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第4話「第一の村、ドワーフの村 ―潜入編Ⅲ―」

 バンっと勢いよく少年が開けたドアの先には、驚いた表情をしているドワーフたちとフードを深くかぶったままの少女がいた。

一応変わった様子のないことを確認して少年は少しだけ安心する。


「鍵は取ってこれたの?」


「ああ、俺の方は成功した」


「俺の方はって?」


 少女の問いかけに兵士から奪った甲冑を脱ぎながら少年は答えた。

しかし少女は少年の言葉の意味を理解できず問い返す。ドワーフたちも顔を見合わせていた。


「ここにドワーフたちがいるのがばれた」


 少年の返答に少女もドワーフたちも言葉を失ったみたいだ。

少年は奪ってきた鍵でまずは長老の足かせを解いた。それから順に他のドワーフたちの足かせも解いていく。


「ちょ、何でばれたの!?」


「お前……人間か?」


 少年が最後のドワーフの足かせを外していると、声をかけられたので顔を上げる。

最後のドワーフは、エルフのことを石頭と呼ぶドワーフだった。少年の顔を覗き込んで、じっくりと観察するように見据える。

最後のドワーフの発言に、足かせを外したドワーフたちも反応し、少年を取り囲んだ。


「待って!彼は……」


「大丈夫だ」


 ドワーフたちを止めようとする少女の発言を、今度は少年が止めた。

少女は少年の指示に口をつぐんだ。見つめてくる最後のドワーフを、少年は真っ直ぐとした瞳で見つめ返す。


「……なぜ人間がワシらを助ける?しかも一緒に行動しているのは魔族。いったい何が目的だ?」


 半分睨むような視線を受けて、少年は小さく息を呑んだ。

何が目的かと聞かれて少しだけ考える。

最初はただ、魔王に殺されないためだけに英雄になった。

我に勝利を、という魔王の言葉からすると、人間の総大将を打ち取ればいい。ここを見捨てていっても魔王は何も言わないだろう。

なら、なぜドワーフたちを助けたか。少女が見捨てなかったから……否、違う。

鍵を取ってくることも、潜入してくることもすべて自発的にやった行動だ。

 そこまで考えて、ようやく少年は答えを見つけ出した。


「うん、大きな目的はあるけどここには関係ない」


「なんだと?」


「たぶん、俺はあんたたちを見て助けたくなっただけだ」


 少年の言葉にドワーフたちは、これでもかというほど大きく目を見開く。

その様子を見ながら少年は言葉を続けた。


「別に同情したわけじゃない。強いて言うなら、目の前で体調の悪い老人を放っておけなくなっただけだよ」


「それをワシらに信じろと……?」


「いいや、あんたたちが人間にこれまでどんな目にあってきたか。理解はできなくても想像はできる。だからそんなこと言うつもりはないよ」


 にっと笑ってドワーフに告げた後、少年は最後の足かせを取ってきた鍵で開ける。

そして立ち上がると、少女との間に数メートル距離が開くほど、ドワーフたちに囲まれていることに気付いた。

みんな慎重な目で少年を見据えている。

 何かが決まろうとした時、ガラス窓から何かを投げ込まれた。

それから少し黄色い煙が放射し始められたのを視認して、少年はとっさに叫んだ。


「息を止めろ!!」


 そうこうしている内に、小さな小屋の中はあっという間に煙で包まれてしまう。

ドワーフたちがどたばたとその場に倒れていく音や姿が見えた。少女が近づき確認すると、どうやらただ眠ってしまったようだ。

少年も鼻と口をふさぐのが遅れたため、少し意識がもうろうとし始めた。

 しかし、少年が意識を失うことはなかった。

なぜなら、少女が出入り口であるドアを破壊し、突如起こった突風に室内の煙が外へ流れ出たから。

やっと呼吸ができるようになり、少年は急いで酸素をむさぼる。


「情けないわね、これくらいで気を失いかけるなんて」


「……はぁっ、もっと……早く、助けてくれ……」


 大きく深呼吸をして息を整える少年。二、三度繰り返すとやっと落ち着き始めた。

目を開けた少年の視界に入ったのは、陽光の光を浴びてキラキラと輝く一つにまとめられている銀髪。

透き通るような白い肌に、ルビーより赤く血液より深い(あか)い瞳。

黒いマントが風によりなびき、服装も露わになっていた。

 一瞬誰か分からなかった少年だが、その見覚えのある黒いマントですべてを察する。


「貴様らか!!ドワーフを匿っていたの、は……」


 入ってきた隊長らしき人物が、少女の姿を見て口を開けたまま固まった。

見惚れたということもあるだろうが、それだけではないだろう。


「ま、魔族がなんでここに!?」


 やっと声を絞り出して告げた言葉は決まり文句だった。

その言葉に少女の細い眉が僅かに動いたのを、少年は見逃さない。

殺してしまいそうな少女の勢いに、少年は無意識に少女の左腕を掴んだ。


