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あの時(1)


晴天だった空はどんよりと曇り、

今にも雨粒を落としそうに重苦しい雰囲気を醸し出していた。


アルバーン宰相が去った後、ジークに連れて帰って来て貰った。

大きな、1人では有り余るほどのソファの柔らかなクッションに沈み込みながら、リタが淹れてくれた紅茶に手を伸ばした。


「マリア様、お加減はいかがでしょうか?医師を呼びましょうか」


心配そうに覗き込んでくるリタを手で制しながら、紅茶を一口飲む。


「大丈夫だよリタ、これは病気とかじゃないから」


「そうですか?お顔の色が優れませんが…」


「うん、暫く休めば大丈夫よ」


そう言えば、リタは少し笑うと気を使ったのかそれ以上何もなんか変な問う事なく下がって行った。


リタが通路に出るとそこには帰った筈のジークが壁に凭れ掛かり、腕を組んでいた。


「ジーク様…一体何が?」


「マリアは…大丈夫かい?」


「ええ、気丈な方ですから…」


「良く見ていてやって欲しい」


「はい、勿論です」


「ジェレミーが来ても暫くは通してはいけないよ?」


「ジェレミー様、ですか?」


リタの不思議そうな顔に少し苦笑したジークはリタの肩を二度程ポンポンと叩いた。

それから背を向けて帰って行った。



「マリア様……」


小さな声で呟くと、リタは足早にある場所へと向かった。

1番この状況に、詳しいであろう人物に会うために。



「シュナイゼル様、どこかしら?」


リタはデニスにマリアを1人にするので気を付けていて欲しい事とジェレミーの件を伝え、庭を抜けてマリアの寝殿を離れ、王宮へ向かった。


シュナイゼルは王の護衛騎士でもある。

なので特別な用が無ければ王の側に控えている筈だ。


普段は女性ばかりの所で働いている為、屈強な体格の騎士や兵士がワラワラと行き交う王宮は独特の雰囲気で、リタは人とすれ違うたびにオドオドと進んだ。


「おや?リタじゃないか」


「あっ、マルコ様!」


知った顔に会ったリタの表情が明るくなる。

マルコはマリアや王の従兄弟だ。

歳は王であるヘイルと同じ歳。


黒髪に金の瞳でシュナイゼルやジークよりやや痩躯で小柄だ。


武術よりも文学に優れており、この国の重要なブレーンである彼は気品もあり人柄も温和で優しげ。

誰にでも優しい彼は王宮やマリアの寝殿の侍女達にもとても人気がある。


多忙の為、滅多にマリアに会いに来れないがマリアの事をとても可愛がっているのでリタも好意を持って接していた。


「マリアは元気かい?君は元気そうだね」


その問いかけにリタは少し表情を曇らせた。

それを見逃さず、すかさずマルコは訝しげに眉根を寄せ、リタを覗き込む。


「何かあったのか?最近マリアの周辺が騒がしいのは聞いているが」


「ええ……その…今は少し…お加減が宜しくないようです」


「そうか……」


マルコの表情が少しだけ曇る。

だがそれは直ぐにいつもの優しい笑顔に戻った。


「あの元気者が加減が悪いとは余程の事かな」


「ええ……私も詳しくは知らされておりませんし、事情はハッキリとは分からないのですが、ジーク様がジェレミー様には気を付けるようにと…」


「ジェレミー…そう言えば帰って来たんだっけね」


成る程彼がらみか、とマルコは暫し厳しい表情になり顎に手を置いた。


「それで君は誰に会いにここに?シュナイゼル?王?どちらかな?」


流石マルコだ、とリタは瞳を瞬かせた。


「マルコ様、流石ですね」


「だって君が奔走するのはマリアの為だけじゃないか」


あはは、と楽しげに笑うマルコに少し頬を赤らめ、リタは目線を上げてマルコを見た。


「王様にそう易々と謁見出来ません、私は単なる侍女ですから……シュナイゼル様と朝お出掛けになったので何かご存知かと」


「シュナイゼルと?」


「はい、神殿へ」


「はいはい、成る程ね」


「マルコ様?」


「うん、心配は取り敢えず今の所はしなくていいと思うよ?」


シュナイゼルは王の護衛で薔薇園にいるよ、と教えてくれたマルコはリタの髪を撫でながら「マリアの事頼むね」と言い残して去って行った。


リタはマルコの後ろ姿に一礼をすると、そのまま教えてもらった場所へ急ぐのだった。


