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少年少女逃亡譚  作者: 結月
1章 奴隷少年と逃亡少女
4/8

3, 居場所。

奴隷少年目線です。よろしくお願いします。

 小さい頃から、奴隷として生きてきた。

 捕まったのは三歳の時。もう殆ど覚えていない。でも、母親の、頭を撫でる優しい手だけは覚えていた。

 捕まって僕は、いろんな事をした。

 召し使い、世話役、雑用役、ストレス解消道具、そして言えないことまで、様々だ。

 人として扱ってもらったことがなく、汚れた暴力で毎日が染まっていた。

 ある日、眠れぬ夜を過ごしていると、悲痛な声が響いた。

 仲間が、殴られている。

 そろりと覗き見すると、幼い少女が泣きながら暴力に耐えていた。

 蹴られ、床に落ちる。気を失い、叩かれて目を覚まさせられる。

 殴られ、顎の骨が砕ける音がした。

 僕は堪らず、その場に飛び出した。

 止めろと叫んだ。

 そして今度は僕が、それを受ける番だった。



 そうして、その行動が生意気だと、奴隷商人に売られた。

 そして新しく行った場所でも、同じ事を繰り返した。

 そしてまた売られる。

 すっかり奴隷商売の間では有名になり、僕は売れなくなった。

 そんな時、ある国に連れてこられた。

 薄汚れた路地裏で売られていたが、僕だけが売れ残り、そして主人に殴られる。

 もう、限界だった。

 苦しくて仕方なかった。

 その時。


「あの、すみません」


 それが、彼女との出会いだった。


 彼女は何か違った。

 いちいち僕の意思を確認してくる。

 また暴力を受けるのか。またこき使われるのか。

 また…。

 怖くて、苦しくて、震えが止まらなかった。

 何をされるのだろうか。

 これ以上されると、僕は自分が壊れてしまいそうで怖かった。

 壊れた自分が恐ろしかった。

 しかし彼女は、不思議なことを言った。


「私はね、君が逃げようと、この場所から立ち去ろうと構わないんだよ。君がそうしたいならすれば良い」


 そう聞いたときは、今すぐ逃げてしまえと本能が叫んでいた。しかし、

 

「でもね、それには条件がある」


 僕が、お腹いっぱい美味しいものが食べられて、居心地が良いと感じられる場所を見付けること。

 そんなこと、初めて言われた。

 彼女の言う通り、このまま何も考えずに逃げても、その後生きていける補償はない。

 きっとまた、僕を知らない奴隷商人に捕まってしまう。

 視線を上げると、彼女の真剣な瞳とぶつかった。

 彼女は僕に対してこう言っているのだ。

 自分を利用しろと。

 こんな優しさ、知らなかった。

 そんな言葉が、すぅっと心に染みて痛かった。


 それから、僕は沢山の初めての事を教わった。

 トイレの使い方、お風呂の入り方、部屋の役割など。

 一番驚いたのは、僕の部屋があることだった。

 ちゃんとした、綺麗な個室。

 今までは、良くても地下のネズミが這う牢獄のような所だった。

 こんなに綺麗な場所に、自分が居て良いのか、叱られやしないかと恐ろしくなったが、彼女はそんな表情を一切せず、部屋の紹介を続けた。


「此処が、君の逃げる場所」


 その言葉に、胸を打たれた気がした。

 ハッとして彼女の顔を見ると、当たり前のように笑っていた。


「もし、私が怖くなったり、怖い人が来たら此処に逃げてね。ほら、見て。鍵が付いてる。これをこうして閉めると、絶対に開かない。扉を壊さない限り」


 目を見開いたまま、彼女の言葉を聞いていた。

 鍵…?それは、自分のものを閉じ込める為のものじゃないの?

 それを、僕に自分を守るために使えと、そう言っているのだろうか。

 僕は驚きを隠せず、ただただ彼女を見詰めていた。




 食事を終えると、自由にして良いという言葉を残して、彼女は自分の部屋へ行ってしまった。

 自由にと言われても、何をして良いのか分からない。

 取り合えず自分の部屋というものを堪能してみようと、自分の部屋の方へ向かった。

 すると途中で、声が聞こえた。

 二人分の声。

 何をしているのだろう。もう一人居たのか?

 いや、でも先程見回ったときは誰も居なかった。

 これは、通話…?

 伝達鳥は居なかったから、魔法を使っているのか…?

 彼女は、魔法を使える人間なのか。

 耳を澄ませると、微かに会話が聞こえる。

 殆どはよく分からない物だったが、最後の方の会話が気になった。


「逃げてみせるよ」


 そんな言葉が聞こえた。

 逃げる…?

