はっちゃけ護衛兵ー年末の闘技大会ー
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魔物の到来は、日常茶飯事。しかし、年に七日間だけ沈黙する。故に暦の上で、この七日間を年始と年末で分けた。
それは、有史の頃より記録されており、何処の国でも今日まで破られたことはない。
酒場の喧騒を眺めながら、旅人の青年は貴重な平穏を肌で感じていた。
「この国の最強が誰かって?そりゃあ、勿論…」
麗しき女店主ソフィアの教えた名は、この国に入ってから聞き飽きた名だった。それでも、信じがたい。それを表情に出してしまい、ソフィアが青年に妖しげな笑みを見せた。
「真偽なら、今日の闘技大会でわかるわよ。お客さんも参加する為に、この国に来られたのでしょう?お城に行かないの?」
去年から開始された年末の闘技大会。
一年の憂さを晴らすという名目で始まり、男性のみならず、女性も多く参加してくる。
今回で二回目だというのに、他国からも、腕に覚えのある強者が大勢集った。
青年も見るからに剣士の装いだ。彼は、腰にある愛刀に手触れながら、にこやかに答えた。
「受け付けは、昨日で締め切ったと門前払いされた」
チーン、終了。
そう、開催は今日なのだが、参加申し込みは前日までだ。しかも、彼だけがそれを知らなかった。入場して行く他の参加者から、プークスクスと馬鹿笑いされた。
屈辱と恥辱を思い出し、青年はカウンターに顔面を埋める。悔しさで呻き声が漏れた。
「お気の毒…、また来年があるわよ」
さらりと流したソフィアは、入店してきた常連客に気づく。
「ソフィアさん♪盛況っすね。いつもの頂戴な♪」
「あら、キーファったら、これから大会でしょう。飲んでていいの?」
緩みきった笑顔でキーファは、顔を埋めた青年の隣に座った。
「いいっすよ。去年も出たし、俺、今回はサボり♪大体、参加は俺の意思じゃなくて、雇い主が勝手に申し込んでんだもん。それより、ソフィアさんのコーヒーが大事♪」
ソフィアの淹れた茶を味わおうと、キーファがカップに手触れた瞬間。隣の青年がキーファの手首を掴んだ。
「貴公が出ぬなら、私が代わりに出たいのだが、よろしいか?」
血涙を流しそうな勢いで、青年はキーファに懇願してきた。
「誰だ、てめえ?」
あまりの迫力に手を払うことを忘れ、キーファは棒読み口調で名を問うた。
名を聞かれて、冷静さを取り戻した青年は、キーファから手を離す。背筋を伸ばし、椅子に座りなおした。
「失礼致した。私は、羽佐間 吾妻と申す。故あって、闘技大会への参加を逃して、このような無礼を働いてしまった次第」
「あ~、そう。俺、キーファ。ここには、ソフィアさんの特製コーヒーのみに来たの。よろしくっす」
キーファは名乗ってから、遠慮なく、コーヒーを啜りだした。飲み干した表情は、呑気に微笑ましい。
「あんた、谷の国の人だよね?んじゃ、吾妻が名前か、ねえ、吾妻って呼んでいい?俺の事もキーファでいいからさ」
キーファのコーヒーにおかわりを淹れるソフィアが驚く。
「お客さん、谷の国の人なの?随分、遠くから来たのね」
谷の国は、馬の旅でも半年程かかる距離にある。だが、金の鉱脈が多く、『金に困ったら、庭を掘れ』などと一攫千金を狙える国として有名だ。
「ここに来る前は、砂漠の国に滞在していたのでな。大会を知ったのも、王太子殿から、聞いたのだ」
砂漠の国の王太子。聞きたくない名に、キーファは露骨に嫌な顔になる。
「何?吾妻は、あいつと知り合いなの?」
「ああ、真剣試合を少々。三本の内、一本しか取れなかったことを喜ばれ、この鎧を頂いた」
少し誇らしげに吾妻は、旅外套の下を少しだけ捲る。あくまでも2人にだけ、見えるようにだ。その下には、ミスリル製の胸当てが見えた。
ミスリルは鉄より硬く、革より軽い。しかし、「奇跡の鉱物」と呼ばれるほど、滅多に取れない貴重品。砂漠の国でしか採掘できず、国家で独占している国宝と言っても良い。
「マジか、それを貰える程ってことは、吾妻は本当に強いんだろうねえ」
「いやいや、私などより王太子殿が強かった。あの剣技は心が奮えた。…剣技だけは」
意味ありげな語尾を残し、吾妻は目が死んだように暗くなる。突然、目頭を押さえて涙を堪えた。
キーファは、心底、吾妻を憐れんだ。
結局、キーファは吾妻の泣き落とし…もとい、剣の腕前を買うことにした。キーファはサボれるし、吾妻は参加できる。利害一致といえば、そうなる。
「キーファ殿、私達は城に向かっているのではなかったか?」
2人が歩いているのは、酒屋の裏手にあった奇妙な通路だ。
「ここ、城からの脱出経路だから、表の道を行くより、ずっと早く着くよ」
さらりと言い放たれ、吾妻は聞き流しそうになった。
(それ!隠し通路だろ!?私なんぞに教えていいのか!?)
