夫!私ほら、
刺されても死にそうに無いしっ?!
気にしないでエスタリア!」
バカデカイ声で叫んだ私にシュナイゼルが冷ややかな視線を寄越す。
ジークは我慢出来ないと言うように吹き出して、
ローランとエスタリアはキョトンとこちらを見ていた。
な、何よ……。
「……マリアよ…お前本当に…恥ずかしい奴だな…空気読め」
「はは、それがマリアらしいじゃないか、なぁ、シュナイゼル」
シュナイゼルの肩をポンポンと叩きながらジークは珍しく声を出して笑っている。
ちょっと!そんなに笑わなくても良くない!?
ぶーたれる私を見て更に笑うジークに釣られる様にエスタリアが笑う。
「何よぉ……エスタリアまで…酷いなぁもー」
「では、お二人のお部屋を手配して参ります」
「ありがと、ローラン」
「いえ、とんでもない」
一礼して下がって行くローランを見送り、
エスタリアが私の寝ているベットに腰を下ろして、
蠍に刺された足を見た。
「痛むか?」
「うん、かなり痛い」
「悪かった。私が甘かったな」
「エスタリア?」
私の足を自分の膝に乗せて巻かれた布の上を優しく撫でながら眉を顰めるエスタリア。
「エスタリア殿、少し距離が近すぎませんか」
「シュナイゼル?」
見上げればシュナイゼルが私の足を撫でていたエスタリアの手を掴んで睨んでいた。
「マリア様はこれでも王女であられます」
ああ、成る程ね。
体面を保てと。
こういう所は意外と真面目なんだよねシュナイゼル。
急に敬語になるからビックリするよ。
てかまた「これでも」とか言いやがって!
相変わらず失礼だな!
エスタリアはそんなシュナイゼルを見て少し口の端を引き上げると、
シュナイゼルに掴まれた手を振り払ってその手で私の頬を触る。
突然の行動に私はエスタリアを見上げた。
「どうしたの?エスタリア」
「マリアは本当に素敵で魅力的な女性だ。
出来る事ならずっと私の側に居て欲しい」
まるで絵本の中の王子様のように綺麗に微笑んだエスタリア。
エスタリアが女性だって知っててもドキッとしちゃって顔が赤くなる。
心臓にわるいなぁもう・・・。
「私もずっとエスタリアと一緒なら楽しいのにな」
だってこんなに一緒に居て楽しい女友達と呼べる人はこの世界に来てから初めてだった。
アリーチェは今はおとなしいけど私の事はライバルみたいに思ってるみたいだから
お友達って感じじゃないんだよね。
本当はもっと仲良くなれる気がするんだけど、
いかんせんあのバカ兄王が側にべったりなんでね。
おっと思考が脱線しちゃったけど。
あたりが嫌にシーンと静まってるなと思ったら何故かジークとシュナイゼルが険しい顔をしていた。
ふむ、どうしたんだ。
「勝手にマリア様に触れる事は許さん」
「ちょ、シュナイゼル?」
睨みを利かせたシュナイゼルが語調も強くエスタリアを見下ろしてそう言った。
ジークも穏やかな雰囲気はどこへやら。
「もし婚姻をご希望であればきちんとした手順を踏んでからが筋ですよ、エスタリア様」
「ジ・・ジーク、ちが…」
二人に睨まれてエスタリアは応戦するように立ち上がった。
この長身美形の二人と並んでもエスタリアは見劣りしない。
女性なのに凄いなぁ・・・。
「・・帰さないと言ったら?」
「「っ・・」」
ジークとシュナイゼルに殺気が走る。
「ちょ・・・ちょちょ、まった!二人ともエスタリアは・・って秘密か・・これ」
「秘密?何だそれは」
「マリア、秘密とは何だ、私たちにも言えない事なのかい?」
「そ、それは・・・」
ずい、とジークに肩を掴まれて私は口ごもる。
エスタリアが女である事は知られてはいけない事なのだ。
「マリアも罪な女だな」
「ええ?!」
突然笑い出したエスタリアに私は目を丸くした。
笑う所?!
「お二人はマリアが大切である事は分かった。
だがそれは臣下としての忠義か?
あなた方の様子はそれを超えている様に感じるが」
「・・・マリアは私の存在意義なのです…遠い昔から」
「ジーク・・・」
「ふむ、ではシュナイゼル殿は?」
話を振られたシュナイゼルの顔がこわばる。
何かを隠そうとしているかのように硬い表情を作り、僅かに顔を背けた。
「俺は・・・マリアの盾だ・・愛だとか忠義だとかの問題ではなく・・
マリアを守り、側にいるのは神が定めた運命だ」
どこか苦しげにそう絞り出したシュナイゼルにジークが眉根を寄せた。
そんなシュナイゼルを見ていたエスタリアがふと軽く溜息を吐く。
そして私の肩を引き寄せて頬に軽くキスをした。
「っ、エスタリアってばもう!」
頬を押さえて叫ぶ私の前でシュナイゼルがエスタリアの胸倉を掴んだ。
「シュナイゼル!!」
「良い、マリア」
手でエスタリアに制された私は黙り、シュナイゼルの動きをじっと見守った。
「・・・成る程なぁシュナイゼル殿。
ルカへの対応を見た限り貴方は冷静沈着な方だとお見受けしていたが。
私がマリアに触れるのがそんなに気に食わないか。
理性を失うほど?
