#25
「――お、おおお、修さんっ!」
茉莉が興奮したように修を手招きする。
「見てください! これ! お米ですよ、お米!」
「なんだって!?」
修は慌てて駆け出した。
この世界にやってきたあの日から二週間近い時間が流れている。さすがにそろそろ、日本食が懐かしくなる頃だったのだ。
「これですっ!」
茉莉は木箱に山と盛られた茶色い物体を指差す。
「こ、これは――!」
「はいっ!」
「――インディカ米じゃないかぁー!」
修はがっくりと膝をついた。
「……なにをあんなに騒いでおるんじゃ、あの二人は」
絶対安静を言いつけられ、アレックスにおぶられたフランシスカが呆れる。
「なんか知っておるかの? 小僧」
「兄弟はなかなか、俺に何も教えてくれんからなぁ」
「なんじゃ、兄弟というわりに薄っぺらいの」
「――ぐふっ!」
思ったよりもダメージが大きかったらしく、物理的な攻撃ではちっともよろけなかったアレックスが膝から崩れ落ちそうになった。
「インディカ米……って、なんでしたっけ? 社会の授業で、聞いたような、聞かなかったような」
「えーっと……日本だとタイ米だとか南京米だとか、そういう商品名。外国産の長粒種の米で……日本に輸入されているのはタイ、中国産」
「あー……習ったかも?」
平成五年の記録的な冷夏で、生産量が国内需要を大きく下回ったがために日本政府は緊急輸入を余儀なくされ、それ以前にも戦後の食糧難の時代に国産米の代用として消費されていた。
が、
「で、お味のほうは?」
「マズいんだ」
「美味しくないんです?」
「マズいんだ」
日本の主食である短粒種のジャポニカ米と違い粘り気が少なく独特の香りがある。平成五年の冷夏や戦後の食糧難を脱した後は大量に余ってしまい、日本ではこれを家畜の飼料や外国向け支援食糧に回した。それでも余った分は投棄である。
日本では米の美味しさの基準に粘り気を挙げており、その基準となるのがアミロースという成分なのだが、日本の高級米はほぼ二十パーセントであるのに対し、インディカ米は二十五パーセント以上もある。そもそも成分的に日本人が「おいしい」と感じる米ではないのだ。
「食べたこと、あるんです?」
「ああ。日本で一時期――平成五年が大凶作で、当時の日本政府が緊急輸入したんだ」
「へぇー」
私の生まれる前にそんな事が、という茉莉のセリフに、修は軽いジェネレーションギャップを覚えた。
「……なにより俺、じいさんに食わせられたことがあるんだよ」
「おじいちゃんに」
「じいちゃん、戦後の人間でさ。ほんと変な味がするの。味、っていうか、匂い? で、じいさん。バカだと毎日こんな米しか食えんぞ、って」
勉強しろ、という祖父なりの教育であった。
「あははっ、修さんもそんな時代があったんですねぇー」
「大人のまま生まれてくる人間なんていないよ。昔は俺も勉強嫌いでさ」
修は勉強嫌いな子供であったのだ。
「意外ですねー?」
「あま、り、想像、できない」
二人の会話に、カタリナが割って入る。
「二人、は、お米、食べたい、の?」
「あ、はい」
「そうですね。俺の国――日本って米の生産量も、消費量も多くて……やっぱり米が恋しいです」
「兄弟が菜食主義とは知らなんだ……」
「えっ?」
「ん?」
茉莉はアレックスとの認識の違いに首をかしげ、
「……修さーん?」
修に説明を求めた。
「よく、米は外国だと野菜、っては言われるね。ただ、米は炭水化物って意識で食べる国はけっこう多いけど」
アジアの他に、ヨーロッパでは麦粥と同じ感覚でリゾットを、またはパエリアとして食べるし、スウェーデンでは野菜サラダに米を入れることはあるが、米の量が増えればそれを主食として見る。
「野菜として見て食べてると、マジで? って言われるのはイモ類だけどね」
「へぇー!」
茉莉は目を輝かせながら何度も相槌を打つ。
「……だけど、こっちじゃ野菜なんですか?」
カタリナはしばし考え込んで、
「土地、しだい。牛の、餌って、ところも、ある」
「なるほど」