吾妻の焦りを余所に、キーファは小走りで通路を進んでいく。何処となく、自信に満ちた背を見ながら、吾妻は考えを纏める。
(キーファ殿は…、城勤め…しかも、隠し通路を知りうる程の地位をお持ち…)
ここで、吾妻は砂漠の国・王太子を思い出す。
「もしや、御身は『騎士マリアンヌ』が嫡男キーファ・フィリオ・ヴァレンタインではないか?」
気づかれたキーファは、足を止めて吾妻を振り返る。如何にも面倒そうに眉を寄せた。
「…ああ、うん。そうです」
途端に納得した吾妻は、表情を明るくした。
「そうか、それは失礼した。貴公の活躍は、何度も耳にしていた。昨年は砂漠の国にて、魔物を討ち取ったとか?」
「いやあ、王太子様と兵士の皆様がやっちゃたようなもんで、俺なんて何もしてないっすよ」
キーファが適当に活躍を否定しても、吾妻の嬉しそうな顔はついぞ消えない。
時間にして、20分程度。一方的な会話の果て、目的地に辿りついた。吾妻は『騎士マリアンヌ』の感想を喋り続け、キーファの精神は、重体である。
(こいつを差し出して、俺はその辺でサボろうっと)
その前に、キーファは吾妻に注意事項を述べる。
「いいか?大会は始まっているはずだから、気を付けて進めよ。死にはしねえけど、巻き添いを食らうぞ」
吾妻は、全貌は理解せずとも、空気を呼んで頷いた。
「…わかった。巻き添いが出来る程、激しい闘いなのだな」
半分、正解。物分かりの良い吾妻に満足し、キーファは壁に触る。小さくガコッと壁を引き戸のように開けた。
「遅いぞ、野蛮人!」
凛として甲高い声が耳を打った。
目の前に、仁王立ちした第二王女ロレイン(+侍女、護衛兵)が睨んできた。まさかの人物に、2人は驚きのあまり、互いの手を取った。
「ビックリした!ロレイン様、何してんすか?ここにいたら、危ないですよ」
「何をしているだと!?大会が始まっても、野蛮人が姿を見せんから、探しておったのだ!ほらっ、すぐに行くがよい!…なんだ、その男は?」
怒り心頭のロレインは、ようやく吾妻に気づく。キーファは、ここぞとばかりに、吾妻に話を振る。
「吾妻、この方が最強のロレイン様だ」
「なんと!?私には、一国の王女に見えるが、それは仮の姿か!?」
「か弱い淑女を前にして、誰が最強だと!?野蛮人、行かぬなら、今度ばかりは減棒にするからな」
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤に染め上げ、ロレインは怒鳴り声を上げた。
(減棒は嫌だな…)
渋々、キーファは吾妻と外へ出た。急に騒々しい荒音が耳に入ってきた。吾妻は、改めて周囲を見渡す。薄暗く、椅子や机があるのだが、窓がない。扉のない口だけが外に通じている。
「もう、始めってんじゃん。吾妻、急いで行って来いよ。終わっちまうぞ」
「このまま、行けば良いのだな?」
キーファに言われるまま、吾妻は明るい外へ足を踏み出した。瞬間、人が吹っ飛んできた。反射的に、吾妻は人の腕を掴み、一本背負いで地面に叩きつけてしまった。
「おう!吾妻、すっげえ!」
キーファはケラケラと陽気に笑う。吾妻は改めて人を見やる。革鎧の剣士だった。剣士は、気絶しているようだ。
「巻き添えとは、こういうことか…」
激しさを予想し、吾妻は一層気を引き締めた。外の状況を知る為、外へ駆けだした。全貌を目の当たりにする。
観客席のない闘技場、土が剥きだしたになった地面、その中心に立ち向かう人々、吹き飛ばされる人、人、人、人。人が多すぎて、中心が見えない。
「どういうことだ…?」
困惑した吾妻に向かって、容赦なく人が飛んできた。それも避け、反対に掴んで投げを繰り返して防ぐ。
「何って、闘技大会。盛り上がってっしょ?つーか、聞いてよ。ロレイン様、吾妻を参加させたいなら,俺も真面目に出ろだって」
