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少年少女逃亡譚  作者: 結月
1章 奴隷少年と逃亡少女
5/8

4, おしごと。

 ザワザワと耳を叩く街中の音。

 台車を転がす音。

 客を呼ぶ声。

 品物を並べる音。

 客が値切る声。

 その他にも、様々な声、音、声、音。

 そんな中を、レオ君はキョロキョロと見回していた。

 こんな明るさが物珍しいのだろう。瞳が心なしか、輝いて見えた。

 私はと言うと、この国伝統の刺繍が入った赤いワンピースを着て、街を歩いている。

 そう、外套を着ていないのだ。

 大丈夫なのかって?

 勿論。

 今の私は、セミロングの茶髪を靡かせている、翡翠色の瞳の街娘だ。

 今回私は、昼間の長時間表外出という事で、外見を変える魔法を掛けたのだ。

 それがあるなら毎回掛けて外出すれば良いじゃないかと思うかもしれないが、これにはかなりの魔力を使用する。

 そしてその魔法を維持するのにも魔力を必要となり、無駄に疲れる。

 更に術式が複雑で、行うのに時間が掛かる。

 よって、面倒なのだ。

 外出する度にそんなことをしていると、外出すら嫌になる。

 しかしバレては終わりなので、今回は魔法を掛けていた。

 レオ君には驚きの顔で迎えられたが、もう馴れたらしい。普通に接してくれる。

「何か欲しいもの、見付かった?」

 そう尋ねると、こてんと首を傾げられた。

 …もしかして、『欲しい』という感覚が分からないのだろうか。

 仕方ない。取り合えず、服かな。

 すぐ近くにあった服屋に入ると、様々な服が所狭しと並んでいた。

 レオ君の口がポカンと開いた。

 私はそれを見てふふっと笑うと、側にあった服に手を伸ばす。

 紺色のシャツだ。襟は大きく開いており、シンプルな作りだが、よくよく見てみると同じ色で刺繍されている。

 んー…でもレオ君に紺…ねぇ。

 レオ君にはベージュとか白とか、そういう明るい色の方が似合う気がするんだよなぁ。

 あーでもないこーでもないと迷っていると、ちょいちょいと服の袖を引っ張られた。

 振り向くと、レオ君が居た。どうしたのだろう。

「どうかしたの?」

「これ」

 ?っと首を傾げながらレオ君が持ってきた服を手に取る。

 それは、キャミソールワンピースだった。

 白を基調としており、腰から下の部分がふわふわひらひらとして、動いたら残像が美しく見えるような作りをしている。

 そしてそのスカートの部分の一部分に、藍色が滲みの様に広がって、神秘的な色合いにしていた。

 うん、可愛い。

 あれ、でもこれ、レオ君着るの?

「レオ君、こういうのが着たいの?」

 まさかレオ君がそっち系だとは知らず、驚きの目で見てしまった。

 するとレオ君は慌てて首を振り、小さな声で「ルチア…の」と呟いた。

 私?

 えっというかちょっと待って!今ルチアって!ルチアって!!

