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覚醒の兆候


さっきまで晴天だった空に厚い雲が掛かり始め、

生ぬるい湿り気を帯びた風が吹く。


それはこれからの二人の王女の闘いの苛烈さを予感させるような、

何とも不気味な空気が漂っていた。


「さぁ、マリアよ始めよう」


不適にその赤い唇を笑みの形にしてアリーチェが剣を抜いた。

金の柄に白銀の刀身。

それはアリーチェの身の丈にしてみればかなり大きなものだった。

一瞬、そんな大きな剣をどうやって振るのだと疑問に思う程に違和感を感じる。


けれどその大きな重そうな剣を表情も変えずに片手で持っている所を見ると、

思うほど重たくないのか、はたまたアリーチェが怪力なのか。


強く吹き始めた風が黒と銀の長い髪を巻き上げた瞬間


マリアは剣を抜き去ると同時に一瞬でアリーチェとの間合いを詰めた。


ガキン!!


火花を散らして二人の剣が交差した。

その速さ、

マリアが切り掛かった一連の動きは一部の人間にしか捕らえる事は出来なかっただろう。


「おい・・今何か火花が・・・」


観衆は何が起こったか分からない様子で数秒の後に大きな地響きと共に声が上がった。


風と共に剣の風圧で二人の髪が舞い上がり、まるでスローモーションのように元の位置に戻るのを見つめながら、シュナイゼルは唇の端を引き上げた。


「ほう、マリアが割と本気か」


そう呟いたのはマリアには聞こえない。

未だ切り結んだまま、剣の擦れ合う音がギリギリと響く。


「マリアよ、噂に違わぬ実力のようだ・・楽しませてくれよ?」


アリーチェがそう呟いた瞬間だった。

暴風にも似た黒いオーラがアリーチェから立ち上り、その身を包んだ。


「?!」


一瞬にして飛び下がり、様子を見ていれば、そのオーラはまるで生き物の様にアリーチェの身を包みこんだままユラユラと揺れていた。

何か禍々しいもののように見え、ゴクリと唾を飲む。


「手抜きはせん、お前も『アレ』を出せ」


アリーチェは剣を逆手に持ち直し、低い姿勢でマリアを睨んだ。

ゾッとする、とはまさにこの事だろう。

その鬼気迫る迫力は今のマリアには無い物だった。


「っ・・・あれって..なんの事よっ…?!」


ビュン!!


風を切る音が僅かに聞こえた瞬間だった。

それと同時にもの凄い衝撃と圧力が腹部に走る。


「グッ…はっ!」


寸での所でアリーチェの剣を受けたにも関わらず、マリアは後方に吹っ飛んだ。


ドガッ!!


「マリア!!」


吹っ飛ばされた瞬間ジークの声が観覧席から聞こえた気がした。


「グッ!!」


2度程背中が地を跳ね、倒れこんだ。

口内に血の味が広がる。

どうやら口の中を歯で切ってしまったようだ。


だがシュナイゼルとの訓練でこの程度は経験済みだ。

一瞬にして起き上がり、痛いなどと考える事もせず剣撃を放った後のアリーチェ目掛けて走り出した。

走る風圧で髪が巻き上がる。

ものの数秒でアリーチェの一歩手前まで迫った瞬間、

地を蹴って飛び上がった。


アリーチェの視線がその動きを捉え、怪しく光る。


高く高く舞い上がった瞬間、身体を捻って回転を付けてアリーチェ目掛けて剣撃を放った。


ドウッ!!


そんな鈍い音が響き、アリーチェの周りにまるで重たい鉄球を押し付けた様なクレーターがひび割れながら出来た。


砂埃が収まった後に見えたものは数歩離れてにらみ合う二人の王女の姿。


「マリア…いつの間にこんなに…」


ジークは冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じながら呟いた。


そして目が追いつかない程の攻防に観衆は大興奮していた。


「アリーチェ様アア!!」


アリーチェの名を連呼し叫ぶ観衆に、マリアは口を歪めて笑った。


「流石、敵地ね」


「ふ、当然であろうよ。私はこの国の希望だ」


「希望・・・?」


「そう、希望だ、なので…どうしてもお前とシュナイゼルが必要なの…だッ!」


「!!」


目にも留まらぬ速さでアリーチェが飛び下がり、何やら唱えたと思えば、アリーチェを取り巻いていた黒い影がユラリとうねり、此方へ向かって来た。


そして逃げる間も無く私に絡みつく。


「な、な、何それチート!」


叫んでみたものの、まぁ、普通の世界じゃないし。

そもそも私自身が異質だしと納得した。


黒い影に四肢を縛られて動けない。

その間にアリーチェがゆっくりと此方へ歩み寄って来た。


「さぁ、降参するか?」


「し、しない!」


「ならばもっと追い込んでやるまでよ…早く『アレ』を出さぬと死ぬぞ」


ガキッ________________________________!!


