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#14

 投げ飛ばされてぐるぐると目を回すジェニファーに駆け寄ると、

「大丈夫ですか、大丈夫ですかー!?」

 学校などで学ぶことの多い一事救命処置の手順を踏んで、何度も声をかける。

 突進の勢いそのままに硬い地面に叩きつけられ、ぐるぐると目を回して気を失っていた。当たり前だが、後頭部を強く打っている恐れがあるためその場から動かすことはできない。

「すみません、ちょっと診てもらいたいんですが」

 倒れたジェニファーに傷を負わせて決闘を終わらせようとしているものだと思っていた神官が、わけのわからない修の行動に「えっ? えっ?」と困り果てていた。

「ああもう、カタリナさーん!」

「……?」

 名前を呼ばれたことは理解できる。が、魔術師であるカタリナは「あれは一体何の儀式なんだろう……」という思考で一杯だった。

「――ヘティーさーん!」

 アレックスは役立たずであること確定であるため、無視してヘティの名を叫ぶ。

「……!」

 自分の名前を叫ばれ、ヘンリエッタはようやく「医者が必要なのか!」と気付く。

「――、――!」

 修はその会話内容がよく分からないが、おそらくは「修様がうっかり殺してしまったかもしれませんわ!」であることは、やたら青い顔をしながらカタリナに何かを言う姿から、彼にも容易に予想がついた。



 ぐるぐると目を回してこそいるが、目立った怪我はない。仮にあったとして、それが致命傷でさえなければ、カタリナにとっては軽傷も同じだった。

「だい、じょうぶ」

 どういった風に投げ飛ばしたかを聞きだすためにカタリナから通訳の魔法をかけられた修は、カタリナのその言葉に「ほぅ……」と安堵のため息をついた。

「彼女、ほんとうに、頑丈……」

「ああ、もう……。ほんとうに。修様ったら、ほんとうに人が悪いですわ」

 修の想像通り、うっかり殺してしまったのではと思ってしまったことを白状する。失礼な、と言いたかったが、そうなってしまってもおかしくは無いくらいに綺麗に思い切り投げてしまったので何も言えなかった。

「ええっと……殺してはないのですね?」

 ヘンリエッタの慌てように、決闘の進行を放棄して駆け寄った神官が言う。

「あ、はい。すみません、うまく手加減できなくて」

「謝ることはありません」

 決闘で命を落とすことはままある。

 エキサイトしすぎて、ちょっと引っ掻いて血を出すための短剣を深く深く喉に突き立てるという事例だってあるのだ、それと比べれば、修の行動はいっそ異常なくらいに冷静と言えた。

