表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年少女逃亡譚  作者: 結月
1章 奴隷少年と逃亡少女
6/8

5, 側にいるだけ

 あれから数十分。変に目が覚めてしまった私は、ぼんやり月の光を見ていた。

 窓から差し込む光は、舞う埃をちらちらと照らしながら、まるで光の道とでも言うように真っ直ぐに床に降り立っている。

 が、いつまでも物言わぬ光を見ていても退屈なので、勢いよく起き上がった私は、頭を掻きながらベッドから降りた。

(トイレ行こ…)

 ドアノブに手を掛け、扉を開ける。目の前のトイレへ続く扉に向かって歩を進めようとし、止まった。

(………?!)

 ぐぎぎっと音がしそうな程機械的な動きで首を回し、左側を振り向く。

 私の部屋の扉の隣に、不自然な物体がある。掛け布団にくるまった金色が、小さく上下に動いている。

「レオ…くん?」

 頭の中で『?』がパレードを起こしていた。状況が掴めない。

 もしかして、寝心地が悪かっただろうか。いや、そうだとしてもどうしてわざわざこんな所に。

 ゴキ○リが出たとか…いやいや、レオ君に限って虫が苦手ということはないだろう。そういう境遇で育ったのだ。

 うんうん考えていても埒が明かず、このままにしておくと風邪をひいてしまうかもしれないので、私は遠慮がちにレオ君らしき物体を揺すった。

「れ、レオく~ん?此処は寝る所じゃないよ~。風邪ひいちゃうよ~?」

 そうしていると、レオ君は小さく肩を揺らし、ゆっくり目を開けた。大きな目がぱちぱちとまばたきし、焦点を合わせている。そして私を見付けると、じっと見詰めた後、急に顔を赤くした。

「っ!?!?!?!?」

 後ずさろうとしたのか、ごんっと背中を壁にぶつけ、あわあわしている。

 ……なんか、追い詰められた小動物みたいだな。

 はっとして、ぶんぶんと首を振る。変な気を起こすなルチア!

「だ、大丈夫?部屋…なんか嫌だった?」

 優しく問い掛けると、布団を口元まで持っていき、湯気が出そうな程赤い顔のまま、レオ君は首を振った。

 じゃあどうしたんだろうと頭を悩ませるも、あまり突っ込まない方が良いかと判断して、部屋に戻るように言うと、トイレへ入っていった。

 しかし。

 トイレから出た後も、レオ君は踞っていた。今度は寝ておらず、気まずそうに私を見上げている。

 『?』パレードは更に盛り上がり、私の頭はショート寸前だ。

「ど、どうしたの?レオ君。もしかして、私に何か…用かな?」

 問い掛けると、レオ君はぎゅっと布団を握り締め、無言になってしまった。

「無理にとは言わないけど、風邪ひいちゃうといけないから、部屋で寝なね」

 にこりと笑うと、私は自室の扉に手を掛け、部屋に戻ろうとした…が、ふいにくいっと後ろに引かれた。

 振り向くと、レオ君が更に顔を赤くして、私の服の裾を摘まんでいた。

 『?』パレードが最高潮に達する。もう何がなんだか分からない。

「どう…したの?」

 レオ君はもごもごと口を動かし、しかし、恐る恐る視線を上げると、意を決したように口を開いた。

「ぼ…くも、そっちがいい」

 …………

 おう?

「えっと、レオ君、私の部屋で寝たいの?」

 言うと、こくんと頷いた。

「そ、そっかあ。じゃあ、私はレオ君の部屋で寝ようかな」

 家具が気に入らないとか、景色が駄目だとかだろうか。私はそうかそうかと焦りを隠しながら、レオ君の部屋に向かおうとしたが、またもや引き留められた。

「ちが…そ、そうじゃ…なくて」

「?」

「…っい、一緒…に、ね…たい」

 きゅぅうんと、胸が鳴った。なにこの可愛い生き物。

「もちろんだよ!おいで」

 そっと手を取ると、レオ君は俯きながら私に付いてきた。

 野宿用の掛け布団があったはずだと鞄のところへ行こうとすると、繋いだ手を強く引かれた。

 え…と困惑した一瞬後、私はベッドに座り込んでいた。

「なんで…」

 ぱちくりとまばたきをし、レオ君の声を聞く。レオ君は、少しだけ悲しそうに、私を見ていた。

「なんで、離れようと、するの?一緒じゃ、駄目…なの?」

 そうして、気付いた。彼は、私を必要とし始めているのだ。

 怖いのだ。独りが。

「…そんなことないよ。一応、私とレオ君は女と男だからね。別の布団が良いかなって思っただけ。そうだね。一緒に寝ようか」

 微笑むと、レオ君の顔も和らいだ。一緒にベッドに潜り込むと、そのままレオ君は目を閉じた。すうすうと寝息が聞こえ始め、私はほっと息を吐く。

 実はほんの少しだけ、警戒していた。奴隷が主人と同じベッドに入るということは、そういうことだから、その事が当たり前だった彼は、そうしなきゃと思ってしまうのではないかと。彼を、疑っていたのだ。

 でも、ただ純粋に私を求めてくれていただけのようで、隣で暖かな寝息をたてる彼を見て、疑うようなことをしてしまった私に叱咤した。

 そっと、手を伸ばしてみる。数センチ先にレオ君が、誰かがいることが、不思議で、懐かしくて。

 一度躊躇った後、優しくレオ君の頭に触れてみた。サラサラとした、そんな感覚。その先に暖かな皮膚がある。

「ん…」

 その時、レオ君が身動いだ。しかしそのまままた寝息をたて始め、私はまたほっと息を吐いた。起こしてしまっては大変だ。

 と、腹部に違和感を感じた。見ると、レオ君が服を握り締めている。

「……」

 微笑み、頭を撫でた。

 そして手を頭に添えたまま、私も眠りについた。

 

 

 

 目が覚めると、辺りは既に明るくなっていた。

 視線の先には、まだ寝息をたてるレオ君がいる。日の光を浴びて、金髪が美しく輝いている。

 ぼんやりとそんな光景を眺め、添えたままだった手に気付くと、そっと離した。

(よく眠ってる…)

 規則正しく寝息をたてる彼。それを見て私は、何故か、

 ああ、生きてるんだなと

 そう、思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