#30
「はい、ちゅーもーく」
アレクシアが場の空気を入れ替えるように手を叩く。
「これからの話をしよう。これ以上はボクの頭が煮えちゃうからねっ!」
カタリナすら理解が及ばない、修とヘンリエッタの数学談義から早々に脱落したアレクシアはそう口にする。
「これからの……ですの?」
「うん。ヘティの扱いとか、もちろん修が帰るための方法とか……なんやかんや、伸びちゃったからねぇー? そろそろもう一度、意識合わせってやっておかないと」
重要でしょ? というアレクシアの言葉に、修は同意するようにうなづいた。
「じゃ、分かりやすいところから整理していこう。ヘティー?」
「ええ、分かりましたわ」
こほん、とせきをひとつ。
「まずは修様の置かれた状況を整理いたしましょう」
「俺の状況?」
「はい。端的に申し上げまして、今日の私闘によって修様の所在は今までどおり、レクシーの下、客分という立場に収まりましたわ……同時に、レクシーに想いを寄せている、という誤解を広めてしまったとも言えますが」
ヘンリエッタが不機嫌そうに唇を尖らせた。
「ま、しょーがないよ。それに、恋愛は騎士のたしなみだしね」
「いつの時代ですか……」
それなりに昔の話だ。
愛はあらゆる絆の中でもっとも強い、惚れた相手のために必死になって尽くすから、恋愛は推奨されていたのである。
「ボクは嬉しいよ?」
「あなたの感情の好悪ではございません。まぁこの話は今後の課題といたしましょう。次に修様が帰るために取るべき行動ですが……手っ取り早いのは、フランシスカ様にお願いすることですわね」
「まぁ、それもそうですね」
確実を期すならゲオルギスの調査結果を待たなければならないが、帰るだけならばフランシスカに頼めばいい。それはこの場にいる人間、全員が気付いている共通認識だった。
「ただ、問題点がいくつか」
「問題点? それは?」
「ええ……ひとつ、純粋にお金がかかります」
ヘンリエッタは世知辛い理由を挙げた。
「半分とはいえ竜の血を引いてらっしゃるのです。そして魔法の体系も竜のものに近く、こうなると多くの資金が必要になるであろうことは目に見えていますわ」
理由がイマイチ飲み込めない、とカタリナに視線を送る。
「竜は、黄金が、魔力の、源……だから、魔法を、つかっ、てもらうの、には、黄金は、基本」
「なるほど」
車を出してもらう代わりにガソリン代を払うようなものか、と納得する。
「竜を殺す、なら、財宝を、奪え。って、言葉が、あるくらい」
「まぁ、半分は人ですし、それだけではありませんが……」
アレクシアたちの価値観に合わせるならば、酒場の支払いに換金できない財宝を渡すという方法をとったせいでフランシスカには天罰が下った。
フランシスカはこれから、こうしたことのないように大量の金貨を集めるだろう、というのがヘンリエッタの読みであった。
「つまりフランシスカ様は、魔力を補充するという意味で黄金、そして生活するための金貨を対価に請求する可能性が非常に高い状況です。どちらか一方だけであるなら、なんとかなった可能性もございますが……さすがに両方というのは難しい話ですわ」
「実家から引っ張ってきちゃう?」
「修様に限って言えば、逃がすな、というのが実家の意向になりますわね」
「だよねぇー」
「少なくとも、ダメ元で私に修様の子を産めと言う可能性すらありますわ」
賢い者同士なら賢い子が産まれるはずだ、という分かりやすい原始的な遺伝の話である。
いつの時代だって、よほど愚かな主義主張が幅を利かせていない限りは頭のよい、体の丈夫な子孫が欲しいものなのだ。
「まぁそれはそれで。私三番目でも構いませんし」
「仕事、は、任せて……!」
三人もいたら大変でしょう? といわんばかりにいい笑顔である。むしろ、そうやって家のために大金を必要としてくれているほうが扱いやすくていいとすら思っていた。
「いいから話、続けましょうよ」
「ああ、これは失礼を……」
こほん、と咳払いをして意識を切り替える。
「それでもうひとつ、フランシスカ様にお願いいたしますと、おそらくはディビット様がいい顔をしません」
「それは?」
「どーゆーこと?」
「プライベートで何か確執があった、とだけしか知りませんわ。まぁ、嫌いな相手は何をしていてもうっとおしく感じますし」
それで邪魔をするのは、自分の立場を危うくしてしまう愚挙である。この問題は、コレだけでは問題にはならないものではあった。
「しかし、修様をこのまま帰すのはメリットがない、と行動を起こさせる程度には大きな問題になりますわ」
