守護女神の正体
紺色に近い景色の中で銀の髪が月の光を受けて怪しく輝く。
私はジェレミーを羽交い絞めにするシュナイゼルを不思議な感覚で見上げていた。
背後で支えてくれているジークがずぶ濡れの私の肩をそっと抱きしめながら鬼気迫る表情をしたシュナイゼルに視線を遣って口を開いた。
「シュナイゼル、マリアが寒そうだ。
取り敢えずここまでにしよう」
「・・・・・・そうだな」
シュナイゼルは短くそう答えるとジェレミーを突き放すように開放した。
押しやられる形になったジェレミーが長めの前髪の間からシュナイゼルを睨み上げている。
やがてジェレミーは不敵な笑みをシュナイゼルに向け、やがてジークにも視線を投げながら
肩を竦めて眉をハの字に下げた。
「やだなぁ、怖い顔しないでくれよ二人とも。
別にマリア様に手は出してない」
あれで手を出していないと言い切るこの男は一体どういう神経をしているんだろうか。
そりゃ別に酷い事をされた訳では無いけれど恐怖を感じるには充分な出来事だった。
思い出しても身震いがする程には。
少しだけ身震いをした私の身体をジークが抱き寄せた。
ほっとする温もりに、それと相対するようにジェレミーの微笑がやたら不気味に感じた。
シュナイゼルがそんなジェレミーを無表情で見つめながら皮肉げに口を歪めた。
いや怖いわ。
「ジェレミー。お前がどうして離宮に送られていたのかを良く考えるんだな」
「・・・」
「父親が宰相で結構な事だ、あれだけの事をしておいてのうのうと帰って来るのだからな」
「シュナイゼル何か勘違いしてないか?私は別にそこまで悪い事はしてないと思うが」
「ほう、あれが悪い事じゃないとでも?」
「ああ、幼馴染に対する愛情表現だよ」
まてまて、話が読めないんだけど・・・。
そう思って首を傾げながらジークを見上げたら、いつも穏やかな表情のジークが唇を噛み締めて怒りを抑えたような表情でジェレミーを睨んでいた。
どうしたっていうのよジークとシュナイゼルは・・。
この状況からしてジェレミーはジークとシュナイゼルにとって良いお友達関係と言う訳では無さそうだ。
私の視線の先でシュナイゼルが皮肉げに口を開いた。
「厚顔無恥とはまさにお前ら父子の事だな、恐れ入る」
「父を侮辱するな」
ジェレミーの顔にサッと影が差し、シュナイゼルを睨んだ。
「まぁ、それくらいにしておかないか二人とも。
マリアが怖がってる」
怖がってないんだけど。
と心の中でそう言ってたなんて誰も気づかないだろうけどー。
「ジーク、戻ろ?」
正直、寒い。
そろそろリタにもバレそうだし、と私はジークの服の裾を引いた。
ジークが優しく肩を抱いてくれてその懐の暖かさが冷え切った身体に染みる。
ジークと一緒にジェレミーに背を向ける。
デニスがその後に続いて、シュナイゼルもジェレミーを一睨みした後私たちの後に続いた。
残されたジェレミーはそんな私たちをどこか不敵に眺めていた。
「そうだ、シュナイゼル」
「何だ」
後ろから歩いてきていたシュナイゼルを首だけ捻って振り返る。
そこには超絶不機嫌な顔のシュナイゼルがこちらを見もしないでぶっきらぼうに答えてくる姿があった。
「うわ、機嫌わるっ」
「うるさい」
「ちょっとシュナイゼル!それが目上に対する礼儀なの?失礼しちゃう」
「ハッ・・今更だろう」
「うっ・・・ま、まぁいいや・・・」
「(良いんだ・・)」
ジークの心の声が聞こえて来た気がしたけど。
「明日、『あの力』について聞きたいんだけど良いかな・・』
「・・・」
「何よぅ・・・その不満げな顔」
気まずそうに私を見てくるシュナイゼルに私は頬を膨らませて拗ねた。
必殺ぶりっこ攻撃。
まぁこんなものシュナイゼルに効かないのは分かってるんだけど。
「っ・・まぁ良いだろう」
「ほんと?!」
効いたーーっ?!