「とはいえ……これは、決着がついたと判断すべきでしょう」

 完全に気を失っているのだ、あとはいかようにも料理できる。しかし修は彼女の安否を心配し、かつカタリナに診察を頼んだのだ。

「我はここに、天と地と人を統べる三界の神の名において宣言する――!」

 目に見えた決着をみせたのだ、神職として、わざわざ血を流させるようなことはしない。

 神官は声高らかに、

「――オサムラを勝者とす!」

 思い切り名前を間違えてくれた。



「よくも孫娘をやってくれたなっ! この軍人崩れめっ!」

「え、えぇ……?」

 決闘で戦わせておいて何を言っているんだ、と。

「それでっ! なんじゃっ! 孫を傷つけっ! 名誉を奪いっ! 次は何が欲しい! 強欲な不信心者めっ!」

 どこの国にもこういった人間はいるんだなぁ、と修はげんなりとしながら、ヘンリエッタを見た。

 ――処置無しですわ、とばかりに左右に首を振る。

 こういった相手は何を言っても無駄だ、言ったところで逆上させる恐れがある。さてどうしようかと考えていると、

「老よ、決闘を受けておいてそれはなかろう」

 アレックスが空気を読まずに口を開いた。

「お前らが負ければよかったのだ」

「……その言動も、神は見ているのだぞ?」

「知ったことか」

「そういうのであれば、まぁ、仕方があるまいなぁ……」

 アレックスがやれやれとかぶりを振り、

「これは言うまいと思っていたが……兄弟は異教の聖職者で、暗部だぞ?」

 あろうことか殺されるぞと脅し始めた。

「だから違うっていってるだろうが」

 すぱん、と頭をはたく。

「まったく……お孫さんのことはすみませんでした」

 いまだに暗殺者だの聖職者だのと中二病のような肩書きであると勘違いされてうんざりとしながら、修はゲオルギスに頭を下げた。

「な、なんじゃい……暗殺者がやぶからぼうに……!」

 勝者が謝罪し、頭を下げるなど、この世界ではありえないことである。ともすれば挑発にも取られるそれが素直に謝罪に聞こえるのは、修が心の底からそう思っているからだ。

 ――だからこそ、ゲオルギスは正体不明の恐怖を感じてしまった。

「とりあえず、ええっと……歯車、お返しします」

「お、おう……?」

 ヘンリエッタに預かってもらっていた歯車を修は受け取り、そのままゲオルギスに差し出す。

 手を伸ばしたら掴まれて投げ飛ばされて殺されるのでは? という妄想におずおずと手を伸ばし、歯車に触れると逃げるようにひったくる。

「割れたり欠けたり、実は悩んでたんですね」

「っ!」

 修の一言にゲオルギスが息を呑む。

「方法のひとつを知っています」

「なんじゃとっ!」

「でも、俺、アレクシアの客分でして。申し訳ないんですが、今ここで話すわけにはいきません。なので……」

 と、ヘンリエッタに視線を向けた。

 すると彼女は、実に嬉しそうに笑みを浮かべるではないか。

「ええ、ええ。屋敷にいらしてください。アレクサンドラの屋敷と言えば、この町の住民すべてが知っておりますわ。それに"歯車"ゲオルギスと言えば著名な建築家! いらしてくださるのは私たちにとっても実に名誉ですわ!」

「お、おう……」

 あの傲慢なゲオルギスも思わず引くほど、ヘンリエッタはまくし立てるのだった。



    ○



「上手い一手でしたわ」

 帰り道で、ホクホク顔のヘンリエッタがそう口にする。

「……えっと?」

「勝者が敗者に言っては、たとえ下手に出てのお願いだろうと、それは要求ですのよ? 修様は客分という立場、そして謝罪という一歩引いた謙虚な態度、その二つをそろえた上で目下にあたる私に水を向けてくださったのは、実に素晴らしいと言わざるをえません」

 当然だが、こちらの文化になじみの無い修には一切理解の及ばない話だ。

「……陣営は同じなんじゃ?」

「勝利したのは修様自身ですわよ? そして私たちには、アレクシアが空けてしまった穴を埋めてくださったという恩がある。きちんと利用すれば修様にしかメリットのない条件を出さなかったというのに、それをしない上に、私に交渉を預けた……ここまではよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「次に、交渉を私に預けたことによって、ゲオルギス様に対しては"勝者としての要求をしないという貸し"を作ったのですわ。ともすればゲオルギス様のことを"価値のない男"と貶める行為ですが……それを修様は、前もって謝罪するという行動によって、そう感じなくさせたのです」

