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少年少女逃亡譚  作者: 結月
1章 奴隷少年と逃亡少女
3/8

2, 変わらない日常

 カタリと音が、扉の向こうで聞こえた。

 …聞かれたか。

 パタパタと足音が聞こえ、隣の部屋の扉の開閉の音がした後、無音に戻っていった。

「あんまり、個人情報は教えない方が、あの子の為なのかな」

 壁を見詰めてぼんやりする。そしてハッとした。ハディアに会いに行かないと!

 バタバタと外套を纏い、フードを深く被ると、扉を開けた。

「少し出掛けてくるね」

 隣の部屋へ声を掛けると、私は急いで家を出た。





「……」

「おいちゃーん!!もう一杯!!」

「はいよ!」

 あれから、私は酒屋をいくつか回り、ある酒屋で、目的の人物を見付けた。

 ワインレッドのショートカットかと思ったら後ろの一房だけ腰まで伸びているという不思議な髪型が特徴的な、少女の外見をした魔女。

 外見的には十くらいだが、中身は百歳越えのお婆ちゃんだ。

「ハディア、見付けたよ」

「ん?おお、ルチアじゃないか」

 ハディアはくるりとこちらを振り向くと、食べていた焼き鳥を飲み込んだ。

「相変わらずだね。そんな外見でよくお酒出して貰えるよ」

「まあ…な」

「あー!また魔法使ってズルしてるでしょ!」

 彼女はお酒が無ければ生きていけないというほどの酒豪で、気分によって酔うか酔わないかが変わるという面倒臭い体質の持ち主だ。

 しかし、彼女の少女な外見のせいでお酒を出してもらえない所が多いので、魔法を使ってズルをする。

 幻影の魔法だ。

 魔法が使えない人にとっては、魔女なんて曖昧な存在で、言っても信じてくれない。

 なので、魔法が使えない人に対して、幻影を掛けて大人に見せているのだ。

「理解出来ない人間が悪いんだよ」

プイッとそっぽを向くハディア。もう中身も少女なのだから、少女で良いじゃないか。

「あっそ」

 ハディアの向かいの席に座りながら、素っ気なく答える。

 ハディアは大きなジョッキを口につけ、ゴクゴクと喉を鳴らすと、ちらりとこちらを見た。

「なんか、変な臭いがする」

「え!?私臭い!?」

 その衝撃発言に、私は反射的に自分の臭いを嗅いだ。

 お風呂入ってくれば良かったかな。

「いや、そうじゃなくて。これは…エルフの魔力…かな」

 すんすんと鼻をひくつかせるハディア。彼女の言葉に、ああ、と私は答えた。

「訳あってエルフの子を引き取ってるの。だから、そのせいかも」

「ふーん、エルフを…ね」

 その一言で、ハディアが全てを察したことが、私には分かった。

 彼女はこれでも鋭いのだ。だから一言一言には気を付けねばならない。

「ところでハディア、砂時計の砂今ある?」

 頬杖を付き本題に入ると、ハディアはジョッキに並々と注がれたビールを飲み干し、面倒臭げな目を瞬かせた。

「スサールのこと?えっと~確かこの辺に」

 彼女はガサゴソと大きなリュックを探ると、中から大きな瓶を取り出す。ジョッキと同じくらいの大きさだ。

 それをドンッと机の上に置いた。

 中には、キラキラと細かく光る金色の砂が入っていた。

「そうそれ!」

 歓喜の声を上げると、にやりと笑うハディア。瓶を指でつつきながら、試すように私を見る。

「丁度昨日仕入れたんだ。一カップ一万ピスね」

「たっか」

 そんなことを言いつつも、ハディアはまけるなどという概念を持っていないので、私は三万ピスを財布から取り出す。

 一万ピスコインを三枚。チャリンとハディアの手に吸いとられてしまった。

「まいどー。三カップね」

 小さな紙袋に三カップ分の砂時計の砂を入れ、ハディアはそれを私に渡した。それを受け取った私は直ぐにポケットに入れる。

「へいお待ち!」

「おお!」