「じゅーぶん、大きいねぇー」
「ええ。最大の問題というか、失敗は、修様が実力を見せすぎてしまった、ということでしょう。もはや取り込まないほうがデメリットが大きいですわ」
味方でなければ敵であり、消極的な味方は潜在的な敵である。
「マリーと一緒に手に入れて、なんかバカなことやろうとか考えてそうだしねぇー」
「野心家という評判は、まさしくその通りといったところですわ」
限定的ではあるが、昼夜の別を問わずに精度の高い占いを行うことができる茉莉に、数学を通してあらゆる分野の学問を知る修、これに領地経営などを学ばされてきたディビットが合わされば、少なくとも当代は安泰どころか大躍進すら可能だろう。
「うまくすれば、カタリナ様や、フランシスカ様もついてきますものね」
そして二人の魔女が修や茉莉と敵対することはない。敵対してもいいことはないと知っているからだ。
「ディビット様は、これからどう動くかな?」
「ひとつは縁談。修様を取り込むための工作で、もっとも正統派の行動ですわね。そしてもうひとつ、修様を迂遠な形で弱らせるかして、この地より離れられなくしてしまう……私はこの二つが妥当だと考えますわ」
「……だってさ?」
「こわいなぁ……」
できるだけそういったことを避けようとしてはいるが、修だって男だし、ふつうの人間である。どう転ぶかわかったものではない。
「とりあえず今晩、私ならば適当な使用人でもけしかけますわね。手っ取り早いですし、レクシーよりもよっぽど色っぽい相手を選ぶだけなら苦労はありません」
「ちょっとぉー!?」
「ああ、町から子供を、という手もございますわ」
「そのケンカ買ってほしいのっ!?」
「現実的にありうるであろう仮定の話ですわ。そんな、ケンカなんてとてもとても……」
とはいいつつ、火花の散りそうな剣呑な雰囲気をまとう。
「……うん、まぁ、仲がいいのはいいことだ」
ケンカするほど仲がいい、そういうことにしようと修は自分に言い聞かせた。
○
「ところで――これからどうするつもりかね?」
相手が滞在し続けるかぎりは持て成すのが礼儀ならば、確かに貴族の生活は華やかに見えるのだろうなぁ……そんな感想を抱きながら夕食に並んだ硬いステーキを口に運んだ、その瞬間を見計らうかのようにディビットは口を開く。
「……どう、とは?」
またもや硬い肉が喉を裂くように押し広げる痛みを味わいつつ、修は問い返す。
「いやなに、噂によれば貴殿の弟分は占い師、それが収穫者の星が出たと言う」
どこで聞いていたんだコイツはという感想を抱く。
「お耳が早い」
「なに、人より良く聞こえるだけだよ。お飾りでも、領主なんてものをやっていれば自然と良くなっていくぞ? いい噂は聞かんがなぁ!」
自虐的なジョークを飛ばし、
「しかしまぁ、なんだ。耳がいいと面倒な話も飛び込みやすいというのは当たり前のことだとは思わんかね?」
「でしょうね」
引き受けたくねぇー、と心の中で叫ぶ。
そもそも、茉莉の占いによれば「余計な事をするな」と出たのだ。アレクシアたちの件ですでに余計な事だと思われているのに、ここでさらに余計な事を引き受けていたら帰るのが余計に遅くなってしまうかもしれないのだ。
「どうもゲオルギスのやつが素晴らしい発見をしたと騒いだらしくてな。ついさっき、早くサムライと話がしたいらしいとフランシスカからの進言があったのだ。と、なればだ。難しい問題の解決を貴殿に頼めるのはおそらく、これが最後の機会だろう」
「ゲオルギスさんから? フランシスカさんに?」
修は二人のつながりを想像できずに、首をかしげた。
「きっと、ボクたちがひっそりと絆を確かめたときのことだよ」
さすがにつながりぐらいは覚えとこうよー……とアレクシアが目配せしながら、わざとらしい言葉で疑問に思っていることをすりかえる。
「ほう、三人相手とはなかなかの絶倫! あやかりたいものだなぁ」
「あ、いえ、そんな……」
ディビットの立場は次期スクリーヴァ領主である。当たり前だが跡継ぎが切望されるような立場なので、ある意味でこの悩みは当然の事とも言える。
「絶倫といえば、我がフォーブリッジにも"勇者"と呼ばれた者がいてなぁ」
「はぁ」
「フランシスカの親なのだが」
「――」
修は表情を必死に固定した。
よくよく考えてもみれば、フランシスカは半人半竜……つまり片方の親は人間であり、もう片方は竜である。
ということは、だ。
竜を相手に、まぁ――そういうことをした"勇者"がいたということである。
(どんだけ勇者なんだよ!)