「レオ君…!名前!」

 嬉しくて私は顔を赤くさせる。初めて呼んでくれた。

 レオ君は照れ臭かったのか、そっぽを向いてしまった。

 でもそっかぁ、これ、レオ君が私にって選んでくれたのか。

 ふふ。可愛い。

「ありがとうレオ君。じゃあレオ君の服も選ばなきゃだね」

 私はそう言って、店内を見回す。

 レオ君には、首回りが大きく開いたシャツとか似合うと思うのだ。

 あとズボンも、余裕のあるふんわりとしたデザインが良い。

 うーんと悩んでいると、一つの人影が私に降りてきた。

「何かお探しですか?」

 優しげなその声に顔を上げると、にやりと歪みそうになる顔を抑え、にっこりと笑みを作った。

「ええ、連れの服を」

 私の視線の先に居たのは、青銅色の髪に琥珀色の瞳の、優しそうな青年。

 そう、依頼者の男だ。

 やはり、今日は店に来ていたか。

 この店は、彼が働いている呉服店。レオ君には悪いが、今日はこの為の外出であったりする。

「お連れ様ですか?あの、エルフの方?」

「はい。ダボッとした感じが良いと思うんですけど…」

 そうですねぇ…と店内を探し始める男性。

 私も、違う意味で店内を探し始めた。

 すると、一人のおば様に目を止める。ちょうど、青年に近付いていっていた。

「あらぁタオ君!復帰したのねぇ」

「サリーさん!いらっしゃいませ。そうなんです、ご心配をお掛けしまして」

 親しげな会話。常連さん…か。

「ああ、でも申し訳ありません。今お客様のお相手をしていて…また後で」

「そうなの?邪魔しちゃってごめんね」

 そうして離れていった女性を目で追いながら、タオと呼ばれた青年に付いていった。





 結果的に、良い服を見付けてもらった。

 ベージュ色の襟が大きく開いたシャツに、紺色の良い感じにダボッとしたズボン。

 どちらも半袖半ズボンで、今の暑い時期にピッタリだ。

 レオ君に着てもらうと素晴らしく似合ったので、レオ君に勧め、即決まった。

 そして私達は、先程のワンピースと共に支払いを済ませ、店を出た…様に見せた。

「レオ君、今から少し、仕事の下調べをするよ。私の仕事、見ててね」

 きょとんとしているレオ君にそう言うと、お店に戻り、先程の女性に話し掛けた。

「あの、すみません」

「はぁい?」

 上品な口調の女性は私に笑顔で返してくれた。

 私はもじもじと体をくねらせる。

「あの、タオ様の、お知り合いの方…ですか?」

「あら」

 恥ずかしげに訊くと、女性はにんまりと笑い、口元に手を寄せて私を見詰めた。

 かかった。

「ええ、ここの常連よ。どうかしたのかしら、お嬢さん」

「そうですか!いえ、あの…タオ様って、どのような方なのでしょうか…」

 ふふっと笑みを深めた女性は、ちらりとタオに目をやると、小声で話し始めた。

「優しい子よ。それに礼儀もきちんとしているわ。小さい頃から見てきたけれど、変わらないわねぇ。女の影も、今のところ無しよ」

「…!」

 私は息を飲むと、顔を真っ赤にさせて女性を見た。

 女性の笑みは更に深まり、しかし急に沈んだ。

「でも、最近不幸があったみたいで。ここ一月くらい元気がなかったの。お店も閉めててね。でも今日やっと開けてくれたのよ」

 一月…確か一月前に本を強制徴収されたから取り返してくれという依頼があった。

「不幸…ですか?」

「そう。なんでもハフィ…タオ君のお母様との思い出の品が強制徴収されたみたいでね。酷く落ち込んでいたみたいなの。そういえば、随分痩せていたわ」

「っ!」

 目を見開いて驚くフリをした。女性も悲痛な面持ちをしている。

「此処だけの話、一月前にタオ君に会ったことがあるの。でも、その時ははっきり言って、話にならなかったわ。笑顔なんて、欠片も見えなかった。目元は腫れてて、別人の様になっていたわ」

 狙い…ではない?

ラノの真実を知らないのだろうか。ただ純粋に、母親との思い出を取り戻したいだけ…?

『きっと、きっと戻ってくるよ。僕達の思い出は』

 あの時の言葉は、そういう事だったのか。

「あらやだ、話しすぎちゃったかしら。でもね、とてもいい人なのよ。思い出一つ一つを大切にするような、優しい子なの」

 柔らかな笑みを見せる女性。きっと、我が子のように見守ってきたのだろう。

母親の名前も、親しげな口調で呼んでいたから、母親とも仲が良かったのかもしれない。

「そう…なんですか。ふふ、良かったぁ」

 此処からは、全て『台本』だ。嘘つきでなければ、この仕事はやっていけない。

 このことで、レオ君は私のことが信用出来なくなってしまうかもしれない。

 ただ願うのは、これがきっかけで人を信じられなくなることがないこと。

「え?どうして?」

 女性がにやにや顔で訊いてくる。私は口に手を添えて、ぼそぼそと呟くように答えた。

「いえ、私が知っているタオ様だなぁと思って」

「あらま」

「こんな私が、彼にこんなこと言うなんてとんでもないんですけれどね」

「ふふふ。そんなことないわよ。貴族の方の出かしら?」

「…いえ、あぁいや、そう…ですね。今はもう、違いますけれど」

 貴族では、きらびやかな外見が殆どだ。金髪や銀髪など。

 だが今の私は茶髪に翡翠。瞳はまだしも、茶髪など地味すぎる。

 貴族の人々は、後世に美形を残すため、外見だけで差別することもよくあるので、私は、その差別によって勘当された娘という役柄を演じていた。

案の定、女性は悲痛に顔を歪める。

「そうだったの…。辛いことを思い出させちゃってごめんなさい。やあね、こんな世の中」

「いえいえ。でも、重要な事なんです。きらびやかな外見の方の方が商談も成立しやすいですし、良いお家とも婚約を結ぶことが可能になりやすい…貴族として、生き抜く道なんです」

