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#13

「どうしてこうなった」

 修のつぶやきはギャラリーのどよめきの声にかき消される。

 数字が二十四個ある動きの止まった時計塔と、緑青の浮いた釣鐘のある教会前の広場にあつらえられた、木の柵でかこわれた簡素な円形の決闘場を目の前にして、修はため息をついた。

「"薔薇騎士"様はどうなされた?」

「食あたりですわ」

「それは、また……」

 ヘンリエッタは、群青色の司祭服を着た神官にアレクシア不在の説明をしている。

 食あたりの旨を伝えると、略式ながら祈りを捧げたようだ。ヘンリエッタが「お心遣い、痛み入りますわ」と感謝の言葉を口にした。

「それで、決闘はどうなされますか?」

「代理の者は既に用意してありますわ」

「なるほど、それもまた神の思し召し」

 当日になって代理の代理を立てることを責めることはしない。それもまた神の思し召しだと、神官はそのまま受け入れた。

「代理人は、そちらの?」

 フードを被ったままのカタリナに視線が送られる。カタリナは介添え人というわけではないが、うっかり修が相手を殺してしまわないように保険のつもりですぐそばで待機するつもりなのだ。

 今朝も修は頑張ったが、結局誤解が解けることはなかったというわけである。

 ――ちなみにアレックスは話がややこしくなるだろうという理由から、ここにはいない。すでに観客の中に放り込まれている。

「彼女はレクシーの友人ですわ」

 出るのは彼ですの。

 ヘンリエッタが修の事を神官に紹介する。それにあわせて、修はすっと頭を下げた。

「……どこか別の教会の、僧侶、でしょうかな?」

 崩してはあるものの、キッチリと格式ばった礼儀の片鱗を見て、どこの教会で学んだのだろうかと神官が問いかける。

「その、レクシーも本人も、違うと……」

 ヘンリエッタが自信なさげに答えた。そんなに僧侶に見えるのかなぁ、と複雑そうな顔をした。

「ですが、レクシーもその実力を認めた殿方ですの」

「なんと」

 否定したらややこしくなりそうだと、その点に関して修は口をつぐんで、日本人特有のあいまいな微笑でお茶を濁した。

「こんなに優しそうな方だというのに……」

 意外そうな目で見られる。

「……ところで、そちらの、フードの方」

「ん……?」

「このように簡素ながらも、決闘場とは神聖な場。不正をするとは到底思えませんが、神もご覧になる場なれば」

 神聖な場だからこそ、顔を隠すのはマナー違反だとたしなめられる。

「ごめん、なさい」

 確かにそうだと謝罪し、そして自分の迂闊さに小さくため息を一つ……カタリナがゆっくりとフードに手を掛けた。

「カ――ッ」

 ゆっくりとめくられていくフードの下から現れたその顔に、神官のあごが、外れんばかりに大きく広げられる。

「カタリナ様ァ!?」

 その場にいた人間が全て、その声のほうを向き――

「か、カタリナ様だぁあああ!」

 その場が、歓喜と祈りの入り混じった歓声の響く、混沌の坩堝と化した。



「……どうして、こう、なるの」

 カタリナの悲しげな声は、四方八方から飛んでくる祈りの声にかき消された。

「なんか、変な宗教みたいですね」

「教会にさほど力のない理由のひとつですわ」

 伊達に"生命の魔女"と呼ばれてはいないのだ。もうとっくに修の口にした「変な宗教」の一つである。

 助けを求めるようにカタリナは修を見つめるが、彼にそれをどうにかするすべはない。ドラマの医者がそうするように、残念ですが、と首を左右に振った。

「では、修様。そろそろ」

「あ、はい」

 カタリナ騒動ですっかり色々と吹き飛んだ修は、ヘンリエッタに促されるままに戦場へと足を運ぶ。

「――修様」

「はい?」

「絶対に殺してはダメですわよ? いいですか? 絶対に、ダメですわよ?」

「ヘティさんは俺をなんだと」

「口にはできません」

「ちょっと!」

 なまじアレックスを下した実績があるからこそ、修の言葉に説得力はない。

 なんで一度の勝利でこれほど"暗殺者"として信じられているのかと修は疑問に思うが、それだけアレクシアという"貴族"が目撃したという事実が重く、そのアレクシアが妙な伝え方をされたカタリナという"魔女"が信じてしまったからという、奇妙な信用の錬金術の結果である。

