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#08

 多くの宗教において、人は生まれ変わり――転生は行われない。死後の世界という"異世界"で、魂となって過ごすという考えが多い。

 転生という思想を許してしまえば、聖人が復活を遂げるという奇跡を起こしたとき、はたして「その人間は本当に死ぬ前の人間と同一なのか?」という疑問が発生するのだ。

 別人ならば、それは復活ではない。

 死者に仮初の命を与え、意のままに操り、冒涜する。死者蘇生という名の邪法だ。

「ジョージ・S・コンサドは死の間際、私は前世で、日本という国で生きていた人間だ、と言って……私を含めた、一部の、魔術師たちが、疑問を持ったの」

 ある男の祖父が寿命を向かえ、その直後に生まれた我が子が「祖父の生まれ変わりだ」と言うように、転生には猶予というものがないのかもしれない。

 ――仮にそうだとするならば、死後の世界とは、一体なんなのだろうか?

「転生が、生まれ変わりが、存在するなら……はたして、死後の世界は、存在するのか」

 カタリナをはじめとした、研究所の一部魔術師たちはあくまでも学術的、魔術的興味によってその問題を解決するべく動き出す。

「聖書に記された異世界の観測は、ともすれば、聖書の否定。教会に、異端と呼ばれるかも、しれない……なら、他の異世界を、観測しよう、そう決定したの」

 仮に、日本という国のある異世界が測定できなければ、その異世界は存在しない。しかし、聖書に記された異世界を否定するものではない。

 しかし異世界が見つかれば、聖書に記された異世界が存在するかもしれない(・・・・・)と推測を立てることができる。聖書の肯定ならば、なんら問題ないだろうというのが、彼女たちの主張である。

「私は、こういうの(・・・・・)がいるから、他のメンバーと直接会うこと、できなくて……だから、独自資料しか、持ってないの」

 カタリナは、嫌そうに赤毛の男を指差した。

 修とアレクシアは、思わず「あぁ……」という納得した声を上げてしまう。

「最近は、私ひとりでこれをやるのは、限界だったから……異世界の言葉、解読、していたわ」

 転生する前にどのような人生を送ってきたかは分からないが、文字通り死ぬまで生きた世界なのだ、ふと恋しくなってしまうこともあるだろう。そして彼は、その恋しさを解消できるかもしれない魔法という力を持っていたのだ。

 もしかしたら、なにか思わぬ手がかりを残しているかもしれない……カタリナはそう考え、ほぼ手がかりのない状態で解読を行っていたのだという。

「……途中で、完全に、言語が切り替わったと、思えるような、そんな文章で……こころ、折れるかと、思ったわ……」

 日本語は主語述語に対してやたらフレキシブルで、その上ひらがなカタカナ、常用漢字や人名漢字をあわせれば三千文字を超える、文法が非常に難しい言語である。

「だから、ほとんど、解読、できてないの……」

「あー……」

 修にとって日本語は慣れ親しんだ言語であるものの、彼の後輩が送ってきた難解というか、日本語の不自由なメールのような例もあるなぁと、思わず声を上げてしまった。

「でも……それも今日で、おしまい」

 日本語のエキスパート――というより、母国語としている人間――が目の前に現れたのだ。カタリナは、実に晴れやかな微笑みを浮かべ、

「このまま、帰らず……助手に、ならない?」

 この世の謎をすべて知ろうとする貪欲な研究者の顔をしながら、修にそんなことを持ちかけた。

「えっ……」

 まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかったと、修は顔を引きつらせる。

「あの、俺、魔法使えませんし」

「逆に、好都合……研究、盗んで、消える心配がないわ」

 よほどの事がない限りは情報の共有化を行わない、徹底した秘匿主義なのだ。通信技術に魔法を用いているこの世界では、魔法が使えないほうが、助手としてはむしろ望ましいのである。