修はかろうじてその言葉を飲み込んだ。
(……あれ?)
フォーブリッジに来たのはゲオルギスの孫がディビットの家庭教師をしていて、色々な礼儀や手続きを飛ばしたのはその家庭教師が占い師である茉莉に口利きをして……と、修はゆっくりと状況を整理し始める。
(そういえば、家庭教師、って……)
修はその可能性を頭からすっかりと除外していたが、そう考えると非常に辻褄が合うことに気付く。
今の今までフランシスカがディビットの家庭教師だったということに気付かなかったのは、彼女がディビットを毛嫌いしているような素振りを見せた上で、ヴァシアス火山の上などという不便な場所に住んでいたからだろう。
彼女がヴァシアス火山に住んでいるのは単純にカタリナと同じように力のある魔女だからであり、ディビットを毛嫌いしているように見えるのはプライベートな話である。
主に「胸の小さい、鱗のある女はちょっと……」的なことが少し前にあったから、といえば分かるだろうか?
もっとも、修がそれを知る機会はまったく存在しなかったが。
(……まぁ、うん。後でアレクシアに詳しく聞けばいいか)
なかなかその事実を受け入れることが出来ず、修はその問題をアレクシアに聞くことにする――この選択で後にアレクシアにドヤ顔でバカにされることになる。
その後若干キレた修がアレクシアに大人気ない数学の詰め込み授業を行って涙目にさせたのは、この件に関してはまったく関係のない話だ。
「――と、話が逸れたな。絶倫の秘訣はあとで教えてもらうことにするとして、およそ貴殿がいるうちにこの問題が噴出してしまったのはきっと神の采配だと私は感じるのだ」
敬虔な信者のようなふりをして、なかなか断りづらい雰囲気をまといながら言う。
徹底した無神論者でもなければ大なり小なり運命的な話やゲン担ぎなどは行うので、これはたいがいの相手に通用するうまいやり方でもあった。
「はぁ……」
うまいやり方といえど、余計な事をして失敗などしたくはない。しかし、ここでディビットの心証を悪くしておくと、ゲオルギスが"こなかった"となる可能性もあり、なかなか複雑な表情をしながら玉虫色の生返事を返した。
「とはいえ、おさむにもできることと、できないことがあります。なので、それはお話を聞いてみてからの判断……ということでもよろしいでしょうか?」
すかさずアレクシアがフォローに回る。
普段の彼女を知っているものからすれば、思わず「お前誰だよ!?」と叫びたくなるようなタイミングのよさである。おそらくはこっちがアレクシア本来の「貴族の姿」なのだろうが……普段の行いとは大変重要な要素であった。
「なに、貴殿ならばそれほど難しい問題ではないだろうよ」
言外に高く評価していると口にし、
「我が家の恥を晒すようだが、俺の姉がいきおくれでな!」
修を一発で閉口させるような言葉を吐いた。
○
「今後の事を考えよう!」
もはやなりふり構っていられないと、アレクシアは屋敷にいる味方であるだろう人間全てを集めてそう宣言した。
「まず、ヘティ。状況の説明」
「かしこまりましたわ」
そう返事を返したヘンリエッタも、心なしか気疲れしたように髪を乱している。
「私達が予測したとおり、ディビット様は縁談によって修様を取り込もうとしている、と考えられますわ」
「――べつにいいんでないかのぉー?」
フランシスカがけだるそうに声を上げた。
「ディビットはあまりいけ好かないヤツではあるが、姉のエリザベスは悪いやつではい」
「フランシスカ様は面識がありますの?」
「ある」
断言し、
「素直で可愛らしいヤツじゃ」
そう評価する。
「そういえば先生、ディビット様にはメチャクチャ言いますけど、お姉さんのほうには何か言ってるとこ、特に見ませんねぇー……」
