#20
幌馬車では格好がつかない、格式高い相手に会うために使うには似合わないと、ヘンリエッタは箱馬車を手配していた。
金属で補強された頑丈な車輪を持つ、それなりに装飾の施された二頭引きのそれは修の目で見ても十分に高級そうに見えるそれに揺られて、数日――
「兄弟! 見ろ! あれがフォーブリッジ自治領だ!」
「え、なんだって!?」
「あれが! フォーブリッジ自治領だ!」
ガタガタと地面のギャップで跳ね上がる騒音にも負けない声で、アレックスが窓の外を指差す。その指差す先を見ると、いびつながらも計画的に区画整理されていることがひと目でわかるような町並みが広がっていて、その建物ひとつひとつが自然石では考えられないほどつるりとしていて、定まった規格のもので作られている。
「――コンクリートかっ!」
「フォーブリッジ自治領は! 建築技術に! 優れていて! 建築の! 石を! 輸出しているのだっ!」
火山灰を利用した建築材料のひとつで、ローマン・コンクリートまたは古代コンクリートと呼ばれている。同材質で作られた建築物では、古代ローマのパンテオンが有名だ。
「あの! 南側がガラス張りに! なっている建物が! 麦を育てている建物で! その! 隣にある! 湯気を吹いている建物が! 温泉である!」
「なるほど!」
計画的に区画整理されているのは効率よく太陽光を取り込むための措置であることがよく分かる。温室の南側にはほとんど何もない広場が面していた。
その近くに建てられた温泉は、温泉廃熱利用ついでに温泉を作ったといったていなのだろう。
「……、……っ!」
「えっ、なんですって!?」
カタリナがぼそぼそと喋る、もともと声が小さいせいで、何を言っているのかさっぱり聞こえない。
「聞こえないのは! 分かりますが! あまりどならないで! くださいまし!?」
「あーん!? なんだってぇー!?」
「赤毛! うるさぁーい!」
「隣で! 叫ばないでっ!?」
「あーもぉー! いっかい! 降りよぉー!?」
「みみ……じーん、って……!」
カタリナが両耳を押さえて、辛そうに眉根を寄せる。
「これだから馬車は嫌なんだよぉー……」
修に支えられながら、アレクシアは腰を押さえた。
「馬車がこんなに揺れるとは思わなかった……」
馬車は初体験であった修も、アレクシアを支えながら自分の腰をさする。むしろ痛いのは尾てい骨だったが、さすがに今そこをさするわけにはいかなかった。
(街道がダメなんだな……)
移動については馬や馬車よりもほうきのほうがメジャーなせいなのだろう。街道がきちんと平らに作られておらず、路面のギャップが酷い。
(サスペンションがなくて、スピード出したら……飛ぶな)
路面との接地性が皆無だと、車輪が大きく跳ねて横転する恐れが高い。だからこそ馬車には古代からサスペンションが装備されてきたのだが、しかしそれを差し引いても酷い街道であった。
「……なぁ、街道って国が管理してるの?」
「えーっと……ううん。街道は、領主だよ?」
地方自治体が管理する県道市道のようなものらしい。
「どぉして?」
「いや、別に」
「ふぅーん?」
街道の整備は政治経済軍事、全ての面で重要である。経済面では流通の大動脈となることもそうだが、いざ軍隊派遣のさいには大量の人間や大型兵器を輸送するのが容易になるためだ。
(どうせ空飛んでいくんだろうなぁ……)
以前にカタリナの工房へ向かうさい、馬よりも空飛ぶほうきが主流となってきたという話をしていたのだ、つまりはそういうことなのだろう。
(あれ、でも装甲車があるとか言っていたような……?)
