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 その1

 

 ジリリリリリリリリ――


 ああ、目覚ましの音が聞こえる。私はただ、ずっと眠っていたいだけなのに、なぜ朝と呼ばれるものがくるのだろうか。今日からまた月曜が始まると思うと憂鬱になる。

なぜ月曜日は存在するのだろう。なくてもよいのではないか? そうだ、私が政治家になったら月曜を無くそう。みんなもそれを望んでいるはず。きっとものすごい支持を得ることができるだろう。そうなったら私はにも総理大臣なれちゃうかな。


 ジリリリリリリリリ――


 目覚ましの音が鳴り止まない。うるさい、わかっている。二重の意味で夢から覚めた。

 未練がましく、もぞもぞとベットの中をうごめいていると、手に何か冷たいものが当たった。それはベットの外へ押し出され、冷たい床に吸い寄せられた。小気味のよい落下音と不可解な電子音が聞こえた。


 何の音だろう、と思案する前に私は思い出した。昨晩はゲームの最中に寝たことを、そしてセーブなんぞしていないことを。

 私はベットから飛び起きる、そしてその音の正体を確認する。神様、どうか私の推測が間違っていますように……。


 「あぎゃあああああああ、私の15時間の結晶がー!」


 そこには画面が真っ黒になった携帯ゲーム機があった。

 私は急いでゲームを再起動した。手馴れた動きでタイトル画面に行く、そこに映っていたのはデータがありませんの文字。


 めのまえがまっくらになりかけた。


 「ウソォ! セーブデータまで消えてるじゃないの! 私の冒険はここで終わり!? 私の青春はこんなことで消滅した!? じょ……冗談きついわよ、何かの間違いかも……。やっぱり消えてるぅ!嗚呼、神よ」


 ゲームに掛けた青春を思い出して自然と目に水がたまる。嗚呼、神よ。何ゆえこのような試練をお与えになるのか。


 「朝からうるせーぞ。飯だ、さっさと降りて来い」


 外から声が聞こえた。うるさいと言ったということは、その内容まで聞えている訳で、私に何が起きたのかわかってる筈なのに、この一切私に気を使う気の無い発言。こんな発言するのが私の尊敬する兄なのだ。


 月曜の朝から絶望の連続、活力と呼ばれるものが体から抜け落ちるの感じる。今日は学校を休もうかと本気で思い悩む。よし、休もう。ゲームをしよう。そうしよう。


 「お兄ちゃーん、今日体調悪いから――」


 「うっさい、早く来い」


 うーん、実にシンプル。問答無用とはこのことだろう。かわいい妹が傷心なのだ。もう少し気を使っていただけないものだろうか。そして休むのを許してくれないものだろうか。


 後が怖いので、後ろ髪を引かれる思いで食卓へ向かうことにする。憂鬱だわー。


 うっとしい目覚まし時計を叩きつけてアラームを消す。床に脱ぎ散らされた制服をひょいと拾い、そのまま着用する。下着だけで寝るとやっぱりこういうときに便利だ。仕上げにかわいい赤いネクタイリボンをつけると、あたり一面に散らかった日用品(お兄ちゃんにはごみに見えるらしい)をつま先立ちで避け、部屋のドアを開ける、洗面所までぺちぺち歩き、そして顔を洗う。食事があるので歯磨きは後だ。顔を洗ったら、だるい気配を感じさせるような顔で1階にある食卓へ向かう。休むための重要なテクニックのひとつである。しかし、成功したことは一度もない。何故だ。


 「お兄ちゃん、おはよー」


 「おう、じゃあ、飯食おうぜ。いただきます」


 「はいはい、いただきま~す」


 いつものテンポ、会話で食事への運びとなってしまった。互いの身に染み付いたルーチンは、私がだるそうな顔しただけでは変化しないのか。まぁ、そんな気はしていた。


 食卓には今日の献立のほっかほかの白米、シャキシャキのねぎが浮かんでいるだけの味噌汁、昨日の残りの肉じゃが、そして私の大嫌いなトマトのサラダがある。


 嫌いなものを食べさせる習慣はどうかと思う。食に苦労していた昔ならいざしらず、今は飽食の時代なのだ。嫌いなものを食べる必要性はまったく感じられない。この習慣は前時代的な、廃れるべき習慣だと私は思う。


 そもそも、なぜトマトなんてものが存在するのだろうか、なくてもよいのでは無いのだろうか? そうだ、私が政治家になったら――


 いやもうこのくだりはもういいや。見飽きたことだろう。

 

 見飽きた? 誰が何を? 私はいったい何を思っているんだ。 まるで私が文章の中の登場人物ような錯覚に陥ってしまうなんて。ゲームをやりすぎたのかな? こういうのはなんて言うんだっけ? シュミレーテッドリアリティだったかな。 なんか本気で小説や漫画の世界だと信じてるってやつ。なんかのメッタメタな漫画で呼んだことがある。


