砂漠の王の秘密
朝から宮殿の中は騒々しかった。
いつもならサワサワと侍女が静かに動く衣擦れの音が響くだけの広い石の通路に
ドタバタと足音を響かせる娘の姿があった。
この後宮でエスタリアの身の回りの世話をするようになり3日目。
え?
3日ってまだそんだけかよって?
まあそれは置いといて。
この3日間は必死にエスタリアの看病で献身的に尽くしたこの3日は私にとって非常に長く感じた。
この国の衛生管理は案外適当で、暑い国だと言うのに暑さで直ぐに痛みそうな食材も全て他の食材と一緒に保管されていた。
まずは元の世界での知恵を総動員し、
衛生管理に努めた。
消毒液なんて物は無いので酒で代用。
それを使用人にも良く良く教える。
食器も全部煮沸消毒。
それからエスタリアのシーツやお布団の洗濯。
今正に桶に水を汲んで脚で洗濯物を踏みながら洗っている最中だった。
「マリア様!それは侍女の仕事です!」
「あー、良いの良いの。
自分でやるって言ったんだからエスタリア様の事は私がやるから」
そんな、と真っ青になる私の世話係に付けられた侍女はオロオロと私の周りで行ったり来たりしていた。
この子も可哀想になぁ。
なんて思いながら洗濯を終えてロープにシーツを広げた。
私は「う~ん」と手を広げて深呼吸した。
「爽やか〜」
「マリア様ぁ……」
泣き出しそうな声で私を見上げるこの子、侍女のアルマはまだ12歳なのだそうだ。
身長もまだ低くて私の首ほどまでしかない。
「あなたも大変だね、こんなじゃじゃ馬のお守りなんて」
「いえ…」
と言葉を濁すあたり結構しんどいんだろうなぁと申し訳なく思った。
「さぁエスタリア様の所へ行こう?」
桶を片付けているアルマに笑顔を向けて、
私はにっこりと微笑んだ。
幸いこの身体はとても頑丈らしくて少々働きすぎても疲れ知らずのようだ。
足にくくりつけていたスカートを縛る紐を太ももから外して、
落ちてきたスカートをはたいて整えた。
見下ろせば着てきたままのドレスのスカートは砂で汚れている。
そんな時、ローランの声がして私は声の方へ向き直った。
「ローラン?」
「マリア様、お衣装を調えさせましたのでお着替えを」
「おお・・・丁度着替えたいと思ってたんだ、ナイスローラン!」
グッ!と親指を立てた私にローランは「何かのサインですか?」と首をかしげながら笑っていた。
「運ぶからかして?」
手を出したらフルフルとローランが首を振り、後ろを振り向いた。
私もつられてそちらに目を向ければ、ゾロゾロと使用人が箱を抱えて行列でやってくるのが見えた。
「ねぇ・・もしかしてだけど・・あれ?」
「はい。そうですよ、エスタリア様の指示で急いで作らせました。お気に召すと良いのですが」
「1枚くらいで良いのに・・」
「なりません!」
クワッ!と目を見開いたローランに吃驚した私は目をパチパチとさせながらローランを見た。
な、何事~?!
「マリア様はアランドールの女神でございます。ロアナの恥になるようなものはお渡し出来ません」
「いや別に私は侍女の服で充分・・・」
「とんでもございません!」
ヒーッ?!
またもや凄い形相で私に一喝するローランは迫力が半端無くて怖い。
ほらほら・・・アルマがガタガタ震えてるよぉ・・・・。
「ま、まあ良いか・・・じゃあ私の部屋に運んでくれる?私はエスタリア様の所に行って来るから・・」
「は、御意にございます」
深々と頭を下げたローランに私は苦笑しながらエスタリアのところへ向かった。
扉の前でアルマを待機させて早足で進む。
広い部屋の真ん中に堂々と鎮座するその円形の天蓋ベッドに躊躇無く歩み寄り、
天幕をはぐりながら私はニッコリ微笑んだ。
「エスタリア様、気分はどう?」
「ああ、だいぶ回復しているように感じるよ」
「なら良いけど……まだ安静にしないとね」
結局エスタリアは何らかの感染症のようだった。
でも所詮私は素人だし自分の持ってる知識のみでしか対応出来なかったんだけど。
恐らくは自己治癒の力で時間を置けば自然と良くなっていく類のものだったのかもしれない。
でもローランにしてみれば心配でたまらなかったんだと思う。
「着替えようかエスタリア様」
「マリア、そろそろ「様」を抜いて呼んで欲しいんだが」
「え?でも流石にそれは…」
「なら命令しよう。「様」を抜きなさい」
「ええ………」
「良いね?」
「う、わ、分かった…エスタリア…」
満足そうに微笑むエスタリアに苦笑いを返して私は溜息を吐く。
看病してる内に思ったのだけど、エスタリアは本当に明るくて素直。
一国の君主に素直とかって失礼かもしれないけど。
でも1つ気になる事がある。
「着替えは自分でするから大丈夫だ」
これ。
着替えは絶対に自分でやるのよね。
身体に深い傷跡でもあるなかな?
「そう?なら私は一度部屋に戻るね」
「ああ、ありがとう」
私はエスタリアに笑いかけると部屋を出た。
部屋を出たら直ぐに中庭があり、
空は眩しいくらいにキラキラした晴天。
「アルマ、今日は雲日一つ無い青空ね」
「そうですね、涼しくなったらおやつでも持ってお散歩されてはいかがですか」
「あ、良いねそれ」
エスタリアも元気になって来たし、夕方少しくらい散歩したらどうだろう。
そう思い立った私は踵を返してエスタリアの寝室に駆け足で戻った。
大きな扉を開いて駆け込んだ先、
ベッドの前で着替えをしているエスタリアの顔がこちらを驚いたように見る。
「エスタリア、着替えてたの・・・・・」
「マリア・・・」
お互いに呆然と立ち尽くしているその原因は・・・・。
「エスタリア・・・・・それ・・・」
「・・・・・・・バレてしまったか」
苦笑いするエスタリアに私は呆然。
エスタリアの胸・・・
「女・・・・なの?!」
「・・・・・・・・・・ああ」
「男にしては線が細いと思ってはいたんだけど・・・」
「はは、まぁ事情があってね・・幼少の頃より男として育ったんだよ」
「そう、なんだ・・・でもそれって」
この先ずっと隠し通せるものでもないよね?
