#24
「つまりなんだ。要約すれば――」
アレックスは不敵に笑いながら、拳を鳴らす。
「兄弟の女難がキサマというわけだな!」
「は? え……は?」
何をどう要約したらそうなるのだろう、まったくもってあさっての方向。修は思わずマヌケな声を上げてしまった。
「……お前は?」
「俺は占星術師のアレクサンドロス・バクスター。スクリーヴァ領はバクスター村、"金剛無双"のアレックスとは俺のことよ!」
「ほう?」
威張るように胸を張るアレックスに、なるほど、とフランシスカは牙を見せた。
「お前の兄弟がワシのつがいとな!」
「その通りだっ!」
「えっ、ちょ……!」
修にはさっぱり理解できない。
どうしてその流れになるんだ、と。
この流れで蚊帳の外にいる茉莉は「あららー」と楽しそうににやけているが、巻き込まれた修にとってはたまったものではない。
「おい、アレッ――」
「大丈夫だ、分かっている!」
「お前わかってないだろう!?」
「みなまで言うな兄弟!」
文句をつけたい修の口を片手で制し、
「ぶっちゃけ俺も怖いっ!」
「だからそういうこと言いたいんじゃねぇーよ!!」
「だがしかぁし! 兄弟が国へ帰れるか帰れないかの瀬戸際ならばっ! 竜に挑む恐怖がいかほどのものだろうか!?」
勝手に一人で全ての話を整合し、納得し、そして改めてフランシスカに向き直る。
「聞けぇい、竜人の女よ! 俺はスクリーヴァ領バクスター村の占星術師! アレクサンドロス・バクスター! 人呼んで"金剛無双"のアレックス! 縁あってフォーブリッジ自治領はこたびの領事に首を突っ込んだが……改めて個人的に! 竜人フランシスカ! 貴殿に決闘を申し込む!」
びし、とフランシスカに人差し指を突きつけた。
「投げた手袋は戻ってこんぞ小僧!」
鋭い牙をむき出しに、大気中で発火する高温の息を漏らす。
「…………元気ですねー」
「元気ですねー、じゃないよ!?」
はっきり言ってしまえば、修にこの決闘を止める権限はまったく存在しない。
この場でその権限を持っている者といえば、フォーブリッジ自治領の領主より立会人としての任を与えられた茉莉のみだ。
「早く止めないと!」
「えー?」
茉莉は面倒くさそうな表情を浮かべ、
「早く終わるならそれに越した事はないですよー。怪我とかアニメやゲームみたいに治るんなら、適当なところで切り上げればいいですし」
知ったこっちゃない、と。
「こういうの、こっちだと普通なんですよね?」
おそらくこの場でこの世界にもっとも詳しいであろう、カタリナに問いかける。
「だいたい、こん、な、感じ……」
「ほらぁー」
この世界の法律に早くも順応したと言えば聞こえはいいが、それは無関心と言い表したほうが適切だ。
所詮は他人だから、怪我をしてもそれは自己責任である、と。自己責任でも、元通りに直るなら大丈夫だよね、と。茉莉は「普通ならしょうがないよね」と心に蓋をして「しょうがないなら早く終わらせよう」と結論を出したのだ。
「じゃ、死なない程度、あんまり酷い怪我しない程度にお願いしますねー? 私、まだ小学生ですし、そういうのトラウマになるのちょっと困りますしおすし」
「……?」
「あれ、語尾ちょっとネタっぽくしちゃうと言葉通じません? おすしだけに、ネタ」
「だい、じょうぶ、だけど……おすし?」
「日本の伝統料理ですねー。お刺身をご飯の上に乗せてですね……」
そして無関心な茉莉と、人と話すことが苦手なカタリナがあさっての方向へ会話を脱線させていく。
