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帰還


飛行船のゴウンゴウンという独特の機械音を聞きながら、

マリアは立ったまま窓枠に肘を付いて外の風景を眺めていた。


自分が元居た場所では遠くに行かなければ見られないような絶景が眼前に広がる。

青く澄んだ空、大きな鳥、どこまでも続く地平線。


思えば自分は十代ではなくて只のアラフォーのオバサンだった筈。

なのに今ここに居るのは紛れも無く一国の姫である自分だ。


最近ではもうこの現在こそが自分なのだと錯覚にも似たおかしな感覚がある。


ただじっと外を眺める私の肩に手が置かれた。


「考え事かい?」


「ジーク……いや、別に何でもないよ…」


何でもないわけは無い、だけど今は色々考えていても何が分からないのかすら分からない。

アランドールに帰ってシュナイゼルに色々聞けば何か知ることが出来るかも知れない。


「もうそろそろ到着致しますのでご着席ください、マリア様」


護衛の騎士がそう告げに来る。「分かった」と答えて、私は高級な赤いソファの上に静かに腰を下ろした。


やがて地鳴りのような音が響き機械音が消え入るように静かになると、停泊場に着いた知らせを受けてジークと共に飛行船を降りた。


そこには乗った時と同じ景色が広がり、なぜか酷く安堵感に包まれる。

ここを発つ時はもしかしたら戻って来られないかもという不安が多少はあった。


けれど帰って来られた。


ほんの数日だけど何故か懐かしい。

そう、懐かしい我が家に。

此処はそういう場所になっていた。



「マリア様の勝利を祝い、国民が集まっております」


「え?」


「バルコニーへ出てご挨拶なされませ」


「……分かった」


気が付いたら勝ってました。

みたいなわけ分からない状況ではあるけれど、国の名を背負って勝利した以上こういう事は想定内だったし、

面倒臭いが仕方がない。


「この格好のままでいい?」


帰りはドレスでは無くデュエルの時の服を着ていた。

最初は動きにくいと思ったそれも、今ではドレスより動きやすい。


「は、その雄姿を国民にどうぞお見せくださいマリア様」


優しい笑顔のこの年若い騎士には良く顔を合わせる。


確か自分の部屋の警護をしてくれている……


「了解よ、デニス」


「!!」


ぱぁっと花が咲かんばかりに嬉しそうな顔をされて笑みが漏れた。

だって尻尾振ってる子犬みたいな顔をするんだもん。


「光栄です!名前を覚えて頂いているなんて!」


「だっていつも警護してくれてるから」


「そんな!職務ですし私如きは空気のようなものですし!」


「いやいや、そんな……兎に角、いつもありがとね」


フリフリ、と軽く手を振るとデニスは凄いで敬礼して見送ってくれた。

かーわい。


「マリア様、お疲れでしょう?バラ風呂の用意をさせておりますので挨拶が終わったら湯殿に参りましょうね」


「ほんと!?やー、リタは本当に侍女の鑑みたいだよね!」


それほどでも!と言いながらもリタの顔は誇らしげだった。


バルコニーへ出る通路を歩き、

大きなガラス張りの扉を開けば途端に大きくなる大観衆の声。

アランドールとはこんなにも大きな国なのか、と今更ながらに実感するには充分な民衆が王城の周りを埋め尽くしていた。


流石に足が竦む。


既に兄とアリーチェはバルコニーで婚約発表を済ませたようだ。

民衆から口々に兄ヘイルの名とアリーチェの名が叫ばれていた。


「マリア様だ!」


誰かの声がした。

それを機に、全ての民衆が私に注目した。


「ア、アランドールの守護女神!」


「我らが女神マリア様!」


私は兄の隣に立ち、手を振る。

すると地鳴りのような歓声が上がり、それは暫くの間止む事は無かった。


_________________



風呂を済ませ、何時もの普段着に袖を通す。

鏡の前でリタに髪を整えてもらいながら、私はため息を吐いた。


「お疲れ様でしたマリア様」


「本当に疲れた……でも明日はシュナイゼルに会わなくちゃ……」


「例の事ですか」


「リタは幼馴染みたいなものだし、知ってるでしょ?私のあの変な力」


「ええ、存じておりますよ」