私は一国の王であるぞ?その私に掴み掛かる臣下がどこにおる」
ハッとしたシュナイゼルが慌てて手を離す。
「っ・・・失礼しました・・」
エスタリアから一歩離れて膝を突いたシュナイゼル。
「どうぞお好きにご処分を」
項垂れて低く呟くシュナイゼルに私は驚いて足の痛みも忘れて立ち上がった。
「エスタリアごめん、本当にごめんね!言い聞かせるから許してあげて!」
シュナイゼルの前に飛び出して許しを請う。
私は王女としての立場があるからエスタリアと友人のように接しているけど
シュナイゼルは他国の王女の臣下にすぎない。
なのに王に無礼を働いたとあれば殺されてもおかしくは無いんだ。
「・・・っふ・・はは」
「エスタリア?」
笑い出したエスタリアに視線を向ける。
「大丈夫だマリア。この者の気持ちは良く分かった。
君の友人として試してみたくなっただけの事。
シュナイゼル、ジーク、私こそからかいが過ぎたな、申し訳ない」
「いえ・・ご無礼をお許し下さい」
「もう一つ聞いて良いか?」
「なんなりと」
「二人はマリアの為なら死ねるのか」
驚いたような表情を一瞬見せたシュナイゼルとジークだったけれど
二人同時にもう一度膝を着いてエスタリアを見上げた。
「この命に代えてもマリアを守ります」
「同じく」
エスタリアはそんな二人を満足げに見下ろして薄く微笑んだ。
「この二人は私にとってのローランと同じなのだな、マリア」
「・・・うん、大切な人たちだよ」
シュナイゼルとは仲良いんだか悪いんだか分かんない所もあるんだけど
守ってくれると言い切ってくれた事はとても嬉しく思った。
なんだかんだでシュナイゼルの行いは酷いように見えても、
時間が経って始めてあの時の行動はこういう時の為だったんだって納得できるようなものだったし。
「では二人に私の秘密を教えよう」
「・・・エスタリア?!」
静かにエスタリアが二人の前に膝を着いた。
それから丁度二人の顔の間に顔を入れると、小さな声でささやく。
「私は、女だ・・・・」
「「っ?!」」
目が零れ落ちそうに見開いた二人を見て私は固唾を飲んだ。
そんな事を教えて良いのだろうか?
ローランしか知らない秘密を。
「エスタリア、大丈夫なの・・・?!」
「何、いつかはおおやけにせねばならぬ事。
今君の側近に明かしたところで何の問題もなかろう」
屈託無く笑うエスタリアを見て私は少し胸が詰まった。
短期間しか付き合いの無い私をここまで信用するエスタリアはこれまでどんな生活を送って来たのだろう。
王としての威厳を保ちながら女性である事を隠して政務を行うのはどんなに辛いだろう。
「エスタリア・・・ありがとう」
「君とは今後も良い関係を築きたい。
なにでこの二人にも私と仲良くしてもらいたいものだ。
何よりも君の信頼する者らだから無条件に信頼しているんだが」
「うん、この二人は絶対に大丈夫って言えるよ、エスタリア」
静かにジークとシュナイゼルが立ち上がり、エスタリアの前に進み出た。
「エスタリア様、この事は決して口外しないと約束致します」
「私達を信頼して下さったエスタリア様の信頼を裏切る事は無いと誓いましょう」
エスタリアは嬉しそうに目を細め、二人の手を取り「ありがとう」と呟いた。
遠い異国で友情が芽生えた。
この出会いは偶然だったのか、必然なのかは分からない。
けれど私にとって大切な友達が出来たのは確かだ。
「っ・・・」
急に足の痛みがぶり返して私は脚を庇うようにベッドに戻った。
少しふらつくのでゆっくりと横になると、心配した3人が駆け寄って来た。
「マリア、大丈夫かい?!」
「熱があるようだ・・・解熱剤はありますかエスタリア様」
「ああ、直ぐに用意させよう」
「しかし一体誰の仕業なのか・・」
「・・・・・大体の目星は付いている。
これ以上酷い事をする前に君を帰した方が良いのかもしれない」
その言葉に私はルカの事が頭を過ぎった。
あの子は私を恨んでいる。
それにアルマが言っていた事も気になったしエスタリアも気をつけろと言っていた。
「ねぇエスタリア・・・これってもしかしてル・・」
ルカ、と言おうとした私の口をエスタリアがそっと塞いだ。
「小声で・・・そうだ、きっとあの子の仕業・・なのだが・・」
「何か問題でも?」
「あれは甘やかされて育った為か、
自分の欲求を満たす為なら手段を選ばない。
どこにルカの耳や目があるとも限らない。
だから大声でルカの名前など呼んではダメだ」
「……分かった」
「エスタリア様」
「どうした?シュナイゼル殿」
「我が国の王女がこのような目に遭わされてスゴスゴと引き下がる訳にはいきません」
「そうだな…」
「察するにアノ方は貴女にとっても害のようだ」
「……」
「手段を選ばないのは私も同じ」
「シュ、シュナイゼルあなた…」
「少々痛い目に遭って頂きましょうか」
ニヤリと口の端を引き上げて笑うシュナイゼルに
私とエスタリアは冷や汗を流して顔を見合わせた。