「本当に、俺、ただの一般人ですからねっ!」

「分かっております。念のためですわ」

 本当かなぁ、と修はじと目で睨む。

 しかしヘンリエッタは慣れたように平静を装いながら最後にもう一言、

「よろしくお願いいたしますわよ?」

 修の言葉を一切信じていませんとも取れる言葉をつげて、すっと後ろに下がっていった。



「神の使途として私はここに誓う――」

 立会人となる神官が、慣れたように朗々と口上を告げる。

「……まさか、サムライが相手とはねぇ」

 まるで朝礼で校長の長い話の影でおしゃべりをするようなふうに、口上を右から左へ聞き流しながら、ジェニファーが苦笑いを浮かべて言う。

「人生何があるか分かりませんよね」

 礼儀的には黙って聞いてなければいけないのだろうが、修はつい、ジェニファーの呟きに答えてしまった。

「手加減しないよ」

「して欲しいなぁ……」

 思わず本音が漏れる。

「――では、双方。この決闘に正々堂々と挑むことを誓うか?」

「おう、誓う!」

「はい。誓います」

 神官の前で男女が並んで誓い合うなんて、なんだかまるで結婚式見たみたいだなぁ、と見当違いの感想を抱き――はたと、

(儀式ってこれかぁああああ!)

 アレックスの占いが、今になって当たっていることに気付く。

「では双方、名乗りを」

「おう!」

 どうして嫌な事ばかり当たるのだろう、そんなふうに打ちひしがれている間にも神明裁判という"儀式"は進んでいく。

「ペルサキス領、傭兵、"木苺"ジェニファー! 祖父"歯車"ゲオルギスにかけられた不当な評価を晴らすため、義によってここに立つ!」

 ジェニファーは刀身と棒状の鍔が十字になるように重ねられた、外見はそれ以上特質すべきこともない、何の変哲もないロングソードを振り上げる。

「我が誇り、"魔獣殺し"に恐れなさぬなら、その勇気をここに示せ!」

 振り上げられた"魔獣殺し"と呼ばれたロングソードに、ギャラリーから「"魔獣殺し"だって……!」というどよめきが走る。

 "魔獣殺し"と呼ばれたソレは、原始的な魔法によって肉体強度をブーストさせた獣――魔獣を打ち倒すために作られた武器群だ。にび色に輝く刀身に強化魔法を解呪してしまう魔法が刻まれている。

 その特性から、肉体能力は魔法で強化することで補うことが主流であるこの世界では、強力な"対人武器"なのだ。

「うわ……痛そう……」

 ただ修はこの国の人間ではないしそんな事を知っているわけがないので、この中でたった一人だけ、あさっての方向にどよめいた。

「……"魔獣殺し"、知らないのかい?」

「まぁ、はい」

「え、えぇー……?」

 ほとんどの国において、対人の多い警邏隊の正式採用武器である。普通に考えて、知らないほうがおかしいのだから、ジェニファーのこの反応も当然だった。

「なんか調子狂うね」

 "魔獣殺し"を肩に担ぐ。

 まぁ、身を持って味あわせればいいか……と修を顎でしゃくりながら、

「そら、そっちの番だよ」

 と口上をせかす。

「……やっぱり、言わなきゃダメだよなぁ」

 修は諦めたようにため息を一つ。

「俺の名前は佐村修。日本出身で、講道館柔道二段の……えー、"薔薇騎士"アレクサンドラ・アンドリューから恩を受けて、今回、代理としてこの場に挑ませていただきました」