そうすると街道を整備しない理由が薄いな、と思考をめぐらす。
「おさむぅー?」
修の目の前で手をヒラヒラと振る。
「酔った? きもちわるい?」
「ん、あ、いや……大丈夫」
「ならいいけどぉー……カタリナはぁー?」
「だい、じょうぶ……ちょっと、浮いてた、し」
カタリナはむしろ騒音による耳へのダメージがキツかったらしい。
「あーっ! ずるぅーい!」
アレクシアの言うとおり、本当にズルい……修もじとりと睨む。
「その……アレクシア、も、浮けばよかった、のに」
「それができるのはカタリナぐらいだよぉー!」
何度か馬車を降りて休憩を挟みつつとはいえ、そう何度も詠唱や儀式を行っていられるほどの時間はなかったのである。この中ではまさしくカタリナしか出来ない方法だった。
「と、いいますか……あの、無詠唱で、非儀式での魔法は、その……やめていただけませんと」
「……ごめん、なさい」
そして無詠唱非儀式型の魔法は制御の不安定性から大変危険なため、違法である。下手すると死罪レベルで。
(アレクシアと友達なのは、こういううっかりが積み重なってるからじゃ……?)
ゲオルギスのときもそうだったが、アレクシアは比較的こうした「うっかり」をそっと自分の胸の中にしまっておく傾向が強い。以前修に話していたが、そうして作った「友達」と、貴族の八女として政略結婚に使われるだろう運命を握りつぶしたのだろう。
「まぁー、黙っておいてあげるとしてぇー……ヘティー?」
「ええ……少し休憩しましたら、フォーブリッジ様のお屋敷に向かいます。御者には、私から話を通しておきますわ」
「うん、おねがい」
では、と軽く腰を落として一礼すると、街道からそれて停められた馬車のほうへと歩いていく。……多少歩き方がぎこちないのは、体力のない彼女が長時間、馬車に揺られたせいだろう。
「……温泉にでも行くか? 兄弟」
「それもいいけど……」
修はアレクシアに視線を送る。
アレックスが以前、銭湯で娼婦を引っ掛けようとしていたことをまだ覚えているからだ。
「いーんじゃないかな?」
にんまりと意地悪そうに笑い、
「おさむが娼婦買わなければねぇー?」
と釘を刺す。
「俺は、買わないよっ!」
伝染病が怖いというのもあるが、そもそも修はこの国の金を持っていない。借りるアテといえばアレクシアかカタリナか、アレックスの三人。だが女であるアレクシアやカタリナから借りた金で娼婦を買うような度胸はないし、アレックスはアレックスで色々と後が面倒くさそう――茶化されるという意味で――なので、避けたいのだ。
「温泉ならこう、のんびりとつかりたいたちなんだよ」
「ほんとう、に……?」
「はい、本当です」
「……女に、興味がない、わけじゃ、ないのね」
「おさむ、いもーとみたいな女の子にしか欲情できない人だもんねぇー?」
「そうなのかっ!」
「ぶん投げるぞおい」
「あはは、じょうだんじょうだん」
アレクシアは軽く笑っているようだが、
「僧侶の中には子供しか愛せない者もいると聞くが……まさか兄弟がそれだとは……!」
人の話をあんまり聞かないアレックスは真に受けてしまっていた。
「……アレクシアー?」
「あはは……ごめぇーん」
さすがにアレクシアも反省したように、力なく謝罪の言葉を口にした。
○
フォーブリッジ領主の屋敷に到着し、ヘンリエッタが出迎えた使用人といくつかのやり取りを行う。儀式のようなそれが終わってから真っ先に通されたのは大量の料理がテーブルの上に並べられた部屋だ。
「おおおおっ!」
こうした貴族の歓迎会食に招かれた経験のないアレックスは、まるで雄たけびのような声を上げて感動する。
「……まだ食べてはダメですわよ?」
「分かっているとも! 誰が兄弟に恥をかかせるものか!」
声を大にして言うそれがすでに恥なのだと伝えようか悩むしぐさをして、しかし言ったところで効果がないのだろうという結論に達したヘンリエッタは諦めたように肩を落とした。
「やはり置いてきたほうが良かったのでは?」
「……道化師だと思えば」
「これが道化を演じられますかっ」
「だよねぇ……」