なお、スウェーデンでは「ちらし寿司はライスサラダ」という認識らしい。このことから、主食が米以外かつ他の食材と混ぜて使うのであれば米を野菜として見ているというのが基本的な文化構造なのだろうと推察できる。
(主食がパン……小麦だから、まぁ、妥当か)
修は食文化の研究家ではないのでただの推察だが、あながち間違っていないだろうなと納得して何度もうなづく。
「……?」
また何かを考えてる、と。カタリナは首をかしげながら次の言葉を待った。
「アレックスの認識を正す意味で言うけど、日本の主食は米だよ」
「なんと!」
「ジャポニカ米……短粒種で」
修は店頭に並んだインディカ米の玄米を一粒つまんで、
「これの半分もないくらいの長さ」
「ほー、そんな米があるのか」
アレックスは感心したような声を上げた。
「……ワシは食わんぞ、ワシの口は肉と酒専用じゃ」
病人食に使うのかと、アレックスに背負われたフランシスカは言う。
「先生」
「なんじゃ」
「多くの野菜に含まれてる食物繊維をとると、すごく便通が良くなります!」
「やっ――かましい!」
口から小さく炎が上がる。自称「炎と水の妖精ヴァンニクの加護を持つ男」であるアレックスにとっては顔をしかめる程度だったが、近くで彼らのやり取りを見ていたインディカ米を売る商人はびくりと身をすくませた。
「も、もしかして、ふっ、フランシスカ・ドレイク……様、でしょうか?」
「――別人じゃーよー?」
フランシスカはとぼけたように、ほんの少し甘い声を出す。
「そんな偉い竜の末裔が、こんな頑丈なだけが取り得の男に背負われるわけがないじゃろー?」
「あ、はい」
声だけは優しかった。
「……まぁ、それはそれとして。俺も久しぶりに米は食べたいなぁ」
ほぼ二週間ぶりの米である。
いくらインディカ米とはいえ、ここで見逃せば次にどこで手に入るかなど分かったものではない。
「でも、マズいんですよね?」
「いや、調理しだい」
実はインディカ米がマズいと言われている理由の一つに、調理法の違いがある。日本では米を炊く文化であるが、インディカ米の輸入元では米を煮たり茹でたりするほうが主流である。
「じいさんが貧乏なとき、インディカ米をどうにかして美味しく食べようって色々考えたことがあって……それ、教えてもらったことがあるんだ」
特にインディカ米は「湯とり法」と呼ばれ、パスタのように五分から十分ほど茹でてザルにあけるのだ。こうするとインディカ米の中のアクが抜け、匂いもさして気にならない。淡白で上品な、さらさらとした米として食べることができるのだ。
「つまり……お米が食べられる?」
「まぁ、ね」
茉莉は神妙な顔をして、
「……やれます?」
「やる?」
「やっちゃいます?」
「やろうか?」
「やっちゃえ!」
茉莉は嬉しそうにこぶしを突き上げた。
「お金は心配しないでください、お屋敷にツケちゃいます!」
「え、大丈夫?」
「案外、大丈夫ですよー? こっちの人、あんがい食い意地張ってますし」
おいしい料理は外交手段の一つである。そんな彼らが異国の料理、もとい異世界の料理に興味が沸かないわけがないのだ。
「先生もいますし、大義名分我らにありですよ。長寿で有名な日本食はヘルシーで、世界でもとっても人気があるんですよね?」
「うん、確かにそうだけど、ちょっと落ち着こう」
興奮して、少し何を言っているのか分からない。
年相応の態度に、修は思わず頬を緩めた。
「おかずはお魚がいいです。私、お肉よりお魚が好きなんですよ。おばあちゃんが作ったカレイの煮付け、大好きです!」
「なかなか渋いな」
「とろっとしてておいしいじゃないですかー! でも山だからカレイありませんよね?」
「……うちは野菜屋だぞ」
店主が呆れたような声を上げる。
「あと魚屋はねぇな」
「ざんねーん。じゃぁ、肉じゃがで」
「ほんと渋いなぁ」
「おかあさんが、おとうさんのことつかまえた決め手なんで。いちいちのろけウザいですけど」
「あー……肉か」
「あ、でもでも! お肉ならハンバーグですよ! ハンバーグ! こっちじゃぜんぜん、食べられません!」