 突然大きな声が近くで聞こえたかと思うと、ドンッと大きなジョッキが机の上に追加された。

 キラキラした眼でハディアはそれを見詰めた。

「ハディア…それ何杯目?」

「七…かな」

「うわぁ」

 もうけっこう入ってた。私は一つため息を吐くと、席を立った。

「もう行くのか」

「うん。用事はこれだけだから。それに」

 周りを見回すと、ザワザワと賑わってきた。

 その中には、騎士やらも混じっている。

「大分賑やかになってきたみたいだし」

「ふん、面倒だね」

 ジョッキを置いて、鼻を鳴らすハディアは、鬱陶しそうにその光景を見詰めていた。

「それじゃあ」

「ん。またいつか」

 ヒラヒラと手を振るハディアを見止めてから、私は店を後にした。

 外はもう真っ暗で、いそいそと帰路につく。

 街灯を頼りに家の前に着くと、はたと、疑問が浮かんだ。

 彼は、まだ家に居るだろうか。

 もしかしたら、逃げているかも。

 でも、もしそうなら私の対応が悪かったということだ。

 居なかったら、探しに行こう。

 探すのは、得意だ。

 思いきって、ドアを開けた。

「た、ただいま~」

 部屋は暗闇に包まれていた。

 カチッと、照明を付ける。部屋が白光色に満たされた。

 室内に入り、彼の部屋の前へ来ると、控え目にノックした。

 トントントン…。

 音は、聞こえなかった。

 やはり、出て行ってしまったのだろうか。

「ねえ、居る?私だよ」

 あ、そう言えば…と、私は思い出した。二人とも、自己紹介してない…。

 名前、教えて大丈夫だろうか。私の情報なんて知っても、身の危険にしかならないのではないか?

 …でも。

 やっぱり、名前を知らないのは悲しいことだよ。

「ねえ、居る?居たら何か合図して」

 この扉は、勝手に開けようとはしたくなかった。

 彼の人間不信が悪化してしまったら大変だ。

 静かに待っていると微かに、ほんの微かに物音が聞こえた。

 トン…。

 ノックが返って来た…!良かった。中にまだ居てくれた。

「っ!あ、ありがとう!」

 その事が嬉しくて、思わず顔が綻ぶ。

「今更だけど、私の名前、教えておくね。私は、ルチアって言います」

 無言。

 まあ、そうだよね…まだ一度も喋って貰えてない。これは自己満足だ。

「…それだけ。もう寝る時間だし、ちゃんとベットに入って寝るんだよ。寝方、分かる?分からなかったら、此処を開けてくれたら教えるよ」

 そう声を掛けると、暫くの間の後、キイッという音と共に、扉が開いた。

金髪の少年の姿が暗闇に浮かび上がる。

 私は微笑むと、室内に入った。

ベッドの脇に立つと、それぞれの説明をする。少年は無表情のまま、それを聞いていた。





 説明を終えた私はその後、少年におやすみを言い、お風呂に入ったりといろいろ準備をして、自室に戻った。

 キャミソールのパジャマを来て、ハーフアップにしていた髪も下ろしている。

 そんな私を、月光が照らしていた。

ベッドに腰を掛けると、ぼんやりと輝く部屋が視界を埋める。

 少しだけその景色が悲しく思えて、さっさと寝てしまおうとベッドに入った。




「アリスティア様、懺悔のお時間です」

 誰?アリスティア?

「アリスティア様、祈りを捧げたいという者達が沢山来ております。おいでください」

 違う。私はルチアだよ。

「アリスティア様、どうか知識をお貸しください」

 知らない。分からない。なんなの?

「アリスティア様」

「アリスティア様」

「アリスティア様」

 違う…。違う違う違うっ!!私はアリスティアじゃない!!

 私はルチアだもん!!

 知らない。アリスティアって誰?

 この髪のせい?この瞳のせい?

 皆、私を見てくれない。

 まるで、生きながら死んでるみたい。

「さあアリス、こっちへおいで」

 やだ!やだやだやだ!!

 もう、こんなのは嫌なのっっ!!