音の後に骨が折れる様な激しい痛みが頬に走った。



「ッ!」


唇から血が滴り落ち、地面に赤黒い染みを作った。

ちょい待て。

アリーチェこれマジで鬼畜さんだったわ。


そんなアホみたいな事考えてたらもう一度、今度腹部にアリーチェの脚が炸裂した。


「グッ…!!」


今度こそ内蔵からコボリと血が溢れかえって来た。

ヤバイ、もう一度食らったら意識が飛ぶわコレ…。


「抵抗もしないか?それともこの程度の拘束も解けぬか?ならば失望だ」


「う、るさい…ゲスな…こんな戦い方卑劣だわ…」


「ほう、まだ話せるか。根性だけは人並み以上の様だ」


血塗れの私の顔を見下ろしながら、何処か恍惚とした表情をしているアリーチェ。


そしてアリーチェがその剣を振り上げた瞬間。


マズイ!これ食らったら…!


一瞬、シュナイゼルと視線が交錯した。

その瞬間、眉間に皺を寄せたシュナイゼルの瞳が赤く光った様な気がした。




カッ________________________________!




「?!」


アリーチェの剣が私の肩にめり込む直前、腹の底から何かが湧き上がる感覚がした。

そして次の瞬間には私は真紅の光に包まれていた。


「あつっ」


アリーチェが短く叫ぶと後ろへ飛び下がった。


熱い?

そう言った?


だけど自分自身は全く熱くない。

寧ろ癒されていくような感覚と、まるで羽根でも生えたかのように身体が軽くなる感覚。


何でも出来る、不可能は無いと何処からか感じる不思議な感情。


いつのまにか解き放たれていた呪縛。


四肢が軽い、痛みが無い。


高揚感と得体の知れない一種の快感。


私は剣を持ち直すと片口を引き上げ、

立ち上がった瞬間アリーチェ目掛けて攻撃を仕掛けた。


「マ、リア?……」


観覧席のジークが驚愕した様に立ち上がり呟く。

それ程までにマリアは人が変わったような形相だった。

元々大きな瞳は極限まで見開き、アリーチェを睨むその姿は鳥肌が立った。


込み上げてくる震えと恐怖心。


そう、その正体は畏怖だ。


「一体何が……」


「そうか、お前は『アレ』をまだ知らぬか……」


「陛下?」


隣で汚い物でも見るような目付きでマリアを見下ろすヘイルをジークは凝視した。


あまりその先を聞きたく無いような気がして、ジークはそのままヘイルからマリアに視線を戻した。





「ヒッ!」


アリーチェの引き攣った声が僅かに聞こえる。


一瞬でアリーチェの懐に入り、剣撃を繰り出せば、アリーチェの恐怖に引き攣る目を見開いた姿が目に映った。

だがその顔を見ても私は無だった。


ひたすらに反撃の隙など与えず攻撃を繰り出し続ける。


「終わりよアリーチェ…」


「た、たす…助けて!!」


無慈悲に腹の底から声を出し、無表情でアリーチェの頭上に剣を振り下ろす。



ゴウッ____!