占い師としての立場を請われてこの場にいる茉莉は、んー、と小さく唸りながらタロットカードを取り出す。
彼女は特にシャッフルすることもなく、無造作に山札から一枚引いた。
「わお、すごい」
修にかざされたカードは、ラッパを吹く天使――
「審判。解放や再出発の意味で……」
あー、と少し逡巡。
「素直に解釈すると、修さんに見えた二つの道の、帰らないルートですねー」
「兄弟に見えた収穫者の星も、一つの区切りを表すもの……なるほど、確かにあれはこちらに残る道なのかも知れんな」
占い師二人のお墨付きを貰い、修は苦笑いを浮かべた。
「じゃぁ何とか避けないとね」
「だねぇー」
どちらにせよ修は帰るつもりでいる。そしてアレクシアは、自分の気持ちがどうあれ、修が意思を翻さない限りはその目的のために行動すると誓っていた。
「いい子なんじゃがなぁ……」
「でも、本人の、気持ちは、大事」
カタリナがフランシスカを嗜める。
「無理に、くっ、つけたら、なにも、おしえてくれなくなっ、ちゃう、かも、しれないし……」
否、自分の欲望に忠実に、実に打算的な理由でフランシスカを説得する。
さすがにその言い方は……と修が苦笑いを浮かべるとカタリナはコホンと咳払いを一つ。
「とも、かく……相手が、どんな人、なのか、知っ、て、おいたほうがいい」
「敵を知り己を知れば百戦錬磨ってやつですねー」
微妙に違うが、まぁいいかと修は無視する。
「じゃ、先生。よろしくお願いします」
「うむ! まかせぃ!」
堂々と胸を張って腕組み。
「まずは見た目から話そう、気が変わるかもしれんしな? 姉の名前はエリザベス・シャールド。髪がほんに綺麗な金色のでな、今年で確か……数えて二十か。普通の女よりも骨太というか、タッパがあって、こう……でかい」
忌々しげに、胸のあたりで何度も曲線を作る。
「まぁーケツもでかいがな! ケツも!」
まるで下半身太りだとでも揶揄するように連呼。
「性格は素直なんじゃが、ちょっと変わっておってな。体を鍛えるのが趣味と言うか、なんというか……それでも筋ばっているわけでもなし、筋肉の上にきちんと脂がのって、そのあたり男好きするやもしれんな」
「たしかにちょっと変わってるねぇー」
筋力なんて魔法でどうにでも誤魔化すことができるので、体を鍛えるよりもまず技を鍛えるほうが主流であるこの世界では、体を鍛えるのが趣味と言うのはほんの少しばかり変なのだ。
もちろん、まったく鍛えないわけではない。"魔獣殺し"の効果に自分を巻き込んでしまうことも多々あるので、ジェニファーのような魔獣相手が基本の傭兵や、凶暴犯を相手にするような警邏隊など、一部の人間は最低限のトレーニングを欠かさない。
「理由を聞けば納得するがな? 領主になれるのはディビットじゃから、私は弟のために強い騎士団を作る。という話じゃ」
「……別に姉が体鍛えて前に出る必要なくない?」
「それを言われると困るがの」
騎士団長は団員をまとめられればいいので、別に強い必要はない。ただ、体を鍛えて戦いに出る人間は多かれ少なかれ脳筋というか体育会系なので、強いほうがまとめやすいから決して無駄ではないし、身分ある人間が先陣を切って進むというのは士気を上げる意味でも実に有効だ。
もちろん、そこまでする必要があるかどうか、という話も上がるが。
「ともあれ、エリザベスが結婚しない理由はそこにある」
フランシスカは苦い顔をした。
「あやつ子の代孫の代も見据えていての? 強い子種が欲しいということでな、自分に勝った男にしか体を許さんと言うておった」
「おさむ頭もいいし、ちょうど条件にあてはまりそーだねぇー」
「俺はそんなに強くないって」
「まったまたぁー」
アレクシアはけらけらと笑って返す。
「ま、小僧が強いか弱いかはさておき。信頼する弟が目を付けた――では、姉としてはどう動くと思う?」