道化師は非常に教養の高い人間にしかこなせない役どころである。彼らは愚かであることを特権として許された存在であり、冗談やジョークを飛ばしながらさり気なく司会進行を行い、主人が口に出来ない批判を言う。
見も蓋もない言い方をするなら、お笑い芸人のMC的な立ち位置だ。場合によっては大御所にツッコミを入れても問題はないという役どころから、トランプでは切り札として配役されてきたのである。
失敗すればもちろん干される。彼らの場合は、物理的に。
「……とり、あえず。私、は、どこまで、口を出しても、いい、の?」
いらない混乱を避けるために被っていたフードを下ろしながらカタリナは言う。
「うーん……とりあえず、声をかけられたら、かな? 当たり障りのないくらいでお願い」
「わか、った」
「私個人としてはカタリナ様のおそばに立ちたいのですが、さすがに主人はレクシーですので……」
「だい、じょうぶ」
「おさむはボクのとなりね」
「ああ、うん」
「俺は?」
「カタリナ……は、迷惑になりそーだね。おさむのちかくに適当に立ってて」
「わかった、使用人の如く侍ろうではないか!」
「…………まぁ、ボクにだけヘティがいるのは、かっこう、つかないしねぇー」
すごく不安だけどぉ……と言いたげに、じとりとした目で見る。
「おさむ、基本的に何かあったら赤毛に言ってね?」
「ヘティさんだと、二君に仕えてるように見えるから……か?」
「よくわかってるねぇー」
嬉しそうにうんうんとうなづくと、まるで図ったかのように部屋の大扉がノックされる。返事も待たず、観音開きに大きく開かれた。
「――あ、どうもです」
扉の向こうから現れた黒髪の少女が、ぺこり、と頭を下げる。
「あ、どうもです」
釣られて修も頭を下げる。
(……あれ?)
違和感ではあるが違和感ではないような、修は複雑な錯覚に囚われる。
「あ、えーっと……ディビット様は執政でちょっと遅れるので、えーっと……あ、マリー・アンバーです。占い師の」
場慣れしていない、何度も考え込むように視線を泳がせる占い師の少女にアレクシアは思わず「えぇー……?」と小さく、呆れたような声を上げた。
「……フォトプロス領は誉れ高き"花の騎士団"、"薔薇騎士"アレクシア。アレクサンドラ・アンドリュー」
「それに仕える、従騎士のヘンリエッタ・ハーブでございます」
「えっと……佐村修です」
「俺はスクリーヴァ領はバクスター村の占星術師にして"金剛無双"のアレックス。アレクサンドロス・バクスターだ」
「国際魔法、研究所の、魔術師で……カタリナ、です」
「あ、どうもです」
もう一度、ぺこり、と頭を下げる。
「……?」
「……おどろか、ないの?」
カタリナとしては、自分が目の前にいても反応がないのはなかなか意外な反応だったらしい。思わず口に出して問いかけた。
「あ、はい。すみません。私、こっちにきて、ちょっと日が浅くて……すみません」
どこか自身なさげに、どうとでも取れるように薄く笑う。
「……あの」
修の中で、違和感ではないような違和感がようやく、その笑い方で焦点を結ぶ。
「あ、はい」
その口調も、よく考えれば、そうだ。特徴的な、今まで日常的に聞いてきたものだ。
つい十数日前までは当たり前だったからこそ、違和感として感じなかった違和感の正体を、修はゆっくりと口にする。
「……もしかして、あの、日本人ですか?」
「あ、はい」
修のその探るような葛藤はなんだったのかと考えさせられるようなほどに、彼女はわりと軽いノリで肯定した。
「マリー・アンバーなんて名乗らされてますけど、本名、相葉茉莉っていいます」
どうとでも取れるような薄い笑いと共に、
「もうちょっとしたら言おうかな、なんて思ってましたけど、ええ、やっぱり日本人ってすぐ分かっちゃいますよねー。話し方が独特で」
と、実にこちらの世界に馴染みまくった風体で答えた。
「学校に行こうとしたら、ですよ。玄関開けたら異世界って……もうなんだかわけわかんなすぎて、ランドセル背負ってる自分がバカみたいで笑っちゃいましたよ」
日付を確認すれば修とおよそ同じ時間であったらしい。
「えっと……いくつ?」
「あ、小五です」
「……小学生か」
年の割にはまったく混乱しておらず、修は逆に彼女の精神面に不安を抱いてしまう。
