砂漠の宮殿
我が家でやってる民間療法など出てきますが正しいかどうか分からないので真に受けず読んで下さい(笑)
オアシスを出発して砂漠をゆく。
日が強いからとローランが私の頭に自分のマントを巻きつけてくれたんだけど、
これがまぁサウナ状態で死にそう。
けれどこんな高温で日に晒された方がヤバイよね。
やがて熱気で歪む地平線の向こうに町のようなものが見えてきた。
「マリア様、もうすぐ着きますよ」
「あれは城下町的なやつなの?」
「そうです、ロアナの城下町であるワーナマディーナです」
「へぇ!シンドバッドがいそう!」
「シ・・?」
「ああ、こっちの事、何でもないよ」
あはは、と笑ってごまかすとローランが首を傾げた。
変な奴って思ってるんだろうなー。
しかし不思議な光景よね。
私は元の世界に居た時から旅行とかあまりしないほうで(温泉は好きだったけど)
あまり海外の事は興味も無かった。
こちらの世界に来て、色んな物を見てる内に旅行も良いななんて思っちゃうから不思議。
旅行なんて生ぬるいもんじゃない大スペクタクルなんだけど。
「皆、この地の者はワーナと呼んでいます」
「そう、じゃあ私もそうする」
我ながら順応するの早すぎかと思うのだがこの数ヶ月の一連の事件を思えば
最早怖い物など巨大蛇や巨大ムカデくらいなものだ。
私は恐る恐る足元の砂に目線をやった。
確か元の世界ではこういう砂漠地帯には毒虫系がわんさと生息していたはず。
さっき蛇にも毒がとか言ってたし居ない訳は無いと冷や汗を流した。
ラクダに揺られてワーハの町をゆく。
民衆の視線がラクダの上のローランに注がれているのは気のせいではない。
ローランの見た目はこの地方でも珍しいもののようで、大抵の人間の肌の色は少しこんがりした色をしている。
瞳の色も茶色や黒。
赤い瞳に真っ白の肌なんてローランしか見なかった。
その視線など気に留める様子も無く、ローランは淡々を町をゆく。
「ほら、ローランだよ・・あの瞳・・いつ見ても恐ろしいねぇ・・」
「行き倒れの孤児が立派になったもんだ・・」
行き倒れの孤児?
って聞くわけにもいかないよね、とローランの顔を見上げたら苦笑されてしまった。
「申し訳ありませんマリア様、私の事で嫌な気分になられていないですか」
「何故よ」
「こんな見た目ですし気味が悪いでしょう。あなたは何もおっしゃらないが」
「気味悪い?綺麗だけど?」
「き、綺麗・・・」
目をパチクリとさせたローランが可愛くて何だかおかしくなって笑った。
私が笑ってると暫くしてからローランは照れたように口布を引き上げ直して一度咳払いをして前を向いた。
果物を売っている店、織物を売っている店、
酒場に食べ物を提供している店。
元いた世界とそう変わらない風景に少しだけ安堵する。
「あ、あれ何?干したプルーンかなんかかな」
私が指を指した先には茶色く乾燥したレーズンのでっかいのみたいなもの。
ドライフルーツが実は大好きな私には凄く美味しそうに見えたんだよね。
「あれはナツメヤシを乾燥させたものですよ」
「ナツメヤシ・・何か聞いたことある」
美味しいの?と聞けば、はいと答えが返って来た。
へぇ、どうせなら食べてみたいなぁなんて考えてた私は涎でも出してたかもしれない。
「栄養価の高い木の実ですから身体にとても良いらしいですよ」
「へぇ!」
ふふ、と微笑んだローランがふと視線を前に戻し私の前を指指した。
「宮殿の入り口ですよマリア様」
ローランの指先を追えば、そこには大きな、大きな、豪華な門。
アランドールは中世のヨーロッパのような門構えだけれどこちらは煌びやか。
金色を基調とした大きな門にはもの凄く細かく細工が施されていて、
しかもその扉を開くだけでも一体何人いるのよってくらいに人が多い。
「ねぇ、大きな門だとはいえこの人数は多すぎない?」
「ですね、これも我が君の計らいです」
「え?」
「この国の住民は仕事にあぶれるものも多く、こうして王が人員を多く雇う事で
多くの者に賃金を支払ってやる事が出来るのです」
「なるほど!優しい王様ね」
「はい、我が君が王になられてからこの国はとても暮らしやすくなった」
「そうなの・・・」
「はい」
あまり多くを語らないローランだけど
えーと何だっけ王様の名前、あ、そうそう、エスタリア様。
の事を話す時は目がキラキラしてるんだよね。
そんなに慕ってるんだ、と私はちょっとだけ微笑んだ。
だって可愛いじゃん。
犬みたいで。
白くて大きな赤い目のわふわふ。
いやん、かわいい~~~!