のこのこ歩いてきたキーファが呑気な口調で教えた。彼の態度に、吾妻は思わずブチ切れる。
「ふざけるな!これのどこが大会だ!ただの乱闘だろ!!というか、なんで、人があんな簡単に吹き飛ぶんだ。ありえないだろ!」
「そりゃあ、最強の男だもん。人ぐらい吹っ飛ばせるって、あ、怪我人は、あっちの救護センターで治療するから、怪我したら行ってね」
その救護センターのベッドには、開始早々にノックアウトした第一王子ダイオニシアスが寝転んでいた。
先ほどの革鎧の剣士も、ロレインの護衛兵に運び込まれていた。どうやら、ロレインも救護班として、待機している様子だ。
「バドルロワイアルでは、死者もおおかろう」
ぞっと青ざめる吾妻に、キーファは口元を曲げる。
「いや、死人とかは出ないよ。あの人、殺さないように手加減してるからさ。折角の憂さ晴らしなのに、逆に疲れるって愚痴るけどな」
ほんの少しだけ、尊敬を込めた口調。
この乱戦を殺さずに乗り切るなど、如何なる達人でも至難の業だ。殺さずとも、再起不能に陥らせ、後遺症を残す危険もある。
おそらく、細心の注意を払いながら、全力を出しているに違いない。
「だが、できれば、私は一対一で、手加減抜きで戦いたい。その為に、命を落とすことになっても構わん。何とかならないだろうか?」
「…アホか、あんた。運営側としては死人出たら、困るっつうに。誰が責任取るんだよ」
吾妻は、更に畳みかける。
「その責任なら、私が取る!」
真剣そのものの叫びに、キーファは彼を説得することを諦めた。寧ろ、吾妻は痛い目を見たほうが良いのではと、キーファは考えた。
ちなみに、この間も人が飛んでくるが、2人は対応しながら会話している。
「じゃ、ちょっと、ここで待ってて。すぐ戻るから」
吾妻の返事を待たず、キーファは会場の外へと走り去る。代わりに、物凄い形相のロレインが吾妻に突っかかってきた。
「谷の国の人!キーファは何処へ行ったの!とめなさいよ!」
「すぐに戻ると言っていたが、ロレイン王女、御身の為に下がっていては…」
ロレインに飛んでくる人や武器は、護衛兵や侍女が払っては投げ、払っては投げを繰り返している。
「…ロレイン王女は、良い腕の護衛をお持ちだ」
感心して呟く吾妻に、ロレインは胸を張って口元を扇で隠した。
十分後。
「お待たせ」
キーファは上品なドレスを纏った少女を伴って現れた。その少女が現れると、急にその場だけが静まり返った。
「何をするつもりか、知らないけど、私、失礼するわ」
機嫌を悪くしたロレインは、さっさと救護センターに戻ってしまう。
連れてきたキーファも少女と目を合わさず、少女も少女でぶっきらぼうな態度で吾妻に目礼した。
「その少女は?」
「いいから、いいから、吾妻、剣出して」
キーファは構わず、吾妻に剣を出させる。言われるがまま、刀を鞘から抜いた。刃物を出されても、少女は全く動じない。
「はい、おまえはここに立って、吾妻はこうやって、剣を立てて、そうそう」
少女を吾妻の傍に立てさせ、その剣を少女の首に当てないように立てる。
(これでは、私がこの娘を人質に取っているように見えるが、…キーファ殿のことだ。意味があるのだろう)
納得できない気分で、吾妻はキーファに従う。
「はい、じゃあ、さっき教えたセリフを言ってもらおうかな?お礼は、後で自分の親父さんから貰えよ」
指示された通り、少女の叫び声が放たれた。
「きゃああああ、お父様、助けて(棒読み)」
正直、喧騒に掻き消されそうな小さな声だった。
だが、次の瞬間、喧騒の中心から人々が弾け飛んだ。立っていたのは、ただ1人。
この国、最強の戦士こと国王レオポルド6世。
「貴様!娘に何をさらすか!!」
会場を響かせる怒声に、吾妻はようやく自分のしていることを理解した。彼の腕にいる少女は、第二王女イレーヌ。
(意味あったけど、意味あったけど!こういう意味!)
