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願いを叶える

作者: 洗濯バサミ

 遠い昔のこと、ある王国にどんな望みでもひとつだけ叶えてくれると云われる妖精の小瓶がありました。

 その小瓶の中には、それはそれは美しい妖精が入っていました。妖精は、性格もとても良くみんなから愛されていたのですが、あるとき魔女のいわれのない恨みを買い、小瓶に閉じ込められてしまったのです。

 自由になるためには、願いを叶える力を妖精のために使う人間に出会わなければなりません。それも、心からの願いでなければならないのです。

 閉じ込められてからというもの妖精は、あらゆる人間の願いを叶えてきましたが、妖精の幸せを心から願う人間には出会えませんでした。みな、自分の願いを優先するのです。


 ところで、この魔法の小瓶の力にはちょっとした決まりがありました。


 願いはひとりひとつしか叶えてくれないこと。

 妖精が願いを聞くのははじめに瓶に触った人間だけであること。

 一度願いを叶えた人間のところには二度と現れないこと。

 妖精は願いを叶える相手を選べないこと。


 そして、一番に願っていることしか叶わないこと。


 願いを叶えるとその小瓶はただの小瓶になり、妖精はまたどこか別の小瓶に移ってしまいます。いままで幾度となく妖精を捕まえて願いを叶え続けさせようとする人間に出会いましたが、その決まりのおかげで助かってきました。


 そんなある日のこと、いつものように新しい瓶に飛ばされた妖精はあたりを見渡しました。そこは、薄汚れた古い民家のようでした。周りに人の気配はなく、静まり返った部屋には明かりすら灯っていません。不思議に思った妖精があたりを見回していると、ギィ、と扉の軋む音がしました。少しして付けられたロウソクの火がぼんやりと部屋を照らし出します。今入ってきた、この家の住人らしい青年は肩に下げていた大きな麻袋をテーブルの上に置き、キシキシと鳴る木の椅子に腰を下ろしました。妖精の存在に気づいた様子はありません。

 妖精の小瓶は人目に付きやすいように白い光を放っているのですが、こちらをちらりとも見ない青年の瞳にその光は届いていないようです。

 青年自ら気がつくのを待っていても良かったのですが、なんとなくそんな気分だった妖精は、自分から青年に声をかけました。声をかけるといっても、実際に声を出すのではなく脳に直接語りかける形でしたが。


『ねぇ、あなたは‥‥‥‥‥‥あなたの、お名前は?』


 人間に自分から話しかけたことなどなかった妖精は、なんと言ったらいいのか分からず、結局そう尋ねました。

 いきなり声が聞こえてきた青年は驚いて部屋をぐるりと見回しました。そしてやっと、戸棚から白く美しい光が漏れていることに気がつきました。訝しげな顔をしながら近づいてくる青年に、妖精はもう一度尋ねました。


『あなたの名前は、なに?』


 青年はそっと戸棚を開け、妖精の小瓶を見つけると、宝物を扱うような優しい手つきで妖精の小瓶を取り出し


「‥‥‥カラム」


と、呟くように応えました。





 数日後、妖精はまだカラムの家にいました。驚くべきことに、カラムは妖精の小瓶の存在を知りませんでした。まだ幼い頃に両親をなくしてからというもの日々の生活に追われ、おとぎ話に耳を傾ける余裕などなかったのです。

 そんなカラムに、妖精は願い事のきまりについて教えてあげました。でも、どうすれば妖精が自由になれるかは言えませんでした。妖精を閉じ込めた魔女の魔法で禁じられていたからです。

 カラムも、妖精にいろいろなことを話しました。両親はまだ幼い頃に亡くしたことや、自分には病気の妹がいること、妹の病気はとても重く、どの医者に相談しても「治せない」と言われたこと。それでも、どうしても妹を治したいこと。


 妖精とカラムは、ロウソクの微かな光のなかで毎晩のように語り合いました。

 妖精は、カラムの妹のアーシャとも仲良くなりました。カラムが仕事に出ている昼間はアーシャと過ごし、夜はカラムと過ごしました。最初のうちは、妖精にアーシャの病気を治してもらおうとしていたカラムでしたが、何度願おうと思ってもアーシャが邪魔をしたため、最後には諦めて三人で楽しい毎日を送るようになりました。