「頭、いいひと、私、大歓迎……!」

 なにより、この世界での教育水準から見れば、修は非常に頭のよい人間である。それはむしろ研究者に近いほどだ。

 そしてこの世界では出処不明の人間なので信用がないという問題も、アレクシアが論客にした時点で解決済みとなっている。

 まさに優良物件なのだ。

「いや、その……むこうに、仕事、あるんで」

「住み込みで、ご飯つき。あと……おこづかい、年に、金貨六十枚」

「――き、ききき、きんかろくじゅうまぁあああいい!?」

 アレックスは金貨の枚数を聞いた瞬間、卒倒してしまったかと思うようなほど仰け反り、耳をつんざくほどの絶叫を上げ、

「……カタリナ、本気なんだねぇ」

 大金に対してそれなりに耐性を持ったアレクシアは、アレックスより驚きはしないものの、その額の大きさにカタリナがどれほど本気で口にしたかを理解する。

「か、価値がよく分からないし……!」

 ――この中で唯一蚊帳の外なのは、スカウトされた修本人であった。

「でもざんねんっ! おさむはボクんトコで論客やってるのでしたぁーっ!」

「……ゆずって?」

「ダメだよ。ボクはおさむの味方で、おさむは嫌がってる、ならボクはカタリナのそれを断るしかない……でしょ?」

「アレクシア……っ!」

「そしておさむにイタズラしていいのはボクだけなのだぁー!」

「ぶん投げるぞこら、俺の感動を返せ」



 ずいぶんと話し込んだせいか、ずいぶんと時間が経っていた。

 そろそろティータイムの時間だと、アレクシアと買い求めたチーズと、カタリナがここで醸造したりんごの果実酒(シードル)がテーブルに並ぶ。お茶の時間だというのに酒が出てきたのは、この森の中で飲み水を汲みにいくのは骨らしく、節水のためだ。

「ま、おさむが帰れるか帰れないかはさておいてぇ……おさむってけっこー、重要な位置だよねぇ」

 アレクシアは自分の魔力で冷やした果実酒(シードル)を口に含み、淡い発泡感とりんごの酸味を楽しむ。

「そうか?」

「そうだよ」

「そう、ね」

「そうなのかもしれないなっ! ――ところでカタリナ様、そろそろ、せめて水だけでも」

 修の問いかけに、その場の誰もが肯定した。

「ひとつ、研究の対象として、帰したくない。ひとつ、帰す段階で、いっしょに移動して、その世界の、案内役とする。ひとつ、研究過程での、異世界技術の、搾取」

「技術搾取……!」

 科学とは再現性の高い現象を定義づけたものだ。ここと修の世界の法則が等しければ、そこに魔力といった特殊なものは必要ない。もちろん特殊な設備が必要になることもあるが、逆を言えば、用意さえすることができたならば、特殊な才能は必要ないのだ。

「政治家さんだと、せんそーとかね、思い浮かぶんじゃないかなぁ?」

「……植民地化か?」

「あれ、歴史もくわしい?」

「世界史は必修だったから」

「……助手にして、ダメ?」

「だめだよぉー?」

 自国の歴史ぐらいは学ぶだろうが、世界全体ともなれば専門の人間にしか必要のない知識である。

「あーとーはー……占いがあんまり当たらないんだっけ?」

「当てにならない、というか、オカルトだな」

「なら、文化的侵略のほーが楽そう」

「……攻め込む前提で話さないでくれないかな?」

「ふふ、だいじょーぶだいじょーぶ。ボクはおさむの味方だよー?」

 でも、と。

「そうなってもおかしくないよねぇ、ってゆー話。うまーく立ち回らないとぉ、うっかり祖国がなくなっちゃうよ、って」

「めったな事言わないでくれよ……こっちには、国一つ消しておつりが来るような武器がいろいろあるんだから……」

 修が口にしたのは、いわゆるABC兵器と呼ばれる、大量破壊兵器のことだ。

 実は条約上の定義があいまいであるため、その使用と定義はもっぱら慣習によって決まっている。そのため、慣習的にABC兵器として定義されていないABC兵器が存在する可能性は決して否定できないのである。