全身の毛穴から、汗を滲み出る焦燥感。
静かな殺意を込めたレオポルド6世は、一蹴りの疾走で吾妻との間合いを詰めた。
「ちょ、待っ、これは、キーファ殿…、ってもういない!あ、王女もいない」
吾妻が焦っている間に、キーファとイレーヌは、とっくに逃亡である。安全区域から、キーファは応援を込めて、声援を送る。
「国王の特化スキル「親馬鹿」、全スタータス上昇だ。頑張んな」
※そんなスキルはありません。ステータスの概念もありません。
「キーファ殿!!」
耳元に感じた痺れ、それを殺気と受け取った吾妻は後に飛んで避けた。旅外套が切られてしまったが、仕方ない。
レオポルド6世の手には、木剣が握られていた。
(木剣にも関わらず、この切れ味!!)
まさに、達人。故郷の言葉で言うならば、剣聖の域。
国民の誰もが言う。最強の男とは、レオポルド6世に他ならない。
そんな言葉、信じられなかった。
何故なら、国王でありながら、彼はあまりにも軽んじられている。噂では、王妃から泥を投げつけられ、国中の女達から浮気者と謗られている。
どうして、最強と謳われているなどと信じられよう。
レオポルド6世の剣を避け、反撃の隙を窺うが、吾妻は避けるので精いっぱい。それに痺れを切らしたレオポルド6世は、地面に刺さっていた斧に手をかける。
(避けきれん)
その直感に、吾妻は刀で防御の構えを取った。予想通り、木剣を避けた瞬間、斧が迫ってきた。刀の刃が、斧をモロに受けてしまい、ヒビが入った。
愛刀を惜しむ間もなく、吾妻は地面に落ちている剣を目にした。刀をレオポルド6世に投げ放ち、その隙に剣を拝借した。
その剣も斧に耐えきれず、折れれば、吾妻は次の武器を拾って耐えた。やがて、斧が刃こぼれするとレオポルド6世は、次の武器を手にする。
2人の剣戟に、呆然として周囲はざわめきに変わる。
「国王の動きに付いて行っている奴がいるぞ」
「誰だ、あれは?」
吾妻の槍が折れた時、誰かが叫んだ。
「そこの兄ちゃん、これを使え!」
参加していた戦士が自分の武器を投げ渡す。それを見て、各々、自分の武器や予備の武器を2人の手に取りやすい位置に投げた。無論、2人は難なく避けながら、お互いの手を緩めない。
段々、吾妻はレオポルド6世の動きを掴んできた。
殺される緊張感が闘いの高揚に変わっている。脳髄まで闘争に満ちれば、こちらの攻撃態勢が整った合図だ。
相手より、より速く動き、両手から武器を弾く。驚きに目を見開く、隙を付いて跳躍した。吾妻は渾身の一撃を叩きこんだ。
「めえええええん!!」
手にしていたのは、片手直剣だと忘れていた。それぐらい夢中だった。だが、相手もさることながら、振り下ろされた剣を両手で受け止めた。
その姿は、真剣白刃取り。
それだけでなく、そのまま下半身を回転する勢いで、吾妻を蹴った。肋骨にマトモな蹴りが入り、空気を求めて口を開いた。
「惜しかったな」
嬉しそうな声が、吾妻の最後に聞こえた声だった。
吾妻が倒れ伏すと、参加者達が観客のように歓声を上げた。それは吾妻への賛美に違いない。突然の参加者によって、最高潮に盛り上がった闘技大会は、こうして、幕を下ろした。
夕食を摂りながら、キーファは昼間のことを喜々として話す。
「すごかったな、吾妻。俺、あんたに惚れちまったっす。あ、その腕前に事だけど」
「そうか」
「あんたの剣、折れちまったけど、陛下が特注してくれるっていうし、良かったな」
「そうだな」
「ダイオニシアス様が…自分の指南役にしたいって…」
「そうらしいな」
心底、機嫌を悪した吾妻は、適当に返事を繰り返す。
「何、怒ってんだよ」
「この状況で笑える気はせんな」
現在、2人は留置所に拘留中である。彼らの周りには、酔っ払いや喧嘩によるおいたが過ぎたお調子者だらけだ。
「うるさいぞ!黙って飯を食え!」
看守も声を張り上げるが、効き目なし。
「しょうがないだろ。普通、王女に刃物向けたら、ブタ箱どころか、監獄行きだぞ?俺も教唆の罪で、一緒に入れられてんだから、淋しくないだろ?」
「そういう問題じゃない!!」
魔物の来ない七日間、貴重な平穏の時間を2人は留置所で過ごしたのでした。
お祭り気分でも、はしゃぎすぎてはいけませんね。
閲覧ありがとうございました。