剣を振り下ろす音、ガキンッ!とそれを弾かれた音がほぼ同時に聞こえた。


砂埃が晴れて視界が開けた時、そこには守護騎士であるシュナイゼルが腰を抜かしたように座り込んだアリーチェを庇うように剣を受けた姿があった。


「マリア様、この辺で良いでしょう」


「……何を言うのシュナイゼル……」


ダメだ、私何かおかしい。

まだ足りない…足りない…


「退いてシュナイゼル…まだ終わって無いでしょう!退きなさいッ!」


自分でも何を言っているのか、こんな事したい訳じゃない。

だけど制御が効かない。


「ニコ殿!呆けている場合ではありませんよ、アリーチェ様を連れて下がって下さい!」


シュナイゼルがアリーチェの守護騎士であるニコに叫んだ。

ニコがアリーチェを立たせて退避させる後ろ姿を見た瞬間怒りが湧き上がった。


「余計な事を!シュナイゼル!」


「マリア様お鎮まりを」


「うるさい、黙りなさいよシュナイゼル!」


イライラする。

どうしようもなくイラつく。

発散できない、体の奥に火種のように燻る焦ったさに精神が持たなくなる。


「アアッ!イライラするわ!」


ガッ!


シュナイゼルに向かって剣の柄を振り下ろし、更に蹴りを入れようとした。


「マリア!落ち着け、深呼吸しろ、俺だ。俺が側に居る」


「_____ッ」


剣を掴む右手をシュナイゼルが握り込み、

私をきつく自分に引き寄せ、耳元で囁かれた。


深い落ち着く声。


次第に、冷たい水が身体を通り過ぎて行くように頭がハッキリしてきた。


「あ、わ、わた、し_____何を…」


「良い子だ………落ち着いたか」


「シュナイゼル…ごめ、んなさい…あれ?え、何、よく分からない」


シュナイゼルがそっと私の肩を掴んで自分から離した。

そして目線を合わせると、そっと親指で私の頬を撫でる。


「大丈夫だ、一時的に覚醒しただけだ。お前は記憶が無いから忘れているだろうが…」


「覚…せ…?」


訳が解らない、混乱する。


あれ、意識が________________________________。


そこで、私の記憶はフツリと切れた。


ガクリと脱力したマリアの身体をシュナイゼルは受け止めて抱き上げた。


「チッ……危なかった」


そしてその視線をニコに支えられたアリーチェに向けた。


「アリーチェ様、貴女が蒔いた種だ。大方マリア様を覚醒させたかったのだろうが、これで分かったでしょう。死ななくて良かったですね」


「シ、シュナイゼル!私は!」


「分かっています。

この国の状況も貴女の気持ちも。

ですが俺にはどうしてやる事も出来ないし、したくもない。

この国には戻れないし戻りたくも無い。

私の祖国は記憶にも無いカレドでは無くアランドールなのです」


「シュナイゼル…」


「マリア…様を守るのが俺の務めです。

それが俺が産まれた時に決まった運命です。

認めるのです、マリア様に負けた事を。

貴女は然るべき手順でこの国を守るのです、

ここに集まった国民を救うためにも」


「っ………私の…負けよ」


涙と共に絞り出された言葉。


その敗北宣言と共に、アリーチェはアランドールへ託される事となった。


それにより、アランドールの戦力はまたも倍増する事になる。


「アリーチェ様、国王を助けて差し上げて下さい。

これまで貴女のワガママで婚姻を避けて来たのでしょう。

ですがあなたも王女なら覚悟しなければ何も得られません」


「分かっている…かつてお前の母がそうであったように、だろう」


「……」


このカレド国は長年貧困に喘いでいた。

特に資金になる資源も無く、軍も人材に事欠いていた。

アリーチェのみがどんなに強くとも1人で国を支えるのは不可能だ。


そこでアランドールの『宝』を奪おうと算段した。


その為にはアランドールの『守護女神』であるマリアを手中に収めなければならなかった。

アランドールの『宝』はマリアが存在してこその物だからだ。


アリーチェは確かに最強の名に恥じぬ程に強かった。

自分がこの世界で一番だと思っていた。

それは周りもだろう。

マリアがどんなに強いと聞いてもだ。


自分も人外の力を操る、だがそれはこの世界では珍しい事でも無い。


呪術、魔法、そういった類のものは資質さえ有れば手に入れられる。


だがマリアは明らかに別次元の強さだった。


そう、まるで神の領域。


あの紅い光を見た瞬間、アリーチェは自分の小ささを痛感させられた。


心が折れる程の圧倒的な威圧感だった。


眠るマリアに目線を走らせ、アリーチェは目を細めた。


「シュナイゼル……お前を……いや、やめよう…

幼い頃の思い出は思い出だけに留めよう。

なぁ、シュナイゼルよ」


その声は、諦めにも似た響きだった_____。









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