 そうでなくとも日本は専守防衛の観点から軍事国家だし、日本のサブカルチャーは一部外国で文化侵略に該当するかもしれないと警戒されていたりする。

「一度使ったらそこ、処置しないと百年は人が住めない毒が都市単位で巻き散らかされて――」

「せんそーはいけないことだねっ!」

 ――この手の平返しである。

「それはいいことだな。ウチも、戦争反対国だし」

「……そんな武器があるのに、戦争反対国なのか」

 アレックスの一言に、なんともいえない表情を浮かべる。

「でぇー、話が脱線しちゃったから、元に戻すと……これからどーするかなっ、って話だねぇ」

「……ん? 俺、まだ、帰れないの?」

「カタリナの協力が不可欠かな」

 全員の視線がカタリナに集まる……カタリナは困ったように眉根を寄せた。

「私一人で、異世界の扉とか……無理よ?」

 そもそも、異世界への扉を開く原理は発見されていないのである。

「なぜ、こちらの世界に、来てしまったのか……原因が分からないと、同じことが、また起こる可能性、あるし」

「再現性ってやつか……」

 よく分からない現象が起こった場合、むしろ再現性を見つけなければならない。法則が分からなければ、対策を立てることは出来ないのだ。

「……まず、異世界の、研究してる、他のメンバーに、聞いてみて……関連性の、高そうなものを、調査、してみないと」

「ど、どれくらいかかりますかねぇ?」

「人、そこそこ、多いし……遅ければ、十年?」

「――終わった」

「えっ、何が?」

 民法より、不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は利害関係人の請求により失踪の宣告をすることができるのだ。

「七年間、生死不明だと、死んだものとして扱われるんだ……」

 そしてこの失踪の宣告とはつまり、認定死亡――戸籍上は死んだものとして扱うという法律である。

「……七年、か」

「時間稼ぎはダメだと思うなぁー」

「まぁ本人を証明できるならこれを解除することができるけど」

 本人ないし利害関係人より請求があった場合、家庭裁判所は失踪宣告を取り消さなければならない……そう明記されているので、戸籍上の生死については心配はない。

 修がもっとも心配していることは、生活基盤がなくなってしまうことだ。

「…………うち、くる?」

「だーかーらー! おさむはボクのものだってゆってるのー!」

 こちらで再現できるかどうかにもよるが、修は学術的、技術的価値が計り知れない存在だ。独占しておきたいと思うのも、まぁ、仕方のないことである。

 そしてこれが、もし仮に恋愛感情から起こるものであったのならば、ある意味で男のロマンだったんだろうなぁ……などと、くだらない考えを浮かべた。

「まぁー、遅くとも十年だし? カタリナが時間稼ぎしなきゃ、意外と早いかもよ? 気長に待ってよーよ? ボクのトコでさ」

「そうね……この研究、本当に多いのよ? ほとんど、連絡とらないで、自分で研究してる人も、いるから……すぐに、教えてくれない、かもしれないし……私の、手伝い、してくれると、嬉しいかも」

 面倒くさいから、もういっそ、こちらに根を下ろしてしまえ。いつか里帰りぐらいはできるようになるし、そのほうが、自分に都合がいい……アレクシアもカタリナも、思考はおおむね一致していた。

「ん! んんっ! エヘンエヘン! アー、アー……」

 やたら喉を鳴らして存在感をアピールしてくる、この男以外は。

「なにか、忘れておりませんか? 例えば、そう――俺をね!」



 星の運行と社会のあり方を結びつけた占いのことを占星術と言う。修の知る有名な占星術師は、地動説を後押ししたケプラーの法則で有名な十六世紀ドイツの数学者、ヨハネス・ケプラーだろう。西洋占星術の基本は天体配置図(ホロスコープ)と生年月日から数学的に――数学は十六世紀まで魔術の一分野だったのだ――導き出すのである。

「それは、どんな山師だ」

 アレックスは眉根を寄せて、疑いのまなざしを向けた。修が自分の国の占星術と同じ感覚で生年月日を――しかもなぜか西暦で――告げたからだ。

「畑にまいた麦じゃあるまいに、生まれた月はともかく、日にちなんて覚えている意味などあるのか? その日にちで運命が決まるなら、同じ運命の人間が王都に何千人いるというのか」