変な話だけど結婚・・・とか。
それどころか恋愛すら出来ないじゃない。
男と恋愛するにはその・・・・・見た目的に・・・。
などと余計な方向に思考が発展している事など知る筈も無いエスタリアが小さく笑った。
「いずれは公表するつもりなんだが・・いかんせん今はまだ即位したばかりでな」
「そういえば・・・この国って男じゃないと跡継ぎになれないの?そういった事情?」
「いいや、女王でも問題無い」
「ならなんで・・・」
「神の御神託とやらなんだそうだ」
「は?」
出たよ人外。
まぁ元の世界でも一部の人は妄信的に霊的存在とか神の存在とか信じてる人はいるけど。
この世界ってそういった摩訶不思議系がたくさん溢れているせいなのか
神の御神託なんて事を信じやすいのかもしれない。
「男として育てれば寿命が延びると言われた母が信じてしまってね」
「なるほどね・・・」
その類の話は元の世界でも古い言い伝えだか迷信だかで聞いたことある。
昔は子供が病気で亡くなる事も多かったようで、
そんな病弱な子を必死に育てようとする母の想いなのだと思う。
この世界でも似たような理由なのだろうか。
「エスタリアは病弱だったとか?」
「いいや・・むしろ元気すぎるくらいだ」
「え・・そうなんだ、ならなんで寿命とか・・」
「それは・・・・」
エスタリアが服を身に着け終わったその時だった。
誰かの足音が聞こえて私とエスタリアは後ろを振り返った。
「エスタリア様のお命が狙われ続けていたからです、マリア様・・」
「ローラン・・・」
エスタリアが困ったように眉を下げる。
その顔を心配そうに見つめるローランの瞳。
その瞳には主従の枠を超えた何かを感じる。
尊敬?
信頼?
それとも・・・愛情?
ローランはエスタリアの上着を手に持ち、エスタリアの背中にそれを羽織らせた。
それから優しくベッドに腰を下ろさせ、私に向かって一礼する。
「知ってしまわれたのですね。マリア様」
「ええ、偶然・・・」
「この事を知っているのはエスタリア様の身の回りの世話を昔からしている侍女数名と私、
それからマリア様だけです」
「良く隠せたわね・・・凄いわ」
まぁエスタリアは背も高いし顔も彫りが深く、
美少年と言っても疑わない人が殆どだろう。
「ここは本来許可のある者以外が近づく事を禁止しておりますので」
「なるほどね。まぁそうだろうね」
どうりで宮殿の割りに人が少ないと思っていた。
軍事関係は正殿で行っているようだし、この後宮はそもそもが他の臣下は立ち入れない。
住んでいるのは侍女や料理人のみだ。
妾などは先代の王が崩御した時に皆出家したようだ。
「エスタリア様には妹君がおられるのですが、
そちらは妾腹の姫君でありながら母君の後ろ盾がお強かった為に王座を狙っておいででした」
「・・・ローラン、その話は・・」
「いえ、マリア様にはお聞きになって頂きたい。
何故なら今後アランドールとは友好関係をと願っておりますのでこの機会にわが国を知って、出来ればエスタリア様と仲良くして頂きたいと思っております」
「その妹君はまだこの後宮に?」
「ああ、あの子の母はこの国の大臣の娘だ。
今でも宮殿にちょくちょく来ているよ」
「そうなんだ・・・」
小さい頃から毒に慣れていると言っていたのはこの事だったんだ。
ここまで生き延びてこれたのはエスタリアの身体が強かった事とエスタリアの母の想いだったのかも知れない。
「ねぇ、ローランはいつからエスタリアの所に?」
「・・・私は・・・」
少し辛そうに眉を寄せたローランをエスタリアが優しく見上げる。
「ローランは私が12歳の頃ある場所で出会ってね。
子供の頃からとても有能だったからずっと側に置いているんだ」
かけがえの無い友人だ、と嬉しそうに微笑んだエスタリアはとても綺麗で・・。
何で今まで私はエスタリアが女性だと気付かなかったのかと不思議に思うほどだった。
「2人は信頼しあってる感じ」
「え?……あ、その…」
狼狽えるローランが面白くて私とエスタリアは笑い合った。
エスタリアが私の手を取って視線を合わせる。
「マリア、本当に感謝している。
出来れば今後も友人として長く付き合って欲しい」
「お礼なんて良いよ。
此方こそ仲良くしてね」
嬉しそうに笑ったエスタリアはとても可愛いくて綺麗だ。
チラリとローランを盗み見ればエスタリアを見て幸せそうに微笑んでいる。
そうかローランはエスタリアを……。
「ふーん」
「!?」
ニヤニヤとローランを見ればローランが私の視線に気付いてビクリと肩を跳ねさせて気まずそうに咳払いした。
キョトンとするエスタリアとニヤニヤが止まらない私。
そして狼狽えるローランの図。
私達は夕方から散歩に行くことを約束して一度別れた。
通路で待つアルマに笑いかけ、深呼吸。
「さ、着替えようかアルマ」
「はい!」
元気な返事を聞きながら、私は部屋に戻るのだった。