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少年少女逃亡譚  作者: 結月
1章 奴隷少年と逃亡少女
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6, 花言葉を貴方に

「こんにちは」

 その日の昼下がり。私はレオ君を連れて、昨日の市場へと外出していた。

 私はレオ君に好きにして良いと言って別れ、昨日訪れた服屋に来ている。

「ああ、いらっしゃいませ」

 そして、タオに話しかけているのだ。

 茶色のセミロングに翡翠色の瞳の少女はにこにこと笑みを称えながら、青年に近付く。

「どうかされたのですか?」

 タオの声に一層笑みを深め、手に握り締めた一輪の花を、タオに差し出した。

「…?」

 一瞬意味の分からないという表情をするタオ。しかしその後、微笑みながら受け取った。

「くれるんですか?ありがとうございます」

 その表情はまさしく好青年。一輪の花はゆらゆらとタオの手の中で揺れる。青い花びらは固く閉じられ、黄色い筋の入ったその花。早く水に差さないと萎れてしまいそうに頼りない。

「綺麗ですよね、その花」

 花を見詰めて言う。タオも同様に花を見下ろした。

「そうですね。花が開くのが楽しみだ」

「あら、開いてしまって良いんですか?」

 意味深に笑いながら、疑問符が浮かぶタオの側へ寄って、花をつついた。

「この花、蕾と開花後で花言葉が違うんですよ」

「え…?」

「自分で調べてみてください。きっと楽しいですよ」

 にっこり笑って、私はタオに背を向けた。ふんわりと藍色の滲みのある白いワンピースが空を美しく舞う。

「タオ()()。きっと、探しだしてくださいね」

 そう言って私は、洋服店を出た。目の端でぽかんと口を開く青年が見え、くすりと、口元を緩めた。

 

「んー!」

 喫茶店で珈琲を机上に、私は大きく伸びをした。

 レオ君との待ち合わせ時間までまだたっぷり時間があるので、私はこうしてのんびり街を楽しんでいた。

「あの人、ちゃんと調べてくれるかなぁ」

 肘を付き、その上に顎を乗せる。指先で珈琲カップをなぞり、ぼんやりとする。

 先程渡したあの花。名をセークフローという。開花したセークフローの花言葉は『秘密を貴方に』『従順』なのだが、蕾の時の花言葉は『秘密』『私は貴方の秘密を知る』『私を咲かせて』だ。

 まあ、他にもあるにはあるのだが、大体それくらい。そこに目移りしなければ多少は言いたいことは伝わるだろう。

 つまり、『私は貴方の秘密を知っている。私に従い、真実を明かせ』という旨を伝えたかったのだ。

 …………………………………伝わるかな。

 考え始めると不安になるのが私の悪い癖だ。

 飲み干した珈琲を置き、代金をその隣に置くと、私は席を立った。

 確かあの店が閉まるのは午後五時。レオ君との待ち合わせは午後七時。それまでどうやって時間を潰そう。

 市場をぐるぐると回りながら、することは無いかと思考もぐるぐると回す。

 と、何処からか羽音がし、肩に一羽の小鳥が止まった。赤い羽を艶やかに光らせる、金色の目をしたころころとした小鳥だ。

「ピィ」

 可愛らしく鳴くその小鳥に見覚えがあり、私は辺りを見回した。と、やはりあの人物が居た。

 遠くでゼーハー言いながら此方へ走ってくる一人の少女。ふわふわとした灰色の髪を振り乱し、ハッとするほど紅い大きな瞳は涙を湛えている。

「ぺぇぇえええてぃぃぃいいい!待ってぇぇえええ!」

「わあ」

 ヘロヘロと近付いてくる彼女を、私はひきつった表情で迎える。

 私の肩でペティも引き気味に「ピャァ」と鳴いた。心中お察しします。

「はあ、はあ、はあ…あれ、ルチア…?何で…?い、るの?」

 やっと私の近くまで来れた少女は、膝に手を付いて全身で息をしていた。

「こんにちはロジー。大変そうだね」

 少女―ロジーは、頭に乗っかったベレー帽を整えてこほんと咳を一つした。

「ハロールチア。良い天気ね」

「そうだね。全力疾走には最適だね」

 その言葉にひきつった笑みをするロジーをよそに、彼女の愛鳥ペティは私に頬擦りをした。

「ペ、ペティ!?ご主人様はこっちだよ!?ペティ~」

 ロジーが泣きそうな声でペティを呼ぶと、ペティはやれやれといった様子でロジーの肩へ飛んでいった。

「えへへそうだよね!ペティは私の可愛い可愛い愛娘だもんね!」

 目に余る溺愛ぶりに、少し目眩を覚えてしまう。

 そこから逃れるように、私は口を開いた。

「えっと…ロジーはどうして此処に?」

「買い物に決まってるでしょー」

 至極当たり前な答えしか返ってこなかった。会話は行き詰まり、ロジーとペティのラブラブタイム(片方諦めモード)が始まったその時、ふと、何かに気が付いたロジーが私を見やった。

「そいえば、例の居候君は?一緒じゃないの?」

「ああ…あの子は今別行動中」

「ふーん。その、自分の居場所っていうのは見付けられたの?」

「さあ…どうだろうね」

 曖昧な返事をすると、ロジーはなんだそれと笑った。

「まーなんだかんだ、一番その子のこと考えてるのはルチアだと思うけどねー」

 ロジーの言葉に、少し思考の躓きを感じた。いや、ロジーの言葉が間違っているわけではない。私が、その言葉に躓いたのだ。

「ルチア?」

 黙り込んだ私の顔を覗き込むロジー。私は目の前の紅い瞳に、吸い込まれていく感覚に襲われる。

「あ…えと、そう…なのかな」

 苦笑いを返したが、頭の中で荒波が起こっていた。

 あの子が人を怖がることがないように、ちゃんと関われるようにとしていた行為。それがもし、あの子の鎖になっていたのなら、どうだろう。世界を見ようとする彼の目を、無理やり私に向けているのだとしたら…。

「ルチア」

 ロジーの声で、我に帰る。

「な、なに?」

  瞳が揺れるのがわかる。

「情報屋として、有益な情報を特別に教えてあげよう」

 赤が近付いてきた。赤と、(あか)

「こーんな顔して悩む先に、良いアイディアを得た人はいないんだよーだ」

 ビンッ!

「いっ!?」

 でこぴんされた。思いっきり。じんじんと痛むおでこを押さえながら、目を白黒させる。

「ま、何で悩んでるかなんて顔に書いてあるし、鏡でも見て考えたらー?」

 ふりふりと手を振りながら背を向けるロジーを恨めしげに見詰め、ふうっと息を吐いた。

「まったく…」

 ロジーはいつもこうだ。何処まで読まれてるのか皆目見当がつかない。

 時計を見てみると午後四時半。良い時間だ。私は考えるのを一旦止め、次の行動へと準備を開始することにしたのだった。

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