 いやいや、こんなことはどうでもいい。今の最優先事項はいかに休みを貰うかだ。 


 「なな、お兄ちゃん聞いてよ」


 「休みたい、ってこと以外なら」


 さすが私のお兄ちゃん。私の発言を先回りしてきた。いやー、兄弟愛が確認できたようでウレシイナー。チクショウ。別にいいじゃん一日くらい。その一日で一体何が変わるというのか、いや何一つ無い。一日ぐらい別にいいってことをお兄ちゃんは解してないんだよなー。 

 

 「だめなの?」


 「だめだ」


 「かわいい妹がこんなに頼んでいるのに?」


 「かわいさが全然足りない、後一万年はがんばれ」


 「銀髪ロングで、顔も非の打ち所もなく、声もキュートで、こんなにも制服が似合う天使なのに?」


 「なんか、発言がきもい」


 なんとバッサリ。


 「ぶーぶー、お兄ちゃんもセーブデーターが消えたら休みたくなるもん。てか、そもそも休むことのなにがわるいのよ。誰も損しないし、傷心の私は回復するし、いいことずくめじゃない。」


 「そういや、お前明日誕生日だよな?」


 露骨に話を変えてきた。この流れに乗ったら、二度休みの話題に戻れない。そんな見え透いた手には乗るか!


 「それよりもさ――」


 「誕生日プレゼントにあのゲーム買ってやろうか?」



 「ナンデスト」


 まさに寝耳に水、窓から槍。まさかこんな手を使ってくるなんて。この勝負どうやら私の負けのようだ。


 「あー、あのゲームだよ。なんだっけ、あの…… 世界初の仮想空間だっけ? なんかすごいってことは知ってるんだけど」


 「仮想空間じゃなくて仮想現実! あと、すごいってもんじゃないわよ。ゲキヤバよ、ゲキヤバ。まさに未来の技術ね! でも…… ホントーに買ってくれるの? あのゲーム。高いんでしょ? 大丈夫なの?」


 「あー、それは気にするな。この前出世してボーナス貰ったんだ。俺のことは気にするな。それとも何だ、うれしくないのか?」


 「うれしいわよ。うれしいに決まってるじゃない。翼が踊るわ、天使だけに」


 「それはよかったな、しかしお前にはかわいさが足りない。」


 「うっさいわ」


 「しかし、ゲームを買ってやるには条件がある」


 「わかってる。学校行けって言うんでしょ。いいよ、それぐらい。ゲームと比べたらなんてこと無いわ」


 「あー、それもそうだけど。それだけじゃない、もうひとつある。こっちのが大切だ」


 もうひとつ? なにそれ。まぁ何でもいいや。掃除、洗濯、食器洗い、その他、どんなものでも何だってやるわ。あっ! でもエッチなのはいけないと思います。


 「そう、気構えるな。そんなに難しいものじゃない。だた、そのゲームの内容を良く調べるだけだ。どうだ、調べるだけいいんだぞ。その後、調べたら俺に報告さえしてくれたらいい。あっ、勘違いするなよ。調べるってもスパイとかそういう意味じゃない。普通に一般人が調べる様に調べるだけでいい」


 え? そんだけ? そんなのインターネッツですぐじゃん。おお、神よ。ありがとうございます。


 「あと、インターネットは駄目だ」


 「なんでよ!!」


 神様ー、お兄ちゃんが私をいじめます。


 「これは俺の持論なんだが、ゲームっていうのは、結局買う前が一番楽しい。俺も小さい頃は新しいゲームの妄想をしながら、ベットに入ったものだ。それが何よりも楽しくてな、今思えばゲームをプレイするときよりそっちのが楽しかった気がするんだ。だから、お前もその体験をしてみるがいい」


 ええー、そんなの別にしなくてもいいじゃん。めんどくさ。


 「それとインターネット使用禁止と何が関係するの?」


 「いや、だってさ。ネットにつまんね、って書かれてるとお前そのまま流されて、つまんねっていうだろ。ネットの意見が全てだー、見たいな感じだろお前。自主性の無いやつめ」


 「うっざ、そんな訳無いじゃん。私をそんな浅はかと一緒にしないでよ」


 いや、そうでもないのかも。一理あるかもしれない。でもなんか、お兄ちゃんがむかつくから反抗する。私はプロテスタントだ。


 「お前はその浅はかと一緒にしか見えんぞ。まぁ、とにかくだ。ネット使ったら駄目だぞ。使ったら買わない」


 「えー、そもそもネット無しでどうやって調べるのよ」


 「やっぱりお前浅はかだな、お前何のために足と口がついてるんだ? 学校に行って誰かに聞けばいいだろ。生の声ってのはすばらしいぞ。何しろ全て個人の意見で済ませることができる」


 「ええー、めんどくさ。文明の英器使って何が悪いのよ」


 「うるせー、もうすぐ会社の時間だから俺は行く」


 なるほど、問答無用ということね。お兄ちゃんらしいわ。


 「あー、最後にもうひとつ条件だ」


 「まだ何かあるの? もう簡便してよ」


 「トマト食え」


 「……」


 嗚呼、神よ。何ゆえこのような試練をお与えになるのか。




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