(……俺が、ちゃんとしないと)
修はこのとき初めて、この世界で危機感を覚えた。
「ええっと……この決闘は私、相葉茉莉が立ち会います。天と、地と……ええっと、人を統べる三界の神様が、この決闘に正しい判決を下すことを見届けることを誓います……あ、私は自分の名誉にかけて、この戦いに私情を挟むことをしないと誓って……神様の出した結論に異を唱えないことを誓います。と……これでいいですかね?」
茉莉は「しゃかい」と書かれたノートに書かれた立会人の口上を朗読し、そしてそれが正しいかどうか修に確認を取る。
「……それでいいと思うよ?」
アレクシアが立会人として修の私闘を取り仕切ったときの口上を思い出しながら、修はそう返した。
「さて……もはや引くことは出来んぞ?」
今から行われる荒事に向けて、体を慣らすように力を込めたり、抜いたりとするたびに、フランシスカの鱗がみきみきと音を立てる。
「ふっ……兄弟と同郷の、可愛らしい女児に見届けてもらうのだ。身も入ろう、というものよ!」
「ははっ! なるほど確かに!」
笑うたびに炎が漏れた。
「人呼んで次元の魔術師、"ヴァシアス火山の暴君"フランシスカ! 我が祖、火竜と魔術師の血に誓い、この決闘、正々堂々と挑むことを誓おう!」
「占星術師、"金剛無双"のアレクサンドロス・バクスター! 天と地と人を統べる神に誓い、この決闘、正々堂々と挑むことを誓う!」
アレックスが腰に下げた鉄の剣を引き抜く。
フランシスカが両手の爪を打ち鳴らす。
「――ゆくぞっ!」
先に動いたのはフランシスカだ。
柔い肉など容易く引き裂ける凶悪な鋭い爪を岩肌に食い込ませ、太い棘尾を地面に叩きつけた反動と、小石が舞い飛ぶほどの力強い羽ばたきで一直線に、地面よりもほんの少し上を滑空しての急襲。
「死んでも怨むな――っ!」
真っ直ぐに低空を飛び、接近したかと思えば右腕の太い爪でのなぎ払い。
まともに受ければ、いや、まともに受けても脆い人間ではその一撃で重傷を負ってしまう、それほどの一撃。
「――ふぅんっ!」
ばき、と樫の丸盾が音を立てて砕け散る。腕の一本や二本、軽く跳ね飛ばしてしまいそうなその四本の爪を、しかしアレックスはそれが当然であるかのように受け止めた。
「ちょっ……!?」
思わず声を上げてしまったのは修だ。
アレックスの丸盾の素材は樫である。木偏に堅いと書いて樫であるとおりその材質は非常に堅く、鉄道の枕木をはじめとした強度の必要とされる木製の建造物には樫が使われる。
その樫を一撃で砕いたフランシスカの爪も驚異的だが、それを受け止めてなお、服が破け、そしてうっすらと血が滲む程度で済んでしまうアレックスの頑強さに驚いたのだ。
「自慢の爪も、なんだ、別に大したことがないな」
どや、と。
アレックスは非常に苛立たしい笑みを浮かべた。
「……なるほど"金剛無双"。ただの丈夫さ自慢は、手加減は嫌だと見える」
樫の丸盾を砕いておいて、手加減していたとうそぶく。
「嬲り殺しはせん! ひと思いにすり潰してくれるわっ!!」
棘尾を地面に置いて、体の支えにして両足でアレックスの腹を蹴り飛ばす。
「ぐふぉあっ!」
まるで車に撥ね飛ばされたかのように、反動でフランシスカが高く空に浮かぶほどの衝撃を受けたアレックスは岩だらけの山肌に何度も叩きつけられ、数十メートルもの距離を転がっていく。
「アレェエエエエックス!?」
もはや「死んだ!」と確信してしまうほどの勢いに修は悲鳴を上げる。
「ぬぉおお……!」
――しかしアレックスは死んでいなかった!