 よろしくお願いします、と頭を下げる。

 風習の違いこそは目立つが、場違いなくらいに礼儀正しいその口上に、その場が一瞬で沈黙に包まれた。

「あの……修様?」

 もう少し覇気を、とヘンリエッタ。

「お前、僧侶、か……?」

 やり辛い、とジェニファー。

「え、と……」

 決闘って、こんなの、だっけ……? とカタリナ。

 そんな、全員があっけに取られているなか、

「きょうだーい! 気をつけるんだー!」

 ただ一人だけ「"魔獣殺し"は魔を払うぞ!」と場違いな声援を送るアレックス。

 静かな混沌と化した決闘場のまんなかで、修は、

「俺、レスラーじゃないんだから……」

 プロレスラーみたいな口上を期待されても、と一人小さく愚痴をこぼした。



 ――なんともいえない空気のまま、戦いの火蓋が切って落とされる。

「おい」

「なんですか?」

「それは、どういうつもりだい?」

 修がその場で槍を捨てたことに対して、ジェニファーが声を上げた。

「怪我させるのは嫌なんですよ」

「へ、へぇ……」

 これは挑発しているのか? とジェニファーがいぶかしむ。

 武器を地面に突き立てる――使わないようにと言う意味では、捨てるのと同義の行動をとるということは、武器を使うまでもないという侮蔑の意味がある。

 しかし修はそうした人間とは違う。

 ともすれば僧侶のようなふるまいと口上、魔術強化で済ませるため必要以上に筋肉を鍛えないこの世界からすれば異常なくらいに筋肉質な身体はまるで、故意に自分を追い詰める修験者のようなのだ。

 それは宗教家として血を見るようなことを避けようとうするのは当たり前の事であり、挑発というよりは篤い信仰心の表れにも見える。

「僧侶じゃないんだよね?」

「そうですよ」

 何度も聞かれたせいで、修は少しだけ憤慨したように眉根を寄せた。

「この決闘……先に血が(ファスト)出たら負け(ブラッド)だよ?」

「いや、槍なんてほとんど使ったことないし」

「あんたどうやって勝つつもりだいっ!?」

「それなりに微力を尽くそうかな、と」

 そんな発言をするが、修は自信家と言うわけではない。

 ひどい勘違いのせいでなかば強制的にこの場に立っているのだ。率先して負けに行くつもりはないが、積極的に勝ちに行くつもりもない。日本人特有の、お茶を濁す程度にそこそこ健闘できたらいいなぁ、でも痛いのは嫌だなぁ、というあいまいな気持ちでそこに立っていた。

 そう――口上で言った「恩を受けて、代理として~」という発言そのままに、なかば義理でジェニファーに挑んでいるのである!



 ジェニファーは力強く"魔獣殺し"を振り下ろす。瞬間、天地が逆転したような錯覚と共に、腰に鈍い衝撃が走った。

「ぅあっち!」

 腕をつかまれて投げ飛ばされたらしいことを察する。

 しかし――いつ?

 こちらの甲冑組討(レスリング)は半ば力技だ。腕を引っ張って引き倒すか、そうでなければ足を引っ掛けて転ばせるのが主流だ。日本の柔道、修の使う柔道は特に「背負って落とす」という特殊な技術体系であるからこそ、どうして投げられたかをジェニファーは理解できない。