「やだぁぁぁぁあああああっ!」




「っ!?」

 ハッハッハッと息を乱して飛び上がったのはベッドの上。

「夢…?」

 冷や汗を拭うと、一度深呼吸をした。

 大丈夫。逃げ切れる。

それでも私は、流れる冷や汗を止めることが出来なかった。






 それから、一週間が経った。

 少年との同居生活は続いている。

しかし、まだ一言も喋ってはくれていなかった。

 それでも最近、少しだけ心を開いてくれている気がする。

 少年も生活に慣れてきたようで、もうあまり指示しなくても自発的に行動してくれる。

 ただ、気になるのは、少年の瞳に、なんの色も写らないこと。

 驚きや恐れはよく見るが、それ以外の怒り、喜び、悲しみ、不満などの感情がいっさい無かった。

 いつか、笑顔を見せてくれるだろうか。

 いやいや、少年と居られるのは一年だけだ。

 あまり、少年に干渉するのは良くない。

 そんな風にうんうん唸っている私が今、何処に居るのかと言うと、ある家の屋根裏だった。

 下には、一人の男性が夕食を食べている。

 彼は、私が今回行う例の仕事の依頼者だ。

 青銅色の髪に、琥珀色の瞳。顔は優しそうな垂れ目が特徴的だ。

 あの本が無くなり、かなり憔悴していると聞いたが、普通に生活出来ている様だ。

 やはり、あの本が狙いなのか?

 昼間から見張っているが、特に異常は無い。

 が、何処にも出掛けず、誰も訪問者が居ない。

 それもまた謎だった。

 今彼は豆のスープを食べている。

 私は段々と退屈になってきた。

 何なのだ、このつまらない生活は。働いていないのか?

 ロジーの情報によれば、この男は商売人らしいのだが、そんな痕跡が一辺もないところがなんだか気味の悪さを感じさせた。

 室内には、ロジーの言った通り本が一冊も無い。

 しかし生活感がこれでもかと言うほどに出ていて、彼が長い間この家に住んでいる事を伺わせた。

 ふと、男が立ち上がった。食べ終わったのだろうか。

 食器を片付け終わると、男はある写真の前へ向かった。

 悲しそうに、眉尻を下げる。

「…?」

 その視線の先を見ると、笑顔の輝く女性が写っていた。

 青銅色の長い髪を靡かせ、小さな青銅色の髪の男の子を抱きしめている。

「ごめん…母さん…ごめん」

 苦しそうに吐き出す声。

 目を凝らして、よくよく写真を見てみると、男の子がある本を抱き抱えていた。しかし題名は見えない。

 彼はいったい何に対して謝っているのだろうか。

「きっと、きっと戻ってくるよ。僕達の思い出は」

 僕達の思い出?

 何の事だろう。

 男がお風呂に行ったのを見計らい、下に降りると、急いで先程男が見ていた写真を見た。

 そこには、屋根裏から見た通り、笑顔の似合う、男の母親らしき女性と、恐らく男の幼少期であろう少年。

 彼には兄妹がおらず、母親と二人暮らしだったという。この情報もロジー調べだ。

 その少年が持っている本を、まじまじと見る。

「いばら…ひめ?」

 小さくて読みにくいが、そう書いてある様だ。

 あの本…。彼が言っていた『僕達の思い出』とこの本は、何か関係があるのだろうか。

 しかしただ見ているだけでは分からないので、一旦今日は引くことにした。


 

 