服が裂け、剣が折れ曲がり、本来ならば満身創痍であるはずなのに、本当に何事もなかったかのように体の埃を払って、
「……なかなか力強い足であることだなぁ!」
修の心配をよそに、アレックスはまるで「ちょっと転んでしまった」とでも言いたげにバツの悪そうな表情を浮かべながら、フランシスカの蹴りをそう評した。
「……なんちぅ丈夫さじゃ」
これにはフランシスカも苦笑いしか浮かばない。
渾身の力を込めて蹴り飛ばしたはずなのだ。両の足には岩に突き立つほどの凶器をそなえているはずなのに、その一撃を喰らったはずのアレックスは体にうっすら傷がつく程度であった。
「お前本当に人間か?」
「キサマ失礼だな!」
破けて邪魔になる衣服を千切って捨てると、
「自慢じゃあないが、俺の体には炎と水の妖精ヴァンニクの加護がついている! 炎の眷属である火竜の末裔ごときに、この身を傷つけること敵わぬと知れっ!」
「え、えぇー……」
フランシスカは胡乱げな目をする。
「それ迷信じゃ……」
「結果が同じなら信じたものが正しいのだ!」
「……まぁ、よい」
何かを諦めたようにため息。
「どのように強化を重ねたかは知らん。が、しかし我が爪でもってかすり傷というのはいささか、面倒じゃ」
竜の血を引くフランシスカの身体能力や魔力量は、常人のそれを軽く上回る。圧倒的な戦闘能力の前には、大抵の生物がひれ伏してしまうほどだ。
が、多少の傷を負うとはいえそれをほぼ防ぎきるアレックスの防御能力はまさしく桁外れである。
負けはしない、が、勝てもしない。
「ワシの金色の財宝のため。素晴らしき、まだ見ぬだんなのため……そして輝かしい結婚生活のため! 悪いが貴様には、少々この場よりご退場願おう!」
両手を胸の前に。何かを包むように、手の平を向かい合わせるように構える。
「"ヴァシアス火山の暴君"、次元の魔女の意味をとっくり教えてくれる!」
途端、彼女の両手の間が、空間がぐにゃりと歪んでいく。
「次元の狭間で少々頭を冷やしてくるがよい――!」
歪んだ空間はうっすらと蒼白い光を放つ球体へと変化を遂げて、
「まず、い!」
カタリナが悲鳴じみた声を上げた。
体に纏った冷気を強め、パキパキと音を立てながら三十センチほどの鋭い氷柱を作り出す。
「ちょ、急にどうしたんですか?」
「ダメですよー? 男の人助けちゃったら、反則負けにしちゃいますよ?」
その意味が分からないのは修と、茉莉だ。
手出し無用の決闘に水を、いや氷を刺そうとするかのような彼女の行動に、茉莉はのんきな警告を発した。
「何の事情があるかは知らないですけど、突然どうしたんですか」
「あれっ!」
カタリナは珍しく声を荒げる。
「目に、見えるほどの、高濃度、魔力、は! 暴走の、一歩、手前!」
「えっ!?」
ヘンリエッタがカタリナへ向けて散々と口にした、無詠唱非儀式型最大の欠点、魔力暴走の前兆。本当に暴走であるならば、いや、それに近い現象ならこのあたり一帯が消し飛んでしまう。それどころか火山に下手な刺激を与えれば噴火の恐れもある。
そばで何度も耳にしていた修は、さぁっと、自分の血の気が引いていく音を聞いた。
「とめ、てっ!」
カタリナの声で、修はまるでバネ仕掛けの人形のように飛び出した。
「――アレェェエエエックス!」
「お、おう!」
修の激に、呆けたようにしていたアレックスが飛び出した。
飛び出した修から数瞬遅れる形で、横をすり抜けるように氷の槍が飛んでいく。それはフランシスカ自身を狙うようなものではなく、その場に釘付けにするように周囲に突き刺さった。
「――ち、決闘に横槍とは!」
それでもフランシスカは魔法を止めよとしない。そんな事を言っている場合ではないということは、カタリナの焦りようから明白であるのに、だ。
「じゃが! 巻き込まれに来た者が悪――!?」
今まさに飛び掛らんとする修を見た瞬間、フランシスカはぎょっとする。
「おま、まさかっ!」
巻き込まれに来た者が悪いと口にしたフランシスカは、慌てて蒼白い光を放つ魔力球を、両手で挟み込むようにして潰す。
「ま、まて! おま、消し――!」