「ならリタに教えてもらっても……」


「いえ、これは王家とシュナイゼル様だけの秘密。後はどなたがご存知なのかリタにも分かりませんが」


「そう……両親は遠くの山奥だしやっぱりシュナイゼルか……うわ、なんかメンドクサ」


うふふ、と小さく笑うリタにどうしたの?と問えば、

リタは私の髪を結い上げながら私の肩を軽く撫でた。


「マリア様はシュナイゼル様がお気に入りですわね」


「はい?バカ言ってんじゃないわよリタ」


「いえ、リタには分かります。まぁ、幼少の頃は1番仲が良かったですしね」


「え?そうなの?」


「はい、シュナイゼル様のお母様がこの国の神官として来られてからですのでかなり長いお付き合いですね」


成る程、どうりでシュナイゼルは私にあんなに横暴なのか。

普通どんなに仲良くても一国の姫相手に誰も見て無かろうと何だろうとあんな失礼な態度な訳ないし。


それに、とリタが続ける。


「マリア様とシュナイゼル様は一対だと以前、前王妃様から伺っております」


「一対?どういう事」


「さぁ、私も分かりませんでしたが…」


あの時、シュナイゼルの瞳が赤く光ったのはやはり気のせいでは無かったのかも知れない。


ベタな展開を考えるならば、シュナイゼルが私の制御装置なんていうありがち展開になっても不思議ではない。


兎に角、明日はシュナイゼルに会わなければ。


あーなんかモヤモヤしてきた。

1人で考え事したい。

部屋には必ず侍女が居るし、何処かに出掛けようもななら絶対リタが付いてくる。


嫌とか言う訳じゃ無いんだけど、元々1人で悠々自適に暮らしていた私としては1人っきりになりたい時もある訳で。


よし、今夜は抜け出してやろう。

そんな事を心に決めた。





夕食後、寝る準備を済ませて退出したリタを見送り、私は内緒でこっそり部屋を抜け出そうと扉に向かった。

扉を少し開くと護衛騎士のデニスが立っていた。

これでは抜け出せない。


えーい、いっそデニスを丸め込むか!?


そう思い立った私はデニスに小声で話しかけた。

すると、ビックリしたのか目をまん丸にして見開いているデニスが囁くような声で「いかがされました?」と聞いてきた。


「外に出たいのだけど……」


「えっ!?だ、駄目ですよ!」


慌てて顔の前で手を振るデニスににじり寄り、私は上目遣いに「お願い」と精一杯の人生初の媚売りをした。


「うっ…」


息を詰まらせたデニスが顔を真っ赤に染めて後ずさる。

そうだろうよ、この美しい顔にウルウル懇願されたら大抵の男は言う事聞くだろうな。


ここはこの武器を使わねば。


「デニスおねが〜い」


「いっ…う、し、仕方…無いですね…私がお供…」


「だーめ、大丈夫!此処はあなた方騎士団が守ってくれてるし、私は守られる必要も無いからね〜」


そうだった、マリア様は最強だった。

デニスの表情はそんな感じ。


デニスはしぶしぶ引き下がり、困ったように眉を下げながら「では1時間以内にお戻り下さいね」と通してくれた。


「やった!デニス大好き!」


チュッ!と投げキスをすればデニスは顔を真っ赤にして後ろへヨロリとふらついた。


「で、ではお気を付けて…1時間でお戻りにならなければ探しに参ります」


「はーい!」


そう答えて、私は軽やかに庭へ飛び出した。


________________________



月明かりが綺麗な夜だ。


私は中庭の噴水の淵に腰を下ろして空を見上げた。

そこには何処までも広がる星々が月と共に燦然と煌めいていた。


ホームシックという訳では無いけど、ここに来てずっと怒涛の展開に振り回されている。


元いた場所が無性に懐かしい。


膝を抱えて蹲る。


ふと背中に気配を感じて振り返れば、そこに見知らぬ男が立っていた。


「誰?」


丁度月に雲がかかり、その人の顔がよく見えない。


「こんな時間に1人でどうされました」


そう聞かれた瞬間雲が晴れ、その人物の顔が照らし出された。


そこには見た事の無い、ブルネットの髪に鮮やかなグリーンの瞳を持った青年が立っていた________________。









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