「まぁ、貧乏人の料理だとか言われてるしね」
カタリナも、まくし立てるように「ハンバーグ、ハンバーグ!」と何度も口にする茉莉に苦笑いしか浮かばない。
「修さん、お肉のいいとこ、潰しちゃいましょう!」
ぐっとこぶしを作って力説する。
「……あなた、の、国。貧乏、なの?」
「いえ。顎が弱くなって、柔らかいものが人気になっただけなんで」
「そう、なの?」
「残念な国じゃなー?」
「はは……」
日本が美味しい肉を作るためだけにどれだけ心血を注いでいるかを語るのは非常に簡単だったが、それはそれで収集が付かなくなるだろうと考え、修はあいまいな笑みを浮かべた。
「お味噌汁がないのが残念ですねー、お味噌ないかなぁー?」
「それは、ないと思うよ?」
味噌を作るためには麹菌が必要だ。これは稲にしか付かないカビの一種なのだが、ほぼ日本固有の菌類である。
(魚醤があるし、豆味噌ならありそうだけどなぁ……)
豆味噌は今の味噌の原型となったという説のある、大豆や小麦などを混ぜたものを発酵させて作った調味料だ。もちろん麹菌を使った味噌とは風味が違う。
ちなみに現代では豆味噌に麹菌を使ったものが赤味噌や八丁味噌である。
「じゃぁお味噌汁は諦めます……あ、でもでも! 小豆がありました!」
「……あんこ?」
「はいっ、甘いの奢ってくれるっていったじゃないですかぁー!」
「君は俺をなんだと」
「できないんです……?」
悲しそうな表情をして、茉莉は上目遣いに修を見つめる。
「…………お汁粉、じいさんの好物だから、ばあさんがよく作ってくれて」
思わず父性の刺激された修は、祖母の背中とあんこの作り方を思い出しながらそう口にしてしまった。
「白玉粉がなくて、寒天なくて、ふくらし粉がないから……お汁粉とか羊羹とか、どら焼きじゃなくて、大判焼き……みたいなのならいけると思う」
「――やったぁー!」
茉莉はうれしさのあまり、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「修さん素敵です!」
「ああ、うん、ありがとう……」
うまくハメられてしまったなぁと若干ながら後悔する。
(……これ、女難じゃね?)
確かに修の頭上には女難の星が輝いているようであった。
「兄弟は、ほんとうになんでもできるなぁ」
これは、モテるのも仕方がないことだなぁ。とニヤニヤ笑う。
「お前ほんとうにブン投げるぞ?」
「それは勘弁してくれ! 俺はまだ死にたくない!」
まだ三年殺しのインパクトが強いアレックスは、顔を青くした。
「まぁ、それはそれとして」
店の前でこんなに騒いでても迷惑だろう、と。
「それなりに食べるだろうから、この米を三合……ええっと、一合の体積が百八十だから、グラム換算で……あー……」
一合の米の重さは百五十グラムだったかな、としばし思い出していると、
「……四五十グラムか?」
中途半端な数字を言われたかのように、店主は非常に渋い顔をした。
「あれ? んー……合ってるな。計算早いですね?」
「合ってるも何も、あんた、最初から言ってたじゃないか」
「ああ、翻訳……」
なるほどこれは便利だと納得する。
「キリよく四百五十三にしてくれよ」
「よんひゃ……ポンドかいっ!」
思わず叫ぶ。
ちなみに、修の知るポンドの単位よりも若干ながら量が少ない。こちらの文化に詳しくない修は、わざと量を少なくしているのかまではよく分からなかった。
「うっわー、こっちの単位、面倒くさいなぁ、もう」
「……で、どうするんだい?」
「それでいいです」
ただ、アレックスやカタリナが何も言わないあたり、何の問題もないのだろう。
○
「タイミング、悪かったねぇー」
事の顛末を報告すると、アレクシアは困ったような顔をした。
「そんなの見ちゃったら、ボクだって止めるよ? けど、本気出しちゃったのがマズかった。聞いてるボクもびっくりしちゃって、心臓が痛くなっちゃったんだから」
「あ、はい」
「ヘティー、またダウンしちゃったじゃないか」
ヘンリエッタは目を回してソファーに横たわっている。