「えっと……躁鬱状態になったりしては、いないよね?」
「あ、うつにはなってないですよー、ぴんぴんしてますっ!」
修が心配なのは躁状態のほうなのだが……下手に落ち込んでいるよりはましかと、とりあえず後回しにすることにした。
「あー、まー、泣いてどうにかなったらいくらでも泣いちゃいますよ。涙腺には自信があります。あ、今からでも、遅くなかったり?」
「いや、どうだろう……?」
「ですよね」
小学五年生のメンタルじゃないなぁと苦笑いを浮かべる。
「で、ええっと……日本に帰る方法でしたっけ?」
「あ、はい」
「ええっとですね……」
と、茉莉が少し考えこむしぐさをする。
同時に、アレクシアが修の袖口を引っ張って、
「ほんとうに、だいじょうぶ?」
そう問いかけた。
「なんか、さっきから、ずっとあやふやなことしか言わないんだけど……」
「……あー」
日本人と言えばとりあえず言葉の最初に「あ」だの「ええっと」だのとつけてしまう。それがアレクシアからしてみると、たまらなく不安なのだろう。
「日本人のクセ、かな……」
「そ、そうなんだー……?」
ただただ呆れるしかないとばかりに頬を引きつらせる。
「とりあえず、先生……私のことを拾ってくれた魔法使いさんの仮説ですけど」
「仮説?」
茉莉が「はいー」と語尾を長く伸ばした、どこか甘えるような返事をかえした。
「私が、先生にケータイ小説のお話をしたことから始まりまった仮説なんですけど」
「けーたいしょーせつ?」
アレクシアが首をかしげた。
ケータイなんて言葉はこちらではとうてい聞かないだろう、携帯電話の概念があるかも怪しいのだ。当然の疑問である。
「……そういう種類の小説があると思ってくれ」
「ふぅーん」
「ええっと、続けますよ? 私が今どうなってるかを、たとえばの話で言ったことから始まったんですけど、ほら、ケータイ小説にあるじゃないですか、SSとかで」
「え、えすえす?」
「……ショートショート、もしくはショートストーリー」
「なるほどっ」
「えっとですね、先生が言うには、もしかしたら私たちは何らかの目的があって神様から召喚されたのかもしれない……みたいな?」
「みたいな、って……」
「私もよくわかんないです。ファンタジーファンタジーしすぎてて」
「まぁ小学生だもんなぁ……」
難しくはないが小学生にしてみれば理解が及ばないのは当然か、と呟く。
修と茉莉の現状を正確に言うなら「異世界トリップ」である。もちろん異世界には異世界の宗教や法律、習慣が存在しているのだ。修たちがそれを知らないのは当たり前のことだし、むしろ知らないながらも現状でよくやっているほうだろう。
茉莉の言う先生はどのような人であるかを修は知らないが、おそらく彼女の先生は自分達の常識でその仮説を立てたのだろう。
「……おさむ、おさむ」
「ん、なに?」
「彼女、小学校? にいってるのに、わかんないの?」
「あー……」
さっそく常識の違いが出てきたぞ、と。
「……あとで説明する」
「ん、分かった」
法律や習慣の違いは非常に面倒なのだ。
日本の西と東、それどころか隣り合った県同士でも風習の違いで「それはおかしい!」となってしまうのだから、国どころか世界が違えばどうなるのかなど推して知るべしである。
「で、ええっと、仮説のほうですが……ごめんなさい。あんまり広めちゃダメだって先生が」
「ああ、それは、しょうがない。魔術師って、秘密主義らしいから」
「そうなんですか?」
「そうらしいよ?」
ちらり、とカタリナを見る。
「……そう、ね。あんまり、情報、もらしたく、ない、わ」
意図を汲んだように、カタリナが小さな声で答えた。
「ええっと、国際研究所? の人でしたっけ」
「国際、魔法、研究所の、魔術師」
「あ、じゃぁその人が言ってるんですから、間違いないですね。ちょっと人が多くて言えません」
口の前でバッテンを作り、
「ええっと、佐村さん? 修さん? だけになら話せるかもです」
「修、でいいよ」
「あ、はい。分かりました」
「で、えっと……」
「あ、はい。ふたりきりになれるなら」
「――それはちょーっと許可できないかなぁー?」
茉莉の提案に、アレクシアが声を上げる。
「おさむは、ボクのなんだけど?」