 それこそ、未知の魔法を使われたような気分だろう。

「――っ!」

 しかしそうやって呆けているわけにもいかない。寝転がっていては、マウントを取られて首を掻き切られるからだ。

 下半身が痺れるような感覚のまま、慌てて体を起こしてその場を離れる。

「……?」

 修は、それをただ待っていた。

 ――ご丁寧にも、開始位置に戻って。

「どういうつもりだい?」

 侮蔑でもなく、挑発でもなく。ともすれば死んでしまうこともある決闘で、修の行動は実に不可解だった。

 そして同時に、不気味でもあった。

「なんで追い討ちしない!」

「いや……痛そうだったし」

 畳という特殊なマットに投げ飛ばすのが基本である柔道は、当たり前だがアスファルトの上で投げ飛ばすようなことを想定しているわけではない。

 しっかりとクッションの効いた最近の競技用畳でも痛いというのに……修は心の底から申し訳なさそうに、そう口にした。

「きょーだーい! 俺にはなぜそう優しくしてくれなんだー!!」

 外野のアレックスが野次を飛ばす。それに答える義理はないが、修が一言口にするのであれば「第一印象が悪かった」と答えるだろう。

「なんで頭から落とさなかった!」

 カタリナがいるのだ。今この決闘は、首の骨がどうにかなった程度で楽に死ねるような環境ではない。

「いや、死んじゃうでしょうが」

 もちろん修は、カタリナがそれほどの魔法を持っていると知っているわけがない。逆に彼女達から「殺さないように」と念を押されるような始末だ。

「なるほど……」

 そして時として、

「それがアンタの、魔法の条件か!」

 魔法のある世界では、理解の及ばない現象をされるとおかしな方向へと勝手に理解することがある。

「……なに勘違いしてんの? この人」

 思わず、魔法に詳しいカタリナのほうを見る――諦めて、と言うように首を振っていた。

「だが魔法ならっ!」

 余所見をした修の隙を突くようなことはせず、ジェニファーは"魔獣殺し"の切っ先を修に突きつけるように構え、

「コォオオオオオオ……!」

 呼気で魔力を練り上げると、その手の"魔獣殺し"の刀身が、淡く青く光を放つ。

 そも"魔獣殺し"の本質は術殺し、原始的な魔法で皮膚を硬化させ強靭な四肢を手に入れた獣に使うのが基本だが、出力を上げれば人間の使う高度な術にも対応できる。

 高度な術は展開に時間がかかるため、一度でも崩せば戦闘中に再展開することはかなり難しい。

「崩せ! "魔獣――"!!」

 その言葉と共に、一瞬で、修にかけられた翻訳の祈祷が突き崩される。

「――、――――!」

「えっ!? なんだって!?」

 そう――"魔獣殺し"は別に斬る必要はない。

 斬らなければ効果を発揮しないなど、解呪する前に魔獣に殺されてしまう可能性があるのだから当然だろう。

 欠点としてジェニファーの身体強化も解呪されてしまうが――当然ながら対処していないわけがない。

「――!」

 魔獣がそうであるように、展開の速い原始的な身体強化の呪を使えばいい。あとは最低限以上に身体を鍛えることだ。魔獣に対処することの多い傭兵の基本戦術である。

「――――ッ!」

 アレックスの、翻訳を介さない生の声が、修に注意を呼びかける。

 同時に、どん、とジェニファーが切っ先を突きつけながらの突進――!


「やぁっ!」


 イマイチ試合から抜け出せていない修の、精一杯の気合いと共に、ジェニファーが再び宙を舞った。

「――――ッ!?」

 はっきり言って、ただ単純に突撃してくるバカは柔道において、いや柔道でなくとも、大抵の投げ技をメインとする格闘技にとっては非常に「投げやすい」相手だ。

 特に柔道は「担いで、落とす」もしくは「払って、回す」というのが基本スタンスである。力技で投げ飛ばすわけではない。その証拠に、綺麗な投げ技は相手がほぼその場でくるりと回転してしまうものが多い。

 さらに言うなら、型稽古では「短剣を振り下ろしてきた相手を一本背負いで投げる」など、意外にも対武器を想定したものが多い。伊達に警察などが柔道を捕縛術として正式採用しているわけではないのだ。

 対してジェニファー。

 彼女は傭兵だが、我々が想像するような「対人傭兵」ではない。"魔獣殺し"を誉れとしているように、彼女はあくまでも「対害獣傭兵(ただのマタギ)」である。

 ……まぁ、ようするに、

「あっ、やっべ……」

 思い切り投げられて目を回すジェニファーは別に弱いわけではないのだが、ただただ戦術と、そして相手が悪かった、ということである。

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