 また、妖精には名前がなかったので(今まで”妖精”としか呼ばれてこなかったのです)ふたりはまず、妖精に名前をつけてあげました。


「”ラシャ”なんてどうかしら」

「ラシャ?」

「そう、兄さんと私の名前からひとつずつとったの」

『ラシャ…とてもきれいな響き!ありがとう、アーシャ』


 妖精は、”妖精”から”ラシャ”に生まれ変わりました。


 そんな風に三人で暮らすうちに、ラシャは、ずっと小瓶の中に居てもいいと思うようになりました。カラムのことを愛したのです。カラムもまた、ラシャのことを愛していました。でも、ふたりともそれを口に出そうとはしませんでした。ふたりの気持ちに気付いていたのは、妹のアーシャだけでした。

 アーシャは何も言わずにふたりを見守っていました。



 しかし、そんな幸せな日々も長くは続きませんでした。ラシャと三人で暮らし始めて一ヶ月ほどたった頃でしょうか、アーシャの病状が悪化したのです。アーシャの病状は今までになく深刻で、このままではアーシャは死んでしまいます。

 ついに、ラシャがカラムの願いを叶えなければならないときが来てしまいました。カラムの願いを叶えるということは、ラシャとの別れを意味します。


 「必ず助けるから」と言うカラムに、アーシャは小さく首を振り「やめて」と言いました。私のことはいいから、ラシャとふたりで暮らしてほしい、と。


 でも、カラムは愛する妹を見捨てることができません。ラシャもそのことが分かっていましたし、ラシャ自身も、心優しいアーシャを助けたいと願っていたのです。


「ああ、妖精よ、どうか妹の病をお治しください。妹の命をお救いください」


 そう願うカラムの瞳からはとめどなく涙が流れています。愛しいラシャとの別れが辛くて仕方なかったのです。ラシャも、心の中で泣きました。生まれて初めてのことでした。


 ……ラシャの力によって、アーシャの病気は治りました。


 アーシャが穏やかな寝息をたてるのを横目に、だんだんとラシャの姿が薄くなっていきます。ラシャは言いました。カラムも言いました。


「『また、会いましょう』」


 二人は果たすことのできない約束を残し、離れ離れになりました。






「兄さん…なんで私を助けたの!?私を助けなければ、ラシャとふたりで暮らせたのに!!」


 目を覚ましてすぐ、アーシャはカラムに向かって怒りました。カラムも怒鳴り返します。


「お前を見殺しに出来るわけないじゃないか!お前を見殺しにして、幸せに暮らすことなんて……!!」


 ふたりは抱き合って泣きました。そして、これからはラシャの幸せを祈って生きていこうと決めたのです。いつかもう一度ラシャに会える日を夢見ながら。




 アーシャの病気が良くなって、カラムとアーシャの生活は以前より少し楽になりました。でも、昔の方が、ラシャと三人で暮らしていたときの方が、ずっと幸せでした。


 どこかぎこちなく暮らし続けて、一年と少しが経ちました。ラシャのいない生活にも慣れてきましたが、ふたりがラシャのことを忘れる日はありませんでした。今でも、空の小瓶を見るとラシャが現れるのではないかと思ってしまうのです。




 ある夜、仕事を終えて帰って来たカラムは、いつものようにキシキシ鳴る椅子に腰掛けてアーシャの作ったスープを飲んでいました。アーシャは向かい側に座って編み物をしています。寒い中仕事に行くカラムのために作っているセーターがちょうど完成するところです。カラムに見せようと顔をあげたとき、窓の外に白く輝く光を見つけました。月や星の光にしては強すぎます。気になったアーシャは立ち上がって窓に近づいていきました。


「アーシャ、どうかしたのかい?」


 カラムもお皿を置いて後に続きます。


「兄さん見て、何か光ってるわ」

「光…?そんなもの見えないよ」


 窓を覗き込みますが、そこには光などありません。ただ、暗闇の中に佇む街並みが冬の寒さに凍えているのが見えるだけです。でもアーシャには確かに白い光が見えています。


「何言ってるの。ほら、すぐそこに……」

「アーシャ!?」


 アーシャは、はっとして外に飛び出しました。カラムが慌てて追いかけると、雪の中、寒さを忘れてしまったかのように座り込むアーシャがいました。


「アーシャ……こんなところにいたら風邪をひくよ。早く入ろう」


 肩を叩くと、振り向いたアーシャの手には空の酒瓶がありました。カラムもはっとしてアーシャと顔を見合わせます。


「…アーシャ、もしかして…ここに、ここにいるの?」


 カラムの声は震えていました。もちろん、寒さのせいではありません。アーシャもまた、震えた声で応えます。


「ええ、ええ、ここにいるわ兄さん」


 ふたりは大事に大事に瓶を抱え、家に入りました。





「ああ、ラシャ、本当に久しぶりね」


 アーシャが目に涙をためながら話しかけています。瓶の中に居るラシャも何か答えたようですが、カラムにはその姿も見えず声も聞こえません。魔法の小瓶にかけられた決まりのせいです。