 そう言って、私は瞼を伏せた。

 貴族社会とは、結局そういうものだ。

 自分の力の足しにならない者は切って捨て、メリットだけを追い求める。

 つくづく退屈な生き物だ。

「でも、私は好きだけれどねぇ。その茶髪」

「ふふ。ありがとうございます」

 女性の慰めの言葉に、私は悲しげに微笑んで見せた。

我ながら、こんな特技いらないなぁと思ってしまうが、仕事柄仕方ない。

「いろいろと教えてくださり、ありがとうございました」

「いいえ。タオ君と、上手くいくと良いわね」

「っ!?は、はい」

 ぺこりと頭を下げ、女性から離れていった。後ろをレオ君が付いてくる。

「お腹空いたね。何処かで食べよう」

 レオ君は、無言でただ付いてくるだけだった。




「ラグラのステーキ二つ、ハビカナジュース二つ、白パン二つですね。少々お待ち下さい」

 そう言って、女性店員は下がっていった。向かいに座ったレオ君が、何とも言えない顔をしている。

「ごめんね。私の仕事に巻き込んじゃって。私、ああいう仕事してるんだ」

「…」

 視線をテーブルに下げて、ぎゅっと自分の手を握り締めた。

「黙っててごめん。私の仕事は、奪われた人の物を元の人に返すこと。悪く言えば、盗人だよ」

「…」

「今、依頼されている物がとても貴重な物で、依頼者も、それを狙っているんじゃないかっていう疑いが出来たの。だから、今日はそれを調べる為に、外出したっていうのもある」