「お前のソレに関して教えられる事は教えてやろう、だが・・」
「?」
「何を見てもヒステリーを起こすな。これが条件だ」
「はぁ?私そこまでヒスらないし」
「良く言う」
「何だとぉ?」
臨戦態勢の私を無視してシュナイゼルは『じゃあな』と途中で消えてしまった。
「マリア、兎に角今日はもう一度身体をしっかり温めて眠るんだ、良いね?」
「うん、ありがとジーク」
笑顔でジークを見上げたら、その綺麗な指が私のおでこに掛かった髪を優しく払いのけ、
頭を撫でてくれた。
はぁ、癒し・・・。
「それから・・・」
「?」
ジークは私の頭を撫でていた手を止めて立ち止まった。
「ジェレミーには一人で近づかないように」
「え、う・・・うん・・分かった」
返事をした私に、ジークは優しい笑みを漏らす。
私に気が付いたリタが飛んできて肩を抱き寄せられた。
そして号泣。
あーあ・・・ごめんねリタ。
「マリア様!心配したんですよっ?!」
「ご、ごめんリタ・・デニスもごめんね?」
「マリア様がご無事で良かった。ジーク殿とシュナイゼル殿が来て下さって良かったです。
まさか噴水に落ちられるなんて…」
そのデニスの言葉にリタの目がカッ!と見開き・・・・。
その後長ーいお説教をくらったのは言うまでも無い。
翌朝、私は早々に身支度を整えていた。
朝食を済ませ、紅茶を飲んでいると部屋の扉が開いてシュナイゼルが姿を現した。
「早いね、シュナイゼル」
「まだお食事中でしたか」
みんなの前ではきちんとしてるんだから・・・。
と心の中で悪態を付く。
そんな事はお構いなしにシュナイゼルはこちらを静かに伺っていた。
その瞳はいつに無く少し緊張感を漂わせていて、私にも少しばかりの緊張感を持たせる。
「ううん、ここで話す?」
「いえ、お連れしなければならない所がございます」
「え、そうなの?」
「はい、リタ殿、本日はご同行をお控え下さい。
『アレ』についてマリア様をお連れしなければならないので」
リタはしばし困ったように目線をさ迷わせた後、シュナイゼルならば大丈夫だと判断したのだろう、
「はい」と小さく答えた。
私に一番近いリタにまで秘密にしなくちゃならないなんてどんな秘密なんだろう?
ちょっと怖いな。
「お気をつけて、マリア様」
「うん、大丈夫だから」
シュナイゼルと一緒だし、と言えば「そうですね」とリタは小さく笑った。
「では参りましょう」
「うん」
シュナイゼルと一緒に部屋を出る。
護衛のデニスも一緒に来れないようなので、本当にシュナイゼルと二人きりだ。
いつもの通り慣れた通路を抜け、
庭園に出る。兄と初めて会った薔薇の庭の更に奥、
小さな森のようになっている方へ続く小道に私とシュナイゼルは足を踏み入れた。
木々の隙間から零れ落ちてくる木漏れ日が緑に反射して美しく、
土で出来た小道に丁度良いくらいの木陰を落としていた。
長く細いその道を、シュナイゼルは一度も私を振り返らずに進んでいく。
ほんとに冷たいんだから・・・と一人で愚痴を零しながらシュナイゼルの後を追った。
やがて見えてきた神殿のような建物。
丁度小学校や中学校の体育館程の大きさだろうか。
ザ・神殿。
そんな造りのそれの入り口に白い人影が見えた。
「母上」
「シュナイゼル・・・」
母上?私はシュナイゼルの後ろからちょこんと顔を出して、階段の一番上に立っているその人を見た。
美しい、腰まで届くキラキラと光を反射する銀髪。
銀色の瞳。
どこからどう見ても女版シュナイゼル。
あ、成るほど。
アリーチェもだけど本当に良く似た一族ね。
「マリア様、お久しゅうございますね。お綺麗になられて・・」
「あ、あの・・・シュナイゼルの・・お母さん?」
「はい、そうですマリア様・・」
何故か泣きそうな表情のシュナイゼルのお母さん。
私は少し不安になりながらシュナイゼルを見上げた。