悶絶していてハッとして上を見たら奇怪なものを見るような目でローランが私を見ていた。
ごめんねー。
妄想癖なんだよね!
「さ、さぁマリア様・・・入りましょう」
言葉を詰まらせながらローランは私を伴ってラクダのまま門をくぐった。
ギギー、と大きな音を立てた巨大な門は私の背後で閉じた。
あ、なんかこれって逃げられない系?
つっても逃げる場所も無いけどさぁ!
「兎に角あなたの王様に会いに行きましょう」
「はい・・感謝しますマリア様・・」
うな垂れて一礼したローランが私をラクダから下ろして前を歩く。
通路は自分の寝殿よりもはるかに広く、両脇に数メートルおきに使用人が立っている。
ドアは自動ドア(人的なね)
一際豪華な扉の前に立つと、やはりそこも人によって勝手に開いた。
一歩足を踏み入れたらそこは
南国でした。
ほら、なんとかランドとかってあるでしょ?
わんさとヤシの木が植わっててチョロチョロと小川が流れてる感じの。
王の居室らしいその部屋に通され、そのままローランは奥へ一人で行ってしまった。
大勢の使用人。
良く躾けられているのかこちらに目を向けてジロジロ見てくるなんて事はしないので
そんなに居心地悪くは無かった。
やがてローランが戻って来、奥へ入るよう促されて私は従った。
「はいります・・・よ」
大きな紗のような布が持ち上がり、そこに天蓋付きの大きな円形のベッドが鎮座していた。
ローランに促されて枕元まで歩み寄り、その王の顔を見た瞬間想像と違っていて一瞬止まった。
少し浅黒い肌に細く通った鼻筋、薄い唇、長い黒髪、その瞳は金色に近い茶色。
もっとガタイが良い人を想像していたんだけど、少女のように線の細い華奢な人だった。
「エスタリア様です、マリア様」
「はじめまして、エスタリア様・・・マリアです」
そう挨拶すると、エスタリアは薄く微笑んで申し訳無さそうに眉を下げた。
「このような姿で・・・申し訳ないマリア殿・・
ローランが無礼を働き、どう謝って良いか分からぬ」
「あ、いいえ!そんな事・・・仲間は吃驚したでしょうが、私は気にしてないから・・」
「お心が広い方なのですね・・ありがとう」
弱弱しく少し首を傾げたエスタリアはとても儚く見えた。
様子を見ると頬が少し赤い。
そして息が荒く、冷や汗をかいている。
「お腹痛い?いつからなの?こうなったのは」
「もう2週間程になりましょうか・・・外出先から戻られてから急に・・」
「何か外出先で食べた?」
「特には・・・」
元の世界でこういった症状を見た事があった気がした。
母は看護師で、個人病院勤務だったものだから小さい頃は良く職場に遊びに行ってた。
何らかの感染症だと血液に菌が回ってしまっていたら大事になる。
全身の機能が低下し、死に至ってしまう。
元の世界では化学療法があり、軽い感染症ならば数日間の治療で良くなる。
だけどこの世界はまだそういったものは無さそうだ。
特にこの国はざっと見ただけでもアランドールより進歩していなさそう。
「ごめんね・・私は女神なんて言われてるんだけど神のように奇跡は起こせない」
「・・ごほっ・・そうか」
「でも、もしかしたら・・・・これが毒じゃなければ、そして
手遅れになるほど悪化してなければ治る・・・かも。あくまでもかもよ?!」
この国は乾燥している。
もし動物なんかが細菌感染していた場合なんかはそれが空気に散って
人に感染したとも考えられる。
けれど町の人は元気に見えたし何故エスタリアだけが?と不思議に思ったけど
今はそれどころじゃないよね。
「本当ですか?マリア様・・」
「ええ、ローラン・・自信は無いけど・・」
うちの家庭では極力薬を使いたくないとの母の思いから、