「どぅるぁあああ!」
「――ぬごぁー!?」
修の無慈悲な大外刈りが見事に決まった。
大外刈り。
義務教育中に、もしくは高等教育中に行う体育の授業にて数時間だけ学ぶ柔道の授業で背負い投げと共に教わるであろう足技の一つである。その見た目は右足で相手の右足を後ろ足で蹴る感じに引っ掛けて倒す技と認識されがちだが、実は違う。
上半身で相手の片足に重心を集中させ、その足を刈り取ることで相手を空中で半回転させる立派な投げ技だ。その性格上後頭部を強打する可能性が高い危険な技の一つでもある。
そして大外刈りにもっとも大切なのは足の動きではなく上半身の動きだ。
指導者によっては「相手にラリアットを決めるように」や「相手の耳の後ろにフックを当てるように」とも教えられ、修はこのうち相手のこめかみ付近を殴るような方法を、修は後輩を"可愛がる"ために習得している。
「――ぢぬぅうううう! ぢんじゃぅうううう!」
さらに大外刈りはその残心の形状からとても袈裟固めに移行しやすい。
ちなみに後輩を"可愛がる"ときにはこの袈裟固めが多く使われている。きちんと極めれば肩関節や頚椎へのダメージ、そして肺の圧迫による呼吸阻害を狙えるからだ。
そう――今、拷問のように行われた修の、大外刈りによる後頭部強打からの袈裟固めという綺麗な"殺人コンボ"のように。
「きょーだーい!?」
今度はアレックスの悲鳴が上がった。
「はっ」
修はようやく気付いたかのように、押さえ込んで「ぢぬぅー!」を繰り返すフランシスカと、迂闊に触ってフランシスカの首を折りたくなくておろおろするアレックスの顔を交互に見比べる。
「……何秒ぐらいこうしてた?」
「し、知らん……」
なお、三十秒である。
「あのー、いい加減にしないと先生死んじゃいますよー?」
この程度で死ぬわけがないと思っているのか、茉莉だけはわりと冷静にそう口にした。
「あっ、やっべ」
修は飛び跳ねるようにフランシスカから離れる。
「げほっ、げほっ……!」
竜の血を引く者とて肺呼吸を行う脊椎動物である。首、いや脊椎を完全に極められてなお乱暴に振りほどこうとはしない。下手すれば折れて死ぬからだ。しかも後頭部強打後である、意識も朦朧としていてろくに力が出せるような状態ではない。
というか、一般人なら大外刈りの時点で頭蓋骨陥没により死亡していただろう。
「あ……暗殺者……」
絞り出すようにフランシスカ。
「違います」
もはや条件反射の域である修。
「……だい、じょうぶ。怪我、ない」
そして修が止めに入ったのだからこうなるだろうと予測して、ずいぶんと冷静に診察するカタリナ。
「あー、でも一応レントゲンとかCTとか撮りたいとかいうとトコですよねー。日本だと」
「れんと、げん?」
なに、と修に視線を送る。
「……体の中を、解剖しないで見るための機械です」
「へぇ――!」
「――それをとって、どうするんじゃ?」
怪我など気にせず興味あることに口を挟む姿は、さすが魔術師である。
「えーっと……頭打ったら、死ぬんでしたっけ?」
「そら当然じゃろ」
「あ、違いますよ先生。数日後に、です」
「ファッ!?」
フランシスカは顔を真っ青にして、後頭部を押さえた。
古今東西、暗殺の技として信じられているものの一つとして「秘儀・三年殺し」というものがある。この世界にも似たようなものがあるのか、がくがくと震えながら「ワシ、死ぬの……?」と修を見上げる。
「ええっと……確か、頭蓋骨の中で出血して、脳を圧迫するから、いろんな傷害が起きるというのはよく言われます、ね……」
やっておいて、修も青い顔をしてカタリナを見る。
「原理、を、もっと、教えて、くれれば……あと、どれくらいで、おこる?」
「あ、はい。思い出せるだけ思い出します……」
震えた声でそう告げた。
「兄弟、うっかり本気なんぞ出すから……!」
アレックスが頭を抱える。
他領の魔術師に決闘を挑み、仲間が横槍で三年殺しをかけるという状況だ。普段からあまり頭の回らないアレックスすら理解できるほどの暗殺事件である。
一族郎党首を吊るされ死体を晒されるような屈辱を受けようとも文句は言えないだろう。