アレクシア本人は「自分の客分だ」と言う意味以上の言葉を発したつもりはなかった。
「え? ――あ、そうなんですか!?」
が、そんなの客分の習慣がない日本人、しかも小学生に言わてもよく分からないのである。茉莉は思わず「きゃー!」と黄色い声を上げるのを口元を押さえて我慢した。
「私と同い年ぐらいの人とか! やりますねっ!」
「ちょ! ちがっ!」
「ロリコンですねっ!」
「ちがうってば!」
「……ねぇ、ロリコンってなぁに?」
「ちっちゃい子が好きって意味です!」
「だっ! だれがちっちゃいってゆーんだぁー!」
「だから、ちょっと、待てっ!」
後ろから「兄弟……やはり……!」というアレックスの呟きが聞こえた。
「――レクシー?」
冷え込むような声が割って入る。
ヘンリエッタだった。
「いや、だって……!」
「修様は、否定してらっしゃるでしょう?」
「……はぁい」
「それはそれとして、マリー様も」
「あ、すみません……」
「修様」
「あ、はい」
「この中でレクシーを物理的に止められるのは修様だけなんですからね? しっかりしてくださいな。騎士は名誉で生きているのですから……」
「あ、はい」
とばっちりのようなお叱りの言葉に、修は面食らったような顔で素直に謝罪した。
(――相手まで叱るとかすごいことするもんだ)
ヘンリエッタの言動は迂闊だとも言える。
叱るということは相手を下に見ているということになり、下手をすれば血で血を洗う戦いに発展しかねないからだ。
(よく観察しているというか……)
相手の本質をうまくとらえ、ヘンリエッタは茉莉から謝罪の言葉を引きずり出したのだ。下手な謝罪は上下関係を決めてしまう。現にアレクシアは謝罪の言葉を明確に口には出していないが、茉莉は口にしてしまった。
これでこの場は「アレクシア>茉莉」という格付けとなったのだ。
「……あー、茉莉さん?」
それにつけこむのはどうかと思ったが、修だって帰る手がかりは欲しい。アレクシアたちよりも確実に位が高いであろう領主ディビットがこの場に現れる前にケリをつけるため、修は一歩踏み込むように口を開いた。
「ここに居る人たちは、まぁ、一応、信頼できる人たちだし……」
「いちおうってなにさぁー?」
「ええっと、少なくとも情報拡散して混乱が及ぶようなことをする人たちじゃ……えーっと……うん、ないから」
アレックスだけが不安材料だったが、修はそれを必死に思い出さないようにした。
「できれば、ちょっと教えてもらえるかな?」
「……本当に大丈夫なんですか?」
初めて会った相手を信用しろ、だなんて、さすがに小学生でも難しいだろう。いや、最近の小学生のほうがより難しいか。
「うーん……」
修はしばし考えたのち、
「アレクシア。黙っていてくれたら、科学チート知識をひとつ教えてやろう」
「……えっと、さすがに内容による、かな?」
砂糖みたいなものはさすがに勘弁してほしい、と目で訴える。
「いや……薬に頼らず、妊娠確率を上げ下げする方法ってのはどうかな? 俺の世界の、医学知識のひとつだけど」
貴族社会だからこそ、跡継ぎ問題はどこにでも着いて回るだろうと踏んでの提示だった。
「――いいよ、いいね。それすごくいい」
アレクシアはまるでイタズラを思いついた子供のように、ニヤリ、と笑う。
「ボク、"薔薇騎士"アレクシア――アレクサンドラ・アンドリューは天と地と人を統べる三界の神に誓う。マリー・アンバーが口にした仮説は、決して口外しない」
そこまでしなくとも……と修は思ったが、
「だからぜったい、教えてね?」
その一言で、あとではぐらかしてお茶を濁されないようにするための措置であることに気付いた。
「よーやる……」
「ふつうだよー? ねぇー?」
「ええ、普通ですわね」
「薬や、魔法、だと、身体に負担、かかるし……」
「不妊で離縁などよくある話だからなぁ」
「そんなひどいっ!」
恋愛結婚が普通という価値観だからだろう、この場にいる茉莉だけが「信じられないっ!」と憤慨した。
「まぁ、価値観が違うからね。それはそれとして、早速……」
教えてくれ、と口にする前に、
「――お待たせしたっ!」
ばぁん、と。大扉が勢いよく開かれた。