「アマリアと申します、この度は事故で記憶を無くされたとか。ご苦労されているのですね…」
「あ、いえ…結構楽しんでます!」
アマリアさんに元気になって欲しくて必要以上に大きな声で叫んでしまって自分で恥ずかしくなった。
「まぁ、相変わらずですねマリア様、安心致しました」
やっぱ元々なんだこれ。
「子供の頃は良くシュナイゼルと遊んで下さって…」
「母上」
話が長くなりそうだと判断したのか、シュナイゼルが痺れを切らしたようにアマリアさんを呼んだ。
「あの子ったら…」
行きましょう、と苦笑しながら神殿に足を踏み入れた。
この神殿は守護女神を祀る神殿なんだそうだ。
そしてアマリアさんはこの神殿の神官。
初めて知ったのだけどシュナイゼルには弟がいるらしい。
ふーん。
等間隔に立っている大きく長い柱。
それは蝋燭のみの薄暗い石造りの通路に延々と並んでいた。
壁の所々に女神像が配置され、
それは花で飾られていた。
やがて一際大きく豪奢な扉の前に着くと、シュナイゼルは両手でそれを押しひらく。
ギィ、と在り来たりな音を響かせて開いたその両開きの大きな扉の奥へ進む。
「あの赤い大きな石が見えるか」
「う、うん……」
黄金で出来た祭壇の中央に、いつか見た事のある水晶の結晶のような物が祀られるように鎮座している。
それは見たこともないような、そう、ゆうに3メートル程もあろうかという程の赤い結晶。
キラキラと金色の鱗粉のような光がその石から舞い散っている。
私は何かに引き寄せられるようにその石に近付いた。
「神体だ」
「これが私のアレとどう……
関係あるの?と聞こうとした瞬間だった。
「っ!?」
カッ!と紅い光が視界全てを覆い、咄嗟に目を庇った。
輝きを放ち続けるその中で、ゆがて目が慣れて来て薄眼を開いた私の目に飛び込んで来たのは……。
「え、ちょ……わ、たし…?」
「……そうだ、『アレ』はお前だ」
「は………?」
紅い結晶の中で白い衣を着ているのは紛れもなく私の顔をした人だった。
いや、人?
神体って言ったよね?
「マリア様、あの方は…紛れもなく貴女なのです。マリア様は守護女神の化身、生まれ変わりなのです。
数十年に一度、守護女神の化身は御生れになります。
ですが、その時代に同時に我ら一族の中に対になる者が産まれた時のみなのです」
「厳密に言えばあの結晶の中の守護女神は生きている。この地に力を与えるためにその力をお前に、それを守る盾を……対となる者に与えるのだ」
「盾……?」
「そうだ。お前が暴走して自爆しない為の盾だ」
「それって…」
「俺だ」
「っ…」
っても予想はしてた。
「見ろ」
シュナイゼルが自分の瞳を私に見せてきた。
それは銀色でいつも通りビー玉のように綺麗だった。
けれど暫くするとその銀色が紅色になり光り始めた。
と同時に私の付けているティアラの紅い石が熱を持つ。
身体もじわじわと熱くなり、なんとも言えない高揚感が湧き上がる。
「っ…これ、あの時と…」
「ああ、あの時俺がお前のリミッターを解除した」
「リミッター?」
「お前がいつも待たされているその紅い石だ」
「これ…」
いつも必ずこの石の付いた宝飾品や剣を持たされて居た。
成る程そういう事かと納得する。
かなり……チートな存在だと思ってたけどこりゃまた…。
ていうかさー。
ベタっつーかなんつーか。
「俺が居ないところで強制解除は絶対するな。今はまだしようとしても出来ないだろうけどな」
「そうなの?でも何で…」
「暴走してしまうとお前の命まで食い尽くされる」
「食い尽くされる?」
「そうだ。
今言えるのはこれだけだ」
「……さぁ、マリア様、お茶をお出ししましょう」
「う、うん……」
アマリアさんに促されて祭壇を出る。
ふと振り向いて見た結晶の中の自分が目を開いた気がした……。