「や、でもあれカタリナさんが止めてって――」
「ま、魔力、暴走、手前だった、から……!」
そして始まる責任転嫁合戦。
「や、あれはワシが意図的にやったもんじゃぞ?」
「意図、って……!」
「ワシの研究じゃし、本来なら明かしとうないんじゃが……ま、こうなっては仕方がないから言うぞ。あれな? 臨界寸前まで行くと、次元に穴が開くんじゃよ。それをこう、ちゃちゃっとワシ秘伝の魔術でな、ぐわっと広げるんじゃ」
「……なるほど」
納得するカタリナに、秘密にせいよ? と釘を刺す。
「人前で見せるものでもなし。知らんのが多いのは仕方がない……まぁ、初見でアレを見ては、確かに普通は焦るじゃろうなぁ……」
あらためて自分のさまを振り返り、フランシスカは目を細めた。
「……はぁ、仕方がない。知らなかったらワシもそうするしの」
「えっ?」
「ワシの負けじゃあ……」
がっくりと肩を落とし、
「えっ、反則負けですよ? 修さん達の」
「えっ?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? 男の人助けちゃったら、反則負けにしちゃいますよって」
「は?」
「ん?」
「えぇー……」
「あれ、私おかしいこと言いました?」
茉莉がまったく空気を読まない公平性で、決着の宣言をした。
「ワシが求めるもの――それは、ワシが死なないようにするための術じゃ……」
フランシスカは震える声で、戦利品としての知識を要求する。
この場面だけを抜き出せば、まるで不老不死の魔法でも効き出そうとするおかしな状況に見えるせいか、アレックスは「まるで歌劇のようだ」などと漏らした。
「あ、はい」
そうなった原因が自身にあるせいか、修はただうなづく。
「とりあえず、頭部を強く打った場合は短くて八時間後――長くて二週間ほど。年齢によっては数ヵ月後まで様子を見る必要があるんですが」
修は数瞬だけ思案し、
「危険な状態である場合は、まずこの期間中に頭痛や吐き気、ものが二重に見える、手足の震えや痺れ、けいれん、言葉を正しく発音できなくなる、左右で瞳孔の大きさが違う……」
「ま、待て!」
修が頭部を強く打った場合に起こる症状を指折り列挙していくと、あまりの多さにフランシスカは片手でそれを制した。
「とりあえず何をすればいい?」
「安静に――あ、いや」
修は絶対安静の意味が、こちらでは激しい運動をしないという医療にケンカを売っているようなベルであることを思い出し、
「ベッドの上で、寝たきりで過ごしてください」
絶対安静というよりは完全拘束と言わんばかりの条件を出した。
「……ごはんは?」
「ベッドの上で食べればいいでしょう?」
「いや、狩り……」
「……何のための通貨経済ですか?」
「いや、酒を買うための……」
「ご飯も買えます。あと酒禁止です」
「そんなっ!?」
フランシスカは膝から崩れ落ちそうになる。
「……も、もしやトイレもダメだというのではあるまいな?」
「それはさすがに許可はできますけど……」
最悪の場合、本当にベッドに縛り付けて尿瓶のようなものでも用意するかと算段を立てた。
「ええっと、とりあえず、私のほうからお屋敷に泊まれるか掛け合ってみますねー?」
やっちゃったことはしょうがないけれど死なれても気分が悪い、その程度の認識で茉莉は「しゃかい」のノートを小脇に抱えながら言う。
「ま、たくさん小言を言われるでしょうけどー」
茉莉は「ああ憂鬱だー」と全身で表現する。
「……なにか、甘いものでも奢れたらいいんだけど」
「甘いもので釣られると思わないでくださいよー。それにどうせ、こっちのお金なんて持ってないことよく分かってますし」
彼女も修と同じ時期にこの世界に来た日本人だ。
懐事情など筒抜けも当然である。
「だいいち、甘いものを与えておけば機嫌がよくなるだなんて誰が言い出したんでしょう。個人的にはお金のほうが嬉しいですよ。甘いものが買えるので……ここ、笑うところですよー?」
年頃の女の子は分からない。
そんな風に思いながら修は「はは……」とお茶を濁すように笑った。




