一章
更新です。この後のネタが出るか心配です。
ここは音のない静かな世界。否、音を失った悲しき世界・・・。
僕たちは"音"というものが何なのかは知らない。今世界中のほぼ全員は"音"というものが分からない。ほぼということは、"音"が分かる人もいるのだがそれはほんの一握りで、100歳を超えるご老人だけらしい。人口が30億人になった今、そのご老人の数も数えられるほどになっている。
かつて世界中には"音"が溢れ、にんげんは"音"を使ってコミュニケーションをとっていたそうだ。"音"が無い現在、コミュニケーションは相手と目を合わせ、互いに認識すると頭の中に相手の"声"が響くことでとる。しかし、世界中の科学者もそのメカニズムを解明できていない。
そして、なぜ"音"が無くなったのかも分かっていない。
頭の中に響く声が"音"ではないのかと言われると、どうやらそうではないらしい。
偉い科学者の難しい論文や、学校の教科書には「にんげんは、その脳内が"音"という概念そのもの、さらには"音"を発する・認識することを失った。」とある。難しいことは分からない。実際、僕の生活には何の支障もなく、この世の中だって至ってスムーズに機能している。"音"が無くなった理由なんて知らなくてもいいことだ。僕には関係がない。
夕暮れ、いつもどおりの帰路。人で溢れる駅前。現在時刻を伝える大きな時計台。現在午後6時30分20秒。これもいつも通り。
ただ、ただ、いつもと同じ日常を送る。
音のない世界。
自分一人の世界。
しかし、今日はいつもとは少し違った。
「見かけない制服だな?」
このあたりの学校のものではない制服に身を包んだ、髪の長いまだ幼げな少女。否、歳は僕と同じぐらいだろうか。
大きな時計台の下、待ち合わせによく使われるベンチに彼女は座っていた。
彼女がふとこちらを見た。大きな黒目と整った顔つき。その吸い込まれそうな黒目と目があった。
”君、私と一緒に"音"を探しに行かない?”
彼女の透き通った声が頭の中に響く。まっすぐとこちらに向けられた目は微動だにしない。
”僕には関係のないことだ。"音"なんて僕たちが生まれるずっと前に無くなったじゃないか。”
僕は率直な返事をした。だってそうだろ。"音"が無い今、"音"なんて僕には関係のないことだ。
”いつもと同じ生活を送っていて楽しい?自分一人の世界って楽しい?”
彼女は僕にそう問った。それは、この"音"の無い世界で忘れられている、にんげんが"音"と共に失ったものだった。
”な、なんで"音"なんか探すんだよ”
僕は逃げるように、分かっていたけど知らないふりをしてそう尋ねた。
”私のおじいちゃんは"音"がある時代に生きていたの。けど、つい先日亡くなったわ。おじいちゃんは凄く寂しがっていた。私たちが"音"を知らないことにね。おじいちゃんの日記にはこう書いてあったの。「にんげんが"音"を失ったのはきっと神からの罰だ。これほどすばらしいものを私たちは何故失ってしまったのか」と、ね。”
彼女はそう話しかけ、こう続けた。
”にんげんは何をしたの?罰になるようなことをしたの?そんなこと歴史の教科書のどこにも載ってないじゃない。私は失った"音"を知りたい。どんなのかなんて想像もつかない。けど、おじいちゃんが「こんなに素晴らしいもの」って言うんだからきっと素晴らしいんだと思う…。”
夕焼けのせいかもしれない。気持ちいい風に吹かれていたからかもしれない。僕は彼女のその決意に満ち溢れた顔から目を離すことが出来なかった。
短いですが、読んでいただきありがとうございました。
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