アレックスの説明が「兄弟が"ヴァシアス火山の暴君"に三年殺しをかけた」という、非常に端的すぎるものだったからだ。
「結果的に、反則取られて負けたけど……大丈夫かな?」
「だいじょーぶ」
安心させるように微笑んで、
「そうじゃなかったら、どうして神様に宣誓するのさ?」
「……なるほど」
立会人として茉莉が宣誓したのだから、間接的にフォーブリッジ領主が宣誓したものと同じである。
「神官を行かせてたらまだなんとかなったかもしれないけど……ま、今回は欲をかいちゃったんだろうねぇー?」
うんうん、と一人で勝手に納得する。
「……そういえば決闘は神官が立会人だっけ」
「そー。ま、"ヴァシアス火山の暴君"とだなんて、とばっちりが来るかもしれないし、だーれも立ち会いたくないだろーけど?」
「なんで茉莉に?」
「しらなーい」
知ってるような口ぶりだったが、アレクシアはとぼけたように言った。
きっと修にはおよびもしない政治的なあれこれがあったのだろう。
「結果的にお金は払われないけれど、"暴君"にバチは当たった。フォーブリッジに入るお金がなくなって、けど"暴君"は懲らしめられたんだ。すごくいい結果だったよ? ボクたちにとってもね」
誇らしいものでも見るような目をする。
「おさむはよくやってくれたよー? やっぱりボクのところにずっといない?」
「それはちょっと」
「あはは、断られちゃったぁー」
まだチャンスはあるといわんばかりに、アレクシアはちっとも諦めたそぶりを見せず、からからと笑った。
「ま、それはそーと……」
アレクシアは低いテーブルの上に山と積まれた食材を見る。
「ずいぶんたくさん買ったねぇー?」
「お金は私が出しました」
「……フォーブリッジの税金、でしょ?」
茉莉に対して、アレクシアは冷ややかな声をあびせた。
「いくらしたの?」
「えっと、お米は……」
「一ポンドにちょっと足りない程度で金貨一枚だったはず」
「ふぅーん」
アレクシアは少し考え込む。
「ずいぶんボられたねぇー?」
「あ、やっぱり?」
修がそういうと、呆れたようにため息をついた。
「分かってるならやめとけばいーのに……」
「まぁ、俺の国で使ってる単位と、こっちの単位、ちょっと違ってて……なんとなくヤードポンド法っぽいから、足りないかもとは思ったけど、わからなくて」
ポンドは人が一日に消費する製粉した大麦の量が元だ。大麦一粒が一グレーンという単位で、七千グレーンで一ポンドとなる。
これが最終的に"商品の価値と金貨が天秤でつりあう"という意味で"リブラ"という金銭単位に変化していく。そのまま"ポンド"を用いる国もある。
「それに、カタリナさんもアレックスも何も言わなかったし」
「……カタリナ、ふつうに町で買い物できると思う?」
「…………ああ、それもそうか」
素顔では正当な取引が出来なくて、フードを被っていては怪しすぎて足元を見られる。
考えても見れば、五人のうち二人はフードで素顔を隠し――うち一人は絶対にバレただろうが――店の前で常識を知らなさそうに騒いでいたのだ。
なるほど、ボられるのも当然である。
「赤毛は役立たずだしねぇー」
「嬢はどうやら俺の事が嫌いらしい」
「好きではないねぇー」
嫌いとは明言しない。そのあたりがアレクシアなりの優しさなのだろう。
「でぇー、何してるの?」
「ん、これ? 精米してるんだ」
口の狭い花瓶にインディカ米をいれ、棒で搗いているのだ。こうすることで米同士がこすれ合い、米ぬかと白米に分離する。
「修さんは何でも知ってますねぇー」
「それは言いすぎだなぁ。これだって、マンガの受け売りだし」
「マンガです?」
「うん。学校にない? はだしの……」
「あー。それ、私の学校からなくなっちゃいました。なんでも、いっこ上がガチ泣きしたそうで」
「あー……それはしょうがない」
戦争の悲惨さがよく伝わる作品だったが、思い返せばなかなか"過激"な内容であったことを思い出す。
「でもブッタはなくなりません。私あれちょっとしたトラウマなんですけど?」
「ああ、うん」