「う、うーん……なるほど?」

 神明裁判はよく分からないなぁ、と首を傾げる。

「まぁなんだ、兄弟! 兄弟は神に選ばれたのだから、あの場で一番偉いというわけだ!」

「……それ、学のない平民の勘違いですのよ?」

「なんとっ!」

「だいいち、神に選ばれたから偉いなどと言ったら、国王に決闘を挑めば容易に王位簒奪が出来てしまいますわ。そんなこと、許すはずがありますか!」

「なんと……!」

「まぁ、バカでも分かりやすい理屈ですわよね。強ければ偉い」

「国王がくしゃみしただけで数カ国が吹っ飛ぶというのはデマであったか……!」

 アレックスが聞いたのは、おそらく政治経済の例え話だったのだろう。似たような例え方なら、修も元の世界で聞いたことがある。

 ――面倒くさいからわざわざ教えるようなことはしないが。

「ともあれ、修様のおかげでずいぶんと有利に話を進められそうですわ。ゲオルギス様ほどの方なら、あのように言われれば必ず屋敷にいらっしゃいますわ」

 ふふふ、と嬉しそうに、しかし腹に一物を抱えたように笑う。比較的お人好しな修ですら思わず「腹黒いなぁ……」と思ってしまうほどだ。

「あら、社交界はもっと魔窟ですわよ?」

 修の胸の内を見透かしたように、ヘンリエッタは、そんな事を言ってのけた。

「まぁ、それはそれとしまして。決闘の結果はレクシーに報告しなければなりません」

「絶対安静じゃなかったっけ?」

 そう診断したカタリナに視線を送る。

「別に、誰にも会っちゃ、いけないほどじゃ、ないから」

「細菌性じゃなかったんだ」

 修が口にしたのは、正確には感染型細菌性食中毒のことだ。

 一時期に猛威を振るって大きく取り上げられた大腸菌O-157などをはじめとしたもので、取り込んでしまった細菌が腸の中で増殖し、食中毒を起こしてしまうタイプである。

「さい、きん……?」

 カタリナが首を傾げる。

「あ、うん、なんでもないです」

 細菌、というよりは微生物が発見されたのは修の世界で十七世紀ごろである。発見に至るためには単式顕微鏡を用いたことから、レンズ――特にめがねなどといった視力補正器具の歴史にも関係性がある。

(……そういえば、めがね、かけてる人、見たことないな)

 おそらくは魔法で治療しているのだろうと修は結論付けた。

(レーシックより早いんだなぁ)

 視力回復としてようやく実用化されてきたレーシック治療が研究され始めたのは二十世紀はじめである。医療などに限れば、この世界は修の世界よりも数世紀先の技術を持っていることになる。

「とりあえず、感染しないタイプだったんですね、って」

「それは、大丈夫……ところで、さいきん、て?」

「あはは……その話は、また、今度ということで」

 研究者の知的好奇心は貪欲だなぁ、と思いつつ、お茶を濁すように笑った。

「でも、二三日は絶対安静ですよね? そんな、話とかしても大丈夫なんですか?」

「……?」

 カタリナが不思議そうに首をかしげた。

激しい運動(ヘンなコト)、するわけでも、ないでしょう?」

「あ、はい」

 運動さえしなければ絶対安静の範疇らしい。修は思わず「さすがは武官の貴族(アレクシア)だなぁ」と妙な関心をしてしまった。

「ま、どうせヒマを持て余していますわ。レクシーの気晴らしも兼ねて、見舞いついでに報告をして来てくださいな」

 ベッドから抜け出されても困りますので、と付け加えた。



 いつもより露出の少ないネグリジェ姿で、本を広げ、自分の手の平ほどもある錠前をいじっていた。

「……ずいぶん元気だな」

「あはは、まぁねぇー?」

 顔色が悪いわけでもなく、むしろ頬にほんのりと赤みのさしたアレクシアは、修の世界であれば完全に絶対安静の意味を履き違えている状態だった。

「おみまい?」

「まぁ、報告がてら……」

 部屋を見渡して、椅子を探す。

「椅子ならないよー? ボクひとりが寝るだけなのに、椅子とか何に使うのさ?」

「いや、まぁ、そうか」

「おさむ、おさむ」

 広げられていた本を片付けると、ぽんぽん、とベッドの上を叩いた。

「ここあいてるよ」

「いや、それはさすがに」

「ボクは気にしないよー?」

「そういう意味じゃない」

「いいからいいから」

 さすがにベッドの上に座るのは躊躇われるが、しかしアレクシアはこれで頑固な性格である。座らなければいつまでも話が進まないだろう。修はため息とともに、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。

「どうだった?」

 手を伸ばさずとも触れ合えるような距離で、アレクシアは急かすように口を開く。そこに不安の色は見えず、むしろ結末を知っているかのような雰囲気さえあった。

 もっともそれは、修が凶報を持ち込んできたような表情をしていなかったから、そうだろうと察しただけなのだが。

「勝ったよ。判定勝ちみたいな感じだったけど」

 先に血を出したら負けというファストブラッド戦で、結果として血を流さずに勝ったのだから、その認識はあながち間違いではない。

「それでも、勝ちは勝ちだ。おめでと、あと、ありがと」

「どういたしまして……っていうのも、なんか違うかな」

「ごほーび、いる?」

 いつものように大きく両手を広げる。

「いや、安静にしてろって言われただろ」

「んー? それはつまり、ボクを安静にさせてくれない、ということかなぁ?」

 からかうように口にした。

 予想はしていたが、実際に目の当たりにするとイラっとするのは仕方のないことだろう。相手は病人だと言い聞かせ、修は努めて平静を保つ。

「……ところで、それは?」

「ボクの数少ない趣味かなぁ。錠前破り(・・)