 いったい何から…。

「…!」

 そう言えば、彼女はあの女神アリスティアの容姿によく似ていた。

 その色合いもそうだが、何よりも、その美貌。

 まるでアリスティアの生き写しだった。

 そのせいで、何かから追われているのか?


「分かってるよ…」


 その時、泣きそうな声が聞こえた。

 ハッとして扉を見、そして聞いてはいけないのだと思い直すと、自分の部屋へ飛び込んだ。



 その日の夜、彼女は出掛けた先から帰って来た。

 僕が居るか、不安だったらしい。不安で堪らない声が廊下から聞こえてきて、僕が小さな力で反応すると途端に溢れそうなほど嬉しそうな声が聞こえてきた。

 そして彼女は『ルチア』と名乗った。

 僕はその名前を、小さく声に出して言ってみる。

「…ルチア」

 綺麗な名前だと思った。

(ルチア)』…か。

「一緒だ」

 きゅっと、彼女の香りがする服を握り締めた。




 それから一週間経った。

 大分生活に慣れてきて、自分がして良いことを探り探りやっている。

 そんな日の夜、僕は夢を見た。



 暗い部屋で、僕は暴力を受けていた。

 懐かしいと、思ってしまうほど遠くにあった事だった。

 殴られ、蹴られ、苦しくてもがいた。

 大声を上げ、逃げ出す。

 しかし、捕まってしまった。

「っ!?離せっ!!止めろっ!!」

 もがく。もがくもがく。

 しかし捕まえられた腕は離れなかった。

 暗闇の中、人の影が見える。

 何か音が聞こえる。

 誰?何?嫌だ。止めろ。

 叫び続ける。

 だが離してくれない。

 僕は猛獣の様に、華奢な肩に噛み付いた。

 もう鎖はない?あるじゃないか。此処に。

 この腕に。


「私はルチアだよ!」


 ハッとした。

 ルチア…?(ルチア)

 君は…光…なの…?

 そっと、後頭部に触れるものがあった。

 ビクッと竦み上がるが、それは優しく動いた。

 ふんわりと、包み込む様に撫でられている。


『レオ、大好きよ』


 懐かしい、母親の声を思い出した。


「ほら、ね?大丈夫でしょう?」


 優しい少女の声に、じんわりと正気が戻ってくる。

 よく見てみれば、感じてみれば、僕は抱き締められていた。


「おかえり」


 溶けてしまいそうなほど綺麗な声が、耳元で響いた。

 それが堪らなく優しくて、僕は、静かに涙を流した。



 朝目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。

 ずきりと頭が痛んだ。

 昨晩の事が頭を通過していく。

 僕はその失態を思い出し、竦み上がった。

 怒られる?いや、殺される?

 どうしよう、どうしようどうしよう。

 怖くて堪らなかったが、それと同時に、あの優しさも思い出していた。

 意を決し、部屋を出る。

 リビングに入ると、ルチアが食事の準備をしていた。

 美味しそうな香りがする。

「おはよう」

 掛けられたその言葉で、スイッチが入ったように震えだした。

 どうしよう。昨日の事。

 謝らなければ…しかし…。

「どうしたの?食べよ」

 そんな優しい言葉が僕の背中を押した。

 素直に従い、席につく。

彼女が食事前の決まり文句を言うと、食事を始めた。

 ルチアは買い物に行こうなどと話題を振ってくる。

 そこで、『君』というのが気になった。

 いつもは、振り分けられた番号で呼ばれるのに、彼女はそれを使わない。


「…レオ」

「え?」


 気付けば、忘れかけていた名前を口に出していた。

「…名前、レオ」

 その時のルチアの表情は、とても嬉しそうだった。

 僕の行動が、彼女を嬉しがらせていた。

「良い名前だね」

 美しく微笑まれ、恥ずかしくてそっぽを向く。

 …恥ずかしい?

 そんな感情、もう忘れたと思っていた。

 ルチアが、思い出させてくれたのだ。

 なんだか、自分を見付けさせてくれている様で、心が暖かくなる。

 そしてふと、昨日噛んでしまったことが悲しくなり、彼女の肩を見る。

 服で隠れてしまっているが、きっと傷が残っているのだろう。

 彼女は大したことないと言うが、心残りだった。

 彼女はふんわりと笑い、心配するなと言ってくれる。

 その笑顔を見て、あの言葉を思い出した。

『君が、お腹いっぱい美味しいものが食べられて、居心地が良いと感じられる場所を見付けること』

 僕は、心の底から思った。

 此処に居たい。

 彼女の側に居たい。

 例え辛い旅だろうと、彼女の側なら安心できる。

 そう確信した。


 見付けたよ。僕の居場所。

レオくんに幸せになってほしい作者です。ありがとうございました。

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