小学校の教育現場はなかなか難しいようだ。
「……いや、ボクが言いたいのはね? なんでマリーがここにいて」
修をじとりと睨み、
「膝の上になんか座っちゃったりしちゃってるのかなぁー? って」
「まだ小学生ですし?」
「ボクと同い年なら十分おとなだぁー!」
アレクシアはいまだ彼女が十四歳であると勘違いしているのだ。
「同い年なのにとってもませてますねー」
そして同時に、茉莉もアレクシアのことを十一歳だと勘違いしている。
「……兄弟?」
「言うな」
バレたらアレクシアがどう爆発するか想像もつかないのだ。
折を見てそれとなく伝える方法を思案中である。
現在は「帰る寸前がいいかな、逃げやすいし」と思い始めていた。
「まー、修さんすごく頼りになりますし。帰るまではちょっと甘えちゃおうかなって思いまして。あ、帰れなかったら結婚とか考えてもいいかもしれません」
「おーさーむぅー!?」
「はい」
思わず姿勢を正す。
「マリー、フォーブリッジの人。キミ、ボクの客分。ボク、フォトプロスの人」
「はい」
「おさむ、ボクが目を離すとよく他領の女ひっかけるよね? わざと?」
「いえ」
「つつもたせには注意してね、って言ったよね?」
「はい」
「じゃ、どーするの?」
「……茉莉、ちょっと降りてくれないかなぁ?」
「えー?」
――修羅場である。
「修さん、この世界に残るとしまして」
「え? いや、どうにか帰るつもりだけど……」
「残るとしまして! 結婚とかするならやっぱり日本人が良くないですか? カルチャーギャップとかそういうのイヤですし」
「あ、はい」
「私がこうしているのは、そういう理由ですよ。禁断の果実というものを今のうちに教えておこうかな、って」
「――おさむ」
「はい」
「ボクは寛大だ。キミが誰とどうなろうと知ったこっちゃない。けど、ボクがキミの身分を預かっているうちは、他領の人間はダメだ」
「……はい」
アレックスが非常にニヤニヤとした表情を浮かべている。
修は、修羅場は外から眺めているのが一番楽しい、という言葉を思い出した。
「まー、折を見てそっちに移りますけどね? 二つの道は、修さんのほうを選ぶつもりですので」
「……ふぅん?」
「私だってお家に帰って、お父さんやお母さん、お兄さん……は、いいです。変態だし……に会いたいですもん」
帰れるなら修さんを選びますよ、と。茉莉はくりくりした瞳に修の顔を逆さに映した。
「ねー?」
「ねー、って……」
「……まぁー、マリーがそういうつもりなら、ボクからは何も言うことないけどね? でも、まだ他領の人間だから、態度は変えないけど」
「そんな事言っちゃって、取られるの怖いんじゃないですかぁー?」
「別に? おさむ、ボクの紋章のこと言ったら、おう! っていい返事返してくれたし」
「ちょ――っ!」
がたっ、とカタリナが立ち上がる。
「えっ?」
「えっ?」
理由が分からないのは修と茉莉ぐらいだ。
「あの」
「あ、はい」
「アレクシア、から、なにか、聞いて、た?」
「……いえ」
「ジェーンの森の話、したよねぇー?」
「あ、うん」
「――されて、る!」
「えぇー……?」
意味が分からないと、修はカタリナに理由を求めるように見つめた。
「ちょっと、変化球だけど……すごく、古典、的、な、告白」
「ああ、月が綺麗ですね、的な……あれそういう意味で返事したわけじゃないよ!?」
わけもわからず返事をしただけである。
「おさむ」
アレクシアはにんまりと笑って、
「貴族って怖いよねぇー?」
言質とったぁー、と。
「ま、告白であって婚約じゃないし。こんなふうに牽制するために聞いたことだしね。そんなにふかーく考えなくてもいいよ? この程度ならどーにでもなるし。だから、これから注意してよ?」
「は、はい……」
「よろしいっ」
アレクシアはこれでも貴族だ。それが口にしたことを確かめず、あいまいに返事をすることがどれだけ恐ろしいか、修はその身をもって理解した。
――いたずらっぽく笑うアレクシアが、修にはまるで悪魔のように見えた。




