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エッセイ

天才とは万能チート人間を指すにあらず

 界隈でよくある天才批判は「天才って書いてあるけどこのキャラいうほど頭良くなくない?」というものであろう。
 これについてはyosi16さんがエッセイ「物語によくいる天才キャラって言うほど頭いいかな?」(https://ncode.syosetu.com/n8177eg)をしたためていらっしゃるが、ああいった類いの天才批判問題は、雑にまとめてしまえば、天才と表現されてるもののそれを読者が実感できないというリアリティの問題なのではないかと思う。

 私が今から書く話は同じ天才キャラ批判の話ではあるが、これとはやや異なる内容である。


***


 天才とは、万能チート人間を指すにあらず。一つの卓越した能力を持っていればそれすなわち「天才」である。

 これは現実世界の「天才」たちを見れば明らかだ。野球の天才にサッカーの才能があるとは限らないし、ましてや政治の才能があるとは限らない。政治の才能と一口に言ってしまったが、これも同じことで、外交の天才が軍事戦略の天才であるとは限らない。経済問題には天才的な政策をポンポン生み出せる役人が農業政策に関してはてんでダメ、ということもありうるだろう。
 現実世界の天才たちは万能人間ではない。だが、彼らは天才である。

 物語において、チート的な万能型の人間が周囲から「天才」と賞賛されることはよくあるだろう。これは別におかしくない。万能チート人間もまた天才の一種である。

 が、物語で「天才」と称される人間が必ずしもチート的万能人間であるわけではない。いわんや、「秀才」「有能」と称される人間をや、である。

 なにが言いたいかというと、「天才」だからといって何でもできるわけではない、チート使いでもなければミスをすることもあろう、だから批判する前に一度考えて欲しい、「天才なのに○○もできないの?」「そんなことにも気づかないの?」という批判は果たして妥当なのだろうかと。無意識に万能チート人間を想定して批判してはいないかと。

 なんども言うが、天才は万能人間ではない。機械でもない。人間である。ミスもする。思想的なバイアスもある。常に冷静沈着な判断ができるとも限らない。論理的だけど同時に感情的でもありうる。目覚ましい研究成果をあげている研究者が専門外の分野では事実確認すらきちんとできずにアホなことを言っていたりする。そんなもんだ。

 「天才」と描写されているキャラが読者から見てたいへんアホなことをしたからとて、それが設定ミス・描写ミス・作者の力量不足・矛盾etc...であるとは限らない。

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