 家に着くと、照明が付いていた。

 これもまた進歩だ。

 彼の、自分で勝手に行動していい範囲が凄く狭かった。

 しかし最近、こうやって照明も勝手に付けるし、お風呂も、トイレも、勝手に行く。

 今までまるで人形の世話をするようにいちいち指示していたが、大分楽になってきた。

「ただいま」

 扉を開け、室内に声を掛ける。奥から金髪のエルフ少年が出てきた。

 ひょっこりとリビングに繋がる扉から顔を出している。

 私は微笑むと、中に入った。

「お、もうお風呂に入ったんだね。私も入ってこようかな」

 外套を脱ぎながら話し掛けると、少年はスッと手を差し出した。

 外套を受け取ろうという意思だ。

 しかし私は渡さない。これは召し使いをやっていたときの名残で、それを延長するのは私としては嫌だったのだ。

 私はぎゅっと少年の手を握り締める。少年は目を見開き、その手を凝視した。

「こういうことはもうしなくて良いの。そう言えば、ご飯もう食べた?」

 ちらりと机を見ると、食べかけの夕食が置いてあった。

「あ、食べてる途中だったんだね。ごめんね邪魔しちゃって」

 少年はふるふると首を振ると、そっと手を遠慮がちに私の手から抜いた。

 彼が食べていたのは、私が出掛ける前に用意していた物で、冷えても食べられる物を用意した。

 ちゃんと食べてくれてるか不安だったが、食べてくれているようだ。良かった。

「私お風呂入ってくるから、食事続けててね」

 それじゃと背を向け、お風呂へ向かう。

 少年は、いつもの通り何の色も写さない目で私を見送っていた。




 お風呂から上がると、少年は部屋に居るようで、リビングには誰も居なかった。

 彼が食べていたであろう食器は、綺麗に洗われ乾燥棚の上に置かれている。

「…」

 裸足でペタペタとそれに近付き、つつ…と指で食器をなぞった。

 これは、彼の意思なのか、それとも彼の経験上の指図なのか。

 してくれるのは助かる。しかし、その全てが彼の境遇を思わせてならない。

 あまり特別扱いしても良くないことは分かってる。でも、どうしても思ってしまうのはどうしようもなかった。





 それから私は、少年におやすみと声を掛けて、自室に戻った。

 ベッドに入ると、深く息を吐く。

 あの男性。どちらに傾くだろうか。見た目的には好青年だが、何を考えているのか分からない。

 何が目的?

 純粋にあの本を自分の手元に置いておきたいだけ?

 それとも、財宝を狙ってる?