元来た道を帰り、庭に出て薔薇園を目指す。

やがて人が数人見えてきてその中に背の高い銀髪を見つけた。


だが不躾に走り寄る訳には行かない。

リタはソワソワしながら生垣に姿を潜ませて様子を伺っていた。


アリーチェと王の姿が見える。

その背後に微動だにせずに立つシュナイゼル。

王に背を支えられていてもチラチラとシュナイゼルに視線を流すアリーチェに多少のイラつきを覚えたリタだったが、今はそんな場合じゃない。


アリーチェと王がテーブルで紅茶を飲み始めた頃、リタは後ろをふと振り返ったシュナイゼルに大きく手を振った。


(シュナイゼル様ー!ここでーす!)


必死の形相で手を振ってくるマリアの侍女にシュナイゼルは盛大に眉を顰めたが、無視も出来ずにリタの方へとやってきた。


「シュナイゼル様っ!」


「リタ、今は護衛中だ後にできないのか」


様子を気にしながらシュナイゼルはやや小声でリタにそう言った。

だがリタは今にも泣いてしまいそうな顔でじっとシュナイゼルを見上げている。


これでは無下に断れない。

後で侍女を泣かせていたなどとあらぬ噂を立てられかねない。


参ったと言うようにその銀髪を掻き上げたシュナイゼルはリタを見下ろしながらため息を吐いた。


「何があった」


ぱあっ!と明るくなるリタの表情にシュナイゼルはもう一度ため息を吐くと、「良いから早く言え」と促した。



「マリア様のご様子がおかしいのです…ジーク様が女神が現れたとか…良く分かりませんが」


それを聞いたシュナイゼルの眉がピクリと動く。


「まさか強制解除か?それとも…良く分からんな。他に誰か居たのか?」


「ジーク様が宰相とジェレミー様が、と…」


「何だと?」


チッと舌打ちをしたシュナイゼルが突然王の元に戻った。


「ヘイル様、少々厄介ごとが起きました。失礼してもよろしいでしょうか」


「どうかしたのか。お前がそんな…まさかアレ関係か?」


「は」


「仕方ない…行っていい」


「は、御前失礼致します」


では、と王とアリーチェに一礼するとリタの方へ戻り、そのままリタを追い越してマリアの寝殿へ足早に歩くシュナイゼル。


リタは必死にその背中を追った。


まぁ置いて行かれたとしても行く所は同じなのだからとリタはせかせかと足早に歩く。


やがてマリアの神殿が見えてきた頃、何やら入り口が騒がしい事に気が付き、リタは様子を伺うように歩幅を狭めてゆっくりと歩いた。


シュナイゼルは更に急いでそこへ向かうと1人の騎士と男が押し問答しているのが見えてきた。


「いけませんジェレミー様!本日はお通しするなとのご命令ですので!」


「誰の命令だ?僕は宰相の息子だぞ?!」


デニスが必死にジェレミーを止めているようだった。


「デニス、良くやった。後は俺に任せろ」


「っシュナイゼル?!……ッ!」


バキッ!と頬を殴る音がしてジェレミーが倒れた。

拳をパキパキと鳴らしながら悪魔のような笑みを漏らすシュナイゼルをジェレミーは睨み上げて口に溜まった血を吐き捨てた。


「チッ、騎士様のお出ましか…」


「貴様、マリアにまだ纏わりつく気か。

先程も騒動を起こしたらしいな」


良く見ればジェレミーの身体には無数の傷があり、首には締められたような跡がある。


「満身創痍じゃないか。何故そこまでマリアに固執する?好きだからか?愛してるのか。ならお前は離れるべきだ。

過ちをまた犯す前にな」


ギラリと睨まれるジェレミーだったが、臆する事なくシュナイゼルを睨み返している。


茂みの間から様子を伺っているリタは知らず知らずに手をきつく握りしめていた。

その背中をじっとりと汗が伝う。


(愛憎劇だわ!美しいって罪だわマリア様!)


と訳の分からない解釈中のリタだった。


「過ち?…っ!…違う……あの時俺がああしなければマリアは……」


シュナイゼルから目線を外しながらジェレミーは何かに耐えるような苦しげな声でそう呟いた。


「何を言ってる……?」


何を言い出すのかと不審げな顔をするシュナイゼルと跪いたままのジェレミーの間に暫しの沈黙が流れた。









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