「なぁアーシャ、ラシャはそこにいるんだろう?…僕にはラシャの声は聞こえないけれど、僕の声はラシャに届いている?」

「…ええ、もう一度私たちに会えて本当に嬉しいって言ってるわ」

「そうか……よかった…」


 ラシャが見えないのは悲しいことですが、それ以上に、もう二度と会えないと思っていたラシャが目の前に居ることが、カラムには嬉しくてたまりませんでした。兄のその幸せそうな笑顔を見たアーシャは、あることを思いつきました。


「ねえ兄さん、ラシャにこうお願いしたらどうかしら、”ずっと一緒に居てください”って」

「何を言い出すんだアーシャ!そんなことできるはずないだろう?」

「いいえ、出来るわよ。そうでしょラシャ?」


 ラシャがなんと答えたのかカラムには分かりません。ですが、アーシャの笑顔を見ればどんな返事がされたのかすぐに分かります。


「ほら、ラシャも喜んでるわ!これからまた三人で一緒に…」

「だめだよアーシャ」

「話すのだって、不便かもしれないけど私が伝えるわ。それでいいでしょう?」

「だめだ…できないよ」


 カラムはゆっくりと首を横に振ります。


「なんで!?兄さんだってまたラシャと一緒に暮らしたいでしょう!?」

「ああ…でも、だめだ」

「なんでそんなこと言うの!?好きなくせに…ラシャのこと、愛してるくせに!!」


 そう叫んで泣き崩れるアーシャを、カラムは優しく抱きしめます。そして幼い頃よくそうしたように、頭を撫でながら言い聞かせました。


「確かに僕はラシャを愛してる…だからこそ、ラシャが魔法で瓶に捕われたままなんて嫌なんだ。自由になって欲しいんだよ」

「兄さん…」

「もちろん僕だってラシャ一緒に暮らしたいよ。でも、それ以上にラシャに幸せになって欲しいんだ。愛する人には幸せになって欲しいんだよ」

「…そうね。私が間違ってたわ…。いくらラシャが許してくれたとしても、あんな小瓶の中でずっと生きて行くなんてひどい話よね」


 アーシャはぎゅっとカラムに抱きつくと、机の上にある酒瓶を手に取りました。中では、ラシャが困ったようにこちらを見ています。


『本当にいいの?私のために願いを使ってしまうなんて…』

「あなたのためだけじゃないわ。わたしたちみんなのためよ」

『ああ、なんて優しいの、カラム、アーシャ……』

「泣かないでラシャ。お願いだから自由になって。幸せになって…」

『…はい』


 カラムに肩を抱かれ、アーシャはラシャに祈ります。


「ああ、妖精よ。どうかラシャを魔女の魔法から解き放ち、自由にしてください。そして彼女に永遠の幸せを与えてください」


 そう唱えた途端、まばゆい光と共にラシャも瓶も姿を消し、影も形もなくなりました。これでもう、ラシャが魔女の魔法に縛られることはありません。


「ラシャ…僕は本当に君の幸せを願っているよ…。でも、もし許されるなら、君と一緒に生きてゆきたかった……」

「私もよ兄さん…。また三人で暮らしたかった…」


 ふたりがそう口にした次の瞬間、部屋が光に包まれました。先ほどの光よりももっとまぶしいそれに、ふたりは思わず目を閉じます。そして、少しして恐る恐る瞼を上げると、そこにはなんとラシャの姿があったのです。もちろん、瓶の中に居たときのような大きさではありません。


「ラシャ…!?」

「ラシャ…?本当にラシャなのかい?」

「そうよカラム。帰ってきたの」

「なんでそんな…君は自由になれたのに…。もしかして僕たちに恩返しに来たのかい?だったら気にしないでおくれ」


 目を伏せて申し訳なさそうに首を振るカラムを、ラシャは思いっきり抱きしめました。


「なっ…ラシャ!?」

「恩返しなんかじゃないわ!あなたに会いにきたのよ…あなたを、愛してるから……」





 こうして、ふたりは共に暮らすようになりました。もちろんアーシャも一緒に。


 めでたしめでたし。


 

童話みたいな話が書きたかったんです。(願望)

後半無理矢理すぎて…(汗


これ書きながら妖精と人間って結婚できるんかなぁとか、アーシャはどっかそこそこの金持ちイケメン捕まえられそうだなぁとか考えて楽しかったです。

ていうか本当に妖精と人間ってどうなんですかね?寿命とかもろもろ壁がありそうな気がします。


こんなどうでもいいあとがきまで読んでくださってありがとうございました!

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