「…」

「この仕事をしながら、私は旅をしているの。レオ君を幸せに出来ないって言った、理由のひとつだよ」

 目を伏せ、出来るだけ落ち着いて言葉を紡ぐ。レオ君が、私のことをどう思おうと構わなかった。

 出来れば、嫌ってほしいとさえ思うところもある。

 でも、人に対しては、信頼を無くしてほしくは無かった。

「…それでも」

「え?」

 不意に、レオ君がか細く声を出した。

「それでもまだ、僕は此処にいる」

 その言葉を聞いて、私は思いっきり目を見開いた。

 そうだ、私は最初に言ったではないか。

 此処に居るか否かは、レオ君自身が決めろと。

 期限までなら、私はレオ君を拒まないと。

「そっか…うん、そうだね」

 私がそう言うと、レオ君の顔から、強張りが消えていくのを感じた。

 彼が安心してくれたことが素直に嬉しくて、私はふんわりと微笑んだ。

「お待たせしましたー!ラグラのステーキに、ハビカナジュース、白パンですねー」

 三人の店員が食べ物を持って来てくれた。

 柔らかで美味しそうな香りが鼻孔をくすぐる。

「ありがとうございます」

 久しぶりのステーキだ。ラグラは農村によく居る家畜だが、ステーキにすると絶品。

 安いが美味いという最高のコンビネーションだ。

 更にハビカナジュース!最近この国で流行し始め、ハビカナという赤い花から取る蜜を原料にしたジュースだ。

赤く輝くその液体の美味しさを知っている私は、わくわくしながらそのジュースを見詰めた。

 更に更に白パン。ふっくらほくほくと焼き上がった白くて丸いパンは、特別に中に何かが入っている訳でもなく、生地だけなのだが、それがまた美味しい。

 何に合わせても素晴らしく合うので、私もよく食べるのだ。

「さあ食べよう!とても美味しいんだよ。この世の恵み、この世の命に感謝し、いただきます」

「…いただきます」

 そう続けて、お互い食品に手を伸ばす。

結果論を言うと、とんでもなく美味しかった。





 その後もいろいろと買い物をした私達は、夕方頃に家に戻った。

茜色に染まった室内に足を踏み入れると、ほーっと身体全体から力が抜けた。

 手には3つの紙袋。1つを除いて、全てレオ君のだ。

 洋服や、その他の生活必需品を揃えた。

 よいしょと紙袋を机の上に下ろすと、中身を順に取り出す。

 ふわりと、手に柔らかな感触が伝わってきた。

 出してみると、あの白いワンピース。夕日を透かして、美しく波打っていた。

 夕日の朱に、ワンピースの紺が合わさって、紫陽花色に変わる。

「綺麗…」

 ぎゅっと抱き締めると、仄かにあの店の香りがした。

 そっとそれを机の上に置き、その他の紙袋にも手を伸ばす。

 一通り片付け終わると、レオ君を振り返る。

 レオ君は自分の服をまじまじと見詰めていて、私は何だか可愛くて、ふふっと笑った。




 それから、私達は、夜ご飯を食べ、今、レオ君はお風呂に入っている。

私は自分に掛かった魔法を解いてソファに座り、ぼんやりと虚空を見詰めている。

 そのうちうとうとし、いつの間にか夢の中にいた。

 目の前には、小さな少女がぽつりと立っていた。

 絹のドレスを着ており、セミロングの白金色の髪を肩に流している。

嗚呼、私だ。

 そう実感したとたん、バアッと辺りがはっきりとその姿を現した。

 そこは、天井の高い、石造りの部屋。

 真っ白な壁、床。球状の天井には夜空が描かれ、そこから下がるシャンデリアは何かの宝石で飾られている。

 白い天蓋付きベッドや、白い机。白いドレッサーなど、部屋は天井以外、全て真っ白だった。

 豪華なレースが目立ち、いかにもお姫様の住むような部屋。でも私には、憎々しい部屋にしか見えない。

 幼い私は、その瞳に何も写さず、ただただ虚空を眺めていた。

 ふと、後ろから男が一人。

 腰まである銀髪を一つに結んだ、神官の格好をした青年。

 その青年は、幼い私に背後から近付き、その華奢な肩を抱き締めた。

 人形の様に動かない幼い私。

 青年は小さく口を動かし、澄んだ声で呟いた。


『君は、私のものだ』




「っ!?」

 目を覚まし、戻ってきたのは暖かな白光色の光。

 そして、不思議そうに顔を覗き混む、お風呂上がりのレオ君だった。

「っ…」

 一瞬夢と現実の違いに白黒していた私だが、はっと現実に気が付くと、無理矢理笑顔を作った。

「ごめん、ちょっとうとうとしてた。私もお風呂入ってくるね」

 パタパタと小走りに脱衣所へ行くと、扉を背にもたれ掛かった。

 冷や汗が、頬を垂れる。

 どうしてか、最近こういう夢をよく見る気がする。それは、レオ君がうちに来てから。

「似てる…のか。あの頃の私に」

 境遇こそ違うものの、その扱いはまるで奴隷か人形、またはすがりもの。

 それほどまでに、自由が無い生活だった。




 お風呂も済ませ、私達はそれぞれ部屋で寝る準備をしていた。

 私は部屋で書き物をしていて、そしてふと、視線を窓の外へ向けた。

 きらきらと光る満点の星。その側で一際輝く三日月。

 その色は、まさに白金色だった。

 私はぎゅっと自分の髪を握りしめ、一つ息を落とすと蝋燭に灯る火を消し、ベッドへ向かった。

 横になると、ギシッと軋む音がした。掛け布団を手繰り寄せ、身を埋める。

 そして、浅い眠りへと向かっていった。


 キシッ

 物音で目が覚める。

 ドアの外に、誰かいる?

 上半身を起こす。ドアの方へ、耳を傾けた。

 しかし音はそれから聞こえず、無音が続く。

「…?」

 侵入者だろうか、それとも…。

 そんなことを考えていると、少し焦った様な足音がし、隣の部屋に入っていった。

 歩幅やスピードはレオ君に似ているが、もし違う人だったらどうしよう。

 そう思った私は、そっと扉を開けた。隣を見ると、ドアがほんの少し開いていた。そしてそれがまたギィッと開いた。

「…」

「…」

 視線がぶつかる。

レオ君の驚きで見開かれた目と、私の思考が停止した目。一瞬後、レオ君がバタンッと勢いよく扉を閉める。

 お、おおおお?

 どうか、したのだろうか。

 取り合えず、私もそっと扉を閉めた。

 侵入者では無かったから良かったものの、何をしようとしたのか。トイレ…いやいや、今更それを恥ずかしがることはないだろう。

 わ、分からん…。

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