 造りじゃないんだ、というツッコミを飲み込んだ。

「おさむは知ってるかなぁ? 鍵穴がね、隠してあるの」

「ああ、からくり錠」

「知ってるの?」

「ファンがいるくらいだ」

 日本でからくり錠が発達したのは、本来の鍵以外で解錠できてしまうほどに、鍵自体の構造がごくごく単純だったからだ。

 そこで鍵の構造を複雑化すればいいものを、さすがは日本人、努力の方向が明後日にホームランである。鍵穴を小さくして見つけられないようにするという方向に技術の方向性が推移していき、パズルのようなからくり錠ができてしまったのである。

「だからといって俺は別に興味があるわけでもなんでもないけどな」

 差し出されたからくり錠を手の平で押し返す。

「ちぇー」

「趣味なら自分で解けよ」

「鍵穴をかちゃかちゃやるのが好きなのー!」

「ならなんでからくり錠なんか……」

「ボクが買ったわけじゃないよ? ヘティがくれたの。これで少しでも思慮深くなってくださいまし、ってぇー」

「なおさら自分で解かなきゃダメじゃないか」

「こんなので頭がよくなるんだったら、今頃みんな掛け算できるよ」

 平均学力水準がうかがい知れる一言だった。

「ボクだってできないのに」

「……勉強、するか?」

「あ、うそうそ。できます、でーきーまーすー!」

「じゃぁ、十一かける十一は?」

 答えが一二一と並ぶ、とても面白い数式である。

「じゅういち、たす、じゅういち、たす、じゅう……ごめん、ゆびつかってもいい?」

「いいよ、その反応で大体分かったから」



「"時計塔の"ゲオルギウスのお孫さん、投げ飛ばしちゃったんだ?」

 はぁー、大変だねぇ。と。

 修から決闘の一部始終を聞いたアレクシアは、悩ましげに腕を組んだ。

「まー、投げちゃったのはしょうがないよ。相手だったんだもんねぇー、慰めてあげよう」

 アレクシアが手を伸ばして、ぽんぽん、と修の頭を撫でる。

「だいじょうぶ、どうにかなるよー?」

「そうだといいな」

「ダメだったらボクがもらってあげるぅー!」

「……それだけは勘弁してくれ」

 いいように使われる未来しか見えない。

「カタリナとかよりもよっぽど待遇いいと思うけどなぁー……うん、でも、そっか。ゲオルギウス、来るのか」

「何か、あるの?」

「んーん?」

 深刻そうに呟いておきながら、アレクシアはあっけらかんと左右に首を振る。

「でも、何かあるかも? 赤毛が言うには、おさむ、稀に見る女難だし?」

「本当に勘弁してくれ……」

「あはは。そーいう星に生まれたんだから、仕方ないよー?」

 そう言って、

「でも何かあったときのために、ひとつ、手を打っておこう」

「手を? お前が? ……嫌な予感しかしないなぁ」

「む、しつれーな」

 しかしその嫌な予感は、短い間だがアレクシアとの付き合いで知った彼女の性格である。彼女がとがめるには、いささか説得力が足りないだろう。

「おさむ、薔薇の色の意味、教えてなかったよね? ボクの紋章の」

「ん? んー……ん、愛情がどうの、って、口にしてなかったっけ?」

「それは薔薇ぜんぶ。紅帯色のは、ちょっと、違うんだなぁー」

 アレクシアは意地悪な笑みを浮かべた。

「"ボクを射止めて!"」

「……ん?」

「"ボクを、射止めて!" ねっ!」

「お、おう……」

 妙な気迫で、思わず生返事を返す。

「んふふ、教えたかんねー?」

 え、これが手? ……そんな言葉を告ぐまもなく、アレクシアは嬉しそうにころころと笑った。

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