5, 側にいるだけ
あれから数十分。変に目が覚めてしまった私は、ぼんやり月の光を見ていた。
窓から差し込む光は、舞う埃をちらちらと照らしながら、まるで光の道とでも言うように真っ直ぐに床に降り立っている。
が、いつまでも物言わぬ光を見ていても退屈なので、勢いよく起き上がった私は、頭を掻きながらベッドから降りた。
(トイレ行こ…)
ドアノブに手を掛け、扉を開ける。目の前のトイレへ続く扉に向かって歩を進めようとし、止まった。
(………?!)
ぐぎぎっと音がしそうな程機械的な動きで首を回し、左側を振り向く。
私の部屋の扉の隣に、不自然な物体がある。掛け布団にくるまった金色が、小さく上下に動いている。
「レオ…くん?」
頭の中で『?』がパレードを起こしていた。状況が掴めない。
もしかして、寝心地が悪かっただろうか。いや、そうだとしてもどうしてわざわざこんな所に。
ゴキ○リが出たとか…いやいや、レオ君に限って虫が苦手ということはないだろう。そういう境遇で育ったのだ。
うんうん考えていても埒が明かず、このままにしておくと風邪をひいてしまうかもしれないので、私は遠慮がちにレオ君らしき物体を揺すった。
「れ、レオく~ん?此処は寝る所じゃないよ~。風邪ひいちゃうよ~?」
そうしていると、レオ君は小さく肩を揺らし、ゆっくり目を開けた。大きな目がぱちぱちとまばたきし、焦点を合わせている。そして私を見付けると、じっと見詰めた後、急に顔を赤くした。
「っ!?!?!?!?」
後ずさろうとしたのか、ごんっと背中を壁にぶつけ、あわあわしている。
……なんか、追い詰められた小動物みたいだな。
はっとして、ぶんぶんと首を振る。変な気を起こすなルチア!
「だ、大丈夫?部屋…なんか嫌だった?」
優しく問い掛けると、布団を口元まで持っていき、湯気が出そうな程赤い顔のまま、レオ君は首を振った。
じゃあどうしたんだろうと頭を悩ませるも、あまり突っ込まない方が良いかと判断して、部屋に戻るように言うと、トイレへ入っていった。
しかし。
トイレから出た後も、レオ君は踞っていた。今度は寝ておらず、気まずそうに私を見上げている。
『?』パレードは更に盛り上がり、私の頭はショート寸前だ。
「ど、どうしたの?レオ君。もしかして、私に何か…用かな?」
問い掛けると、レオ君はぎゅっと布団を握り締め、無言になってしまった。
「無理にとは言わないけど、風邪ひいちゃうといけないから、部屋で寝なね」
にこりと笑うと、私は自室の扉に手を掛け、部屋に戻ろうとした…が、ふいにくいっと後ろに引かれた。
振り向くと、レオ君が更に顔を赤くして、私の服の裾を摘まんでいた。
『?』パレードが最高潮に達する。もう何がなんだか分からない。
「どう…したの?」
レオ君はもごもごと口を動かし、しかし、恐る恐る視線を上げると、意を決したように口を開いた。
「ぼ…くも、そっちがいい」
…………
おう?
「えっと、レオ君、私の部屋で寝たいの?」
言うと、こくんと頷いた。
「そ、そっかあ。じゃあ、私はレオ君の部屋で寝ようかな」
家具が気に入らないとか、景色が駄目だとかだろうか。私はそうかそうかと焦りを隠しながら、レオ君の部屋に向かおうとしたが、またもや引き留められた。
「ちが…そ、そうじゃ…なくて」
「?」
「…っい、一緒…に、ね…たい」
きゅぅうんと、胸が鳴った。なにこの可愛い生き物。
「もちろんだよ!おいで」
そっと手を取ると、レオ君は俯きながら私に付いてきた。
野宿用の掛け布団があったはずだと鞄のところへ行こうとすると、繋いだ手を強く引かれた。
え…と困惑した一瞬後、私はベッドに座り込んでいた。
「なんで…」
ぱちくりとまばたきをし、レオ君の声を聞く。レオ君は、少しだけ悲しそうに、私を見ていた。
「なんで、離れようと、するの?一緒じゃ、駄目…なの?」
そうして、気付いた。彼は、私を必要とし始めているのだ。
怖いのだ。独りが。
「…そんなことないよ。一応、私とレオ君は女と男だからね。別の布団が良いかなって思っただけ。そうだね。一緒に寝ようか」
微笑むと、レオ君の顔も和らいだ。一緒にベッドに潜り込むと、そのままレオ君は目を閉じた。すうすうと寝息が聞こえ始め、私はほっと息を吐く。
実はほんの少しだけ、警戒していた。奴隷が主人と同じベッドに入るということは、そういうことだから、その事が当たり前だった彼は、そうしなきゃと思ってしまうのではないかと。彼を、疑っていたのだ。
でも、ただ純粋に私を求めてくれていただけのようで、隣で暖かな寝息をたてる彼を見て、疑うようなことをしてしまった私に叱咤した。
そっと、手を伸ばしてみる。数センチ先にレオ君が、誰かがいることが、不思議で、懐かしくて。
一度躊躇った後、優しくレオ君の頭に触れてみた。サラサラとした、そんな感覚。その先に暖かな皮膚がある。
「ん…」
その時、レオ君が身動いだ。しかしそのまままた寝息をたて始め、私はまたほっと息を吐いた。起こしてしまっては大変だ。
と、腹部に違和感を感じた。見ると、レオ君が服を握り締めている。
「……」
微笑み、頭を撫でた。
そして手を頭に添えたまま、私も眠りについた。
目が覚めると、辺りは既に明るくなっていた。
視線の先には、まだ寝息をたてるレオ君がいる。日の光を浴びて、金髪が美しく輝いている。
ぼんやりとそんな光景を眺め、添えたままだった手に気付くと、そっと離した。
(よく眠ってる…)
規則正しく寝息をたてる彼。それを見て私は、何故か、
ああ、生きてるんだなと
そう、思った。