あるものを良く母に飲まされていた。
そのお陰なのか何なのか、母や祖母には傷でも火傷でもそれがあれば
大抵大丈夫!と傷口に塗られたりもしてたっけ。
「どうすれば・・」
「ローラン、この国に蜂の巣はある?」
「ええ、ナツメヤシの木に良く見かけます」
「じゃあ、蜂蜜と蜂の巣を取ってきて」
「え?」
「蜂の巣の入り口に溜まっている物質は薬になるのよ。
蜂蜜には抗菌作用もあって、滋養強壮にも良い」
「は、はぁ・・」
「身体が弱っている時に無理に食べさせると胃腸を悪くしてしまうから」
「そうなのですか・・」
「蜂蜜を朝と夜、二度スプーン一杯食べさせて、後は排便を兎に角行う事。
それからシーツは毎日交換、上に掛ける布団も」
「は、はい」
「体調が悪いと下痢になりやすいからキチンと水分を補う事、
あ、それから水は一度煮沸して冷ましてから飲ませて」
ローランが訝しげにしながらも私の指示に従って使用人に指示を出す。
「エスタリア様?お薬は飲んでないの?何も?」
「ええ、実は・・・私は薬が効かない体質のようで何を飲んでも・・」
「エスタリア様は幼少の頃よりありとあらゆる毒を飲み、身体に毒に対する抵抗を付けられています。
なので薬も効きにくいとの医師の言葉でした」
「・・・そんな事あんの?」
うっそー。と私はポカンとした顔でローランとエスタリアを交合に見た。
毒って・・・えええええ・・・。
「それじゃあ蜂蜜も効くかどうか分からないけど・・」
「蜂蜜で治るのですか」
「私の母・・じゃなくて知ってる人が医療関係者なの。
以前蜂蜜を天然の抗生物質と言ってた事を思い出してね」
「良く、分かりませんが・・今は藁にも縋る思い・・お助け下さい」
「ローラン、あまりマリア殿を追い詰めるな、ここで命尽きればそれもまた運命だろう」
「エスタリア様!」
とがめるように叫んだローランに少々面食らったが。
私は兎に角その他の治療なんて出来ない訳だし、しかもはっきり言ってこれが正しいのかどうかも分からないんだけど、兎に角看病だけは出来ると意気込んだ。
「暫くは私に面倒見させてくれる?」
「マリア様自ら看病される、と?」
「そのような・・・病気が移るかもしれぬ」
「あ、へーきへーき。私予防接種打ちまくってるから」
「よぼうせっしゅ?」
首を傾げる二人にあははと笑いごまかす。
いかん、この国に予防接種なんてものは存在しなかったんだった。
感染症かどうかも分からないし対処療法しか出来ないけど仕方無い。
母がやってくれてたように兎に角栄養付けて、それから蜂蜜!
清潔な衣服に清潔な部屋、布団。
この原始的療法で何とか切り抜ける!
「ローラン、食事も暫く私が作るわ・・」
「え?!」
「厨房を貸してね」
「それはまぁ・・勿論お貸ししますが・・・
仮にもあなたは一国の王女・・そのような侍女のするような事・・」
「気にしない気にしない!!」
それに、もしかしたら誰かが故意にやってるかもしれないじゃない。
少しずつ少しずつ何かを入れられているとしたら・・・。
毒には慣れていても汚いものには抵抗無さそう。
考えたくないけど・・なんかほら、菌が一杯いそうなものを知らない内に飲んだり食べたりしたら食中毒とかにもなるじゃない。
こじつけだけど。
兎に角見過ごせないのは確かだし。
「マリア様、兎に角お部屋に一度ご案内しましょう」
「え?あ、助かる」
微笑んだローランに伴われて入った部屋は、先程のエスタリアの寝室と良く似た
部屋で、真ん中に大きな天蓋つきのベッドがあった。
私は一度休んでから厨房に行くとローランに伝え、ベッドに転がった。
「はぁ・・・ジーク心配してるかなぁ・・・」
とちょっとだけしょんぼりする私だった。