 占星術師からの、星占いの全否定である。

 修は元々信じていないタチだったが、異世界とはいえ専門家がそれを否定する姿はなかなかにシュールだと、思わず苦笑いを浮かべた。

「じっさいに何人くらいいるんだろぉ? 一年がぁ……三百いくらだっけ?」

「えっと……三十? 最近、カレンダー、みてなくて……」

「三百と六十と少しだな。あと、調整に何日か入る」

 占星術師であるためか、アレクシアとカタリナが言いよどむなか、アレックスが一年の日数を素早く答えた。

「一年はこっちも十二ヶ月?」

「そーだねぇ」

「じゃぁ――調整も考えて、ひと月だいたい三十と三十一日か」

「けーさんはやっ!?」

「そりゃ、うちもひと月三十日から三十一日の、三百六十五日だし」

「あー、なるほどぉ」

 太陽暦での一年は三百六十五日、太陰暦での一年は三百五十四日だ。太陽暦であるならば、この世界は天体の公転周期――地球が太陽を回る周期を特に恒星周期と呼ぶ――がほぼ同じということになる。修はここに来る途中で植生の似た植物も見つけたので、そうすると、この世界は修の世界とかなり似通った天体だろうと推測することができるのだ。

「占星術師が月の満ち欠けで月を決めたせいで、二十九日の月もあるな」

「じゃぁ仮に二月が二十九日として…………なるほどなぁ、だいたい分かった」

 頭の中で大まかなカレンダーを構築し、一日の時間から太陽とその惑星の運行を想像して、太陽と月とこの惑星が、修の世界とほぼ同じだろうと仮定する。

 彼の天文学は中学高校レベルであり専門的ではないが、そこまで精密なデータが今必要というわけではない、その程度の仮定でも現状は十分だ。それだけで、修はさらに使える知識が増えるのだから。

「なにがだいたいわかったの?」

 アレクシアにしてみれば、これで修の価値がよりあがったようなものだ。機に聡く、天体の話で何らかの確信を持った修に、それが難であるかを引き出そうと声を上げる。

「いや、な? 王都の人口が一年の日数より多いなら、少なくとも二人、同じ日に生まれた人がいることになる、って証明できるなぁ、と」

 修だってそれを理解している。しかし同時に、アレクシアは貴族という立場から約束は必ず守らなければならないということも理解していた。

 修は、自分の知識を餌にどうやって約束させようかと知恵をめぐらせながら、とぼけたように答える。

「できるの?」

「俺の世界の別の国の、昔の数学者がそんな理屈を定義したんだ。えっと、なんだったか……蜂の巣理論?」

 正しくは鳩の巣原理である。十九世紀ドイツのペーター・グスタフ・ディリクレが定義したものだ。

「ふぅん? なるほど?」

 そんなことじゃないだろうと言外に抗議しながら、一応は納得したように引き下がる。

「同じ日に生まれたのが二人以上居る、というのは割とどうでもいいことだな。何に使うものかもわからんし」

「……お前はそのまんまでいてくれ」

「なにか俺をバカにしていないか?」

「ははは、そんなばかな」

「ううむ、そうか……俺の気のせいか……」

 修の中で、アレックスの下心のないアホさ加減は癒しである。

「では、さっそく占ってやろう――しばし席を外させてもらうっ」

 無駄に仰々しく、アレックスが席を立った。

「……星、まだ出てないんじゃあないか?」

 カタリナ様の役に立てるぞぉ! と意気込むアレックスの背中を見送りながら、修はぽつりと呟いた。

「占星術師は……生まれつき、空の、魔力の光を、見るのが、上手なの。一種の、才能ね」

「空に上がった人の魔力の余剰がなんちゃら……だっけ? 暗くって空が見える場所なら星とかわりとどーでもいいみたいだよ?」

 ようするに、

「星は見てないけど、星を視てるみたいな占い師だから、占星術師なんだって」

「なんのこっちゃ」

 まだ夕日が沈みきらないころ、修の呆れたような声が、カタリナの工房に響いた。

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