「待て!セレスフィア・E・フェリス!!」


「なに?同族だから人間を庇うの?」


「違う、落ち着け。それじゃあ意味がないんだ」


 セレスフィアと呼ばれた少女は、少年の行動に嫌悪感丸出しで問いかける。その様子はフードを被っていた時とはまるで真逆の態度だ。

しかし少年も(ひる)まず、真っ直ぐセレスフィアを見つめ返して告げた。


「意味がないってなに?私たちの目的は、魔王様に勝利をもたらすこと。つまりは人間の滅亡でしょ?」


「目的はそうだ。だけどその方法は間違っている」


「人間の滅亡以外に、勝利を治められるとでもいうの?」


 セレスフィアの極端な回答を、少年は首を横に振りながら否定する。

そんな少年の様子に理解できないと言いたげな視線をセレスフィアは向けた。


「まさか……人間と魔族を和解でもさせる気なの?」


「そのまさかだ」


 即答とも言える形で少年が答えると、セレスフィアは口を少し開けて驚いたような表情で固まった。

けれどすぐに元の表情に戻っては、少年の手を振り払い少年に向き合う形に姿勢を変える。


「あなたね!前に教えたでしょ!?私たちは分かり合えるなんて――」


「でも俺は魔族たち(おまえら)の英雄として選ばれた」


「それは……」


 セレスフィアの言葉をさえぎって少年が告げると、セレスフィアは口をつぐんだ。

セレスフィアの職業は巫女だ。その信仰する神が選んだ英雄を否定するなんてできないだろう。


「だからきっと、分かり合えるんだよ。魔族も人間も。エルフもドワーフも」


 少年の言葉には根拠なんてないのに、セレスフィアは何も言い返せなくなった。

根拠がなくても納得できてしまったから。


「……できなかった時は、始末するからね?」


「まあ、その時は俺が英雄を全うできなかったから仕方ないな」


 セレスフィアの脅しを少年は軽く受け入れる。

その態度が腹立たしくて、セレスフィアは少しだけ唇を噛み締めた。

少しだけ和やかな雰囲気になったが、まだ緊張を解いてはいけない。

 少年はセレスフィアとのやり取りを見ていた隊長格の兵士を見据えた。


「というわけで、隊長さん。俺たちと話し合わないか?」


「な、何を……!?」


 隊長は手に持っている槍を少し構えなおす。

しかし少年は動じることもなく、セレスフィアに至っては再び黒いマントのフードを深く被る。


「あんな上司、嫌だろ?寧ろ俺が気に食わない」


「話し合うんじゃなかったの?」


「あれは話を聞かないタイプだ」


 隊長に話しかけた言葉だが、それを聞いたセレスフィアが反応した。

フードの奥から少年を見上げるセレスフィアに視線だけを向けて、少年ははっきりと答える。


「し、しかし……裏切れば全員殺されてしまう……!自分だけじゃない!!家族も、友人も……」


「だから恐怖に縛られたまま、おとなしく言うこと聞くのか?他のもの……魔族たちは犠牲にしてもいいって?」


「仕方ないじゃないか!魔族だって人間を奴隷にしている奴もいる!!」


 その言葉に少年はセレスフィアを一度見る。

セレスフィアの表情は見えないが、首を縦に振って答えられ少年は大きな息を吐きだした。


「でもそんな生き方、奴隷じゃなくても奴隷みたいなものだとは思わないのか?」


「じゃあどうしろって言うんだよ!?」


「それはあんたが決めることだ。恐怖に縛られたまま生きるか、あの極悪領主をぶん殴って追い出すか」


 今まで直ぐに反応していた隊長が、少年のその言葉に考えるように間を置く。

それを確認しながら少年はさらに言葉を重ねていく。


「別に俺はあんたに強要するつもりはない。選ぶのはあんた自身だ。だけど今なら」


 絶妙なタイミングで少年は言葉を切り、隊長の気を引いていく。


「――戦力としては一国の軍隊にも劣らない魔族一人と、豊富な知恵、それから度胸だけはある男がいる」


 しばらくの間、沈黙が場を制した。動くものは一人としていない。

小屋の中も外も不気味なほど静まりかえっていた。

 そしてやっと、動き出したのは隊長だった。構えていた槍を下ろし俯く。


「……本当に、あの領主から解放されるのか?」


「それは作戦と行動次第だな。だけど俺は負ける気がない」


「俺はじゃなくて、俺たち(・・・)ね」


 隊長の返答にふっと笑みを浮かべて少年は答えた。

そしてセレスフィアもまた、少年の言葉を少し訂正しながら一歩前へ出る。

 隊長は少年とセレスフィアを交互に見た後、一度頷いて片手を出した。


「君の言葉を信じてみよう」


「ありがとう、隊長さん」


「オドムだ」


 少年は差し出された手を握り返しながら礼を言う。

隊長・オドムもまた、少年の手を軽く握り返した。


「俺は――神坂(みさか) (みこと)、こっち風で名乗るならミコト・ミサカだ」


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