 疑わしい。疑えば何処までも疑い深くなるのは私の悪い癖なのだが、仕事柄どうしようもない。

 くるりと寝返りをうつと、私はゆっくりと瞼を閉じる。

 どうか、前者でありますように。




「うわぁぁあああああああっ!」

 割るように響いたその悲鳴に、私は目を覚ました。

 聞いたことがない、男の子の声。

 ハッとして隣の部屋の方向を見る。

 悲鳴は、まだ続いていた。

「うわぁああっ!!ああああああっ!!」

 私は勢いよく部屋を飛び出し、少年の部屋をノック…いや、叩いた。

「どうしたの!?大丈夫!?ねぇ!」

 しかしその声は届かない様で、悲鳴と、激しい物音が響く。

「…っ!!」

 私は、何も出来ないことが歯痒くて、必死に扉を叩いた。

「聞こえてる!?返事して!!」

「ああああぁぁぁぁぁああああ!!」

 悲鳴は続く。私は意を決した。

「開けるよ!」

 ドアノブを回した。鍵は掛かっておらず、場違いにも私はそれに対して、驚きを隠せなかった。

 しかしすぐに視線を前に向けると、ベッドの上でのたうち回る少年の姿がある。

 私は駆け寄り、必死に声を掛け続けた。

「どうしたの!?悪い夢でも見たの!?」

 少年は目を開け、一瞬動きを止める。

 私を見詰めると、顔をぐにゃりと悲痛に曲げた。


―初めて見る、顔だ。―


「っ!?来るなっ!!」

 ドンッと跳ね返される。私はふらつきながら後ろに倒れた。

 少年に視線を戻すと、夢の影響が強いのだろう。未だに暴れている。

 私はグッと足に力を込め、少年にまた駆け寄る。

 少年は手足を振り乱して私を拒んだ。

 しかし私はそれを押し退け、そして、


―少年を抱き締めた。

「っ!?離せっ!!止めろっ!!」

 叩かれ、蹴られるが、私は構わず抱き締めた。

 少年の、今にも折れてしまいそうな体をぎゅっと抱き締め続ける。

「大丈夫。此処は安全だよ。誰も君に危害を加えない。安心して、目を覚まして」

 しかしそれでも少年は暴れ狂った。

 私を殴り、そして蹴った。

 それでも耐える。

「嫌だ!離せっ!うわぁぁぁああああああ!!」

「ぐっ!?」

 その時、左肩に強烈な傷みを感じた。少年が噛んだのだ。

 顎に力を入れ、必死になっている

 それでも私はその傷みに耐えた。此処で離せば、少年が壊れてしまうような気がしたのだ。

「大丈夫。目を覚まして!もう君の腕には鎖はない!君の心には鎖はない!私はルチアだよ!」

 ピタリと、少年の動きが止まった。肩から痛みが消える。

 少年の体から、力が抜けた。

戻ってきた…。

 ホッとすると、私は、少年の頭に手を添えた。

 ビクッと、少年の体が跳ねる。

 私はそのまま、優しく少年の頭を撫でた。

 柔らかな髪が、私の指を包み込む。

「ほら、ね?大丈夫でしょう?」

 そしてぎゅっと、再び抱き締めると、彼の肩に顎を乗せる。

「おかえり」

 少年の体が、小さく震えだした。嗚咽する声が、耳元で聞こえる。

 肩に、熱い液体の感覚が伝わってきた。




 その後、落ち着いた彼をベッドに寝かせ、私は部屋に戻る。

 肩を見てみると、少年の歯形が深々と残っていて、じんわりと血が滲んでいた。

 身体にも、所々痣が出来ていたが、特に気にせず、私は眠りに付いた。






 次の朝。

 私はキッチンに立っている。

 サラダの盛り付けを終えると、それを持ってテーブルへと向かった。

 テーブルの上には、パンと豆のスープとサラダが並び、あとは少年が起きてくるだけだった。

 その時、カチャリと扉が開いた。

 少年が気まずそうな雰囲気を醸し出し、しかし部屋に入ってくる。

「おはよう」

 柔らかに声を掛けると、ビクッと少年が震えた。

 怖がってる…?

 昨晩の事を気にしているのだろうか。

 彼に傷を見られないように、肩の隠れたワンピースを着ているのだが。

「どうしたの?食べよ」

 笑顔で誘うと、素直に従う。

 二人揃って席に座ると、少年は気遣う様な視線を、私の肩に向けてくる。やはり、記憶があるのか。

「この世の恵み、この世の命に感謝し、いただきます」

 決まり文句を言うと、私は食事を始める。

 少年の気遣いを、一切気にしない風に装った。

「今日は、一緒に買い物に行こうか」

 食事を続けながら、前々から考えていたことを口に出す。

 少年は驚きの瞳をこちらに向けてきた。

「君の好きな物とか、まあ、限度はあるけど買いに行こ。服とか持っていないでしょう?その他にも要るものとかあると思うし」

 豆のスープをすすり、時計を見上げた。

 朝の七時。十時頃に行こうかな。

「その時に、いろんな人と関われば良いよ。君を閉じ込める様なことしてごめんね」

 彼一人での外出はまだ危険だと判断したものの、結果的に彼を拘束してしまった。

 これは私の失態だ。

 せめて今日、この国を私が知る限り案内して――

「…レオ」

「え?」

 もんもんと考えていたその時、少年が小さく口を開いた。

 私はその内容よりも、喋ってくれた事への驚きと嬉しさで、ポカンとしてしまった。

「…名前、レオ」

 え…名乗っ…?

「レオ…くん?」

 こくりと頷く少年ーレオ君。

 その、踏み出してくれた一歩に対して、私は嬉しさを隠せない。

「良い名前だね」

 レオ。エルフ語で希望や光を表す言葉だ。正しくはリェオ。まだ言葉の隔たりがあった時代の話なので、もう数百年前の事だが。

 彼はカッと顔を赤くさせ、そっぽを向いた。

 て、照れてる!?

 何だか今日は、沢山の色を見せてくれる。

 昨日の影響だろうか。

「その…昨日…の」

「ふえ?」

 あ、いけない。嬉しすぎて間抜けな声が出てしまった。

 私は心配そうな顔をしたレオ君に視線を合わせる。

「か、噛んだ…とこ」

「あ」

 やはり気にしていたらしい。

私は安心させようと、柔らかく微笑んだ。

「大丈夫。大したことにはなってないよ。君…レオ君の傷と比べれば、かすり傷」

「…」

 私はパンにかぶり付き、モグモグと口を動かす。

 変わらない日常を感じてほしかった。

 どんなに君の素を出しても、大丈夫だということを分かってほしかった。

 するとレオ君も食事を始めた。

 その際、小さく「いただきます」の声が聞こえた気がして、にやけてしまったのは、内緒の話。

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